祖父の話
「さて、何を話すか」
ある程度緊張が解けたとはいえ、あくまで初対面。
共通の話題など、ないに等しい。
『どうするか』と悩んでいる様子の祖父を前に、私は侍女の淹れた紅茶へ手を伸ばした。
「あの、よろしければ家宝が紛失した当時のことを聞いてもよろしいですか?」
家族団欒と程遠い話題ではあるものの、私達全員に関係のある話と言えばこれしかなく……私はおずおずと相手の顔色を窺う。
『やっぱり、ちょっと不躾だったかしら?』と不安に思っていると、祖父は
「ああ、構わんぞ。こちらへ来た以上、そのうち話そうと思っていたからな」
と、快諾してくれた。
『情報共有は大事なことだ』と頷きながら、彼は膝に手を置く。
「まず、先にこれだけは言っておく。儂は本当に家宝の紛失に関わっていない。今まで、どこに保管されていたかも知らん。だから、陛下より発見したとの報告を受けた時は心底驚いた」
『当時、あれだけ探して見つからなかったのに』と語り、祖父は小さく息を吐いた。
かと思えば、おもむろに顎を撫でる。
「それで、ここからは誰にも明かしていない話……いや、儂の憶測だが」
そう前置きしてから、祖父は少しばかり顔色を曇らせた。
「屋敷から、家宝を持ち出したのは恐らく────ローガンだと思われる」
「!?」
ここでまさか父の名が出てくるとは思わず、ティーカップを持ったまま固まる。
ヴィンセントの話から一枚噛んでいることは分かっていたが、そこまで深く関わっているとは思わなくて。
『えぇ……?』と困惑する私を前に、祖父は天井を見上げた。
「紛失当時のローガンは挙動不審でな。最初は慌てふためく大人達を見て、不安がっているのかと思っていたが……どうも、様子がおかしかった。それで注意深く行動を見張っていたら、ある場所によく足を運んでいたことが分かってな」
「ある場所というのは……?」
「屋敷の敷地外にある小川だ」
裏手の山の方を指さし、祖父は『あやつが行きそうな場所じゃないだろう?』と肩を竦める。
確かにお父様は小川なんて、興味なさそうね。
だからこそ、違和感があるのだけど。
『一体、何をしていたのか』と疑問に思う中、祖父はチラリとティーカップを見た。
「あやつはいつも何かを探すように川の中を覗いたり、周辺の草むらを漁ったりしておった。だから、ピンと来たんだ。こいつ、説教された腹いせに家宝を盗み────川に捨てたな、と」
衝動的な犯行であったことを語り、祖父はゆっくりと視線を上げる。
「恐らく、ちょっとしたイタズラのつもりでやったんだろう。儂が少しでも困ればいいと思って……でも、思ったより大事になって驚き、何とか家宝を取り戻そうと小川に足を運んでいた。そう考えれば、一応辻褄は合う」
呆れ気味に……どこか自嘲気味に溜め息を零し、祖父は目頭を押さえた。
内部犯……それも、自分の息子が犯人なんて考えるだけで頭の痛くなる事案だろう。
でも、信憑性は高かった。
「お祖父様はその話を陛下や騎士にしなかったのですか?」
「ああ、確証のある話じゃなかったからな。それにローガンを問い詰めて得られる情報なんて、たかが知れている。次期当主の蛮行を世に知られる方が、エーデル公爵家にとってはずっと痛手だ。だから、儂が一人で責任を被ることにした。まあ────今となっては、その判断が正しかったのか自信を持てないが」
息子と家門を守るためにしたことが巡り巡って本人達の首を絞める結果となり、祖父は迷いを見せる。
『あのとき、ちゃんと問い詰めるべきだったか』と悩む彼を前に、私はそっと眉尻を下げた。
正直、それは……私にも分からないわ。
ただ、当時の状況を考えるとお祖父様の判断は最善だったと思う。
手に持ったティーカップをソーサーの上に戻し、私は背筋を伸ばす。
「お話は大体、分かりました。話していただき、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げ感謝の意を表すと、私は真っ直ぐに前を見据えた。
「仮にお父様が家宝を持ち出し、小川に捨てていたとして────問題は誰がソレを拾って保管していたか、ですね」
衝動的な犯行である以上、見つけた人も家宝を手にしたのは完全に偶然だった筈……。
持ち帰るところまでは理解出来ても、エーデル公爵家や皇室が大々的に捜索を行っていると知れば手放すなり何なりしただろう。
もし、自分が持っているとバレれば盗んだ犯人として扱われるから。
でも、拾った人はそうしなかった。
ただ単にエーデル公爵家の家宝であることを知らなかった?
いや、それはない。だって、家宝のイラストが描かれた紙を全国各地に貼り出していたみたいだから。
拾った当初は知らなくても、そのうち知ることになった筈。
となると、やっぱり────わざと隠し持っていた可能性が高い。
『隠し通せる自信があったんだろうな』と思いつつ、私は犯人の候補を絞っていく。
────と、ここで祖父が僅かに身を乗り出した。
「まず、皇族の誰かが関わっているのは確実だ。そうでなければ、封印は解けないからな」
「でも、当時封印を解ける皇族って……陛下と第一皇子くらいですよね。まず、陛下は有り得ないとして……第一皇子は当時、赤ちゃんですし」
「必ずしも、紛失した当初に封印が解けたとは限らんぞ」
「あっ、そうですね」
封印されたまましばらく放置していた可能性もあるため、私は慌てて皇子達を候補に入れる。
と同時に、一つ息を吐いた。
だって、これじゃあ誰が味方で誰が敵なのか全く分からないから。
まあ、強いて言うなら第三皇子のルパート殿下は候補から外してもいいかも。
封印の解除方法を知ったのは、最近みたいだから。
もちろん、知っていてあのような態度を取っていた線もあるから油断は出来ないけど。
「なんにせよ、これ以上候補は絞れなさそうですね」
「情報待ちになるだろうな」
『推理するには材料が足らん』と肩を竦める祖父に、私は相槌を打つ。
父や継母が素直に話してくれることを祈りつつ、隣に座るアイリスへ目を向けた。
「ねぇ、アイリスはお父様やお継母様から家宝について何か聞いてないの?」
「聞いていない……と思う。何か言っていても、覚えていないから」
「そ、そう……」
ある意味アイリスらしい返答に苦笑を漏らしていると、彼女は突然『あっ……』と声を漏らした。
「でも、お母様が誰よりも積極的に家宝の使用を勧めていた気が……する」
『多分……』と付け足しつつ、アイリスはショートケーキを頬張る。
既に十皿ほど平らげている彼女を前に、私は少し考え込んだ。
お継母様が家宝の使用を後押ししていた?それはなんだか妙ね。
あの人はあまり面倒事を起こしたくないタイプに見えたけど。
癇癪持ちのアイリスを社交界から遠ざけたり、血の繋がってない私ともそれなりに話したりと、彼女は徹底的にトラブルを避けてきた。
少なくとも、目に見える地雷へ突っ込んでいくような人じゃない。
面倒事を他人に押し付けたり、散財したりする癖はあるものの、きちんと身の程を弁えている。
だからこそ、エーデル公爵家の女主人として今までやって来れたのだ。
「ヴィンセントにも、このことは報告した方が良さそうね」
言いようのない胸騒ぎを覚えながら、私は侍女に紙とペンを用意するよう指示した。




