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第一話 オルシーニ子爵家

よろしくお願いします。

途中で時間軸や視点が変わりながらお話が進みます。

十話程度のお話です。

 「そういうことだから、君には僕達のことを応援してほしくってね」


 金髪碧眼の見目麗しい男が少し恥ずかしそうにそう言った。


 「もちろん、私はお二人のことを応援しているわ。婚約はまだ先なのだろうけど、おめでとう。幸せになってね」


 男にそう告げると、男の隣にいたピンクの髪と瞳の女がまあ、と言って可愛らしく両手を合わせて、コテンと首を傾げた。


 「ルーナさんから応援していただけるだなんて嬉しいわ!社交の場でまたお会いすると思いますから、ぜひ挨拶をさせてくださいませ」


 公爵令息と、侯爵令嬢。良い組み合わせだろう。


 「それでは、また社交の場で」


 去れ!と思いながら二人を応接間から出るよう促す。さすが高位貴族である、こちらの意を汲み取って、美しい所作で流れるように退室してくれる。


 「ルーナ嬢にも、良い縁があるといいね。私達も応援しているよ。それでは」


 高位貴族と褒めたのを撤回した。男は余計な一言を告げて出て行った。



 二人を見送った後、ルーナは長い長いため息をついた。


 「ルーナ様、何だか色々逃げていきそうなため息はやめましょう」


 気心の知れた侍女がお茶を出してくれる。


 「いやー、だってわざわざ来る必要ないじゃーん」


 ルーナが再びため息をつくと、扉がノックされ、家令が来た。侍女が取り次ぐ。


 「ルーナ様、子爵様がお呼びです」


 さっきの来客の件だろうと思い、ルーナは子爵である父の執務室に向かった。


 「それで、さっきのは……」

 「公爵令息のレオン様とその彼女が、応援してほしいって」

 「え?それだけ?」

 「うん、それだけ」

 「なんで?」

 「さあ……」


 執務室に流れる沈黙。


 「一応だけど、別にルーナはレオン様と付き合ったことがあるとかそんなこともないんだよね?」

 「ある訳ないじゃん」

 「じゃあ、来た理由は?」

 「分かんない」


 親子二人、向かい合って考えるが何も思い付かず、夕食の時間になった。


 「公爵令息が彼女を紹介しに来た?」


 夕食の席で、茶会から帰宅した母にも昼間の出来事を伝えた。


 「それで?ルーナはどう思ったの?」

 「え?そりゃあ、何でわざわざ応援する言質を取られたんだろうなって。別に公爵家と侯爵家、釣り合いも取れてるし意味分からないよね」


 母は悩ましそうに頬杖をつき、ルーナと父を交互に見る。


 「あなたねえ、あなたも。ちょっと鈍感過ぎませんこと?ルーカス、あなたはどう思うかしら?」


 仕事から帰宅した一番上の兄、ルーカスも母と同じような表情をしている。


 「そりゃあ、忠告でしょう。男の方は、俺にはこの女がいるからお前のことなんて見てないからなと。女の方は、この男は私が射止めたんだから諦めなさいよといった感じかな」

 「ええー。ルーカス(にい)、それは変だよ。私がレオン様を好きみたいじゃない」

 「ルーナはそう思っていても、二人の中ではそういうことになってるんだろう。いや、そういう体にしたんじゃないかな。学生時代の一件があるだろう。子爵令嬢が公爵令息に手を出そうとしたから忠告しに来た、という事にしたいとか」


