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核心をつく

「うん、やっぱり────君、セシリアじゃないよね?」


 冷めた目でセシリアたるアイリスを見下ろし、ヴィンセントはここぞとばかりに指摘した。

その途端、父達はハッと息を呑むものの……直ぐさま、こう切り返す。


「な、何を仰るのですか……!?彼女は歷とした我が家の長女セシリア・リゼ・エーデルです!」


「確かにいつもと少し様子は、違うかもしれませんが……!」


「も、もう……!ヴィンセントったら、またジョークを言っているの……?」


「いや、僕は大真面目だけど」


 引き攣った笑みを見せるセシリアたるアイリスに、ヴィンセントは冷たく言い放った。

顔面蒼白になる彼女の前で、彼はおもむろに腕を組む。


「前から、おかしいとは思っていたんだ。セシリアらしくない言動ばかりだったし、僕とお揃いのピアスだって身につけなくなった」


「「「!?」」」


 『そんなものが!?』と驚愕し、父達は顔を見合わせる。

どうやら、彼らは私の容姿や服装に全く関心を持っていなかったらしい。

『あのピアスなら、基本毎日つけていたんだけど』と苦笑する中、父は僅かに身を乗り出した。


「そ、それは心境の変化というもので……!とにかく、この子はセシリアで間違いないんだ!」


「うん、そうだね。体は(・・)セシリアで間違いないと思うよ」


「なら……!」


「でも、中身は(・・・)違う。どちらかと言うと、僕の知っているセシリアは今そこに居るアイリス嬢に近い」


 ここぞとばかりに畳み掛け、ヴィンセントはゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。

ほんの少しだけ、表情を和らげながら。

『会いたかったよ』と視線だけで伝えてくる彼に、私は頬を緩める。

と同時に、トントンと自身の喉を(つつ)いた。


「それは一回目の合図で理解しているよ」


 食事前の動作を話題に出し、ヴィンセントは『大丈夫だからね』と笑う。

ここで全ての決着をつけるつもりなのか、実に堂々としていた。

これから始まる逆転劇を思い浮かべ辟易していると、彼はロジャー皇帝陛下に目を向ける。


「陛下、僕はセシリアとアイリス嬢の中身が入れ替わっているのではないかと疑っています」


「ほう。それはまた突拍子もないことを……とはいえ、セシリア嬢の変化は些か顕著すぎる。ただの心境の変化で片付けるには、あまりに妙だ」


 最初からヴィンセントの味方であっただろうロジャー皇帝陛下は、少しばかり中立の姿勢を崩す。

『小公爵の言うことには一理ある』と考える彼の前で、父は勢いよく立ち上がった。


「お、お待ちください!陛下!まさか、子供の戯言を真に受けているのですか!」


「確かにセシリアの言動はおかしかったかもしれませんが、中身が入れ替わっているなんて……!有り得ません!」


 半ば喚き散らすような形で反論し、継母は目を吊り上げた。

自分の築き上げてきたものが壊れそうで、危機感を抱いているのだろう。

さすがの彼女でも、今回の件がバレたら不味いことくらいは理解している筈だから。


「大体、証拠はあるんですか……!?まさか、状況証拠だけでそんなことを!?」


「だとしたら、これは立派な名誉毀損です!家門を上げて、正式に抗議させてもらいます!」


 『証拠はない』と高を括っているからこそ、父は強気に出る。

そりゃあ、そうだ。別に怪しい薬や術を使った訳じゃないのだから。

入れ替わりを証明出来るような()は、ない。

だが、


「陛下、お願いが御座いります。どうか、ここで────クライン公爵家の家宝を使用する許可をください」


 その事実を裏付けることは出来る。

まあ、それでも黒寄りのグレーになってしまうが。

でも、それで充分────本命は別にあるから。


