第三話 再調査
本日二話目の投稿です。
「さ、再調査、とは?」
オルシーニ子爵は驚いた顔でエイダンを見る。
「いや、あの事件から一年が経とうとしているが、賊の調査が進んでいないんだ。ローラ嬢と教師の乗った馬車が襲われ、金品を持ち去った形跡と、ローラ嬢と教師は川に落とされ、教師は泳いで助かったが、ローラ嬢については切れた髪や血や皮膚の一部が付着した衣装が見つかった。賊は、二名捕らえたが、指示を出した者などが不明のままでね。まずはなぜあの馬車を狙ったのか、再びそこから調査をすることになった」
エイダンは淡々とそう告げると、従者にローラの私物が入った箱を持ち出すよう指示する。
「な、なぜ、ローラの……」
「ああ、子爵夫人。調査後はきちんと返却するからご安心を。可愛い娘の形見ということはこちらも把握している。彼女が肌身離さず持っていたものを教えて欲しい。それらは先に調べてすぐに返そう」
夫人は子爵と、ルーナと顔を合わせる。皆、僅かに顔を横に振っている。
「あの子は病弱でしたから、あまり装飾品もありませんでしたし、普段から身に着けていたような物もありません。ですから」
「ペンがある。お気に入りの、臙脂色のが」
夫人の言葉を遮ったのは、扉の近くに来たロイドだった。急いで来たのか、少し息を切らしている。
「そうでしたか。どこにありますか?」
「引き出しの一番上です」
机の片付けをしたルーナが、その箱と言って指をさす。
ルーナは探す気がないらしく、その様子を見たロイドが箱を開ける。片付け、と言うよりもただ入れただけのような、整理されていない箱の中身を見て、ロイドが苛立ったように漁る。
「お待たせいたしました、エイダン殿下。見つかりました。このペンと、このケースです」
ロイドが探し出したのは、臙脂色の使い古したようなペンだった。
「分かった。それは先に返すようにしよう。他には?」
ロイドは少しだけ考えて、部屋を見渡した。そして、エイダンの目をしっかりと見て言った。
「ローラは人生のほとんどをこの部屋で過ごしました。この部屋の物は全て、彼女の形見です。ですが、王宮の調査とあれば、それもローラがなぜあんな目に遭ったのか、それを解明するためなら、仕方ないです。ペンだけ戻ってきてくれたら、それが一番彼女が触れていたものですから、それだけで十分です」
エイダンは、分かったとだけ言って、ペンを受け取った。
「びっくりしたわ!王子殿下が家に来るだなんて!」
その日の夕食時、話題はエイダンのことで持ち切りだった。
「ええー、ロイド兄だけじゃなくてルーカス兄もリンジー兄も知ってたのー?」
「いや、殿下が来るなんてことは知らなかったよ。ローラの亡くなった事件の再調査をすることになって、ローラの私物も残っているものは預かるって。それでも、形見として部屋に置いておきたい物とかあったら教えて欲しいってさ。僕もリンジーも、ローラとはそこまで仲良い訳じゃないし、両親とルーナが家にいるからいいかなって」
「でもロイド兄、よくローラがあのペン使ってたとか知ってたね。私も友達からの手紙を渡しに行ってたけど、気付かなかったよ」
家族全員がロイドの方を見る。
「ローラは外国の本を読む時に辞書で単語の意味を調べて本に書き込んでいたんだよ。部屋に行くといつもベッドに本と辞書を広げていたし。書庫にある本、外国語の本にはほとんど書き込みがあるんじゃないかな」
「ローラ、外国語の本なんて読んでたのね。私が課題で絵本の翻訳をしたからかな」
夫人がそうかもしれないわと言って微笑んだ。
王宮では、再調査のためにローラの私物の箱が並べられた。
「さあ、探し物は見つかるかな。ああ、どんな風に箱に詰められていたかも記録しておくように」
箱の中身を出していく。衣服も少なく、装飾品はほとんど無い。
「デビュタントの衣装らしきものはありません。あのネックレスも、返却されていませんし、ルーナ嬢からも申し出はありませんでした」
つまり、ルーナはローラのために誂えたネックレス、という意識はあったが、ローラから借りたという考えまでは無かったということだ。
「エイダン殿下、ペルラ嬢を始めとする、ルーナ嬢の友人との手紙はどうされますか」
「写しをとっておこう。内容も確認してくれ。手紙の中でプレゼントや贈り物があれば、それらがあるかも確認するように」
エイダンは、ロイドから預かった臙脂色のペンを見る。何の細工もない、普通のペンだ。いつも使っていたのに、知っていたのはロイドだけだった。そして、ロイド以外の兄は屋敷に戻っても来なかった。
「日記でもあればと思っていたが、なかなかそんな都合よく見つかるものでもないな」
「もしかしたら、棺に入れたのかもしれませんね。掘り出しますか?」
エイダンはハッとした。
「そうだ。彼女は髪と少しの皮膚や血液の付着した服しか帰ってきていないだろう。棺に何を入れたのか、葬式はどのように執り行ったのか。調べてくれるか」
「もちろん」
「棺には髪と服、そしてこれは。恐らくロイドが入れたのだろう。外国語の辞書と、真新しい本だ。おそらく、彼女が気に入っていた本を買って入れたのだろう。あんなに兄妹がいて、ずっと家にいたのに、ロイドしか彼女の好みの一つも知らなかったとはな」
エイダンはクスクスと笑っている。
「エイダン殿下、マリー嬢からのお手紙、なかなか酷いもんですが確認しますか?」
「そう言うということは、見て欲しいんだろう、アルマンド」
手紙の写しを読む。
「すごいな。文字を読み始めたような子供に向けているような内容とは。ローラからの返事も読んでいないのだろう、一方的な自慢話というか、子供の日記のようだな。孤児院の子に宛てた手紙を思い出す」
エイダンは手紙の写しをアルマンドに返す。
「ああ、ここまで酷いとは思わなかったよ」
「ロイド兄」
自室に帰る途中、ロイドはリリアーナに声を掛けられた。侍女がタオルを手に控えている。これから湯浴みの時間だろう。
「どうしたの?」
「ロイド兄、ローラ姉はもう帰ってこないの?」
リリアーナはエイダンが来ている間、侍女と別室にいた。しかし、夕食時の会話等から色々と察しているのかもしれない。
「僕は、ローラが生きているって信じているんだよ」
「どうして?みんな、か弱いローラ姉が川に落ちたんだから諦めなさいって言うの」
「それでも、ローラ自身が見つからない限り、僕は信じているんだ」
だから、自分のいない間に部屋を片付けた家族に怒りも覚える。けれど、ロイドは当主でも、次期当主でもない。
「リリアーナ、お兄ちゃん、そろそろ引っ越そうと思ってるんだ」
「ええー!やだ!寂しい!」
「ローラを探そうと思って。ローラを連れて帰ってくるからいいかな」
「本当に?」
「うん」
「絶対だよ!」
ロイドも成人してしばらく経つ。いい加減、自立したいと思っていたのだ。実家で過ごしていたお陰でお金も貯まっている。ローラの部屋も片付けられてしまったのだ。ここに居続ける理由が少ない。
「次男のロイドが国を出た?」
「ええ、仕事を辞め、隣国に」
エイダンはアルマンドの報告を書類にサインをしながら聞いた。
「出国理由は?」
「人探しと」
エイダンは声を出して笑った。
「なんて都合がいい」