魔法の講義
◇◆◇◆
────同時刻、屋敷の裏庭にて。
私はアイリスと向き合い、自身の魔力をコントロールする。
そして、
「フレイムスピア」
魔法で炎の槍を作り出した。
パチパチと火花を飛ばして燃えるソレを前に、私は軽く手を叩く。
すると、炎の槍はフッと霧のように消えた。
「今のが魔法よ」
「入れ替わりの時に使っていたものとは、違うのね」
「“均衡を司りし杖”による魔法は、特殊だからね。こっちが通常よ」
「ふ〜ん。私にも使える?」
炎の槍があったところをまじまじと見つめ、アイリスは少しばかり目を輝かせる。
やはり、彼女は机に向かって勉強するよりこうやって体を動かす方が好きみたいだ。
「ええ、恐らく。魔力はきちんと持っているようだから」
「じゃあ、やりたい」
「その前に、魔法の原理を学びましょう」
「原理?ただ呪文を言うだけじゃないの?」
見たことをそのまま受け取る性分なのか、アイリスは不思議そうに首を傾げる。
『まだ何かあるのか』と問う彼女の前で、私は苦笑を漏らした。
「確かに魔法の発動方法は呪文だけど、これにも色々あってね。まず、何で呪文を唱えるか分かる?」
「分からない」
考える素振りすら見せず首を横に振るアイリスに、私はやれやれと頭を振る。
でも、こういう正直なところは嫌いじゃなかった。
「私達が呪文を唱えるのは、各々の守護精霊に要望を伝えるためよ」
「守護精霊?」
「そう。私達が魔法を使う上で欠かせない存在のことよ」
『ある意味相棒みたいなものね』と言い、私は腰に手を当てた。
「彼らは魔力を魔法に変えられる唯一の存在で、目には見えない。ただ、常に私達の傍に居るわ。それで、私達の言葉を待っているの」
「その言葉って、呪文のこと?」
「正解。もっと正確に言うと、精霊語ね。私達魔導師はソレを話すことによって、守護精霊へ要望を伝えているの。さっきみたいに『炎の槍を作って』とかね」
『精霊語であればいいから、人によって呪文は多少異なるわ』と補足しつつ、一歩前へ出る。
「ただ、守護精霊にも出来ないことはたくさんあるから、何でも願いを叶えてくれるような存在じゃないわよ。属性に当てはまらないことは基本出来ないし……」
「属性って?」
「あぁ、その説明がまだだったわね。属性というのは、精霊の持つ元素のこと。主に火水風土の四つあって、ソレに当てはまる魔法しか使えないわ。簡単に言うと、火属性の精霊が水を生み出したり風を起こしたりすることは出来ないってこと」
『守護精霊とて、万能じゃないんだ』と教えると、アイリスは納得したように頷く。
と同時に、チラリとこちらを見た。
「じゃあ、お姉様の守護精霊の属性は火?」
「そうよ」
「他にはないの?」
「ないわ。基本、守護精霊は一つの属性しか持ち合わせていないし。あぁ、でもたまに守護精霊を複数体従えている魔導師は居るわね」
『それで複数の属性を使えることはある』と説明し、私は小脇に抱えた本を胸あたりまで持ち上げる。
「説明はここら辺にして、実践へ移りましょうか」
「いいけど、私の守護精霊の属性は何なのか分かっているの?」
「分からないわ。だからこそ、実際に試してみるの。百聞は一見にしかずと言うでしょう?」
各属性の簡単な魔法が載った本を差し出し、私は『ほら、唱えてみて』と促す。
アイリスはまだ精霊語を習っていないが、きちんと読み方も書いてあるため問題ないだろう。
『分かった』と言って素直に本を受け取る彼女は、パラパラと本のページを捲った。
「ねぇ、お姉様。一つ聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
『まだ説明していないことがあったか?』なんて思いながら、私は話の先を促す。
すると、アイリスは控えめにこちらを見つめた。
「どうして、入れ替わりの時────魔法を使って、抵抗しなかったの?」
