第十話 それから
最終話です。長くなりますが、よろしくお願いします。
「アーザ王国、国境の村に、近隣各国の歴史書や代表的な小説を多数有する図書館を設立。館長に就任するのはダン・ディオニス伯爵、翻訳家としても著名なローナ・ターナー準男爵が妻で、夫婦で図書館を管理していく。か」
ロイドは新聞の記事を切り取ると、分厚いノートに貼り付けていく。その様子を側近の男がまじまじと覗いている。
「ロリー様、隣国の新聞ですか?」
「ああ、知っている人が載っていたら、ついつい取っておきたくなるからね」
「ああ、あちらの出身でしたよね。でもその記事はさらに向こうの国では?」
「旅をしていた時に会った人なんだ」
「へえー。なんか、すごいですね」
その時、部屋の扉がノックされた。側近が対応し、来客を告げられる。
「今日はテラスかな。良い天気だ」
急いでテラスにティーセットが用意される。ロイドは使用人達に礼を言って、テラスに向かう。
「兄様、お久しぶりです」
「リリアーナ、元気にしていた?」
「はい、もちろん」
ロイドは死んだ。しかし、好きに生きろと言われたということを盾に、ロイドはリリアーナへの小包みとローラの村への手紙は欠かさず送った。オルシーニ子爵家とリリアーナの元にはロイドが事故で死亡したと報せがあったらしいが、ロイドは構わないと思って送り続けた。リリアーナからは返事が来ているが、ローラからの手紙は途絶えた。恐らく、村の纏め役だったヘンリーか、エイダンの仕業だろう。しかしロイドは季節ごとには近況を綴った手紙を出している。
「兄様は、どのようにして一からこのような身分になったのですか?」
リリアーナは不思議そうにしている。リリアーナは年に二回、ロイドを訪ねに来る。男爵家が取引の為にダンヤンを訪問するため、付いてきているのだ。その滞在中は頻繁に訪ねてくるのである。
「真面目に働いていただけだよ」
ダンヤン国では、実力が全てだった。元々、あまり肥沃でない土地に、商人達が国の行き来をするために宿や倉庫が出来、人が住み始めた土地だ。しかし、祖国とアーザ王国の二カ国と隣接する広い土地でもあった。商人の国といってもいい、この国ではどれだけ使える人間であるかが重要だった。
ロイドは通訳として王宮に上がった。まさか、流れてきた者でも王宮で働けるなど思ってもいなかった。しかし、王宮と言っても商人達の中の纏め役を担っていた者が王として座っていたに過ぎなかった。国王の側近も侍従や侍女もお粗末な出来で、間者でも何でもいいから手を貸せという状態だった。
一応、それなりに後ろ盾を持つ商人や、商会から貴族へ成り上がった者、それらと縁のある者達が大半を占めていたため、時間さえあれば王宮として機能する兆しはあった。しかし、その間に他国から攻め入られてはならない。既に流通の拠点となりつつあるこの国が侵攻されると、各国のバランスが崩れ戦の時代となってしまう。
ロイドはそれを避けるために尽力した。都合良く通訳をしたのだ。
「面白い話があるんだ。祖国の王族からは嫌味を言われてね。ダンヤンのことを裏切り者の寄せ集めと」
「まあ。そんなこと、王族が口にしてはならないわ」
「リリアーナの言う通り。だからね、こちらの王にはこう訳したんだ。それぞれの祖国を出て寂しくないのか、と」
リリアーナは物語を聞くように目を輝かせる。
「そうしたらダンヤンの国王は何と答えたの?」
「祖国を思わない日はないが、ダンヤンの栄光と発展は祖国の為でもある、これからも祖国をよろしく頼む。そうおっしゃったから、それはそのまま伝えたよ」
「まあ!それは祖国にとっては嫌味を寛大なお心で返されて、さぞ恥をかいたでしょう。それにしても、最近は王宮の権威というものが失われつつあるという話も聞きます」
ロイドは軽く頷くと、側近へ視線を向ける。側近は書類をロイドに渡した。
「リリアーナ、ダンヤンかアーザ、どちらでも良いので留学するといい。どちらに行くにしても推薦状は出来ている。世話になっている男爵家族とよく話し合って決めると良い」
リリアーナへ書類を渡すと、リリアーナはパラパラと捲って確認している。
「兄様、いけません。これは学費に滞在費、雑費まで兄様がお出しするようになっているではありませんか」
