混迷の戦線
翌日、アリアは朝から騎士団と共に前線へ出かけて行った。
俺達にお呼びは掛からなかったから今日も暇な一日を過ごすのだろうか。
「ちょっと、君たちいいかしら?」
アリアを見送って、やることも無くぼーっと座り込んでいた俺達に白衣の女性が声を掛けてきた。
「私は、治療班のメイベル。もしヒールを使えるのなら手伝ってくれないかしら?」
少しきつい目のお姉さんというかおばさんだ。
「いいですよ」
俺はそう答えてメイベルおばさんの後についていった。
そこは大型幕舎がいくつも立ち並ぶ区画だった。
幕舎の中は、血と薬草の匂いで充満している。
そして、床には戸板のような物が敷かれてその上にケガ人が横になって並べられていた。
「え?なんでこんなにケガ人がいるの?」
「そりゃここが治療院だからよ」
何を当り前な、見たいな顔で言われてしまった。
俺が聞きたいのは、のんびりした雰囲気の表と、この大勢のケガ人とのギャップが激しかったからだ。
それを言うと、「あぁ、それは外の連中は最近来たばかりだからよ。補充されたばかりでまだ前線に投入されていないから地獄を知らないだけ。10日もしない内にここに大勢来ることになるわ」と返って来た。
「今は治癒師が不足しているの。少しでもいいから手伝って」
メイベルに真剣な目で頼まれた。
「分かった。俺、治癒魔法は得意だから任せてよ」
「じゃあ、キースは重症な人だけにして。軽めの人は私がポーションと丸薬作って処置するから」
リファが収納鞄の中に薬草をかなり保管している。それを払いだして薬を作るのだろう。
「あなたは薬が作れるの?」
「はい。広めの机と静かな部屋、あと器具があれば貸してもらえませんか」
リファが別の幕舎へ連れていかれた。
俺はメイベルの案内で重症患者を診て回る。
魔物による怪我、毒、剣による傷、骨折、多種多様な傷を負った兵や騎士たちだ。
それを一人一人手速く丁寧に癒していった。
どうせ完治までに時間は掛かる。完璧じゃなくても致命的な個所を何とかしてやれば命は助かる筈だ。
それよりも数をこなさなければ。ここには重傷、中傷患者合わせて400人を超えているらしい。
何でこんな事になっているんだ?
そこからは、ヒールをかけまくった。
どの程度まで治したのかを伝えて、すぐ隣の患者に取り掛かる。
いつの間にか、俺の指示待ちで5人の治癒師が待機状態になっていた。
「なにしてるんですか?」
そんなところで突っ立っているくらいなら、あんたらも治療しろよ!って思ったから声が尖った。
「私たちはもう魔力が切れて今日はヒールを使えないの。それより、君のお手伝いをすることで少しでも役に立ちたいのよ」
一人の女性が情けなさそうな顔で応えた。
「それなら、ここには二人で十分です。それよりリファーヌを手伝って来て下さい。薬を塗ったり飲ませたり色々ある筈なので」
すぐに3人が出て行って、小瓶を抱えて戻って来た。
そして包帯を取り払って傷に塗り込み始めた。
これでペースが上がる。
俺はまた自分の作業に集中し始めた。
今の俺の魔力は底が見えない程ある。
だから日が暮れるまで癒し続けて、魔力が切れる前に集中力が切れてしまった。
疲れた・・
でも、重傷は全部、中傷も程度の悪い人は治癒することができた。
向こうでは治癒師の女性たちが忙し気に立ち働いている。
「今日はこの辺で・・」
「ケガ人搬入されてきます!」
入り口で兵士が大声で叫んだ。
すぐに、30人くらいのケガ人が運び込まれてくる。
場所を空けて、寝かせて傷を確認してとまた慌ただしくなった。
集中力が切れたとか、疲れたとか言ってる場合じゃない。
俺は再び治癒に専念し始めた。
その日遅く、俺は小屋に戻った。
リファが先に戻って来ていてすぐにスープを手渡してくれた。
傍にアリアもいる。
「二人共お疲れ。ねぇ、アリア。前線ってどんな状況なの?」
ケガ人の多さから余程過酷な状況だと思ったから聞いてみた。
