羞恥
父の命令でアイリスの教育から手を引いて以降、どうなっているのかあまり知らなかったが……ここまで酷いとは、思ってなかった。
『私は基本、自室で食事を摂っていたからなぁ』と思い返していると、父が慌てて口を開く。
「も、申し訳ございません。セシリアは陛下達との食事にかなり緊張しているようで……」
「子供のした事と思って、どうか寛大な心でお許しください」
もう『子供』と呼べる年齢じゃないのに、継母は見当違いな方向へフォローを行った。
『違う、そうじゃない……』と内心頭を抱える私の前で、彼女は尚も言葉を続ける。
「普段は本当にいい子なんです。ただ、人前に出るのが苦手と言いますか……そ、そう!俗に言う、あがり症なんです!」
グッと手を握り締め、継母は『これだ!』と言わんばかりに力説した。
その隣で唖然としている父の存在に気づかずに。
『お前は何を言っているんだ?』と固まる彼を他所に、継母はよく分からない弁解を続けた。
お願いだから、もう黙って……あと、アイリス。一旦、食事の手を止めなさい。
気づいていないのかもしれないけど、話題の中心は貴方だから。
さっさと前菜を平らげるセシリアたるアイリスに、私は羞恥心を抱く。
だって、それを自分の姿でやっているのかと思うと……耐えられなくて。
これもヴィンセントの策略かもしれないが、色んな意味で心に来た。
『穴があったら入りたいって、こういう心境か』と項垂れる中、セシリアたるアイリスが食器を落とす。
それを合図に、一旦会話は途切れた。
────と、ここですかさずヴィンセントが口を開く。
「セシリアらしくない、ミスばかりだね。まるで、別人のようだよ」
「「「っ……!」」」
いきなり核心を突かれ、父・継母・アイリスは表情を強ばらせる。
『まさか、バレている……?』と危機感を抱く彼らの前で、ロジャー皇帝陛下は軽く咳払いした。
「セシリア嬢の行動は少し驚いたが、別に構わぬ。それより、我々も食事を始めよう。せっかくの料理が、冷めてしまうぞ」
『腕によりをかけてくれたシェフに申し訳ない』と主張し、ロジャー皇帝陛下はカトラリーを手に取る。
そして、何事もなかったかのように食事を始めた。
おかげで、何とか変な空気から脱する。
まあ、だからと言って『和やかな雰囲気』とまでは行かないけど。
「そうだ、ヴィンセント小公爵とセシリア嬢の馴れ初めを聞いても良いか?ここは両家の親睦を深める場でもあるが、二人の結婚を祝福する場でもあるからな」
『是非聞かせてほしい』と申し出るロジャー皇帝陛下に、私を除くエーデル公爵家の面々は頬を引き攣らせた。
分かりやすく挙動不審になる彼らの前で、ヴィンセントはニッコリと微笑む。
「『馴れ初め』というのは、婚約に至った経緯や理由のことでしょうか?それでしたら、仲を取り持ってくださった陛下が一番よくご存知かと思いますが」
「いや、私が知りたいのは出会ったキッカケや親しくなった経緯だ」
「なるほど」
人のいい笑みを浮かべて頷くヴィンセントは、ナプキンで口元を拭う。
と同時に、隣へ視線を向けた。
「僕の口から話すのは、ちょっと恥ずかしいな……セシリア、良ければ君から話してくれないかい?」
「えっ……?それは……えっと……」
知りようのない思い出話を求められ、セシリアたるアイリスは俯いた。
長い髪のせいで表情は見えないが……小刻みに震えているため、困り切っていることは分かる。
さすがのアイリスも、不味い状況であることは理解しているみたいね。
先程まで元気に料理を食べていたとは思えないほど縮こまる彼女に、私はスッと目を細めた。
『さて、どう出るか』と様子を窺う中、セシリアたるアイリスはそろそろと顔を上げる。
