どの派閥に入るか
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「────ということがあって、僕はルパート殿下を支持しているんだ」
『そうじゃなきゃ、僕も中立を守っていた』と語り、ヴィンセントは話を終えた。
と同時に、祖父が身を乗り出す。
「それで、第三皇子派になったのはセシリアのためだからこちらも当然協力するべきだ、と?」
『責任を取れ、ということか?』と直球で尋ねる祖父に、ヴィンセントは首を横に振る。
「いえいえ、違いますよ。僕はただ、『裏切る心配はない』と……『途中で他の派閥へ乗り換える気はない』と言いたくて、このお話をしたんです。恩を返してほしいなんて微塵も思っていませんし、まず恩を売ったとも思っていません。これは僕が勝手にやったことですから」
『負担に思う必要はない』と言い切り、ヴィンセントはそっと眉尻を下げた。
そのように受け取られて悲しい、とでも言うように。
「……そうでしたか。疑ってしまい、申し訳ない。歳を取ると、余計なことばかり考えてしまって」
素直に非礼を詫びる祖父は、深々と頭を下げる。
下手したら、クライン公爵家を敵に回す行いだったと反省しているのだろう。
まあ、そうならないと確信しているからこそ、このような手段に出たんだろうが。
「いえ、お気になさらず。エーデル公爵家を思っての行動だと理解していますから。むしろ、安心しました。フランシス卿が理知的な方だと、分かって」
父が感情に流される人物だったからか、ヴィンセントはかなり好感を抱いているようだ。
ニコニコと機嫌良く笑う彼を前に、祖父は
「そう言っていただけて、幸いです」
と、肩を竦める。
と同時に、アイリスへ視線を向けた。
「どの派閥に入るかは、アイリスが決めなさい。これから先、エーデル公爵家を率いるのはお前なんだから」
責任重大な選択をアイリスに委ね、祖父は両腕を組む。
『助け船は出さない』とでも言うように。
恐らく、アイリスの覚悟を試しているのだろう。
『当主とは、こういうものなんだ』と現実を突きつける祖父の前で、アイリスは黙り込む。
ドレスのスカート部分をギュッと握り締め、こちらに目を向けた。
「お姉様……」
「いけないよ、アイリス嬢。セシリアはもうすぐ、エーデル公爵家の人間じゃなくなるんだから。そんな大事な選択を……その責任を押し付けちゃダメだ」
無情なまでにアイリスを突き放し、ヴィンセントは『自分の意志で決めないと』と告げる。
冷たいようだが、今回ばかりは彼が正論だ。
近いうち家を出ていく人間に、家門の未来を委ねてはいけない。
結果的に損をしても、得をしてもアイリスのためにはならないから。
「アイリス、私達貴族はね────」
一人掛けのソファに腰掛ける妹へ手を伸ばし、私は表情を引き締めた。
「────後悔のない選択をするんじゃないの。その選択を後悔しないよう、これからたくさん頑張るの」
『順序が逆』と主張し、私はアイリスの肩を掴む。
と同時に、顔を覗き込んだ。
「そのための知識や技術はもう持っている。権力もお金も地位も十二分にあるわ。だから、選択を躊躇わないで。貴方なら、きっと────どれを選んでも、悔いの残らない結果にするわ」
アイリス自身の手でどうとでも出来るんだと背中を押し、私はふわりと柔らかく微笑む。
すると、彼女はアメジストの瞳に強い意志を宿した。
「悔いの残らない結果にする……」
譫言のようにそう呟き、アイリスは勢いよく顔を上げる。
迷いが吹っ切れた様子の彼女は、晴れやかな表情を見せた。
かと思えば、素早く席を立つ。
「決めました。私は────第三皇子の派閥に入ります。ルパート殿下を支持します」
力強い口調でそう宣言し、アイリスは真っ直ぐに前を見据えた。
その視線の先には、黙ってお茶を飲んでいたルパート殿下の姿が。
アイリスの視線に気がつくと、彼はそっとティーカップを置いた。
どことなく真剣な雰囲気を漂わせ、おもむろに立ち上がる。
「私はエーデル公爵家を……いや、アイリス嬢を歓迎する。これからは師弟としてだけでなく、仲間としてもよろしく頼む」
そう言って手を差し出すルパート殿下に、アイリスは『はい』と大きく頷いた。
と同時に、握手を交わす。
男女のソレというより男の熱い友情に近いやり取りを前に、私は苦笑を漏らした。
何はともあれ、これで全員の足並みが揃ったわね。
『良かった、良かった』と安堵する中、アイリスとルパート殿下は再度ソファへ腰を下ろす。
────と、ここでヴィンセントが手を挙げた。
「じゃあ、狩猟大会の話に戻りたいんだけど────エーデル公爵家は狩りに参加する?それとも、欠席?」
今回ここへ集まった、そもそもの原因────狩りの強要。
またの名を、第二皇子からの無茶ぶりともいう。
「狩猟大会そのものの出席は避けられないと思うから、狩りの参加を見送るならちょっと覚悟しておいた方がいいと思う。第二皇子は執念深い性格だからね」
「もちろん、極力庇うつもりだが……私もヴィンセントも狩りに参加する予定だから、ずっと一緒には居てやれない」
狩猟大会の最中はほぼ別行動になることを説明し、ルパート殿下は目頭を押さえた。
『どうにか出来ればいいんだが……』と零す彼を前に、アイリスは────
「参加しないと文句を言われるなら、私が参加します」
────と、名乗り出る。
『特訓の成果を試すいい機会だし』と言い、彼女は頬を紅潮させた。
ようやく実戦経験を詰めると思って、興奮しているのだろう。
子供のようにソワソワしているアイリスを前に、私は慌てて反対の声を上げる。
「そんなのダメよ!だって、アイリスは命を狙われているのよ!?それなのに、狩りなんて……!危ないに決まっているわ!」
狩猟大会の最中なら、たとえ死んでも事故として片付けられる。女性なら、尚更。
敵にとっては、まさに絶好のチャンスだろう。
「お姉様、私なら大丈夫。ルパート殿下のおかげで、凄く強くなったから」
自身の胸元に手を添え、アイリスは自信ありげに微笑む。
『心配しないで』と述べる彼女の前で、私は眉を顰めた。
「強くなったのは、自分の身を守るためでしょう!狩りに参加するためじゃないわ!」
「でも……狩りには、誰か参加しないといけないんでしょう?なら、私が適任だと思うんだけど……」
適材適所という言葉を振り翳すアイリスに、私は小さく首を横に振る。
「そんなことはないわよ!私だって、魔法を使えばある程度戦えるもの!だから、ここは私が……」
「ちょっと待って、セシリア」
堪らずといった様子で話に割って入り、ヴィンセントはどこか焦ったような表情を見せた。
かと思えば、慌てて言葉を紡ぐ。
「アイリス嬢の安全を考えるなら、狩りに参加させた方がいいかもしれない。そしたら、僕とルパート殿下の傍に置けるからさ。待機場所の警備に暗殺者が紛れ込まないとも限らないし、ここは信頼出来て腕の立つ者にアイリス嬢を託すべきだよ」
……それは一理ある、かも。
アイリスを狙っている勢力が、もし家宝を長年隠し持っていた者達なら、皇室とも関わりがある訳だし。
待機場所に暗殺者や間者を忍び込ませるくらい、簡単に出来そうだもの。




