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第五話 保護

本日二話目の投稿です。

 「足の傷が予想より深く処置が必要です」

 「ああ、治療してやってくれ」


 エイダンはローラを女医に任せ、執務室で仕事をする。


 「殿下、なかなか、無茶苦茶な計画でしたが、何とかなるものですね」

 「アルマンド、ここではダンだ。殿下もやめろ。お前も一応、ただの侍従だ」

 「はあ。まあ良いですが。ダン様、賊は捕らえています」

 「法に則って裁いたらいい。ついでに、あれらの頭まで辿り着ければより都合がいい。そこまでの期待はしていないが」


 エイダンは、賊の下っ端に情報を流した。金品を乗せた馬車が通る。馬車に乗った者は平民で、運んでいるだけだと。賊はまんまと、情報に乗った。合宿のため軽装だった教師とローラは平民にしか見えなかっただろう、気にせずに川へ突き落とした。

 流れが穏やかで、突き落としたと言っても、少し深さのあるところへ落として金品を奪う邪魔をさせたくなかっただけだ。賊も殺人となれば厄介なため、その辺は考えたらしい。いや、そういう賊へ情報を流したのだ。


 そして、流れ着くだろう場所へエイダン自ら赴いた。ローラに、エイダンが助けたと印象付けようと思ったのだ。


 「大丈夫ではありません。立てません」


 正直な彼女の、生に縋り付く姿を見て、嬉しくなった。ずぶ濡れになって血を流しながら、淑女とは程遠い様子で助けを乞う醜い様を見て、エイダンは彼女の生への執着心を見た。そして、彼女の目が言っている。生に縋る自分の醜さを知っていると。


 普段の運動不足もあり、処置後は数日目を覚まさなかった。しかし、ここでは日付けを告げる者はいない。目を覚ました時に、処置が終わったことを告げるよう女医に指示した。

 そして数日の間に、彼女の血液や化膿したため切り取った皮膚、髪と血の付いた服を捜査していた騎士に見つけさせた。


 「虚弱体質とまではいきませんが、過剰に閉じ込められて、食事も満足には与えられていなかったのでしょう。しっかり栄養のある食事と適度に体を動かしていれば、学園に通うくらい出来たはずです」


 女医も王宮の者で信頼できる。普段は離宮の専属医だが、しばらくここでローラの為にいてもらうことにした。


 「記憶喪失?名前が分からないのか」


 目を覚ましたローラは、自身の名前が思い出せないようだった。病弱であまり学園に通えていないことや、薄い食事ばかりだったこと、本を読むのが好きで、ロイドという兄が本を買ってくれて、よく話していたことは覚えているという。


 「好都合じゃないか」

 「ダン様、いつ思い出すか分かりませんからね」


 知識面の記憶は問題ないらしく、外国語の本も読んでいる。試しに翻訳をさせると、それなりに翻訳出来ているし、冊数を重ねる毎に上達しているようだった。


 名前を思い出せない彼女をローナと呼ぶことにした。


 「ダン様、いつまで、ここで戯れているおつもりですか」

 「え、一生?」

 「強制送還しましょうか。まずは兄上方に連絡して」

 「冗談だよ。困ったな。ローナは思っていたより可愛い。あの目がいい。もちろん、ルビー色も美しいが、最近の生きる事へ見せる執着心がたまらないな。人間としての本能を感じる」


 そして彼女は家族の元にいない方がいい。傷が塞がってからは発熱もなく、食事もある程度食べて体力もついてきた。最近は侍女に料理や洗濯を教えてもらっているらしい。執務でその様子が見られず残念だ。


 ローナは何も知らないが、この山小屋は登山が趣味だった国王陛下の私物だ。つまりローナ、ローラ・オルシーニのことは王宮も把握している。可哀想な娘を保護している、ということにはしているが。


 「ダン様、オルシーニ子爵がローラ嬢の死亡を承諾しました」

 「随分早いな。報せを出して何日で承諾した?何か条件はあったか?」

 「いえ、それが……」


 アルマンドの報告を聞いてエイダンは深くため息をつく。


 「報せをその場で確認してサインして返却か。だめだな。ローラの記憶が戻ったとしても、帰る場所は子爵家ではないだろう」

 「王宮も調査に入りましたから、反逆と見做されるのを恐れているのかもしれません」

 「すでに成人を過ぎている兄姉達は?」

 「ロイドのみ、再調査依頼を出しています」

 「そうだろうと思った」


 エイダンは少し考えて、一つの考えが浮かんだ。それはとても良い計画だと思い、思わず笑みがこぼれる。


 「よし、国外逃亡だな。隣国に良い村がある」

 「本気ですか?彼女だけで?」

 「もちろん、俺もそのうち行くが、まずは彼女に行ってもらわなくては。そうだな、向こうで生活基盤を整えて人間関係も良好であれば、記憶が戻ったとしても子爵家には帰らないだろう」



