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食事会

◇◆◇◆


 ────ヴィンセントとの再会から、早二週間。

彼は早速行動を起こしたようだ。


「親睦を深めることを目的にした、食事会だと!?あやつはまた面倒なことを……!」


 ヴィンセントから届いた招待状を机に叩きつけ、父は額に青筋を浮かべた。


「しかも、皇帝陛下と第三皇子も同席させるなんて……!」


 『両家の親族だけで充分だろ!』と吐き捨て、父は忌々しげに招待状を睨みつける。

でも、皇族も参加する以上欠席する訳にはいかないのか、破り捨てることはなかった。

ただヴィンセントの思惑通りに行くのが、面白くないだけだろう。


 恐らく、陛下をお呼びしたのは今回の結婚の立役者(仲人的立場)だからだろう。

────というのは半分建前で、本件の証人になってもらうためかな?

公爵家同士のいざこざとなると、皇族くらいしか仲裁出来ないし。


 『第三皇子の参加理由に関してはサッパリ分からないけど』と肩を竦め、退室するタイミングを窺う。

私は大事な書類を届けに来ただけだから。

この場に居合わせたのは、本当にたまたま。

『八つ当たりされる前に帰りたいなぁ』と思案していると、父がふとこちらを見る。


 あっ、不味い……気づかれた。


 『怒鳴り散らされるかも……』と身構える中、父は小さく舌打ちする。


「……アイリス、来週クライン公爵家主催の食事会へ参加することになった。準備しておけ」


「えっ?私もですか?」


「ああ。親族の顔合わせも兼ねた食事会らしいからな。妹であるお前を欠席させたら、セシリアの顔が潰れる」


 渋々といった雰囲気を漂わせながらも、父は同席を許可した。

『陛下も参加するなら、しょうがない』とブツブツ呟き、席を立つ。


「無論、余計なことはするな。まあ、させるつもりもないが」


 ────と、釘を刺された一週間後。

私は藍色のドレスに身を包んで、クライン公爵家を訪れた。

『ここに来るのも久しぶりね』と懐かしい気分になっていると、食堂へ通される。

そこには、もうヴィンセントとセシリアたるアイリスの姿が。


「ようこそお越しくださいました、エーデル公爵家の皆さん。どうぞ、お掛けになってください」


 人の良さそうな笑みを浮かべながら、主催者たるヴィンセントは席へ着くよう促す。

『陛下達は到着までまだ掛かるそうですから』と述べる彼を前に、私達は有り難く腰を下ろした。

すると、ヴィンセント達も向かい側へ座る。


「おや?クライン公爵や夫人はまだいらっしゃらないのですか?」


 上座に一番近い席へ腰を下ろしたヴィンセントに、父は首を傾げた。

『そこは本来クライン公爵の席だろう』と遠回しに指摘する彼の前で、ヴィンセントは小さく笑う。


「実は現在、父も母も家を空けていまして……」


「ほう?それはまた何故?」


 意地の悪い笑みを浮かべる父は、どうにかしてヴィンセントの出鼻を挫こうと必死だ。

正直、年下相手に大人気ないと思うが……主催側が欠席者を出すなど、本来なら有り得ないことなので庇いづらい。


 何より、今の私は喋れないから……。


 おもむろに自身の喉へ触れ、私は溜め息を零す。

別に口を動かすこと自体が出来ない訳では、ない。

ただ、声を出せないだけ。

出発前に、父が────“均衡を司りし杖”を使い、喋れないようにしたため。

『つくづく、厄介な力ね』とゲンナリする私を他所に、ヴィンセントは人差し指を唇に当てた。


「国防のためとだけ、お伝えしておきます」


「クライン公爵夫妻は仕事熱心ですな。大事なお役目を果たすために、皇帝陛下との約束を(たが)えるくらいですから」


 どこか小馬鹿にしたように振る舞う父は、『皇帝を軽んじた愚か者』と遠回しに言った。

思ったより露骨な態度に、私は内心ハラハラする。

実際はどうであれ、エーデル公爵家は家宝を失った立場。

きちんと守り抜いているクライン公爵家とは、やはり差が出る。

このような無礼を働いていい身分じゃなかった。

『せめて、もう少し言い方を……』と辟易する私の前で、ヴィンセントは笑顔を保っている。


