第六話 再会
本日三話目の投稿です。
ダンさんは月に一度、翻訳する本を持ってきてくれます。それと交換する形で、前回持ってきてくれた本の翻訳したものをお渡しします。
ダンさんは侍従と侍女を連れて来て、家の掃除を指示してくれます。普段使っていない部屋と、高い場所の掃除です。最初は手伝おうとしたのですが、咳が止まらなくなってしまって、諦めました。
掃除の間はダンさんとお散歩をします。この村に来てから、私は天気が良くて体調の良い日はお散歩をしています。ダンさんが来ているからと言って張り切って歩き過ぎないように気をつけながら、最近はお昼ご飯も作って外で食べます。何と、あの高貴なダンさんが一緒に食べてくれるのです。
ダンさんのお仕事は、私達のいた国と、この国との調整役と言っていましたが、具体的に何をしているのかは知りません。私は王宮の役人かもと思っています。家は長男が継いでいてとおっしゃっていましたので、貴族家の次男や三男が王宮文官になるというのはよくあるお話です。
ダンさん程のご身分、と言っても、恐らく伯爵家以上なのでしょうとしか分かりませんが、それくらいであればこの村の一番の宿屋でのご宿泊となるのです。そこの支配人のヘンリー様は村の纏め役でもあります。
「ローナさん、お伝えすることがございますので、天気が良くて体調の良い時にヘンリーをお訪ねください」
宿屋の使用人から、ある時そう告げられましたが、今ではほとんど体調の悪い日なんてありません。雨の日や、月のものがある時に、少し頭痛がしたり、辛くなることがありますが、ひと月の半分以上は元気です。今でもあまり思い出せませんが、大怪我から以前は、ほとんど自室にいたと思います。あの山小屋で治療してくださった女医さんはたまにダンさんに同行されていて、診察をしてくださるのですが、とても親切なお医者様で、食べるものや体を適度に動かすことも大切だと教えてくださるのです。実は、以前よりふくよかになったと思うのですが、健康な体になっただけと言ってくださいました。
そういえば、私はずっと部屋にいたので家事なんて一つも出来なかったのですが、普段使うお部屋の掃除や料理、洗濯を、ダンさんの侍女の方に教えていただきました。二ヶ月で、一人で出来ると太鼓判を押していただき、当たり前のことなのにとても嬉しく思いました。
「こんにちは、ローナでございます。ヘンリー様は……」
ヘンリー様の宿屋をさっそく訪ねてみました。この宿屋はとても大きくて、王族の方も隣国へ訪問する際には途中でここに宿泊されるのです。もちろん、働いている方も貴族家と繋がりのある方が多く、私はここに居るのも恥ずかしいくらい。
「ローナさん、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
使用人の方に通してもらったのは、恐らく、執務室というお部屋のようです。
「ローナ嬢、最近は体調も良いと聞いている」
「はい。お陰様で、ほとんど体調を崩すこともありません」
ヘンリー様はそれでは本題にと言って、分厚い紙を一枚差し出してきました。
「ローナ嬢、あなたに王宮からの書類が来ている」
あら、もしかして、私の家族等が分かったとかでしょうか。
「驚かずに聞いて欲しい。あなたに、このアーザ王国の準男爵位を叙爵することになった。準男爵位とは、この王国に貢献した者へ贈る、一代限りの爵位だが……」
ヘンリー様は、私の顔を見て非常に残念そうな顔をしているわ。私、今とっても顔が固まっていますから、きっとそのせいでしょう。王国への貢献も覚えがありませんし、私は今国籍も不明でダンさんの侍女という名目で、ダンさんの別宅の管理のために住ませてもらっているだけで。
「あの、何かの間違いでは?」
「ああ、エ、えっと。ダン様からは何も聞いていないか」
「はい」
ヘンリー様は咳払いをしていつものキリッとした顔に戻っている。
「まず、ローナ嬢は様々な本を翻訳してくれた。専門書から物語まで、幅広い分野の翻訳を。アーザ王国の技術や研究、文化を他国へ広めることに繋がった。あなたが確実に翻訳してくれたお陰で、他国から一目置かれるようになったのも事実だ。その功績について、王宮から調べが入った。そこで、あなたが記憶喪失で国籍が不明であることを伝えたところ、それで困っているのならばということで、準男爵位の叙爵、それに伴ってアーザ王国の国籍も持てるようにしてくれた。あなたが他国の間者等でないということは、この村で数ヶ月過ごしているという実績で証明出来ている」