 ルーナはうげえと言う。


 「ルーナ(ねえ)、ご飯中にそんな声出さないの」


 妹のリリアーナはシーと言って人差し指を口元に当てている。まだ六歳のリリアーナは可愛い。ルーナは現実逃避にリリアーナの可愛さを目に焼き付けることにした。


 「でもさでもさ、どういう思惑だったとしても面白いよね。彼らは結局、応援してって言っただけだろ?子爵令嬢公認のカップルが公爵令息と侯爵令嬢って」


 三番目の兄、リンジーが茶化すように言う。


 「ただいま。変な噂が入ってきたんだけど、公爵令息のレオン様が彼女との仲を認めてくれとうちに言いに来たとかいう……」


 二番目の兄、ロイドも仕事から帰ってきたようで、外套を使用人に渡しながら現れた。


 「何でもう噂が……」


 ルーナが嘆くと、ロイドは仕方ないよと言う。


 「公爵家の馬車なんか目立って当たり前だろう。大夜会前でどの家も情報に敏感になっているから余計に」

 「夜会?みんな行っちゃうの?」


 夜会という言葉にリリアーナが反応する。


 「年に一度の大夜会があるのよ。今回は最低限の出席で許されるから、みんなは行かないのよ」

 「そうなの!ママもおうちにいる?」

 「そうよ」

 「じゃあいっぱい本を読んでもらって、お人形遊びをするでしょう?あとは……」


 リリアーナが母をひとり占め出来ると喜んでいると、子爵がコホンと一つ咳払いをした。全員に話をする時の癖である。


 「大夜会には私とルーカス、ルーナの三人で行く。ルーカスがルーナをエスコートするように」


 「じゃあ僕は仕事を入れるよ。学生のリンジーが羨ましい」

 「研究生だってー。ロイド(にい)が仕事行くなら僕は家にいるよー」


 居残りが決まった者はそれぞれ大夜会の日の過ごし方を考えている。

 大夜会には子爵は参加するのは当然だ。そしてその家族も本来は出席すべきである。しかし、このオルシーニ子爵家は、今回の大夜会には最低限の出席で許される理由があった。


 「ローラが生きていたら、デビュタントだったね」


 ルーナは空席を見る。料理が少しずつ並べられているが、手を付ける人はいない。昨年亡くなった妹、ローラの席だ。

 ローラは元々体が弱かった。十歳まで生きられるかと言われていた子で、昨年十五歳で亡くなった。ルーナの三歳下で、生きていたら十六歳になる今年はデビュタントの予定だった。

 親族が亡くなって一年が経っていない場合は、大夜会への欠席も許される。しかし、大切な社交の場でもあるので、最低限、当主と次期当主に、夫人か令嬢一人くらいは参加するようになる。



 「いってらっしゃいませ」

 「お土産待ってるね!」

 「ルーカス(にい)、ルーナが転んだりしないようにちゃんと見張っててねー」


 大夜会の日、子爵とルーカス、ルーナは子爵家の馬車で王宮に向かった。三人は、流れている噂への対応を馬車の中で打ち合わせる。


 王宮ではすでに男爵位の貴族が入場を始めていた。オルシーニ子爵家も、順番を待ち、入場する。


 「あそこの家には挨拶がいるな」


 子爵はルーカスとルーナを連れて挨拶に回る。

 身分が下の者から上の者へは声を掛けられない。繋がりのある男爵家にはこちらから声を掛けなければならないのだ。


 「ところで噂を聞いたのですが」


 会話の途中で、息を潜められる。


 「ああ、金髪碧眼の青年の噂だろうか」


 子爵が察してルーナに目配せをする。


 「パーチ男爵様、実は私の学生時代になるのですが、婚約の破棄や解消が立て続けに起こったことがありましたの。あの頃、その方達もそれに巻き込まれておりまして、学園内は身分が平等であることを良いことに、私、思わず叱ってしまいましたの」

 「ほ、ほう。叱ったと。誰を、どのように?」

 「それは、一方的に婚約を破棄すると宣言した浮気者達ですわ。彼ら、好みの女性がいるからと言うことで婚約を破棄や解消させておりましたの。しかし、そもそも家が決めた婚約であっても、他所の女性に目移りなんてしてはならないでしょう?」


 パーチ男爵はうむうむと頷いている。パーチ男爵も子供の婚約は家同士で決めている。自分の子がそんなことをしたらとんでもないと言わんばかりの表情だ。


 「ですから、私思わず言ってしまったのです。婚約者以外の女性への下心がないと自信を持って言えるのでしたら、当主へ石でも投げて婚約を破棄や解消する理由を述べてみなさいと。それが出来ないのなら、それまでですわねと」


