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ルビー色の瞳はどこで輝くのか  作者: とこ


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第二話 温かい牢

 「あの子は誰だろうか」


 たまには下級生のクラスを見に行かなければならない。学園内平和なのは良いことだが、なぜこのように平和なのかを知ることも大切らしい。そう言って、定期的に側近候補や護衛と共に他学年のクラスを見て回るのだ。

 この日は、四つ下のクラスを見に行った。


 十歳のクラスに行くと、王子様だ護衛の騎士様だと騒がれるのはいつも通りだ。しかし、窓際の席にいる少女だけは、そこだけ空間が切り取られているように何にも関心を示さない。


 「オルシーニ子爵家の次女でローラという子ですよ。病弱であまり学園に来ていないそうですが」


 側近は主の視線を察して、スラスラとローラのことを耳打ちした。


 「エイダン王子殿下?」


 返事をしない主がいつもと違う様子だと側近は感じ取った。そしてその関心が久しぶりの登校だという、銀髪にルビー色の瞳をした少女に向けられたものだということも。



 「アルマンド、この前のローラという少女について調べて欲しい」

 「承知いたしました。どこまで?」

 「出自から学園での様子まで。多少時間は掛かってもいい」

 「それならこちらに」

 「どうして?」

 「様子が違いましたから。念のため」


 仕事の出来る側近に、エイダンはため息をつく。


 「顔に出さないよう、気を付ける」

 「私だから気付いたのですよ。他の者は気付いていません」

 「そうか。ありがとう」


 エイダンは書類を受け取る。


 「幼少の頃からずっと病気がちだったのか。当時の医師の診立てでは十歳まで生きられないのではと。今でも風邪が流行ると必ず罹るし、発熱も度々ある。虚弱体質というものか。しかし、医師からは体調の良い日は適度に外に出ることも勧められている」

 「交友関係も独特ですね」


 友人と呼べる者はほとんどいない。三歳上の姉、ルーナの友人と文通をしているという程度の仲だ。妹を可哀想に想った姉が、友人に文通をしてほしいと頼んだらしい。この年頃で三つ違えば、話題も違う。ルーナの友人からしてみれば、家にいる可哀想な子供への施しに近い感覚だろう。同級生は、あまり学校に来ない彼女へあまり関心がない。十歳の、まだ体を動かして遊びたい年頃で、それができないという彼女を無理に仲間に入れることもないだろう。


 「この少女のことが知りたい。兄達はすでに学園を卒業しているな。それぞれ王宮と連なる場所に就職している。都合いいじゃないか」

 「それでは彼女の家族へ、それぞれローラ嬢について聞き取りを?」

 「そうだな。それから一応、ローラ嬢に影を付けられるか?」

 「もちろん。そのつもりでした」



 ルーカスは仕事の休憩時間、職場近くの公園のベンチでぼうっと過ごしていた。頭を使う仕事で、自然の中で休みたいと思う者も多く、同じ職場の者が散歩をしたり、中には敷物を持ってきて寝転んでいる者までいる。

 一人、ルーカスに近寄る影が見えた。


 「ルーカス君、妹さんはそろそろデビュタントかい?」

 「え?いえ、まだ先ですよ」

 「へえ、そうなのかい。ルーカス君の家は確か六人兄妹なんだよね?」


 ルーカスはあまり声を掛けられたことのない職場の先輩から急に家族の事を聞かれ、少し警戒する。


 「そうですね、六人兄妹です」

 「六人兄妹の一番上ってなると、やっぱり責任感強くなるものかい?いやあうちの兄貴がね、今度五人目が生まれるんだ。一番上が男の子でね、ルーカス君みたいな性格になるのかなって思って」


 ルーカスはなんだと思って少し警戒を解く。


 「どうなんでしょう。うちは、男三人女三人って順番なんです。年が離れるほど可愛く思いますね。弟は、二つ下と三つ下なので喧嘩もしたりして、兄弟らしく育ちましたが、下の女の子達とは親戚の子に近い感覚ですよ」

 「ああ、なるほどな。そうか、年の差か、盲点だったよ。ところで妹さん達に婚約者は?」


 ルーカスはそれが本題かと気付いて力を抜く。


 「いませんよ。十三歳の妹は淑女らしくない天真爛漫な子で、何度かお見合いをさせましたが決まりませんでした。次女は病弱で長く生きられるか分かりませんし、一番下はまだ赤ん坊ですよ」

 「ほほう。病弱、というのはどの程度?」

 「医者からは十歳まで生きられるか分からないと言われていました。今年ちょうど十歳になったのですがね、熱もよく出るし、あまり学園にも通えていないです。外から風邪なんかを持ち込んだら悪いと言われていて、家にいてもあまり会えないんですよね」

