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父の証言

 以前より少し痩せたように見える使用人達を見つめ、私はどうしようか悩む。

その隣で、アイリスはコテンと首を傾げていた。


「ねぇ、お姉様。何で皆、謝っているの?」


「私に対して、『申し訳ないことをした』と思っているからよ」


「ふ〜ん。申し訳ないことって?」


 本当に何も分からないのか、アイリスはクイクイと私の服の袖を引っ張る。

ある意味一番の原因とも言える立場なのに、ここまで無知だといっそ清々しい。


「私の話を信じなかったこと、かしら?ほら、貴方と私が入れ替わった時……」


「あれは悪いことだって聞いたわ」


 『それくらい、私も知っているのよ』と胸を張り、アイリスはちょっと得意げになる。


「あと、『悪いことをしたら謝るんだ』って皇帝が言っていた」


「皇帝陛下、ね。ちゃんと敬称をつけなきゃダメよ。それより、アイリスのところにも陛下が来てくださったのね」


 事情聴取のため城に詰めていた二週間、ロジャー皇帝陛下は頻繁に顔を見せてくれた。

恐らく、私達を気遣ってのことだろう。

皇室とエーデル公爵家の仲は良好なままだ、と……責任はあくまで父と継母個人にあるのだ、と示すために。


 お父様とお継母様はまず間違いなく、貴族籍から除名される。

そうなると、私達は保護者が居なくなるため権力を求める者達の格好の餌となる。

だから、牽制してくれたのだろう。

まあ、それでも近づいてくる者達は一定数居るでしょうけど。


 『これからはより一層気を引き締めないと』と考える中、アイリスはニコッと笑う。


「うん。『何か不便はないか』って、聞いてきたわ。だから、『暇なの』って答えたら少しお茶してくれたの」


「そ、そう……」


 陛下を暇潰しの相手にするって、この子本当に命知らずね。


 『無知故の無鉄砲さだ』と大きく息を吐き、私は額に目を当てた。


「陛下には後でお礼の手紙を送らなきゃね……あと、貴方達。もういいから、顔を上げなさい」


 ずっとひれ伏したままの使用人達を眺め、私は腰を折る。

恐る恐る身を起こす彼らの前で、私はスッと目を細めた。


「貴方達の謝罪を受け入れるわ。だから、死ぬなんて考えちゃダメよ。そもそも、入れ替わりなんて普通は信じないもの」


 『直ぐに見破ったヴィンセントが特殊なのよ』と肩を竦め、私は侍女長の手を取る。


「まあ、そう言っても貴方達はきっと納得しないでしょうけど」


 何か言いたげな様子の使用人達を見据え、私はふわりと柔らかい表情を浮かべた。


「だから、もし少しでも償いたい気持ちがあるなら仕事を通して我が家に……ううん、私に貢献して。痛い思いや苦しい思いをすることだけが、罰じゃないんだから。無理に自分を追い詰めちゃダメよ」


 『自傷や自害なんて論外だからね』と釘を刺し、私は立ち上がる。

侍女長の手を引きながら。


「さあ、立って。今日から、またたくさん働いてもらうわよ」


 『やること山積みなんだから』と笑い、私は侍女長を強引に立たせた。

すると、他の者達もおずおずと立ち上がる。


「じゃあ、全員持ち場に戻って。私とアイリスは洋間に行くわ」


 パンパンと手を叩いて解散を言い渡し、私はアイリスと共に二階へ上がった。

そして、事前に連絡を受けていたヴィンセントも交えてティータイムを挟む。

正直、恋敵とも言えるアイリスとヴィンセントを引き合わせるのは抵抗があったものの……彼女を野放しにする訳にもいかないため、傍に置いた。

こちらの心配に反して、随分と大人しいこともあって。


 きっと、アイリス自身も『これまでの行いは常識外れで、いけないことだった』と自覚しているのだろう。

だから、度重なる事情聴取や退屈な皇城生活にも文句を言わなかった。

以前までの彼女なら、泣いて怒って癇癪を起こしていただろうに。


 『我慢を覚え始めたのはいい傾向ね』と好感を抱きつつ、向かい側の席に座るヴィンセントを見つめた。


「それで、調査は上手くいっているの?」


「う〜ん……正直に言うと、難航しているかな」


「あら、もしかして黙秘を貫いているとか?」


 『追い詰められてヤケを起こしているのか』と思案する私に、ヴィンセントは首を横に振る。


「そうじゃないよ。事情聴取には、素直に応じている。その代わり、『罪を軽くしろ』ってうるさいけどね」


 手に持ったティーカップをソーサーの上に戻しつつ、ヴィンセントは一つ息を吐いた。

珍しく不満を露わにしている様子から、父の態度が見て取れる。

でも、ここで愚痴を零さないあたりヴィンセントらしい。

きっと、私達に気を遣ってくれたのだろう。あれでも一応実の父親だから、と。


「エーデル公爵曰く、“均衡を司りし杖”の紛失は事実らしい。隠し持っていた訳ではないとのこと」


「嘘をついている可能性は?」


「ほぼないかな。陛下の話を聞く限り、紛失当初は公爵領をひっくり返すような勢いで探し回っていたみたいだから。当時、未成年のエーデル公爵が皇室や前公爵の目を欺けたとは思えない」


 年単位で続いたという捜索を軽く説明し、ヴィンセントは自身の顎を撫でた。


「ただ────紛失には一枚噛んでそうだ。それが計画的犯行なのか、衝動的犯行なのかは分からないけど」


 『紛失当時の話になると、口が重くなるんだ』と語り、ヴィンセントは小さく(かぶり)を振る。

この期に及んでまだ隠し事をしようとする父に、呆れているのかもしれない。


「まあ、紛失の件はおいおい詰めるとして────エーデル公爵の証言から、判明したことは主に三つだ」


 左手の指を三本立て、ヴィンセントは僅かに身を乗り出した。


「“均衡を司りし杖”を取り戻したのは、ごく最近。ある日、外出中に見知らぬ人物から声を掛けられ、取り引きを持ち掛けられたそうだ。家宝を返す代わりに一つだけ願いを叶えてほしい、と」


「その願いって?」


「それは分からないんだって。公爵もしつこく相手に聞いたらしいけど、『後日話す』って言って聞かなかったらしい」


「条件の後出しなんてリスクの高いこと、よくお父様が認めたわね」


 『突っぱねなかったのか』と目を剥く私に対し、ヴィンセントは苦笑を漏らす。


「アイリス嬢の願い……僕との結婚を叶えるために、認めたらしいよ。交渉する時間はなかったそうだから。あと、相手側が『封印を解いた状態で渡す』と明言したため仕方なく折れたみたい」


 溜め息交じりに答えるヴィンセントは、やれやれと肩を竦めた。

いい迷惑だ、と言いたいのだろう。


 なるほど。武力行使に出なかったのは、あくまでこっそり家宝を取り戻すためか。

もし、皇室にこのことを勘づかれれば入れ替わりなんて不可能だものね。

だから、トラブルを起こさず平和的に解決する必要があった。


 『本当にアイリスのためなら、何でもやるわね』と呆れ、私はちょっと遠い目をする。

もう愛されたいとか必要とされたいとか、そんなことは思わないが……同じ娘なのにこうも違うと、なんだか複雑な気持ちになった。

────と、ここでアイリスが私の袖口を軽く引く。


「お姉様、一つ言い忘れていたんだけど」

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