「ええ、確かに仕事熱心ですね。なんせ、陛下から協力を仰がれるなり直ぐさま家を飛び出して行きましたから」


「!?」


 まさかの皇命だと知り、父は頬を引き攣らせた。

『は、はははは……』と乾いた笑いを零し、屈辱に耐える。


「そ、そうでしたか……」


「ええ。ただ、皆さんにお会いになれないことをとても申し訳なく思っていました。なので、代わりに僕が謝罪を……」


「いえいえ、そんな……もうすぐ親戚同士になるんですから、どうかお気になさらず」


 皇命に従っただけなのに謝罪を要求したとなれば、確実にこちらの立場が悪くなる。

なので、父は慌ててヴィンセントを止めた。

『陛下の命令なら、仕方ありませんよ』と言い、さっさと話を切り上げる。

────と、ここで食堂の扉が開いた。


「待たせてすまない」


 そう言って、部屋の中へ足を踏み入れてきたのは────イセリアル帝国の君主であり、私とヴィンセントの婚約を承認してくれたロジャー・グレート・イセリアル皇帝陛下。

赤っぽい茶髪とエメラルドの瞳を持つ彼は、ゆったりとした足取りでこちらへ近づく。

慌てて席を立ってお辞儀する私達の前で、彼は『()()い。楽にせよ』と笑った。

と同時に、後ろからもう一人姿を現す。

恐らく、第三皇子のルパート・ロイ・イセリアル殿下だからだろう。


 長い間、戦場へ身を置いていた人だから見るのは初めてね。

ロジャー皇帝陛下の公務についてきたということは、これから公式の場へ顔を出していくつもりなのかしら?


 『皇位継承権問題』という言葉が脳裏を過ぎり、私は内心肩を竦める。

どこもかしこも親族間の問題はあるものね、と達観しながら。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 愛想の『あ』の字もない無表情で、ルパート殿下は形式に則った挨拶を行った。

かと思えば、私とアイリスを交互に見て眉を顰める。

海のように真っ青な瞳に困惑を滲ませ、ロジャー皇帝陛下に視線を向けた。


「父上……」


「ん?あぁ、お主には分かるのか。大丈夫だ。直ぐに元へ戻る」


 『問題ない』と告げ、ロジャー皇帝陛下は上座へ腰を下ろす。

ちょっと遅れて、ルパート殿下も隣に座った。

その際、艶やかな紫髪が小さく揺れる。


「そなた達も掛けたまえ」


 『立ったままでは辛いだろう』と気遣うロジャー皇帝陛下に、私達はお礼を言った。

と同時に、全員着席する。


「では、皆さん揃いましたので乾杯の挨拶を……ロジャー皇帝陛下、お願いしても?」


「う〜ん……せっかくの申し出だが、今回はルパートに譲っても構わぬか?こやつはあまりこういう場に慣れていない故、練習させてやりたいんだ」


「もちろん、構いませんよ」


 快く応じるヴィンセントに対し、ロジャー皇帝陛下は『礼を言う』と笑った。

かと思えば、ルパート殿下に乾杯用のワインを持たせる。

『ほれ、早くしろ』と急かすロジャー皇帝陛下を前に、ルパート殿下はおずおずと席を立った。

こういう場に慣れていない、というのは本当らしい。


「えっと……本日の食事会はクライン公爵家とエーデル公爵家の親睦を深めるのが目的と聞きました。なので、両家の繋がりがより強固なものになることを願って……乾杯の挨拶とさせていただきます。では、乾杯」


 何度か言葉に詰まりながらも最後まで言い切り、ルパート殿下はグラスを持ち上げる。

それに習って私達もグラスを掲げ、一気に中身を飲み干した。

間もなくして料理が運び込まれ、本格的に食事会は始まる。

『さて、ここからどうなるか』と見守る中────セシリアたるアイリスが、真っ先にやらかした。


「んー!美味しい!」


 誰よりも早く料理へ手をつけ、彼女は目を輝かせる。

こういう場では、基本目上の者から順に食事を始めていくというのに。

毒味役でもなければ、皇族よりも先に料理を食すことは有り得ない。


 こんなの貴族にとっては、常識なのに……アイリスは本当に何も知らないのね。

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