狩猟大会
『いざという時、私だけの力でアイリスを守り切れるのか』と自分に問い掛け、心が揺れる。
実力不足という言葉が脳裏を過ぎる中、ルパート殿下がふとこちらを見た。
「あと、狩りを通して実戦経験を積んでおいた方がいいと思うぞ。どんなに優秀な戦士でも、初めての戦闘は緊張するものだからな。そういう意味では、ちょうどいい」
後々困らないことを話し、ルパート殿下はまだ躊躇っている私の背中を押す。
『ちゃんと守るから、安心しろ』と告げる彼を前に、私は大きく息を吐いた。
「分かりました……アイリスのこと、よろしくお願いします」
心配という感情を何とか押し殺し、私は深々と頭を下げる。
すると、ルパート殿下は大きく頷いた。
ヴィンセントも同様に、『任せて』と胸を張る。
守り切る自信があるからこそ、強気な態度を取っているようだ。
私もちょっと鍛えようかしら……?
姉として、妹の身の安全くらいは守りたいし。
『今のままでは、あまりに不甲斐ない』と肩を落とす中、ヴィンセントはパンパンと手を叩いた。
「それじゃあ、狩猟大会の流れと今後の派閥争いについて話し合っていこうか」
その言葉を合図に、私達は随分と長い間話し込み……方針を定める。
そして、各々の準備に没頭すること一ヶ月────ついに狩猟大会当日を迎えた。
待機場所となる森の近くでテントを張り、私は嘆息する。
だって、あちこちから視線が突き刺さっているから。
今のところ挨拶に来る貴族はなし、か。
まあ、概ね予想通りの展開ね。
『エーデル公爵家をどう扱うか決め兼ねているのだろう』と思いつつ、私はテントの中へ足を踏み入れる。
すると、白の騎士服に身を包む女性が目に入った。
「アイリス、よく似合っているわよ」
凛々しいという言葉がよく似合う風貌に、私は頬を緩める。
『この日のために新しく服を仕立てて良かった』と考える中、アイリスはこちらを振り返った。
その際、ポニーテールにした銀髪がサラリと揺れる。
「お姉様も凄く綺麗」
紫色のドレスを着こなす私に目を向け、アイリスは少しばかり表情を和らげる。
────と、ここで我が家の騎士に声を掛けられた。
どうやら、ヴィンセントがテントの外まで来たらしい。
あら、もうそんな時間?早く行かなきゃ。
「アイリス、殿下達に挨拶へ行きましょう」
「分かった」
事前に打ち合わせしておいたおかげか、アイリスはすんなり首を縦に振る。
と同時に、携帯していた剣と鞭を一度使用人に預けた。
さすがに武器を持って、挨拶へ行く訳にはいかないため。
パタパタと小走りで駆け寄ってくるアイリスを伴い、私はテントの外へ出る。
そこで待機していたヴィンセントと合流し、迷わずルパート殿下のテントへ足を運んだ。
すると、周囲はざわめく。
こういった場で、挨拶する順番はとても重要だ。
その人の優先順位や考えが、浮き彫りになるから。
要するに────誰がどの派閥に入っているのか、分かるということ。
中立派以外の貴族は、真っ先に支持する皇子の元へ挨拶に行くから。
ちなみに中立派はかなり時間を置いてから、第一・第二・第三皇子の順番で挨拶に行く。
つまり、ルパート殿下から挨拶に行くのは第三皇子派の人間じゃないと有り得ないのだ。
これは狼煙よ────もうルパート殿下は誰にも無視出来ない存在になった、というね。
「「「ルパート・ロイ・イセリアル殿下にご挨拶申し上げます」」」
全開にされたテントの入り口から、私達はこれみよがしに挨拶を行う。
それも、最敬礼で。
『エーデル公爵家とクライン公爵家は第三皇子を主君に選んだ』とアピールする中、隣のテントからグラスの割れる音が……。
恐らく、第二皇子が癇癪を起こしたのだろう。
殿下としては、狩猟大会を通してエーデル公爵家とクライン公爵家を牽制したかったんだと思う。