 「そうか。君も長男として大変だね」

 「いえ、まあ……」


 口にはしないが、ルーカスの表情からは、後を継ぐ頃にローラが居るということを想定していないということが読み取れた。



 「ルーカス、それからリンジーも同じような感じか。残るはロイド、彼は騎士団の事務局勤務か」



 「ロイド君、最近家にちゃんと帰れているか?」

 「え?ええ、毎日家には帰っていますよ」

 「違う違う。家族との時間、大切にしているかい?」


 ロイドは上司にそう聞かれ、返答に悩んでいるようだ。その様子を見て、上司が話し始める。


 「騎士団の事務局っていうのは、人の汚い部分をたくさん見るだろう?窃盗や暴力をした奴らの供述なんかを読まないといけないからな。見ているだけで、何だか落ち込んでしまうこともある。そういうのが、心に溜まっていくと、ふとした時にね、溢れ出てしまうんだよ」

 「溢れ出たら、どうなるんですか?」

 「心が壊れてしまうんだ。何もやる気が起きなくなってしまうんだよ。病気になっている訳ではないのに、起きることも、食べることも出来なくなるんだ」

 「それは、大変ですね」


 その話と家族との時間が繋がらず、ロイドは首を傾げる。


 「そうならないように、精神的に落ち着いたり、しっかり休んだり、楽しんだり、そういうことをするのが大切なんだ。ロイド君、それが出来ているかなと心配しているんだよ」


 ロイドは私生活を振り返る。自宅でそう思ったことがあるだろうか。


 「家は六人兄妹で、体の弱い妹や赤ん坊もいるんです。帰宅したらご飯を食べて、赤ん坊の面倒を家族で代わる代わる見ながら湯浴みを終わらせて寝る、という生活ですね」

 「一人の時間や、心地よい時間はあるかい?」

 「寝る前に読書をします。休日には買い物に出たりして、楽しく過ごせている気がします」


 上司はほっとした様子を見せる。


 「そうか、そういう時間があるならいいんだ。にしても、読書はともかく、休日にショッピングだなんて、意外だな。婚約者でもいるのかい?」

 「いえ、体の弱い妹が、たくさん本を読むんです。まだ十歳ですが、大人の読むような本もよく読むんですよ。最近は外国語の本も辞書を引きながら読んでみたいと言っているくらいで。調子が良い時は日に何冊も読めるので、休日にたくさん本を買っておいてあげるんです」


 ロイドは妹の話を嬉しそうに話す。上司は、大切な妹さんだねと言ったが、ロイドは少し顔をしかめて言った。


 「大切です。でも、大切だからこそ、間違えます。他の家族は、彼女が病弱だから、少しでも体調が悪ければベッドに寝かせてしまいます。食事も消化に良い物しか与えません。僕は、それがますます彼女を弱らせているように思えてなりません。ベッドで辞書を引きながら本が読めるのです。ならば、短時間でも学園に行ったり、散歩をしても良いんじゃないかと思います。それで熱を出したのなら、その時休めばいいし、散歩の距離を短くすればいいのに、まるで」


 そこまで話して、ロイドは口を噤んだ。


 「すみません、何だか家族の愚痴みたいになりました。でも、皆僕の大切な家族と思っています」


 上司は満足そうに頷いた。


 「家族も個人の集まりだ。それぞれの考えがある。その中で折り合いを付けていくこともあるだろう。結婚なんて、血の繋がっていないパートナーと過ごすんだからな。たくさん衝突することもある。その都度、話したり、誰かが考え方を少し変えたり、そうやって家族になっていくものだよ」


 既に結婚して子供も大きくなっている上司の言葉から、人生経験の深みを感じ、ロイドはありがとうございますと、感謝を伝えた。



 「ロイドは、他の家族とは少し考えが違うようだな。両親は、共に病弱な彼女を部屋に留めておくべきと考えているか。ああ、少しでも学園にと、勧めたのもロイドか。ルーナは、ダメだな。病弱な妹の面倒を見てあげる姉という立場に酔った人間だ」


 エイダンはローラについて調べたが、それをどうしたいのだろうとも思っていた。


 あの日、ローラの表情から、エイダンは過去の自分と似ていると思った。

 騒がしい教室の中で、騒がしさを無視する彼女からは、儚いと言うよりも、他の者と私は違う、というプライドの高さや強さを感じた。王族という立場から、強がってしまう自分と重なったのだ。病弱でという割に、他者への感謝よりも、気位の高さが滲み出ている、どんな生活を送っていたら、そんな性格になるのか気になったのだ。



 王族は貴族家の中にも、王族の影を忍ばせている。情報操作や、表立って出来ない調査など、王族の手足となる者を貴族の中に潜り込ませているのである。


 「お呼びでしょうか」


 とある子爵家を使うことにした。ルーナより一つ下の娘がいるのでちょうど良かった。


 「ルーナ・オルシーニ子爵令嬢に近付け」




 学園の休み時間、ルーナは友人達と食堂で昼食を摂っていたところ、見知らぬ令嬢に声を掛けられた。


 「ルーナ・オルシーニ様、でしょうか?」

 「ええ、そうだけど」

 「やっぱり!私、学年は一つ下なのですが、この前ルーナ様の絵本の翻訳を読んで、ぜひご挨拶したいと思って声を掛けさせていただきましたの!」


 ルーナは、ああ、あれねと思い出す。長期の休みに出た課題で、外国の勉強があった。ルーナはあまり外国語が得意で無かったところだが、妹のローラが最近外国語の本を読み始めたというのだ。簡単な物を聞くと、外国語の絵本からと勧められて、それを翻訳した。ついでに直訳したものをローラに見せて、子供向けに語り掛けるような言い回しに変えてもらった。それが、教師達から評価され、下の学年へも絵本と翻訳したものが公開されたのだ。


