再婚
◇◆◇◆
────今から、十年前。
私がまだ八歳だった頃、父は突然見知らぬ女性と少女を連れてきた。
かと思えば、直ぐさま私を呼び付けてこう言う。
「挨拶しなさい、セシリア。今日から、お前の母と妹になる者達だ」
「……えっ?」
母と妹……?つまり、再婚するってこと?まだお母様を亡くしてから、十日しか経っていないのに?
それにこの子……。
妹だという銀髪の少女を見つめ、私は戦慄する。
というのも、父にそっくりだったから。
ただの連れ子とは思えない……恐らく、父と新しい母の間に生まれた子供だろう。
年齢は恐らく、六歳か七歳くらい……ということは、お母様が生きている頃に────不倫、していたんだわ。それも、長い間。
『もしかしたら、私をお腹に宿している時も……』と考え、目を白黒させる。
貴族なら愛人を持つことは珍しくないが、子供を産ませた挙句本妻にするなんて……有り得ない。
どんなにだらしない方でも、そこは一線を引いている。
『あまりにも非常識だわ……』と嘆いていると、銀髪の少女がソファを飛び降りた。
かと思えば、客室の隅っこに居る私のところまで駆け寄ってくる。
「私、アイリスよ!今日から、貴方がお姉ちゃん?」
事の重大さを全く理解していないのか、アイリスと名乗った彼女はニコニコと機嫌良く笑う。
悪意なんて微塵も感じさせない態度に、私はなんだか毒気を抜かれてしまった。
『子供に罪はないものね』と思いつつ、何とか表情を取り繕う。
「ええ、今日から貴方の姉になるセシリア・リゼ・エーデルよ」
「セシリア、リ……何?貴族って、凄く名前が長いのね。平民の私達とは大違いだわ」
「えっ?平民……?」
せいぜい下級貴族の縁者程度に思っていた私は、思わず頬を引き攣らせる。
別に身分で相手を差別するつもりはないが、婚姻に至るまでの経緯も相まって正直不信感しかない。
『ちゃんとやっていけるの……?』と不安を募らせる私の前で、アイリスはニッコリ笑った。
「そうよ!私もお母様も平民なの!だから、大貴族のエーデル家の当主と結婚出来るのはまさに奇跡だって言っていたわ!ロマンス小説の主人公みたいね、って!」
『ロマンチックよね!』と目を輝かせ、アイリスは私の手を掴んだ。
かと思えば、ブンブン上下に振り回す。
「まあ、とにかくこれからよろしくね!」
────と、挨拶を交わしたのが約半年前。
迅速に再婚の手続きと結婚式を終え、エーデル公爵家は四人家族となった。
当然、周囲からは強い反発を受けたものの……父はどこ吹く風。全く意に介さない。
おかげで、公爵家は滅茶苦茶で……。
「大変です、セシリアお嬢様!またアナスタシア様がパーティーを開く、と仰っています!」
「そのための準備をお嬢様にお任せしたい、って!こんなの丸投げ同然ですよ!」
「あと、アイリス様がまた癇癪を起こして家庭教師の方を追い返してしまったそうで……!」
「違約金を払ってもいいから辞めたい、と家庭教師の方が仰っています!」
慌てた様子で部屋へなだれ込んできた使用人達は、『どうしましょう……?』と困り果てている。
そっと眉尻を下げる彼らの前で、私は席を立った。
「報告、ありがとう。パーティーの件はこちらで対処するわ。それから、家庭教師の方には充分な謝礼金を払って契約終了して。新しい先生は……まあ、何とか探してみるわ」
執務机に載った大量の書類を一瞥し、私は『今日も徹夜になりそうね』と苦笑を漏らす。
一応当主の仕事は父の方でやっているが、屋敷の管理などは私に一任されている。
継母では勝手が分からないだろう、と。
そのため、屋敷内における全ての出来事は私一人で処理しなければならなかった。
お継母様やアイリスには何度も公爵夫人としての役割を学ぶよう、進言しているんだけど……『セシリアが居るうちはやらなくてもいい』と考えているみたいで。
これから、必要となるスキルなのに。
『私に何かあったら、どうするつもりなんだか』と嘆息し、額を押さえる。
すると、使用人達が心配そうにこちらを見つめた。
「大丈夫ですか?やっぱり、負担が大きいのでは?」
「わ、私!アナスタシア様にパーティーの開催を考え直すよう、言ってきます!」
「私もアイリス様にちゃんと講義を受けるよう、説得してきますわ!」
母が生きている時から我が家に仕えてきた使用人達は、『お嬢様を守らなくては!』と奮起する。
雇い主の家族に物申すなんて、かなりリスクの高い行いなのに。
下手すれば、解雇や懲罰を受けることになる。
「私なら、大丈夫よ。だから、無茶はしないで。私にとって、貴方達は家族同然なんだから。お父様達の機嫌を損ねて何かあったらと思うと、胸が張り裂けそうだわ」
使用人達の手を順番に握り、私は『落ち着いて』と宥める。
母だけでなく、彼らまで失ったら……私は本当に壊れてしまうから。
これまで父達の行いに耐えて来れたのは、偏に使用人達のおかげ。
再婚に最後まで反発して、私を守ってくれた彼らが居なければ、自分の人生に絶望していたかもしれない。
『あと、ヴィンセントも味方になってくれたし』と頬を緩めていると、彼らはちょっと涙ぐむ。
「お、お嬢様……私達のことをそんな風に……」
「嬉しいです……!一生、お嬢様について行きます!」
「私も……!」
「ふふふっ。ありがとう。あと────」
そこで一度言葉を切ると、私は少しばかり声のトーンを落とす。
「────お継母様とアイリスのことは、ちゃんと『奥様』『お嬢様』って呼ばないとダメよ。お父様に聞かれたら、大目玉だわ」
恐らく、使用人達は最後の意地として呼び方を変えているのだろう。
『公爵家の一員とは認めない』という意思表示のために。
でも、ちょっとあからさま過ぎた。
まあ、当の本人達は気づいていないようだが。
一応、敬称で呼ばれているからだろうか?
「お願いよ、皆。私のためを思うなら、ずっと傍に居て。追い出されるような真似はしないで」
「お嬢様……」
「お継母様とアイリスの存在をなかなか受け入れないのは、分かる。貴方達は私のお母様のことを凄く慕っていたからね。でも、そこは何とか割り切ってほしいの」
難しいことなのは百も承知で頼み込むと、使用人達は顔を見合わせた。
そして、誰からともなく頷き合う。
「分かりました。言われた通りにします」
「お嬢様のことを思うあまり、暴走してしまったようです。申し訳ございません」
「これからは仕事とプライベートを分けて、考えますね」
「私達だって、セシリアお嬢様の傍にずっと居たいので」
『不平不満は一旦呑み込む』と宣言した彼らに、私は柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとう。大好きよ、皆」
『貴方達が居てくれて良かった』と本音を漏らすと、彼らは照れたように頬を赤くする。
────と、ここでノックもなく扉を開け放たれた。
「お前達、一体何をしているんだ?さっさと仕事しろ」
『油を売っている場合か』と文句を言い、中へ入ってきたのは父だった。
慌てて頭を下げる使用人達の前で、彼は真っ直ぐこちらへ向かってくる。
お父様が私の部屋を訪れるなんて、珍しいわね。
普段は絶対、近寄らないのに。