 パーチ男爵はほほうと顎に手を当てた。


 「そうですな。女性関係でない場合に婚約の破棄や解消を望むということであれば、当主の失策でしょう。それで、ルーナ嬢のお叱りを受けた男性達は?」


 ルーナはクスリと微笑んだ。手にしていた扇で口元を隠し、小声でパーチ男爵に伝える。


 「一人も、実行した者はいませんでしたわ。ですから、皆浮気者で間違いありませんでしたわ」


 パーチ男爵は、今度はほほーうと、感嘆の声を漏らす。


 「それはそれは、大変な問題でしょうな」

 「ええ、どの家もその後の令息達への注意喚起や場合によっては廃嫡など、内々で済ませたようですが、大変でしたわ」

 「いやしかし、どの家も社交界にはあまり話が出回らないよう気を付けられたのですな。私も初めて聞いた所で……ところで、そのお話があの噂とどんな関係が?」


 ルーナはまたクスリと微笑んだ。


 「学生時代にそんな事がありましたから、私の学年は皆なかなか結婚が決まらないのです。そして、当時叱りつけた私に、同級生達はどうしてか、許可を得に来るのです。まるで」


 そこまで言うと、男爵家の中でも比較的大きな商会を持つパーチ男爵は勘付いたらしい。


 「まるで、裁判官に許しを請うように?」


 ルーナはゆっくりと頷き、一言だけ残した。


 「その行為が無意識なのかは私には分かりかねます」


 繋がりのある男爵家、子爵家に挨拶をして、三人はひと息つく。既に伯爵家、侯爵家の入場が終わった所だ。ここから先は、声を掛けられない限りは、話す必要はない。


 「ルーカス兄ってすごいね」

 「え?何が?事実を伝えてるだけだろう」


 パーチ男爵とのやり取りはルーカスが考えた。学生時代にルーナがレオン含め、婚約を破棄や解消を宣言した者に向けて言い放った、「そんなに嫌なら先に当主に石でもレンガでも投げて、抗議してみろ!やましい気持ちがないならな!」という言葉。案外図星だったらしく、その後騒動は特になかった。

 しかし、先日の公爵令息のように、まるでルーナを裁判官のように、未だに、何故かルーナの元を訪れるカップルがいるのである。

 それは、学生時代からの失態を忘れて欲しい気持ちや、過去に踏ん切りをつけたいという思いなど、ルーナからするとこれっぽっちも知ったこっちゃないという考えなのだが、人の心というものは複雑らしい。

 彼らは、学生時代の過ちを一区切りさせて、新しい一歩を踏み出したいだけなのだ。しかし、それは悪手ともいえる。高位貴族が婚約の許しを下位貴族に求めるとは、いくら同級生、学生時代の出来事があったとしても、表面上は良くない。高位貴族の面子があるだろう。だから、こんなにも噂になっている。