 ローラはすぐに隣国行きを了承した。実家の名前も思い出せないのだ。むしろそれ以外の選択肢は無いだろう。



 「ローナ、元気にしているかい?」


 エイダンは定期的にローラを訪ねている。

 第七王子ともなれば、王宮での執務も多くない。むしろ、エイダンは王宮から出なければならない王子である。すでに、兄である王太子には息子もいる。エイダンの選択肢としては、国内の貴族家か他国の貴族家や王女への婿入りが現実的なところである。第二王子や第三王子であれば爵位を得るという選択肢もあるが、第七王子にまで与えられることはない。


 「ダンさん。お陰様で、こちらの生活にも慣れてきました」


 ローラは家を与えられていた。元々老夫婦が住んでいた家でそこまで広くはないため、ローラに与えるのにちょうど良かった。


 「ローナ、使っていない部屋の掃除を済ませてあげるから、散歩にでも行こう」


 何部屋か使っていない部屋を、エイダンは侍女と侍従に掃除させる。最初はローラも一緒にすると言って聞かなかったが、掃除を手伝った結果咳が止まらなくなり、その後は大人しくエイダンと散歩に出るようになった。


 「ダンさん、サンドイッチを作ったのですが、一緒に食べませんか?」


 ローラは定期的に掃除をしてくれることへのお礼がしたいと言って、湖の辺に持っていた敷物を広げた。そして、ハッとした様子で固まった。


 「ローナ?」

 「申し訳ありません。ダンさんは高貴な方ですのに、こんな庶民的なことをさせようとしてしまって」


 そう言って、敷物を片付けようとしている。


 「いや、僕はここでは身分を考えずに過ごしたいんだ。ここで食べよう。ほら、風で飛ばされてしまうよ」


 エイダンが敷物に腰を下ろすと、ローラも隣に座る。バスケットからサンドイッチを取り出し、具を説明していく。前回来た時に好きな食べ物や苦手な食材を尋ねられていたことを思い出し、このためだったのかと合点がいく。


 「美味しいよ。また色んな料理を楽しみにしているからね」


 ローラはもちろん、食事の準備も洗濯もこの村に来て初めて自分でするようになった。初めは、エイダンが侍女を二人付けていたが、家事を教わると、自分の分はこなせるようになった。


 「この前ローナに翻訳してもらった本がとても売れていてね、追加の報酬もまた持ってくるよ」

 「まあ!すてきな物語でしたから、雰囲気を大切にしていたのです」


 しばらく話した後、エイダンは宿に戻ると言って、ローラを家に送る。


 「いつも家をきれいにしていただいてありがとうございます」


 始めこそ、掃除代をと言っていたが、エイダンが翻訳のお金から差し引くと言ってからは、大人しく感謝するようになった。

 エイダンはローラが家に入るのを見届けてから、村にある宿屋に向かった。



 「それで、エイダン殿下。彼女をどうするつもりです?」


 宿屋の支配人のヘンリーは村の纏め役でもあり、この男にだけエイダンはローラのことを伝えている。


 「ヘンリー。もちろん、この空気の良い村で翻訳の仕事をしてもらうが」

 「国籍はどうなさるおつもりですか。彼女は現在、名目上あなたの侍女として、エイダン殿下が所持する家の維持のために住んでいるというだけですよ。それなりに長い期間住ませるならせめて身分を明らかにしてもらわなければ」


 エイダンはヘンリーの言葉を聞きながら機嫌良く答える。


 「ヘンリー。国籍ならここに」


 側で控えていたアルマンドがヘンリーに書類を見せる。

 ヘンリーは疑わしい目でそれを受け取る。


 「これは……あなたはまたどうして……」


 ヘンリーは短いため息をつき、アルマンドに書類を返した。


 「そんなに難しい話ではないだろう。この国の専門書も小説も大量に翻訳した彼女へ準男爵位が叙爵された。記憶喪失で国籍が不明であると言ったら叙爵と共に国籍をいただいただけのことだ」


 エイダンは満足している。籠の中に閉じ込められていた鳥を外へ出してやることが出来た。それも、飛び方や生き方を教えて。全て保護しただけと言われたらそれまでかもしれないが、彼女は自立している。何も出来なかった、ただ生きたいだけの少女を育ててやったと。エイダンはサンドイッチの味を思い出しながら、ローラの未来に自分がいることを望んでいることに気付いた。

本日もう一話投稿します。

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