「いいんだ。祖国がどうなるか、正直なところ雲行きが怪しい。これはリリアーナに僕という後ろ盾があるという証明にもなる。何かあったとき、男爵家や生まれの子爵家だって難を逃れることがあるかもしれない」
リリアーナは賢く育った。王都から遠い男爵領で数年伸び伸びと育ち、王都の学園に入学した。多くの本を読み学んだ彼女は、醜聞のある子爵家出身で、田舎の男爵家育ちでも成績優秀で学園でも一目置かれる存在となっている。
「賢い者を見出して先行投資するのはこの国のやり方だ。リリアーナ、恐らく祖国は無くなる。リリアーナが大人になった時、選べる選択肢は多い方がいい」
リリアーナは書類を大切に抱えて、ロイドの住む邸を後にした。
「妹さん、なんですか?兄様って呼ばれてましたけど」
側近は不思議そうな顔で尋ねる。
「いや、祖国で世話になった人の妹だ。兄妹のように接してきたからな。かわいいだろう?」
「かわいいですが、ロリー様、自分の顔見てくださいよ。異性からの人気だったらあなたに並ぶ人はそうそういませんよ」
ロイドの瞳はこの数年でルビーのような赤色になっていった。王宮の魔術師に聞くと、濁らせていたものが時間を掛けて無くなったからそれが正常だと言われたが、よく分からない。
銀髪にルビーの瞳は珍しい。しかし、畏怖を感じる者もいるらしく、警戒されることも少なくない。
「ロリー様、この後は国王陛下との謁見のお時間です。王宮へ、馬車を用意しております」
側近に促されるまま、ロイドは王宮に上がる。
「ロリー、よく来てくれた」
国王は気さくな人柄だ。しかし、王族の威厳はあまり感じられない。
「折り入って話がある」
そう言うと、人払いをして、謁見の間には国王と宰相、ロイドの三人になった。
「王位を譲ろうと考えている」
ロイドもその事は考えていたため、無言で頷く。
「次の王位は……」
アーザ王国の国境の村で、ローラはエイダンと穏やかに日々を過ごしていた。
「ダン、明日は休館日ね」
「ああ、やっぱり開いてからしばらくは入館者も多いし新聞屋の取材も多かったな」
二人はソファで寛ぎながら、新聞を読む。
「ダンヤン国は王位を交代するそうだ」
「あら、興してまだ十年くらいなのに」
「まあ、国王は商人の纏め役だった者が立っていて、国が安定すれば然るべき対応をしたいとは聞いていたからね。次の王位は、宰相のルーベン・バンデーラ公爵か、王宮通訳の外交官ロリー・オズ侯爵が有力候補と出ているな」
「宰相が王位を継ぐというのは歴史的にも多いわ。それでも、そこに名前を並べるオズ侯爵は、かなりのやり手ということかしら」
「どうだろう。他国のことについては、曖昧な情報が多いからね」
二人がそうやってまったりと議論していると、部屋にアルマンドが入ってきた。
「ダン様、王宮から式典の案内が来ております」
案内状を確認する。王宮の式典は大抵はエイダンが一人で参加している。ローラも一度参加したが、体調を崩したためそれ以来参加していない。
「式典は王都ですか?」
「いや、割と近いな。この式典は豊穣への祈りを捧げるものだから、自然豊かな場所を選ぶんだ。今までは距離が遠すぎたから参加できなかったが、この場所なら一日で行けるし、空気もきれいな場所だ」
二人で参加できる行事は少なく、エイダンはこの式典に向けて揃いの衣装を用意しようと張り切った。ローラも、その様子を見て恥ずかしそうに、だが幸せそうに微笑む。
豊穣への祈りを捧げる式典は外で行われる。森に囲まれた広場には、貴族が集まっている。普段式典に参加できないローラは人気者だ。
「ローナ様が翻訳された物語はほとんど読んでいますの」
「まあ、ありがとうございます」
「あなたの言葉選びはとても綺麗で、勉強になります。どこでこのような技術や感性を身につけられたのですか」
「幼い頃からたくさんの本を読んできたからでしょうか」
歓談をしていると、ラッパが鳴り、国王の挨拶が始まった。
「本日は隣国より来賓が来ている。私も何度も外交で言葉を交わした、ロリー・オズ侯爵である。隣国、ダンヤンは作物の生らぬ土地、この豊穣への祈りをひと目見たいということで来られた」
国王の隣に現れた男性に、会場中の視線が集まる。輝くような銀髪に、ルビー色の瞳をした彼は、ゆったりとした動作で礼をした。
