狙われたのは《ヴィンセント side》
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────エーデル公爵と夫人を城の牢屋に放り込んでから、早一ヶ月。
僕はなかなか判明しない『元公爵の取り引き相手』に、苦悩していた。
人相だけでなく、年齢や性別も分からないなんて……困ったね。
これじゃあ、特定出来ないよ。
「分かっている事と言えば、フードを深く被った人物ということくらいか」
『徹底的に身元を隠しているな』と溜め息を零し、僕は自室のソファに腰を下ろした。
テーブルに広げた資料を眺めながら、トントンと指先で膝を叩く。
皇族絡みという時点で厄介なのは分かっていたけど、まさかここまで情報が出てこないとは。
このまま、元公爵や夫人を問い質しても意味がないかもしれないな。
『別の方向から攻めてみるか』と考えていると、突然目の前にローブの男が現れる。
サラリと揺れる紺髪をそのままに、膝をつく彼は静かにお辞儀した。
「当然の訪問、申し訳ございません。至急、ご報告したいことが」
エーデル公爵家の監視兼護衛として派遣した筈のアルマンの登場に、僕は少し驚いた。
『何かトラブルでも起きたのか?』と思案しつつ、スッと目を細める。
「なんだい?」
「エーデル公爵家に────どこからか、暗殺者が送り込まれて来ました」
「!」
ハッと息を呑む僕は、思わずソファから立ち上がった。
普段このように取り乱すことはないのだが、今回はセシリアも関わっているから。
『彼女の身に何かあったら……』と焦りを覚える僕の前で、アルマンは慌てて言葉を紡ぐ。
「エーデル公爵家の方々は全員無事です。暗殺者はこちらでこっそり処分しましたので」
「……生け捕りにはしなかったの?」
「そうしたかったのですが……全員毒を服用して、自害しました」
プロの犯行を匂わせ、アルマンは『申し訳ございません』と頭を下げた。
今後のことを考えるなら、絶対に生け捕りにするべきだったから。
せっかくの情報源をダメにしてしまった、と反省しているのだろう。
「はぁ……もういいよ。エーデル公爵家の面々に内緒で守り抜くとなると、生け捕りは難易度が高かっただろうし」
『セシリア達が無傷だっただけで御の字だ』と告げ、僕はソファへ再度腰を下ろす。
死体から情報を得る方向で考え直す中、アルマンはチラリとこちらの顔色を窺った。
「それから、これは私の推測になりますが……」
「構わない。当てずっぽうでもいいから、話してみて」
『今はとにかく情報が欲しい』と主張すると、アルマンはおずおずと口を開く。
「今回、狙われたのは恐らく────アイリス・レーナ・エーデルです」
「……はっ?」
セシリアやフランシス卿がターゲットだとばかり思っていた僕は、思わず目を見開いた。
だって、どう考えてもアイリス嬢に暗殺する価値などないから。
エーデル公爵家の血を絶やすために彼女も殺すなら分かるが、彼女をターゲットにするのはよく分からない。
何か重要な情報を握っているのか?それとも、単なる怨恨?
『見るからに他者の恨みを買ってそうだからね』と思案しつつ、僕は口元に手を当てた。
「他に何か気づいた点は?」
「ありません」
フルフルと首を横に振るアルマンに、僕は『そうか』と頷く。
窓越しに雲一つない青空を見上げ、セシリア達にこのことを知らせるべきかどうか悩んだ。
知らせるとなると、必然的にアルマンの存在がバレるけど……まあ、セシリアなら許してくれる筈。
黙って護衛するのも限界があるし、この際全て話して正式に許可を取るべきだろう。
「アルマンは持ち場に戻って。僕も直ぐにエーデル公爵家へ向かう」
「はっ」
何となく僕の考えを察したのか、アルマンは何も聞かずに頭を垂れた。
かと思えば、一瞬にして姿を消す。一切物音を立てずに。
『相変わらず、静かなやつだな』と思いつつ、僕は席を立った。