何という幸運でしょう。大怪我をした以上の幸運を手にしているわ。国籍がないので、この村に住むための税金も割増で払っていたのよね。お金に余裕がない訳では無いけれど、もう少し余裕があれば、ダンさんが来た時にもっとおもてなしできるかもしれないわ。お花だってその辺で摘んだのではなくて、綺麗な花を買って飾ったりもできるし。
叙爵の話には驚いたけど、私の日常は変わらない。国籍があるので、税金が軽くなったことと、功績から翻訳の手数料も上がったみたいで、手元にあるお金にかなりの余裕が出来た。
週末にはお花屋さんで花を買って家の花瓶に飾ったり、ダンさんが来た時のご飯のお肉のグレードを少し上げたり。ちょっとした贅沢ができるようになったくらい。
「あら、もうインクがないわ。鉛筆も買い足さないと」
体調も良いので、翻訳の仕事も滞ることがない。最近は翻訳した者の感想まで付けるように指示されて、自分の翻訳だけでなくて、考えた文を沢山の人が読むことになるなんてと、緊張して何枚も書き直したわ。
ペンのインクと鉛筆を買いに行くと、旅の人が来ているようだった。
「旅の日記を。それではこのインクの方が水に強いですよ」
「それなら、それをお願いします。いくらですか?」
旅の日記の本や詩集も読んだことがある。正直、羨ましいと思う。今でも空気の綺麗な場所でなければ私は体調をすぐ崩してしまうだろうか。
旅の人はどんな人なのかな。
雑貨屋に入り、棚の間からこっそりとお金を払っている人を見る。言葉が少し片言で、ここに来たばかりのことを思い出す。
「おや、ローナちゃん。いつものインクかな?」
店主がローナに気付き、声を掛けられてしまった。その声につられて、旅の人もこっちを見る。
「え……?」
とても見覚えのある人だ。あれ?
「ロイド兄様?」
「ローラ!ローラじゃないか!!」
ああ、そういえば、ローラという名前だったわ。ロ、から始まる名前、合ってたじゃないの。
「ローラ!心配していたんだ!生きていて良かった!本当に、本当に……!!」
ロイド兄様はグズグズに泣いてしまって、どうしようもないことになっているわ。何か事情がありそうな雰囲気から、雑貨屋の店主がヘンリー様を呼んでしまって、説明することになったわ。いや、説明してくれないと、ロイド兄様がここにいる理由も分からないし。
「ローラ・オルシーニ」
自分の名前を言ってみるけれど、そんな名前だったのねって感じだわ。
「それで、ローラ嬢については一年前に死亡したことに。なるほど、服の一部に血液の付着や髪が見つかったからと」
ヘンリー様がロイド兄様のお話を要約してくれるけど、髪や服の一部があったくらいで諦めるのが早くないかしら?
「それで、ロイド君はどうしてこの村に?」
「僕はローラが生きているんじゃないかと思って、旅をしていたんです。いや、正直なところ、元々僕自身、家族との折り合いは良くなかったので、それを言い訳に仕事を辞めて家を出たんです。でも、ローラがここで元気に暮らしているのが確認出来たので、またどこかで仕事を見つけて暮らそうと思っているところです」
私が覚えているのは、ロイド兄様が本を買ってきてくれて、それを読んでいたことと、本の感想をお話したことくらい。でも、自分の名前も覚えていなかったのに、ロイド兄様のことを覚えていたっていうことは、家族の中でも良くしてくれていたっていうことなのだと思う。
「僕はローラに本を買うことくらいしかしてあげられなかったんです。ダンさんという方に親切にしていただいて、本当に良かったと思います。直接お礼をお伝えしたいところですが、ローラのことをもっとちゃんとしてあげられなかった僕には、そんな資格もないと思います。ローラの元気な姿を見て、本当にそう思いました。明日には他の場所へ行こうと思います。ローラをこれからもよろしくお願いします」
せっかく再会したのに、とは思うけど、私にはここでの生活が体にも合っているし、ロイド兄様も仕事を辞めて旅に出たということは、資金に限界もあるのでしょう。
「ロイド君、ローナ嬢は翻訳家として収入を得ている。多数の専門書翻訳の功績に伴って先日準男爵位を叙爵されたところだ。ここではローナ・ターナー準男爵として既に国籍も取得している。ここは国境の村で王国の要所でもあるが、何より空気が綺麗だ。ローナ嬢は定期的に医師の診察を受けていて現在健康に大きな問題もない。安心してもらっていいと思う」
「ヘンリー様、お気遣いに感謝いたします。ダン様にもどうぞよろしくお伝え下さい」