「ダンヤンから来た、ロリー・オズと申します。豊穣とは遠い我が国は今後もアーザ王国を含め輸入に頼ることとなるでしょう。アーザ王国の糧はダンヤンの糧、アーザ王国の豊穣をダンヤンを代表して、共に祈らせていただきたいと思います」
教会のシスターによる言葉に続き、祈りを捧げる。そして、その後は会場に食べ物が並べられ、楽しく食しながらの歓談となる。
ロリー・オズには多くの人が声を掛けようとしたが、ロリー・オズの目指す場所は一つだった。先客がいると言って、声を掛けようとしてくる者達へ断りを入れ、そこに向かう。
「ダン・ディオニス伯爵、ローナ・ターナー準男爵」
二人の前に立つと、二人は目を見開く。
「お二人には、一番にご報告したいと思っていたのです」
ロリー・オズは、うっすらと微笑んで続けた。
「この度、ダンヤン国の国王になりました。ダンヤン国もオルガ国と名前を変えます。どうか、お見知り置きを」
周り、いや会場がざわつく。そのざわつきはロリー・オズが国王に、そして国名が変わることだけではない。
「ロリー・オズ国王と、ローナ・ターナー準男爵は親族なのか?」
あまりにも似た二人。髪も瞳も全く同じ色で、顔立ちも似ている。
「あなたは……いや」
エイダンは何か言おうとするが、現在エイダンは伯爵位であり、不躾に何か尋ねることもできない。それはローラもよく分かっていた。亡くなったはずの兄、ロイドが名前を変え身分を得て眼の前に立っている。しかし、現在の地位では何も言えない。
「驚いたでしょう?ローナ・ターナー準男爵は記憶喪失と聞きました。私は祖国で妹が行方不明になっていたのですが、もしかしたらと思いまして。予想は当たっていたようです。ダン・ディオニス伯爵、妹をよろしく頼みます」
そしてエイダンの肩に手を当て、耳打ちする。
「思う存分、好きにさせてもらうよ」
そしてローラの方を見る。
「ローナ、また手紙を送らせてもらうからね。ああ、これまでの分も、読んでほしいな」
ロイドは馬車の中でも仕事を続ける。書類に目を通し、サインをする。
「ロリー様、本当の妹さん、見つかって良かったですね」
向かいで次の書類を用意している側近にそう言われ、ロイドは乾いた笑いが出る。
「ははっ、良かったかどうかは今後次第だろうな」
「ヘンリー様、それではお手紙はずっと届いていたのですね?」
式典から帰り、ローラとエイダンはすぐにヘンリーの宿へ訪問した。
「ロイド・オルシーニは亡くなったと聞いていたので、これはいたずらかと思い、訃報を聞いたローナさんも随分と落ち込んでいると伺っておりましたので、渡す機会もなく……」
ヘンリーは珍しく歯切れの悪い物言いをしている。
「それでも、私へ隠さなくても……過ぎたことは仕方ありません。これまでの手紙で保管しているものはありますか?」
「はい。こちらになります。申し訳ありません」
ローラはロイドからの手紙を受け取ると、侍従に持たせ、エイダンと共に邸に帰った。
「古いものから読んでいくわ」
ローラはじっくりと読む。間違いなく、ロイドの筆跡だった。
「ロイド兄様は、事情があって死んだことになっていて、新興国だった隣国へ行ったのね。事情は書かれていないけれど、逃げなければならないようなことに巻き込まれたのかしら。ダンヤンで通訳として王宮に勤めるようになって、そのまま外交を担当するようになって、侯爵位を賜ったと」
ロイドからの手紙には淡々と仕事が忙しいことや、それでも楽しめていることなどが綴られていた。
「ローナ、何よりも無事で良かったと思う。ただ、今後ローナがオルガ国王の妹ということで、狙ってくる者、取り入ろうとする者は増えると思う。邸の警備も増やして、気を付けて過ごそう」
エイダンにとっては予想外のことだった。ローナとの結婚にあたり、ロイドを結婚式に呼ぶとローナがローラ・オルシーニであると言っているようなものだ。ロイドもローラの為に結婚式への出席は辞退するだろう。しかし、ロイドが生きていて連絡を取っている限り、ローラの中には唯一覚えていた家族のロイドを呼べなかったということが残るだろう。エイダンはローラとの結婚式をローラにとって一つも後悔が残らないようにするためにロイドを消したのである。