 たとえ、子爵令嬢が公爵令息を狙っていたから釘を刺した、という事にしようとしても、学園時代の話は知っている者は知っている。だからこそ、すぐに噂が流れたのだ。

 公爵令息レオンは、個人の気持ちを切り替えることと公爵家の看板を天秤にかけた結果、前者の方が重たかった。その判断力の無さが今後どう影響するだろうか。



 数名、声を掛けてくれた伯爵家や侯爵家と挨拶をする。途中、やはり噂のことについて聞かれ、同じように学生時代の話をする。


 気付けば公爵家の入場が終わり、王族の入場が始まろうとしている。一同は頭を下げ、王族の入場を待つ。


 国王陛下の挨拶が終わると、デビュタントの令嬢が国王夫妻へ向かう。


 「ローラが生きていたら、あそこにいたのね」


 初々しく挨拶をする令嬢達にローラの影を感じながら、三人は見守った。



 デビュタントの挨拶も終わり、歓談の時間となった。オルシーニ子爵家の三人もそれぞれ、繋がりのある家や、旧友との会話に忙しい。

 ルーナも学生時代の友人達と近況を報告し合ったりと楽しく過ごしていた。


 「ルーナ、色々と落ち着いた?」

 「マリー、ありがとう。そうね、母も先日からお茶会に出始めたところよ。大分気持ちも落ち着いてきたわ。デビュタントの年だったから、ちょっと切なくなったけど」


 学生時代からの友人、マリーも子爵令嬢だ。卒業してからも手紙のやりとりや、お互いお茶会を開いた時には招待し合っている。


 「じゃあ、次からのお茶会は呼んでもいいかしら?」

 「もちろん!また私もお茶会をするようになったら呼ばせてね」


 二人で約束し合った。ローラが亡くなってからこの一年、ルーナは茶会などの社交を控えていた。しかし、貴族の生命線とも言える情報を得る機会がないということは、何とも言えない不安を掻き立てられるものでもあった。特にルーナは、ここ数ヶ月はローラがいない生活に慣れ、貴族令嬢としてすべきことが出来ないというもどかしい気持ちもあったのだ。


 「ルーナ嬢、先日はありがとう」

 「ルーナさんに、マリーさんも。お久しぶりね」


 噂の男女が現れた。周囲から多くの視線を感じ、マリーも引きつった笑みを浮かべている。


 「とんでもございません。私達、同級生ではありませんか。近況報告がしたくなるのも、当たり前ですもの」


 周りの視線に気付いたマリーは、ただの同級生の近況報告だったということにしたいらしい。二人のルーナに対して行ったことに巻き込まれたくないようだ。


 「いやいや、ルーナ嬢に私達の仲を応援すると言われてどんなに心強かったことか。思えば学生時代から、ルーナ嬢は物事を冷静に判断し諭す力があった。同級生の皆もルーナ嬢へ相談に駆けつけているだろう」


 レオンの言葉で、周りにいた貴族達がざわつく。ルーナは学生時代に冷静に判断し諭すことがあったということは、同級生の高位貴族達がたかが子爵令嬢に諭されるようなことをしたということだ。

 おそらくレオンは、既に公爵令息が彼女との仲を子爵令嬢へ認めてもらったという噂が出ていることを知り、ルーナはよく同級生達を諭すことがあった、そういう子だったのだということにしたかったのかもしれない。

 マリーが小声で「終わった」と呟いた。


 「おや、レオン、こんな所でどうした。ちょうど私も話がしたかったところなんだがね」


 レオンの後ろから現れた男は、レオンの肩に強めに手を置く。その男の顔を見たレオンは目を見開いた。


 「エイダン殿下!」


 レオンとその彼女が頭を下げる。ルーナとマリーも頭を下げた。


 「歓談の場だ。顔を上げなさい」


 全員が、恐る恐る顔を上げる。

 ルーナ達よりも一つ年上の、第七王子殿下だ。側妃の子で、王太子を始めとする王子や王女とは年齢が離れている。年の離れたかわいい弟王子を、王族達はとても可愛がっているというのはエイダンが幼い頃から有名な話だ。

 可愛がられている、という言葉から、もう少し愛らしい、人懐っこい見た目を想像するが、眼の前の彼は濃紺の髪に海を思わせる青い瞳をしており、切れ長の目からも冷たい印象を受ける。

 エイダンはレオンの肩をぐっと引き寄せ、耳打ちした。


 「レオン、幼なじみの仲だからこその忠告だ。下位貴族に伺いを立てることや相談することがあったとしても、それは外に漏れないようにすべきだし、ましてや大衆の前で言い触らすなんて、高位貴族の品位が問われる。今まで大目に見てきたことも、庇いきれなくなった。それがどういうことか、よく考えろ」


