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混沌を律する剣

「ゔぃ、ヴィンセント小公爵……今なら、まだ冗談で済ませられますよ」


 ここに来てまだ足掻く父に対し、ヴィンセントはスッと目を細めた。


「問題ありません。最初から、冗談で済ませる気なんてありませんから」


 無情なまでに父の懇願を切り捨て、ヴィンセントは黒い剣身を見下ろす。

と同時に、刃先を軽く指で撫でた。


「“混沌を律する剣”────タルティーブ、我が名はヴィンセント・アレス・クライン。そなたの仕えしイブの血を引く者。もし、この声を聞いているのなら世界の理に従い、物事を律し、歪んだ事柄を正したまえ。そなたにのみ許された権能を、権限を、権利を委ねたまえ。(われ)が願うは」


 そこで一度言葉を切ると、ヴィンセントはこちらを見る。

『もう大丈夫だからね』と言う代わりに優しく微笑み、剣の柄を強く握り締めた。


「セシリア・リゼ・エーデルとアイリス・レーナ・エーデルに起きた異常を本来の形に戻すこと」


 その言葉を合図に、“混沌を律する剣”は光を放ち────剣身から、黒い手が伸びる。それも、二本。


 何も異常がなければ、剣は沈黙を選ぶ。なので、これが……これこそが私達の入れ替わりを裏付けている。

まあ、これじゃあ決定的な証拠とは呼べないけどね。


「っ……!くそ!」


 苛立たしげに眉を顰め、父はガンッとテーブルを殴りつけた。

『計算が狂った……!』と憤慨する彼を他所に、二本の手はそれぞれ私とアイリスの胸元に触れる。

その瞬間────景色が変わった。いや、元に戻ったとでも言うべきか……。


「私の、体……」


 全く趣味じゃない派手なドレスを見下ろし、私は『嗚呼、やっとあの悪夢が終わったんだ』と実感する。

だって、隣には継母じゃなくてヴィンセントが居たから。

『ようやく、この位置に戻ってこれた』と涙ぐみ、胸元を強く握り締めた。

が、何とか感動を押し込める。


 ここから先は私も頑張らないと。

ヴィンセントのおかげで、声を出せるようにもなったし。


 『任せっぱなしじゃダメ』と自分に言い聞かせ、奮い立つ。


「陛下!私から、ご報告したいことがございます!」


「ま、待て!セシリア……!」


 私のしようとしていることを察したのか、父はこちらへ身を乗り出してくる。

焦りと不安を滲ませながら。


「我が家がどうなってもいいのか!?少なからず、お前にも被害は及ぶんだぞ!?」


 『今ならまだ間に合う!』と説得する父に、私は全く心を動かされなかった。

だって、そんなの覚悟の上だから。


「お父様、私は貴族です。民のため、国のために動くのは当然でしょう。保身のために悪を見過ごすなど、出来る訳がありません。その結果、己の地位や名誉を貶めることになったとしても、私は貴族としての義務と責任を果たします」


 一切言い淀むことなく宣言し、私はロジャー皇帝陛下へ向き直った。

『おい……!』と喚く声がまだ耳に届くものの、気にせず口を開く。


「詳細は省きますが、私は父ローガン・アンディ・エーデルによって妹アイリス・レーナ・エーデルと中身を入れ替えられました」


「ふむ。それは大体分かっておるが、どうやって入れ替えられたんだ?」


 『方法は何だ?』と問うロジャー皇帝陛下に、私はスッと目を細めた。


「────我が家の家宝“均衡を司りし杖”の力によるものです」


「ほう?エーデル公爵家の家宝は失われた筈だが……」


 おもむろに顎を撫で、ロジャー皇帝陛下は僅かに身を乗り出す。

ヴィンセントの方から、事のあらましは聞いている筈だが……今ここで全てをハッキリさせたいのだろう。

『皇室としても一大事だものね』と思いつつ、私は返答を口にする。


「詳しいことは私にもよく分かりませんが、父が“均衡を司りし杖”を所持しているのは確かです」


「で、デタラメを言うな!セシリア!大体、どこに杖があると言うのだ!?」


 『調べてみるか!?』と強気に出て、父は両手を広げた。

見つからない自信があるのだろう。でも────


「お忘れですか?お父様。出発前、私から声を奪い、続けざまに杖の形状を変えたことを」


 ────こっちはもう全部知っている。

というか、目の前で見せられた。悠々と“均衡を司りし杖”の能力を使う場面を。


 きっと、お父様は『どうせ、話せないんだから』と油断していたんでしょうね。


「ヴィンセント、お父様のカフスボタンを狙って」


「任せて」


 まだ解除された状態の“混沌を律する剣”を構え、ヴィンセントはニッコリと微笑んだ。

かと思えば、父のカフスボタン目掛けて剣を投げる。

“混沌を律する剣”の能力は、触れるだけでも発動するから。

むしろ、さっきみたいに詠唱して使う方が稀。

『多分、分かりやすくするためにああしたんだろうな』と考える中、剣は見事カフスボタンに当たる。

と言っても、ちょっと掠った程度だけど。でも、それで充分。


「っ……!」


 “混沌を律する剣”によって本来の姿へ戻った“均衡を司りし杖”を前に、父はたじろぐ。

カランと音を立てて床に転がったソレらの前で、思い切り顔を歪めた。

怒りに震える彼を他所に、ロジャー皇帝陛下は席を立つ。


「ふむ。確かにこれは“均衡を司りし杖”だな。昔、一度だけ実物を見たことがある故間違いない」


 落ちた杖の近くまで足を運び、ロジャー皇帝陛下はまじまじとソレを眺めた。


「そうなると、セシリア嬢の証言にも信憑性が……」


「し、知りません!私はやってない!」


 ここまで来てまだシラを切る父に、ロジャー皇帝陛下はもちろんルパート殿下まで呆れ返る。

『もうさっさと罪を認めておけよ』とでも言うように溜め息を零し、小さく(かぶり)を振った。


「まあ、入れ替わりの件は一旦置いておくとして────“均衡を司りし杖”を発見しておきながら秘匿していたこと、許可なく使用していたことは重罪に当たる。いくら、エーデル公爵家と言えど処罰は免れぬぞ」


「っ……!」


 グッと両手を握り締め、父は俯く。

もはや入れ替わり云々の話じゃなくなってきたことに、焦りを覚えているのかもしれない。


 下手したら、これ反逆罪になるからね。

だって、エーデル公爵家もクライン公爵家も家宝の力の使い道を皇室に委ねることによって、忠誠心を示してきたから。

このような対応は、非常に不味い。


 『確実に信用は失っただろうな』と肩を竦め、ことの成り行きを見守る。

もう私の手に終える話じゃないため。

『陛下の沙汰を待つしかない』と考える中、父は床に膝をついた。


「何故、いつもこうなんだ……」


 譫言のようにそう呟き、父はふとこちらを振り返る。

その目はとても濁っていた。


「お前の母も、そして私の父も……お前と同じだった。口を開けば、貴族としての義務や責任だのなんだのと……好きで貴族に生まれた訳じゃないのに」


 贅沢すぎる悩みを吐露し、父は目尻に涙を浮かべる。


「私はただ普通に……人間らしく、生きたかっただけなんだ」

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