ロイドがダンヤンの言語を習得したことも、実は予想外だった。ロイドは商会の事務をする中で、取引のあったダンヤンとの書類を見るために読み書きを覚えた。祖国と似た言語であっても難しいと思われていたが、彼は息をするように習得した。
そもそも、捨て置いた村は元々外の者を寄せ付けない閉鎖的な村だったのだ。そこで暮らそうとしても助けてもらえず、野垂れ死ぬだろうと思われていたが、ロイドは無理矢理村長から仕事をもぎ取り、報酬を貰い、隣国へ向かって言語の壁も乗り越えた。
そして、ロイドはオルガ国王として現れた。祖国は既に衰退の一途を辿っている。エイダンが国を出ることができたのも、兄達からの助けがあったからだ。可愛がっていた弟王子エイダンを、何としても生き残らせてやりたかった。国が亡ぶとき、王族はその責任を取る形で処刑や幽閉という処分を下されることが多い。エイダンだけは、先に逃して、さらには密かに王族の血を繋ぐことが出来ればとの思惑もあった。
ロイドは、それまでロリーという名にしていたものを、国王になったと同時にロイドという名に戻した。そしてその出自も明らかにした。
「ロイド陛下!!」
国王謁見の間に、慌てた様子で現れたのはアーザ王国の騎士だった。
ロイドは低く、話せと告げた。
「ディオニス伯爵夫人である、ローナ・ターナー準男爵が……お亡くなりに……」
ロイドは顔を俯せた。
「そうか……弔いの旗を。アーザの騎士よ、子は無事か?」
「はい!双子の男女でございます!」
「分かった。アーザの騎士、よく伝えてくれた。我が王宮でしっかり休むと良い」
ロイドは馬車を用意させた。国王の移動となれば、本来前もって準備が必要だったはずだ。しかし、驚くほどの早さでそれは行われた。
「ロイド様、分かって、いたのですか?」
「何をだ?」
「その、妹君の……」
「懐妊の報せをもらった時点でな。元々体が弱い子だったんだ。王都へ行くだけで体調を崩す子だ。出産に耐えられるとは考えられなかった。それ程までに……いや、死人に口なしだ。これ以上は止そう」
ロイドはエイダンが王族の血を絶やさないようにするとは思っていた。ロイドがオルガ国王となった翌年、祖国はアーザ王国に併合される形で無くなった。王族は処刑こそされなかったが、血を断つよう監視付きの生活をしている。
「ロイド、国王陛下……」
久しぶりに見るエイダンは憔悴していた。
「妹をこれまで守ってくれてありがとう。子に会わせてくれないか」
双子の赤子がベッドに並んでいる。
二人共よくローラに似ている。
「ローラ……」
思わず、その名前を呼ぶ。
「名前は?」
「いえ、まだ……」
「私が名付けても?」
エイダンの肩がピクリと震える。しかし妻を亡くしたばかりのエイダンに、ここで断る気力も無かった。いや、あったとしても、一国の国王の申し出を断るなど不可能だろう。国王陛下に名前を賜ることができるのであれば、と了承した。
「男の子がフィリー、女の子がフィリヤはどうかな?似すぎているか?」
「いえ、ありがとうございます」
それと、と言ってロイドは付け足す。
「フィリヤの方は年頃になったらオルガ国に養女に来てもらいたいな」
エイダンは憔悴しきった顔を上げ、目を見開く。
「君の後継者はフィリー。こちらの国にも一人居たほうが良いんじゃないかな」
ロイドは気付いていた。祖国の王族が血を絶やさないようにしていることに。
そして、絶やさない為であれば、一つの国にいるよりも、他国への後ろ盾を持つ方が良いに決まっている。エイダンに断る選択肢は無かった。
その後、ロイドはローラの亡骸と対面した。
美しい銀髪は少しくすんでいたが、その顔は穏やかだった。
「丁重に弔ってくれ。そうだ、棺に入れて欲しいものがある」
ロイドがエイダンに渡したのは、辞書と本。
「これは……どうやって」
それは、かつてローラが亡くなったとされた時にロイドが棺に入れた物だった。それも、しっかりその当時の物だ。
「墓を暴くとは思わなかった。しかし、そのお陰でこうやってまた、私の思いは彼女の下に置いていける。感謝する」
ロイドは再びローラの亡骸へ向き直り、頭を撫でた。そして、その場を去った。ローラの葬儀に出席する時間は、国王となったロイドには無かった。
エイダンは、渡された辞書と本を見る。裏表紙に、妹のローラへ、兄のロイドより心を込めてと書かれている。それを、そっと棺に入れた。