 レオンは口をパクパクさせ、そんな、いやまさか、と言葉にならない呟きをしている。


 「彼は具合が悪いそうだ。付き添いの女性と共に、休憩させてやろう」


 エイダンがそう言うと、給仕や護衛がさっと寄って来た。そのままレオンとその彼女はフロアを出て行く。


 「廃嫡では済まないだろう。マリー嬢、ルーナ嬢、お話の途中で失礼した」

 「とんでもございません!」


 二人は揃って頭を下げる。


 「そうだ、ルーナ嬢。ああ、オルシーニ子爵にルーカス殿も。ローラ嬢の件は残念だったね。王宮も捜査に加わったものの、申し訳なかった」


 エイダンが軽く頭を下げた。王族から頭を下げられ、オルシーニ子爵家の三人は体温が一気に下がる。


 「いえいえいえいえいえ、とんでもない。王宮の捜査があったからこそ、見つかったのです。それで、私達も気持ちの整理ができたのです」


 子爵が慌てながらそう言うと、エイダンが薄っすらと微笑んだ。


 「ああ、ルーナ嬢のネックレスはもしかしてローラ嬢に誂えたものだろうか。彼女の印象的なルビーの瞳のような色だ」

 「そ、そうです。よくお気付きに……感謝いたします」


 ルーナはネックレスを触る。デビュタントの予定だったローラの代わりにと思って、彼女がデビュタントで身に着ける予定だったネックレスを着けてきたのだ。ルーナは赤茶の髪に深緑の目をしている。髪が赤っぽいので赤い装飾品は合わないことはなく、誰からも指摘されなかった。


 「彼女のことは、学生時代に下級生のクラスを見に行った時にね、普段空席だったところに、きれいな銀髪にルビーの瞳をした女性が座っていたからね、よく覚えているよ。とても聡明な人だったね」


 それにほら、と言って右手を差し出した。その小指には指輪が嵌められている。


 「デビュタント予定だった子が一人、儚くなってしまったと知って、私も彼女を思ってルビーを身に着けて来たんだ」

 「か、過分なお心遣いに感謝申し上げます」



 大夜会からの帰宅後、いや夜会の途中からオルシーニ子爵家の三人は生きた心地がしていない。


 「エイダン殿下がルビーの指輪を?ローラを思って?そんなまさか……」


 話を聞いた、母も青ざめた顔をしている。


 「ローラから王子殿下の話なんて聞いたことがないわ」


 エイダンはローラのことを聡明な人、と言った。

 エイダンはルーナより一つ上の二十一歳、ローラは生きていたら十六歳だから五歳の差がある。エイダンが最高学年で十六歳だったとしても、その頃のローラは十一歳だ。十一歳の少女に対して、聡明な人というのも違和感がある。


 「お父様、ローラの部屋を、見てみましょう」


 何となく、簡単には整理したが細かくは見ていないローラの部屋。そこに何かあるのではと、ルーナは考え、ルーカスと両親に伝え、翌日両親と共にローラの部屋を見ることにした。



 掃除は毎日されているものの、主のいない部屋というものはどこか寂しさがある。


 「ローラは体が弱かったから、あまり装飾品も買ってあげられなかったのよね」


 衣装棚を開けた母は、やはり少し寂しそうに見える。

 ルーナは机を見る。


 「ああ、あの日の予定表があるわ」


 あの日、彼女は馬車に乗っていた。

 ルーナが書き込まれた予定表を確認する。


 「あの子は体が弱いから、この合宿も途中参加だったのよね」


 ハイキングをして、食事をして、合宿所で共に寝るという、毎年定番の学園行事だ。ローラは、体が弱いためハイキングには参加せず馬車で向かい、食事と、一泊だけしてまた馬車で帰ってくる予定だった。ハイキングの所に、参加しないと書き込んである。そして馬車の時間も。