「うーん。なんか先の見えない力押しって感じかな。瘴気が凄い。それを私たちが風魔法で吹き流す。そこに現れるアンデッドを騎士や兵士が倒してくの。で、その間に宮廷魔術師が聖魔法の結界を張ってエリアを確保してゆく。でも、大して進めないし、進んでも左右からまた瘴気が囲んでくるし、一晩明けたらまた瘴気で包まれて、昨日の努力は何だったのって感じ。それにね、中にはやたら強いアンデッドがいたのよ。普通は動きが鈍くなるのに、そいつはやたら強いの。知ってる?何百年も瘴気の中にいたアンデッドって生前よりもずっと強くなるって。でもここはまだ半年よ。なのにそのゴブリンアンデッドは桁違いに強くて何十人もやられたわ。ま、何回かしか遭遇してないんだけどね。でもいたら最悪。きっとまたいっぱい殺されると思うわ。で、殺された兵士はアンデッドになって翌日戦うことになるのよ」
「なんか、とんでもないとこだね」
「私なんてもう1か月もここに拘束されるのよ。早く終わらせて欲しいんだけど先が見えないのよね」
「アリアは王国兵でも、王国民でもないんだから帰っちゃダメなの?」
「一度帰るって言ったら、逃亡罪になるって言われたわ」
「えー、じゃあ私達も嫌になっても帰れないじゃん」
「そうなるわね」
何か納得がいかない。強制的に命令されて呼ばれて、帰らせてもらえなくて逃亡罪って酷くないか?
この国の騎士団も碌なもんじゃない気がする。
それだけ事態が深刻で騎士団も大変なんだろうけどさ。
そんな話を聞いて余計疲れた気がしたから、早々に眠りについてしまった。
翌日、サムズが来て俺達も前線へ向かう様にと伝えてきた。
リファが少し嫌そうな顔をしたけど従わない訳にはいかない。
アリアと共に山の奥へと歩いて行った。
歩くこと凡そ1時間。山と山の間を埋め尽くす瘴気を望める場所に来ていた。
「あの左側の山裾に5番砦があるんだって。ひとまずその奪還を目指しているのよ」
アリアが指を指して教えてくれた。
「それなら、あの山の裏に回り込んだ方が早くない?」
思ったことを口にした。
それを傍にいたサムズが口を挟んできた。
「そんな簡単な話じゃねぇ。鉱山の穴掘り人が皆アンデッドになってあちこちの穴から湧き出してくる。気づけば囲まれてるんだよ。道もない、足場も悪い、それに魔法師と魔術師は死んでも守らないといけないんだ。そんな条件の悪い場所では戦えないんだよ」
「ふーん。この瘴気の中心はどこなの?」
「それも分からん。範囲が広すぎるし、地形が複雑すぎて把握しようがないんだ」
「ふーん。俺達が見てこようか?」
「何言ってんだ、お前?」
ジロリと睨まれた。
バカな子供だと思われたのだろう。
「私達空を飛べるからすぐに分かるよ。上から見れば地形も汚染範囲も一目瞭然だもん」
リファの言葉にサムズが笑った。
アリアには昨夜リファが話したみたいで驚いてはいない。
「嬢ちゃん、そんな冗談は騎士の前で言うんじゃないぞ。いくら子供でもここでは嘘は罪に問われるんだ」
「むぅ。嘘じゃないもん・・」
こんなところで目立ちたくはない。
それが分かっているのかリファもそれ以降は黙ってしまった。
「さて、おっぱじめるぞ!」
部隊長の騎士の声で皆が位置についた。
俺達はアリアの隣が持ち場だ。
「魔法師、風を吹かせろ!瘴気を押し流せ!」
50人ほどの魔法師が一斉に風魔法で瘴気を押し流し始めた。
途端に中からアンデッドが姿を現し始めた。
金属鎧を来た兵士が多い。
普通の人もいる。穴掘り人なのだろうか?それにゴブリンやコボルト、シカやボアと言った魔獣や動物もいる。
アリアが風に乗せて矢を放った。
リファが風刃を飛ばす。
俺は聖魔法の魔力弾を放って次々と浄化した。それこそいつもの調子で。
あっという間にアンデッドは浄化されて視界から消えてなくなった。
俺にとってはこれもいたって普通の光景だ。
でも、周りは驚いている。
「おい!貴様!何をしているか!」
部隊長の騎士に怒られた。なぜだ?