「ご、ごめんなさい……もう昔のことで、その……忘れ……」
「────つい数ヶ月前にも話したことだから、覚えているよね?セシリアはとても優秀で、記憶力抜群なんだから」
『忘れたとは言わせない』とばかりに、ヴィンセントは追撃を施した。
徹底的に逃げ道を塞いでいく彼に、セシリアたるアイリスは何も言えなくなる。
半分涙目になる彼女を前に、父と継母は堪らず身を乗り出した。
「確かにセシリアは賢い子だが、誰にだって失敗はある。大切な思い出をうっかり忘れてしまうことだって、あるだろう」
「それなのに、あんな言い方……あんまりですわ。もう少しセシリアに優しくしてくださいませ。じゃないと、我々も安心して娘を嫁に出せません」
不快感を露わにしながらヴィンセントを非難し、両親は何とかこの話題を終わらせようとする。
長引けば、確実にこっちが不利になるから。
『じゃあ、他の思い出話でも』なんて言われたら、一巻の終わりだものね。
しばらく離れて暮らしていたアイリスやお継母様はもちろん、頻繁に家を空けていたお父様だって私の過去をあまり知らないから。
『忘れました』という言い訳を使い続けるにしろ、知っている風を装うにしろ限界がある。
「それはそれは……大変失礼しました。僕にとっては掛け替えのない思い出でしたので、忘れられたと聞いてガッカリしてしまったのです」
『つい、意地悪してしまった』と謝罪し、ヴィンセントはメインのステーキに手を伸ばした。
ビクッと大きく肩を震わせる父達の前で、彼は優雅に肉を切り分ける。
「ところで、ずっと気になっていたのですが」
「な、何でしょう?」
『今度は何をするつもりだ?』と警戒心を露わにする父は、若干身構えた。
これでもかというほど表情を硬くする彼に対し、ヴィンセントは困ったような笑みを浮かべる。
「成人した方にこのようなことを言うのは失礼かと思ったのですが、陛下の御前ですので……一応、注意致しますね」
そう前置きしてから、ヴィンセントはセシリアたるアイリスに視線を向けた。
「セシリア、ナイフとフォークが逆だよ。あと、お肉を切り分ける時は力任せに引っ張るんじゃなくて、こうやって……刃先を滑らせるようにして、ゆっくり引くんだ」
自身のステーキで実演しながら、ヴィンセントは優しく……でも、ハッキリとテーブルマナーの悪さを指摘した。
それも、ロジャー皇帝陛下やルパート殿下に見せつけるように。
「ぁ……うん。分かった」
困惑気味に首を縦に振り、セシリアたるアイリスはナイフとフォークを持ち直す。
と同時に、顔を赤く染めた。
この状況を冷静になってよく考えてみると、凄く恥ずかしかったのだろう。
『っ……!』と声にならない声を上げつつ、彼女は再びステーキを切り分けようとする。
だが、しかし……力加減を誤ったようで、切れたお肉が勢いよくお皿から飛び出した。
「あっ……」
真っ白なテーブルクロスを汚すステーキに、セシリアたるアイリスはもはや半泣き。
「ご、ごめんなさ……」
「これ、片付けて。あと、早急に新しいナイフとフォークを」
給仕役の侍女を呼び寄せ、ヴィンセントは『よろしくね』と頼む。
首を縦に振って応じる侍女を他所に、彼はチラリとこちらを見た。
「セシリアはアイリス嬢を見習った方がいいね。ほら、綺麗にステーキを食べている。姿勢や所作も完璧だ。まるで、数ヶ月前の君を見ているようだよ」
「「「!?」」」
『やっぱり、気づかれている!?』とでも言うように目を剥き、父達はヴィンセントを凝視した。
この場におかしな空気が流れる中、ヴィンセントは戻ってきた給仕役を再度下がらせる。
と同時に、席を立った。
「うん、やっぱり────君、セシリアじゃないよね?」