それで自分の勢力に加えられそうなら、加えるという。
でも、見事に計算が狂い、第三皇子派閥に入る意向を示されてしまった。
これは彼にとって、大きな誤算だろう。
第二皇子は第一皇子と違って、大貴族からの支持を受けられていないから。
単純な力関係では、第一皇子に及ばない。
その穴を埋める鍵が、私達だったという訳。
「ご苦労。三人とも、もう戻っていい。この暑さの中、ずっと外に居るのは辛いだろう」
隣から聞こえてくる破壊音を前に、ルパート殿下はさっさと撤収するよう促してきた。
『巻き込まれるぞ』と警告する彼の前で、私達は素直に辞する。
今回の目的はあくまで、エーデル公爵家とクライン公爵家の意向を示すことだったから。
『それなら、これで充分』と考えながら、私達は第一皇子のテントへ向かった。
「「「エレン・ジェル・イセリアル殿下にご挨拶申し上げます」」」
いつも通りのお辞儀で挨拶を済ませる私達に、第一皇子のエレン殿下は『くくくっ……!』と笑う。
心底愉快そうに。
「君達、見かけによらず大胆だね」
『久々に面白いものを見れたよ』と言い、エレン殿下はエメラルドの瞳をスッと細めた。
こちらは第二皇子と違い、全く腹を立てていないらしい。
まあ、第一皇子は今のところ私達の力を必要としていないものね。
もちろん、自分の派閥に引き入れられるならそうするだろうけど。
「こんなに面白い子達を独り占めするなんて、ルパートは狡いな」
『羨ましいよ』と語り、エレン殿下は残念そうに肩を竦める。
緩く結んだ金髪を指先でいじり、いじけた子供のような態度を取った。
「ねぇ、今からでも私の元へ来ないかい?後悔はさせないよ?それ相応の謝礼だって、用意する」
玉座のような造りの椅子から身を乗り出し、エレン殿下は『どうだい?』と詰め寄る。
期待に胸を膨らませる彼の前で、私達は苦笑を浮かべた。
「せっかくの申し出ですが……」
「私達はもうルパート殿下について行く、と決めていますので」
「エレン殿下のお気持ちには、応えられません」
『申し訳ございません』と一様に頭を下げ、私達はキッパリと断る。
迷うことも揺れることもなく自分達の意志を貫くと、エレン殿下はガクリと肩を落とした。
「やっぱり、ダメかぁ……まあ、これでコロッと乗り換えられても嫌なんだけどさ。私が欲しいのは、絶対忠誠を誓ってくれる子達だからね。あっさり主を裏切るような者は、求めていない……からこそ、本当に惜しい」
『まさに理想の臣下達なのに……!』と嘆き、エレン殿下は物欲しそうな目でこちらを見た。
が、私達の意志は変わらず……不毛な睨み合いならぬ、見つめ合いをする羽目に。
『なんだろう?この時間は……』と早くも居心地の悪さを感じていると、ヴィンセントが顔を上げる。
「本当に申し訳ございません、殿下。ただ、我々は同じ志を持つ身同士。どこかで力を合わせるような場面が、あるやもしれません。そのときはどうぞ、よろしくお願いします」
────第二皇子派の牽制及び排除については、共闘を望む。
ということを遠回しに伝え、ヴィンセントは優雅に一礼した。
『では、我々はここら辺で』と言い、踵を返す彼の前で、私とアイリスもお辞儀する。
どことなく悪い顔をしているエレン殿下を一瞥し、ヴィンセントの後に続いた。
「やはり、エレン殿下は第二皇子のことをよく思っていないようだね。共闘は充分可能だと思うよ」
『なかなかの好感触だった』と語り、ヴィンセントはスッと目を細める。
「思ったより楽に、暴れ馬を処分出来るかも」
第二皇子のテントへ足を向けながら、ヴィンセントは不敵に笑った。
と同時に、第二皇子の従者から呼び止められる。
「申し訳ございません……現在、殿下はその……体調を崩しておりまして、挨拶はお控えいただきたく……」