『あの炎を使えば、逃げられたかもしれないのに』と零し、アイリスは一つ目の呪文を唱える。
が、不発。
『そう上手くはいかないか』と切り替えて次のページを捲る彼女の前で、私はそっと目を伏せた。
「炎なんて使ったら、危ないからよ。最悪、死人が出ていたかもしれないし……」
一酸化中毒や火傷の危険性を示唆し、私はギュッと手を握り締める。
と同時に、大きく息を吐いた。
「というのは建前で、本音は────さすがのお父様もそこまでしないだろう、と信じたかったからよ。あと、突然のことで動揺してしまい、咄嗟に動けなかったのもあるわね」
『家宝が出てきた時は本当に驚いたから』と肩を竦め、私は空を見上げる。
今も城で厳しい尋問を受けているであろう、父の姿を思い浮かべながら。
「結局、家族としての情を捨て切れなかったのよね」
『いつかは分かってくれると信じていた』と語り、虚しい気持ちを吐き出した。
────と、ここで妹の手から丸い光が飛び出す。
どうやら、守護精霊の属性は珍しい無属性……もっと正確に言うと、光属性だったらしい。
「そう。お姉様は本当に優しいのね。私だったら、迷わず全てを吹き飛ばしていたわ」
「ふふふっ。貴方なら、確かにやりそうね」
最近、大分丸くなった……というか我慢を覚え始めたとはいえ、アイリスの本質は変わらない。
物事をシンプルに捉え、事実を事実として受け取る直情型だ。
良くも悪くも、サッパリしている性格と言えるだろう。
「ところで、家宝の魔法はどういう原理で発動しているの?魔力を魔法に変えられる存在って、守護精霊しか居ないのよね?」
話題を変えるためか、それともふと気になったのか、アイリスは疑問をぶつけてきた。
と同時に、光の玉が消える。
「もしかして────あの家宝は守護精霊なの?」
「半分正解よ」
アイリスの鋭い指摘に目を細めつつ、私は両腕を組む。
「私も詳しいことは知らないのだけど、エーデル公爵家やクライン公爵家の家宝は守護精霊と人間……ご先祖様の血を媒介にして、作ったものらしいの」
「ふ〜ん。だから、その家の血を引いている人しか使えないの?」
「そういうこと。ちなみに家宝の魔法の正式名称は、血統魔法よ」
『まあ、そのままの意味ね』と苦笑し、私はポケットから懐中時計を取り出す。
アイリスの守護精霊の属性も分かったことだし、一旦休憩を挟みましょうか。
今日は本当に天気がいいから、あまり長く外に居ると体調を崩しそうだわ。
────と判断し、アイリスを引き連れて中に戻るとヴィンセントを発見した。
どうやら、私達に用があるらしい。
事前の連絡もなしに訪問してくることもそうだけど、アイリスの同席を求めてくるなんて珍しいわね。
普段は『セシリアと二人きりがいい』と言って、聞かないのに。
『これは確実に何かある』と確信しながら、私は一先ず応接室へヴィンセントを案内した。
一度部屋に戻って着替えてから戻ると、既にアイリスの姿もある。
お互い無言で紅茶を飲んでいる二人に、私は苦笑を漏らした。
『相変わらず、仲が悪いわね』と思いつつ、ヴィンセントの隣へ腰を下ろす。
「それで、話って何かしら?」
このあとまだ講義があるため早速本題を切り出すと、ヴィンセントは少しばかり表情を硬くした。
どことなく張り詰めたような空気を放ち、正面に座るアイリスを見つめる。
「単刀直入に言うね────何者かにアイリス嬢の命を狙われている」
「「!?」」
ハッとして息を呑む私達に、ヴィンセントはこれまでの経緯を説明した。
かと思えば、不意に頭を下げる。
「エーデル公爵家を守るためとはいえ、勝手に人を配置してごめん」
「ううん、気にしないで。まあ、これからは事前に言ってくれると助かるけど」
『突然だとビックリしちゃうから』と述べる私に、ヴィンセントはコクリと頷く。
「分かった。じゃあ、早速なんだけど────これからもその部下をここに置いてもいいかな?」