数年が経ち、オルガ国にフィリヤが来た。
「初めまして、フィリヤ」
「はじめまちて?」
「ああ、本当は赤ちゃんの時に会っているんだ。久しぶり、が正しいかな」
フィリヤは銀髪にルビー色の瞳はもとより、ロイドと顔立ちもそっくりだ。
「フィリヤ様には、魔術の素質があります」
「そうか。フィリヤには成人を迎え次第、伯爵位を叙爵する。魔術師の家門として、王宮を支えるだろう。ハーパー伯爵だ」
側近は、ロイドのフィリヤをアーザ王国へ帰さないという思惑が透けて見えた。
「フィリヤ、あなたの片割れ、フィリーにはよく手紙を出しなさい。それが、あなたも、彼も守ることになるだろう」
「にーにに、おてがみ?かく!いっぱい!」
ロイドはその後結婚し、子と共にオルガ国を発展させる。フィリヤは魔術師としてその才能を発揮し、魔術師長になるまでに。そして、アーザ王国が危機に瀕したとき、フィリヤはフィリーを助け出した。
「伯父様、こうなることが分かっていたのですか?」
「何のことだろうか」
「この国に来た頃に、兄に手紙を出すように言い付けられ、私は毎月欠かさず書いていました。その手紙の束が証明となって、兄と父はアーザ王国の派閥でないと判断され、無事にこの国へ逃れることができました」
「良かったじゃないか」
ロイドは大人になったフィリヤを見る。ローラに瓜二つだが、体は丈夫らしい。
「手紙は唯一人の繋がりを証明するものだ。仲が良かった、悪かった、よく話していた、それだけでは何の証明にもならないからな。そうだろう?リリアーナ」
ロイドは控えていた女性に声を掛ける。
「ええ、仰る通りでございます。私も兄様との手紙や留学書類が証明となり、この国へ来ることが出来ました。もし、私が産まれた子爵家、育った男爵家と手紙のやり取りをしていたら。あの方たちはもっと違った未来があったでしょう」
リリアーナは王宮の侍女になった。祖国がアーザ王国に併合された時、立場の弱い祖国の子爵家、男爵家は取り潰しとなったが、留学をしていた、この国の国王との繋がりがあったリリアーナだけは、難を逃れることができた。
「そういえば、国王陛下を射止めた王妃陛下も、お手紙でと聞いておりますね」
リリアーナが王妃へ目を向ける。王妃はヘーゼルの瞳をロイドに向ける。
「射止めた?私はただ、ファンレターにお返事を書いて差し上げただけですわ」
「ヘーゼル、私は真剣に書いたつもりだったんだが」
「抽象的過ぎましてよ。君のヘーゼルを私のルビーの中に映したいって、分かりにくいわ。そもそも、人妻に送る内容ではないわ」
ロイドの隣でため息をつくヘーゼル。彼女は王妃になっていた。
「でも、分かっただろう?」
「侍女に見せたら、これは熱い口説き文句みたいですねって。それで、返信を書いたの。まどろっこしいことを言ってないで、さっさと掻っ攫いに来なさいよって」
リリアーナは恋愛物の劇を見ているように、まあと声を上げ、両手を口に添える。
「伯父様、一つ、聞きたいことがあるのです」
突然、フィリヤは改まって姿勢を正している。
ロイドは頷き、フィリヤの言葉を待つ。
「母は、私とフィリーをなぜ産んだのでしょうか」
いつか、聞かれるとは思っていた。もしかしたら、フィリヤの中ではその答えがあるのかもしれないが、ロイドはロイドなりに、ローラのことを思い、彼女が何を考えていたのか考察していた。
「愛しい夫との子が欲しかったのだろう。夫を残していくことになっても、お前達がいれば寂しくないかもしれないじゃないか。人は誰もが寂しがり屋で、一人では生きていけないと思いたいものだ。しかし、生きていきたいという気持ちが強いのも事実で、生きていけるなら醜くなっても構わないだろう。それでも、それよりも子を残したいと思う程に、愛しかったのかもしれない」
フィリヤは私は、と言って、ロイドとリリアーナの顔を見る。
「母は愚かだと思いました。生きられるだけ生きて、子が欲しいなら夫に妾と子を成してもらうか、養子を貰えば良いのにと。でも、私という存在はそこからは産まれないので、感謝もしています」
ロイドは、フィリヤの目を見る。自分と同じ、ルビーの瞳。
「今は人払いをしているから、フィリヤに内緒の話をしてあげよう。私の目は、元は赤茶色だったんだ」