 「ありがとう」

 「ルーナ様は他にも翻訳をされているのですか?読書の会なども、開催されるのでしたらぜひ参加したいのです」


 話しながら近寄ってくるのを、ルーナは手で制した。


 「いや、あれは自由学習でやっただけだから、普段はあまり本も読まないし。ごめんね」

 「そうでしたの。私の方こそ勘違いして申し訳ありません。でも、あんなに素敵な文を綴られる方ですから、またお話をさせてください。私、ルッケーシ子爵家の長女、ペルラと申します。それでは」


 ペルラはそれだけ言うと、去って行った。


 「ルッケーシ家って、あの港のある領地よね。近くに美しい海岸もあって」


 ルーナは周りの友人達と目配せする。


 「仲良くする価値ありね……!」


 それからルーナはペルラと度々昼食を一緒にしたり、休日に出掛けたりもした。


 「ルーナ、ローラちゃんに渡してあげてくれる?」

 「マリー、いつもありがとう。あの子も喜ぶわ」

 「あの子?何のお手紙ですか?」


 ルーナがマリーからローラへの手紙を受け取った様子を見て、ペルラは首を傾げる。


 「ああ、私の妹、病弱でほとんど学園に来られないから友達もいないのよ。だから、マリー達に私がお願いして、文通友達になってもらっているのよ」


 ペルラも良かったらどう?と、ルーナが尋ねると、ペルラもぜひ文通したいと答えた。



 

 ペルラを通じてエイダンはローラの生活ぶりや考えていることを知ることが出来た。もちろん、ペルラの手紙の中でさり気なく入れ込んだ形で。


 「さあ、彼女の真意を聞こうじゃないか」



 数年経ち、ローラも年頃になると、精神的に不安定な事も増えてくるようになった。ペルラへの手紙にもそれが書かれている。


 『部屋に来た妹に、思わず近寄らないでと言ってしまいました。何だか気分が優れなかっただけなのに、どうして家族にそんな事を言ってしまったんでしょう。この感情は何でしょうか』


 エイダンは、ロイドの行きつけの本屋を使うことにした。


 「いつもありがとうね、お兄さん。外国語の本もこんなに読むなんて、感心するよ」


 ロイドがローラへの本を見繕っていると、店員に声を掛けられた。


 「いえ、私よりも、妹がよく読むのですよ」

 「おや、妹さんか。失礼だが年齢は?」

 「十三歳になります」

 「年頃の女の子か。それなら、この辺の本などがおすすめだよ」

 「そうですか。それならそれも買います」


 ロイドが購入したのは、年頃の女性特有の悩みや体調の変化との付き合い方などが分かりやすく物語で書かれたものだ。


 『ロイド兄様がくださった本に、女性特有の感情や気分の変化があると書いてありました。穏やかに付き合っていけるといいわ。ペルラ様のおすすめの本も、兄様に伝えたらすぐに買ってきてくださったの。また読み終わりましたら感想をお伝えしますね』



 「籠の中の小鳥、という割にはしっかりしているな」


 エイダンが、ローラの手紙を読んだ感想だ。側近のアルマンドが、そういえばと言って報告書を確認する。


 「ロイドが職場で話した内容によると、彼女は読んでいる本の中から学ぶことが多いそうですね。塞ぎ込むことがあっても、本を読んで自身と似た感情のものを探すのだとか。そうすると、気持ちの整理がつくそうですよ」

 「きっと彼女は、己のプライドの高さや嫉妬心にも気づいているのだろう」


 アルマンドが、そうなのですかと尋ねた。アルマンドから見ると、ローラはひ弱で友人の少ない本の虫だ。


 「初めて見た時、あんなに周りが騒がしくしていて、わざと無視していただろう。私はあなた達とは違うんだという頑固さもあるし、同級生を見下したい気持ちもある。それに、彼女は手紙でよく、赤ちゃんのお世話があるのに心配で来てくれた母に感謝している。きっと、同級生達よりも母親からの愛をもらって過ごしているんだと、そう思いたいということにも気付いているだろう。ローラはそんな人間だ」


 エイダンのあまりにも生々しい考察に、アルマンドは驚いた。驚く側近を見て、さらに続ける。


 「自分と似た感性の人間というものは、分かるものだよ。彼女をあの温かい牢から連れ出して、じっくり話をしてみたい」


 エイダンはにやりと笑った。

本日もう一話投稿します。

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