その日は、翻訳の仕事は手を付けずに、ロイド兄様とお話をすることにしたわ。兄妹は多かったような気がしていたけど、六人兄妹だなんてびっくりしたわ。
「そうだ、これはローラの。いや、もうローナと呼んだ方がいいかな。とにかく、一番使っていたペンだよ」
ロイド兄様に渡された臙脂色のペンは、とても手に馴染んだわ。
「ああ、ここに来て色んなペンを使ったのだけど、どうしてもしっくり来なかったの。ずっとこのペンを使っていたからなのね」
「これは、体調が良かった時に僕が勝手に街に連れ出して、ローナが自分で選んで買ったペンなんだ。もちろん、その後熱を出して暫く寝かせられていたけどね」
買い物も行かれなかったなんて、今では考えられない。遠い昔話のような、他人のような気がする私の話をロイド兄様は丁寧に沢山してくれた。
「そういえば、馬車が賊に襲われて、乗っていた教師と学生が川に突き落とされたのだけど、僕が家を出る頃に再調査が入ってね。エイダン王子殿下自ら子爵家に来たりもしてたんだけど、どうしようか」
「まあ、再調査?どうしたら良いのかしら。ダン様が来たら相談してみようかしら」
「そうだね。話を聞く限り、ローナの味方のようだし。もし、祖国へ無理矢理帰らされるなんてことになったら僕が迎えに来るよ。これでも、あちこち旅をしてきて、生きる術は身につけてきたからね。でも、ローナの体調のことを考えると、ここが一番だとも思うんだ。もしも僕の助けが必要なら、いつでも言ってね。手紙は頻繁に出すようにするから」
再調査だなんて。私、死んだことになっているのに不思議ね。でも、ロイド兄様が私のことをローナという新しい名前で受け入れてくれたからかしら。私も、ここでの生活が大切で、離れ難い気持ちがあると気付いたわ。
翌朝、早い時間にロイド兄様は旅立ったわ。もしもの為にと、お手紙はヘンリー様宛に出すだなんて、手間を掛けてくれるみたい。
「ロイド兄様、お気を付けて。お手紙お待ちしていますね」
「ああ、ローナも無理しないで。ダン様とヘンリー様にどうかよろしく伝えて欲しい」
ロイド兄様は申し訳無さそうにしているけれど、仕事が見つからずどうにもならなかったらローナの世話になろうか、なんて冗談を言っていたわ。
ロイド兄様が出て行って数日でダン様が来る日になったの。あと数日ロイド兄様が遅ければ、お会いできたのに。そう思いながらも、毎月ダン様が来るのを心待ちにしていて、二人きりでお話をしたり食事をする時間が好きでたまらなくて。ロイド兄様がいなくて良かったとも思ってしまう。
天気が良かったので、村の名所である湖に来た。バカンスの時季でもないからか、ほとんど人がいなくて、絶景ポイントのベンチに二人で腰を下ろして話をする。
「兄上に会えたのか!良くしてくれていたという、ロイド君かな?」
ダン様にロイド兄様に会えたことを話すと、とても喜んでくださったわ。そして、私は再調査のこともお話したの。
「そうか……。それでも、ローナがローラであるという証明は、ロイド君の証言だけだし、ローナも両親の名前や顔を思い出した訳でもないから、既に死亡が確認されたものを覆すには弱いかもしれない。それに、そもそも再調査というのは、賊に関係することであって、ローラ・オルシーニという人物の生死は含まれていない可能性もある。静観するべきだと思うよ」
ダン様に言われて、ハッとした。別に、私はローラ・オルシーニに戻りたいだなんて気持ちはない。ただ漠然と、再調査しているとロイド兄様に言われて、事件に遭った当事者として名乗り出る必要があるのかなと思っただけのことだった。
そのことをダン様に伝えると、ダン様は優しく微笑んでくれた。
「ローナ。僕はローナが好きだよ。とても」
ダン様の手が私の頬に触れる。
何か返事をしなくてはと思う。沢山の物語を翻訳してきた。中には驚くような甘い言葉を交わす恋の物語もあった。もちろん、今何も言わなくてもダン様は待ってくれる。そういう人だと知っている。
だけど。ロイド兄様に私はずっと、お礼を言えなかった。ロイド兄様のことだけを覚えていたのもきっと、ロイド兄様へ伝えたいことがあったからだろうと思う。
言いたいことを先延ばしにしたら取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。ここは、恥ずかしくても伝えるべきと決心する。
「私も、ダン様のことをお慕いしております。心から」
そう言うと、どうしてか涙が溢れてきた。ダン様はそれを指で拭ってくれる。
涙が収まった頃に、ダン様はそっと、唇に触れるようなキスをしてくれた。
ありがとうございました。