第九話 国境にて
本日三話目の投稿です。
「ロイド、私、捜されていたみたい」
「そうか。力になれなくてごめん」
ロイドは騎士に捕まった後、話すだけ話して結局何の罰も言い渡されなかった。しかし、ヘーゼルについてはしっかり隣国へ報告されたらしく、ヘーゼルの元に実家である伯爵家の家令が訪ねてきたそうだ。
「ロイド、私、帰りたくないわ」
ヘーゼルは目に涙を浮かべているが、ロイドは彼女の目をしっかりと見て言った。
「ヘーゼル、君がいなくなった家で、当主は何を考えたんだと思う?もしかしたら、これまでのことを後悔しているかもしれない。でも、家の駒として使いたいのかもしれない。どちらか分からないけど、それは会ってみないと分からないだろう?怖いのなら、王宮騎士の派遣を要請するんだ。こっちの国で見つかってるから、こっちの国の騎士への申請も出来る。隣国の伯爵令嬢が見つかったんだから、そのくらいの手厚さは許される」
ロイドは持てる限りの知識を総動員させ、ヘーゼルの代わりに書類を出した。
「ロイド、ありがとう。あなたのおかげで、安心して実家に帰ることが出来るわ。この恩は一生忘れない」
ヘーゼルは、自国とこの国の両方の騎士を連れて去っていった。
ロイドは結局ヘーゼルを匿っていたということに関しても何も咎められないまま、商会で仕事を続けている。
「ロイド君、これまでどこで働いてきたの。こんな申請書知らなかったよ」
「王宮と連なる組織の事務をしていました。新聞とか見ると、補助金や免除されるものが意外と載っているんですよ」
ロイドは王宮文官だったというよりも、元々読書が好きで新聞をよく読んでいたことから多くの情報を得ていた。もちろん、ローラに買った本についても、感想を求められるのでロイドも先に読んでいた。ローラが隣国の本を読みたがった時にはロイドも隣国の言葉を学んだ。それもあって、隣国を旅することもできたのである。
「何が役に立つのか分からないものですね」
「いやあ、こんな国境の街でロイド君みたいな青年を雇えてうちはラッキーだよ」
上司は上機嫌に事務所を出て行った。商品の仕入れに関して、特定の商品については申請すれば関税が返ってくるのだ。王都の新聞は数日遅れで入ってくるため、隅々まで読む者は少ない。ロイドは読書の一つと思って全て読む為、そういった情報までよく見ている。
ロイドは仕事の休憩時間に手紙を持って外に出た。
「頻繁に出すなんて恋人かな?」
すっかり顔馴染になった郵便局員にそう言われ、ロイドはにこやかに答える。
「違いますよ。ただの近況報告です」
ロイドが出すのは二通。一通は、ローラのいる村に向けて、もう一通は末の妹リリアーナに。新聞によると、オルシーニ子爵家の当主夫婦は、ローラの養育について問題があったということで財産の一部を没収され、早期の隠居が決まったらしい。兄のルーカスは侯爵家の侍従として再教育を受け、リリアーナは男爵家へ養育に出された。
ロイドは王宮からリリアーナへの定期的な近況報告をするように言われ、月に一度、手紙を送ることになった。また三ヶ月に一度は面会に行くことも義務付けられている。
リリアーナが養育されているのは、ロイドの住む街の隣の領土だった。連休に乗り合いの馬車を使えば訪問できる。
「ロイド兄様、ローラ姉様は見つかったの?」
ある日の面会、突然思いつめた表情でリリアーナがそう言った。
「伝えようと思っていたところなんだ。実は、隣国でローラによく似た人を見つけたんだけど、彼女には過去の記憶がなくてね。記憶が無いながらも、仕事をして自立した生活に、充実した毎日を送っていたから、強引にその人の人生を曲げてはいけない気がしたんだ。他人の空似かもしれないけれど、それで僕も納得してしまって、旅をやめて働くことにしたんだよ」
リリアーナはその話を聞き、自分もいつか、その人に会いたいと言った。ロイドも、いつかどこかで会えると良いねとだけ言い、ローラの話はそれで終わった。
「リリアーナ、本は好き?」
「うん、とっても好き。子爵家の書庫にはたくさん本があったけど、ここには持ってこられなかったの」
「分かった。それじゃあこれからは手紙と一緒に本を送ってあげる」
「本当!?嬉しい!」