そう、この国に来てから徐々にルビー色に変化した。
それは、偶然ではない。
「私とローラは、魔力が非常に高かったらしい。生後間もなく、私は母の伝手で魔術師の所へ連れて行かれた。そこで魔力を抑える術を掛けられ、瞳はその影響で濁ってしまった」
ロイドは国王になってすぐに、自分の出自を調べた。
「血縁上の父は、魔術師の素質がある男だったが不真面目で、魔術師にはなれなかった。しかし、その膨大な魔力は私とローラに遺伝した。私の周りでは魔力が溜まることによる弊害が出てきたので、魔力を抑える術を施されたのだが、不義の子であるから内密に、それも強力な魔術で、大人になってからも魔力の抑制は続いていた」
オルシーニ子爵家にも、母の家系にも魔術師の素質がある者はいなかった。怪しまれるより先に、母は手を打ったのだ。おそらくはその件で、母は実家と揉めた。だから、母は実家と折り合いが悪く、あまり接する機会も無かった兄妹達は、赤系の目は母の家系という言葉を信じた。もしかしたら、父は知っていたかもしれないが。
「そしてローラも同様に、魔力を持っていた。しかし彼女は体が弱く、魔術師が魔力を抑えると体の機能が上手く働かなくなると言って抑制しなかった。ローラに宿った魔力は、ローラの体の維持に使われていたから魔力による弊害もなく、ローラはそのままにされた」
その結果、魔力の抑制によって赤茶色の瞳のロイドと、抑制の必要が無かったルビー色の瞳のローラとなった。魔力の強い子供に魔力の抑制をすることはよくあるが、それは年に一度の魔術であり、ロイドの母は父に怪しまれないよう、一度の魔術で二十年以上抑制する魔術を依頼していた。
「ローラは、夫が調べたのだろうな、それを知った。だから、妊娠出産でも魔力によって体が保つ可能性に掛けた。結果、フィリヤとフィリーは元気に生まれてきた訳だ」
ロイドの言葉を一つひとつ、フィリヤは噛み締めている。
「そういえば、血縁上の伯父様の父や、子爵家はどうなったのですか?」
これまで、何となく聞いてこなかった話だが、これだけ込み入った話をしている今こそ聞ける時だとフィリヤは思った。
「ああ、血縁上の父は、私が祖国の騎士団事務局にいる間に、商会の横領に違法薬物の売買、その他諸々の罪で労働施設に三回放り込まれて、最後は事故死となっているが、商会の荷物を運搬している間に、とあったから、そういうことだろう」
続いて、リリアーナが話す。
「オルシーニ子爵家は取り潰しに。ちなみに兄様とローラ姉様以外、結婚していませんから、オルシーニの血は途絶えましたね。ああ、皆平民になりましたが、それぞれ仕事をしたり……ルーナ姉様は家にいるみたいですが、三人仲良く同居しているそうよ」
そして、そうそうと言って付け足す。
「オルシーニ子爵家は結婚しないで家に残る人が多いのだけれど。それはオルシーニ子爵家に尽くすとか秘密があるとかではなくて。単に代々同性愛者が多いから、婚姻できないだけなのよ」
フィリヤはこの日、様々な謎が明らかになり、少しだけ心が軽くなった気分で王宮を後にした。
後に、フィリヤのハーパー伯爵家は多くの魔術師を輩出し、国を支える家門となる。
「眠たいな」
「そうねえ。おやすみ、愛しい人」
「愛しているよ、ヘーゼル」
「まあ、手紙以外で初めて、直接言ってくれたわね」
「もう書けないんだから、言うしかなくなったんだよ」
「じゃあこれからは、思いつく限りの愛を囁き合いましょうね」
「ああ、そうだね、愛しい人」
ロイドとヘーゼルの晩年は、それまでの激動の人生を労うかのような、穏やかな日々だったという。ロイドは近隣国の言語統一や、同性婚を認めるなど、様々な施策を打ち出し、その出自は何かと疑う者は後を絶たなかったが、ロイドは隠しもしなかった。
そしてロイドは手紙という、一見地味な手段で、ローラやリリアーナ、ヘーゼル、そしてフィリヤ達の人生を導いた。オルガ国初代国王はペンは剣よりも強しを実現させた男であると語り継がれる。
ここまで読んでいただきありがとうございました。小話等をXに載せていますので、よろしければ覗いてやってください。
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