 せっかくの行事だから、参加できる範囲だけ出てみてはと先生方から提案され、良い思い出にもなると言って参加させたのだ。


 「普段からあまりいないのに、おかしくないかしら?」


 そう言って困ったように笑っていたローラを思い出す。

 机を整理していくが、元々あまり物が多くない。見たものは箱に入れていく。

 今度は引き出し。同級生との手紙や筆記用具がある。

 ルーナは手紙の中身は見ないようにして、差出人だけ確認する。どれも、ルーナも知っている、親しい友人達からだ。知らない差出人はいない。


 「なかなか同級生のお友達ができないから、お姉様のお友達を紹介してくれて嬉しいわ。マリーさんは押し花を送ってくださったの」


 友人達も、皆ローラを気遣ってくれた。小さな幸せかもしれないが、そんなものが、少しでも多くあればいいと思っていた。

 筆記用具は使い込んだ形跡があった。学園にあまり行けない分、家で調子がいい日は勉強するんだと言っていた。ルーナも何度か筆記用具をプレゼントしたことがある。


 「ルーナ、何かあったかい?」

 「いや、やっぱり、少しお話したくらいだったのかな。それでも、学園でそんなことがあったら目立つし、同じ学園にいる私の耳に入らないなんてことも考えられないけどなー」


 ローラの引き出しも全て見終わった。ついでに整理も出来たと、箱を閉める。

 母も、衣装棚を片付けたようだった。そう言えば、ルーナが昨日着けていたネックレスはどこに仕舞おうかと考えていた時、来客が知らされた。


 「質素な馬車で来られているのですが、身なりからして高位貴族とお見受けし、応接間へ案内しております」


 家令に伝えられ、父が慌てて応接間に向かう。

 数分後、血相を変えた家令が、ルーナを呼びに来た。


 「エイダン王子殿下!?」


 その予想外の来客に、ルーナは冷や汗をかきながら応接間に向かった。


 「昨日ローラ嬢のことを思い返してみて、元々用はあったんだが、私が自らここに来なくてはと思ってしまったんだ。騒がせてすまないね」


 エイダンはするりと左手で、右手の小指に着けたままになっている指輪のルビーに触れた。


 「エイダン王子殿下に、そのように思われているとは、ローラも幸せに思っていることでしょう」


 ルーナがそう答えると、エイダンはチラリと視線をルーナに向けた。睨むような視線に、ルーナは心臓がどきりとする。


 「幸せ、か。ルーナ嬢、ローラ嬢は幸せな人生を送ったと思うだろうか」


 ルーナはエイダンから何かを試されているような気がしてならない。


 「分かりません。幸せとは、人それぞれ違うので」

 「そうだね、家族として、こうしてあげることが幸せだろうと思っていても、そうでないこともあるのかもしれない。私が、そうであったのと同じように」


 ルーナは小さく、エイダン王子殿下が?と呟く。エイダンはそれを聞き逃さなかった。


 「私の家族は、私のことをとても愛してくれていた。手取り足取り、丁寧に教えてくれた。何不自由無い生活を嫌がるなんて、君は贅沢だと思うかい?」


 ルーナは考え、リリアーナとの会話を思い出した。


 「リリアーナという小さい妹がいます。とても可愛くて、何でもしてあげたいと思うのですが、この前は、自分でするから手を出さないでと怒られてしまいました。良かれと思ってしたことが、相手にとっては良いことではないということもたくさんあると思います」


 エイダンは穏やかな表情で頷いた。


 「そうか。それなら頼みがある。ローラ嬢の部屋を見せてくれないか」



 「ここで彼女は生活していたのか」


 つい先程まで片付けをしていた部屋だ。


 「ああ、ちょうど彼女の物を仕舞うところだったのか」


 そう言われて、部屋にいた母が答える。


 「エイダン王子殿下とお話をしたことすら、私達は知りませんでしたので、気になって部屋を見てみることにしたのです。もうすぐ一年が経ちますから、片付けもしなければと思っていたところでしたので」


 エイダンは、もう一年になるのかと呟いている。


 「この箱の中は?」

 「机にあった物です」

 「あの箱は?」

 「衣装棚の中身です」


 エイダンは箱に仕舞った物を聞いていく。


 「これらを王宮に借りて行っても?」

 「も、もちろん、かまいませんが……」

 「実は、再調査が必要と判断しているんだ」

 「え?」

ありがとうございました。

完結まで滞らずに駆け抜ける予定です。

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