ロイドはリリアーナへ、手紙と一緒に本を入れるため小包みを毎月送るようになった。
そして、ある日の新聞に、隣国で過去に家出をしたことのある伯爵令嬢が結婚したことが記事になっていた。ヘーゼルの名と共に、この国でも知られているような伯爵家の出身だったことが書かれていた。
とんでもなく雲の上のご令嬢と仲良くしていたんだなと今更になって思う。そして、伯爵家へ婿入りされる形での結婚ということで、ヘーゼルが正当な血筋であると判断されたことも分かる。ロイドは心の中で、ヘーゼルの幸せを願った。
「ロイド・オルシーニ。王宮からの呼出しだ」
また仕事中にと、ロイドは持っていたペンを握りしめた。ロイドは国の補助金や書類作成の知識があるから継続して雇われているものの、こう何度も騎士のお世話になっていたら商会の評判に関わる。そうなってしまったら、いくら有能でもクビになってしまう。
「裏口から入った。気にするな」
そんな配慮をしてくれたということは、今回は比較的穏やかな話なのだろうか。日頃の商会への貢献があったからか、王都へ行くための一週間の休みもすんなり受け入れられた。
「初めまして、いや、子爵家で一度会ったね?」
「はい。エイダン王子殿下」
エイダンの住む離宮の一室、離宮は側妃が主に使用している。側妃の子であるエイダンの私室もあり、ロイドは王子の私室に案内されたことに酷く緊張していた。
「ここに呼び出したということは、どういうことだと考えている?」
「私用に関わることだと、考えています。少なくとも、ご公務に関することではないと」
エイダンは満足そうに頷く。
「やはり、オルシーニ子爵家は優秀だ。家からその人材を安易に出すことをしないのは、その頭脳や伝手を独占したいからかな」
ロイドは、何もかも、憶測であっても正解に近い事実をエイダンが持っていることを悟った。
「そうです。オルシーニ子爵家の未婚率は異常に高いですから。嫡男以外はどうしても必要な縁談以外受けることはありません。嫡男の婚姻も、吟味に吟味を重ね、影響力のない女性を探します」
現在、ルーカスもロイドもリンジーも、そしてルーナも未婚だ。それは何代にも渡って暗黙の了解として受け継がれてきた。それぞれに理由はあるが、その結果子爵家の利となっている事実は変えられない。
「誤魔化さないとは。君は賢く、愚かでもある。オルシーニ子爵家の正当な血筋でないからか、それとも実家はどうでも良くなったのか。まあ、その辺はどうでもいい。私が望むものを、君が差し出してくれるか、拒むか、それだけだ」
ロイドが母の不義の子であることも知っているらしいエイダンを、ロイドは真っ直ぐ見つめる。
「その目つきは、妹にそっくりだ。君の妹のローラを、僕にくれないか?」
ロイドは理解した。ローラの言っていた、ダンという人が目の前のエイダンであるということ。そして、二人は恋仲なのだろうということ。
「ローラの幸せを願っています」
「それなら話は早い」
エイダンが一つ手を叩く。側近や護衛、侍従がロイドを外へ案内する。
「君の首一つでどうかな」
離宮の中庭で、エイダンはそう言い放った。
「ローナ・ターナーが、ローラ・オルシーニだと知っている人間を消す、ということですか」
エイダンにそう問うと、優雅に頷いている。隣にいた護衛が剣を抜いた。
「お断りします。僕はまだ生きていたい」
ロイドの言葉に、エイダンは微笑みを絶やさない。
「君が生に執着する理由は何かな。想いを寄せていた令嬢も幸せになっている、リリアーナはきちんとした養育環境にいるし、ローラだってこの私が幸せにする。君はこの舞台には要らない人間だとは思わないかな」
ロイドは空を見上げた。もしかしたら、ここですぐに首をはねられる可能性もある。
それならそれで、思い切って大雨か、綺麗に晴れていて欲しいのに、何とも言えない曇り空。ロイドの人生とはそんなものかと思ってしまう。
「生に執着することに理由がいるのでしょうか。僕は僕で精いっぱい生きている。死ねと言うのなら、身分も名前も全て捨ててどこかの国に捨て置いて貰ったほうがマシだと思います」
エイダンは、ほんの少しだけ眉間に力を入れる。
「それなら、希望通りに。今日、ロイド・オルシーニは死んだ。これから国境へ向かわせる。その後は好きに生きれば良い」