「ふむ……本当に入れ替わりが起きているなら、クライン公爵家の家宝────“混沌を律する剣”でどうにか出来るだろう。よし、許可する」


「へ、陛下……!」


 堪らずといった様子で声を上げ、父は焦りを露わにする。

“均衡を司りし杖”の一番の天敵は、“混沌を律する剣”だから。

というのも────“均衡を司りし杖”によって、歪められた事象を元に戻す力があるため。

まあ、もっと正確に言うと、世界の理に則って本来あるべき姿に直しているだけだけど。


 イメージは修理屋に近いが、床に落として壊れた花瓶やアクセサリーに加工した宝石などを元に戻せる訳じゃない。

それは世界の理に反してしまうから。

あくまで、直せるのは本来あるべき姿からかけ離れてしまったものだけ。


 “均衡を司りし杖”に比べると汎用性は低いけど、局所局所でかなり使える。

だって、家宝と関係ない普通の魔法────世界の理を無視した超常現象も無効化出来るんだから。

対魔導師戦闘では、無双すること間違いなしである。

とはいえ、クライン公爵家の一存で好き勝手に使える訳じゃないため、ちょっと面倒だけど。


「ありがとうございます、陛下。では────今だけ、使えるようにして(・・・・・・・・)くださいますか?」


 そう言って、ヴィンセントは懐から────小刀サイズの剣を取り出した。

青い鞘に収められたソレこそ、クライン公爵家の家宝“混沌を律する剣”である。

我が家と同様、先祖の血を引く者しか使えない代物だが、今は直系のヴィンセントにだって剣を抜けない。

何故なら、各家の家宝は皇室によって────封印(・・)が施されているため。


「ああ。貸してみなさい」


 ヴィンセントから剣を受け取ったロジャー皇帝陛下は、チラリとルパート殿下に目を向ける。


「封印の解除を見るのは、初めてだったか」


「はい」


「では、よく見ておきなさい。これは皇家の血を引く者にしか、出来ないことだからな」


 『これを機に、覚えるといい』と告げ、ロジャー皇帝陛下はまだ使っていないナイフを手に取った。

かと思えば、自身の手首を切りつける。

ハッと息を呑むルパート殿下の前で、彼はナイフを置いた。

慣れた様子で自分の血を“混沌を律する剣”に擦り付け、ただ一言


「一時解除を認める」


 と、述べる。

その途端、“混沌を律する剣”は僅かに光を放ち、ロジャー皇帝陛下の血を吸収していく。

『これでよし』と頷く陛下は、ヴィンセントに剣を返した。

と同時に、ルパート殿下がナプキンで患部を押さえる。


「……心臓が止まるかと思いました」


「すまない、すまない。事前に言っておくべきだったな」


 カラリと笑って止血する様子を見守るロジャー皇帝陛下に、ルパート殿下は一つ息を吐いた。


「封印解除には、絶対に血が必要なのですか?」


「ああ。もっと正確に言うと、皇家の血を引く者の血がな。あとは血の持ち主の意志と言霊だ。ただ、血を掛けるだけじゃ封印は解けん」


「そうですか。では、先程のようにすれば私でも封印を解除出来ますか?」


「もちろん。ただ、言霊は何でもいい。自分の意志さえ、伝えれられればな。ちなみにその気になれば、完全解除も可能だ」


 『さっきの封印解除はあくまで一時的なもの』と述べるロジャー皇帝陛下に、ルパート殿下は眉を顰める。


「しませんよ、そんなリスクの高いこと」


「はははっ。それでこそ、私の息子だ。よく分かっておる」


 首輪の外れた犬がどれほど恐ろしいか知っているため、ロジャー皇帝陛下は満足そうに頷いた。

たとえ殺されそうになっても封印を解くなよ、と念を押して。

真剣味を帯びた瞳でルパート殿下を見つめる彼を他所に、ヴィンセントは鞘から剣を抜く。

父達の反応を窺うかのように、ゆっくりと。


「ゔぃ、ヴィンセント小公爵……今なら、まだ冗談で済ませられますよ」

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