エイダンの言葉の後すぐにロイドは馬車に乗せられた。数日休まず、食事も与えられないまま、知らない土地で降ろされた。
寂れた村で、訪問者は逆によく目立った。場所を尋ねると、住んでいた場所とは正反対に位置する国境近くの村だった。
「読み書きと、数カ国語の翻訳が出来ます。仕事を紹介していただけませんか」
村長、という人の所へ行き、事情を説明した。事情と言っても、知ってはならないことに手を出して仕事をクビになったという程度しか伝えられなかった。
「そうかい。悪いがこの村は手が足りているんだ。若い人も大抵は仕事を求めて国境を越えるんだよ」
ローラのいる国や、リリアーナのいる場所からさらに遠くになることは辛さもあるが、まずは食っていかなければならない。お金を持っていなかったため、村長に無理を言って溜まっていた書類を処理した。そのお礼に数日間の食べ物と着替えを貰い、隣国のダンヤンという国へ向かった。
エイダンからは好きに生きろと言われた。ロイドは役場でまずは住民になる手続きをすることにした。
税金を払っている間はこの国の住民と認められるが、支払いが滞ると、住民ではないと判断されるという。実に簡単なシステムだ。あと数年もすれば、このシステムは廃止され、入国も難しくなるらしい。新興国故の仕組みだ。エイダンがあの村にロイドを向かわせたのも、この国のシステムを知っていたからだろう。ロイドは、ロリーという名前で登録した。
ダンヤンは賑やかな国だ。多くの人種が集まっている。この国の言語は祖国と似ているため、片言だが生活に支障はなさそうだった。そして、国を興してからの歴史が浅く、まだ識字率は高くない。読み書きについては全く問題なかったので、仕事も直ぐに見つかるだろう。
「文字の読み書きや計算が出来るのですが、仕事はありませんか?」
仕事の紹介をしている所へ行くと、やはり読み書き計算が出来るというだけで多くの求人があった。ロイドは条件の良い仕事をいくつか紹介してもらい、一呼吸ついた。
エイダンはローラの元を訪ねていた。
ローラの住んでいる家の掃除も終わり、二人はローラの家で寛いでいた。ソファに並んで座っている。
「ローナ、どうか僕と一緒に暮らして欲しい」
「ええ、もちろん」
ローラはエイダンが王子であることを知らない。しかし、エイダンが言いたくないことをローラは無理矢理聞くこともなかった。
「ローナ、黙っていたことがあって。僕の仕事について」
エイダンはゆっくり、言葉を選びながら話した。
「元は、ローラの生まれ育った国の王子だったんだ。ただ、王子としての政略をいくつか失敗してしまって。兄達が庇ってくれて、大事にはならなかったんだけど、王族としての素質は僕にはなかった」
ローラはエイダンに合わせてゆっくりと頷く。
「仕事の一つが、このアーザ王国との国交だった。この国は勤勉で、ローナにもたくさんの本を翻訳してもらったよね。だけど、それもやりすぎると国の権威が損なわれてしまう。正直、国が恐れるほどに、このアーザ王国は豊かで発展している。ローラと同じように、私もアーザ王国の国交に貢献したということで、この国の爵位を得ていて、この国に移ろうと思っている。第七王子だから、国に残るメリットも少ないからね」
ローラはエイダンの話を聞いて、優しく微笑んだ。
「これまで大変な思いをしてきたのですね。私がダンさんの隣に立つことは許されるでしょうか」
「もちろん。この国は身分もある程度見られるけど、やはり個人の能力も重要視される。ローナは翻訳で貢献しているし、私も国交でそれなりに成果を出した。伯爵位だけど、アーザ王国への貢献という見方をすると、十分だよ。それに、何だか隣国から駆け落ちしたみたいで劇みたいだね」
二人は幸せそうに笑い合う。この村に図書館を建てる予定があるらしく、エイダンはその館長となる。図書館も近隣国の書物を多く置き、様々な文化に触れられるような場所となる予定だ。ローラには引き続き翻訳をしてもらう。
「翻訳も続けられて、ダンさんとも一緒にいられるなんて、夢のよう」
エイダンはローラを抱き寄せて頭に軽くキスをした。
「僕も、ローナと結婚することを夢見てきたんだ。僕の夢が叶ったんだよ」
明日、最終話を投稿します。