「聖魔法を撃ち込んでアンデッドを討伐しています。余計なことでしたか?」
「いや、そうではない。だがそうした事が出来るのならなぜ事前に申告しなかったのか。それを言っているのだ」
「申告しなければいけないなんて知りませんでした」
当たり前のこと過ぎてなぜ申告が必要なのかが分からない。
ここへはアンデッド討伐に来たはずだよな?
「む、では今から話を聞く。お前とその仲間はこっちへ来い!」
俺とリファは連れて行かれてしまった。
不安になってアリアを見ると、アリアも心配そうに俺達を見ている。
やっぱり心配されることなんだ。しまった。俺はまたやらかしてしまったのか?
指揮官用の幕舎に連れ込まれて、怖い顔の騎士3人に取り囲まれてしまった。
「俺は第一部隊長グレンだ。この二人は副官。お前達の名はなんという」
「キースです」
「リファーヌです」
「うむ。そう怖がらなくていい。さっきは怒鳴って済まなかった」
部隊長の雰囲気が和らいだ。
「中々思う様に捗らなくてな、イライラしていた。そこに予定にない行動を目にしてついカッとなってしまった。許せ。さて、お前達がここにいるという事はそれなりの実績をギルドが評価したという事だ。それを騎士団も認めた。お前達は何をした。そして何ができる。まずそれを話してくれ」
リファの顔を見ると頷いた。
「俺達はバース伯爵領のハーベルギルドの依頼で・・・」
大王亀討伐の実績と方法をグレン部隊長に包み隠さず話した。
「では、空から調査が可能だというのだな。旋風に浄化魔法を付与すればもっと効果的に瘴気だけなら掃えると、そう言う事か」
「はい。ここではそういう魔法の使い方をしないのですか?」
「さてな。魔法のことは良くわからんが、すぐに魔力切れになるんじゃないのか?しかし、一晩経てば瘴気がまた押し寄せて来る。そこはどう思う?」
余程行き詰っているのだろう。俺みたいな子供の冒険者の話に部隊長が真剣に耳を傾けてくれる。
いいのかそんなんで?とも思うけど、意見も聞かず命令だけされるり余程良い。
「元凶が中心にいます。そいつの噴き出す量が、こちらの掃う量を越えているんじゃないですか?加えて風で押し流すだけでしょう?一日にもっとたくさん浄化できれば自然と小さくなると思います」
「ふむ、なるほど。ではやはり元凶を叩くより方法はないな。だが、その為にはもっと浄化の量を増やすより他に手はないのか。魔術師団の意見と同じだな」
俺なら、瘴気の中でも戦える。でも、リスクが大きすぎる。
「よし、一度上空から一帯の汚染範囲を調べてもらおう」
という事で、俺達は空を飛んだ。
上空から見て、5つの山裾が瘴気に飲み込まれている。つまり、瘴気の海の中に山が5つ見える。
その位置を簡単にスケッチした。
それからその中でも特に濃い瘴気の場所も記しておく。
1時間程でスケッチを終えて、指揮官の幕舎へ戻った。
「早かったな。ご苦労」
これで全体像が見えた。
「という事は、5番、10番の砦が沈んで、6番、8番が孤立しているのか。予想より被害は甚大だな」
グレン部隊長と副官二人が地図とスケッチを指さしながら協議を始めた。
俺達は呆けっと座って協議が終わるのを待っている。
遠くでワーっと喊声が上がった。アリアたちは今も戦っている。
次の指示をくれないと戦いに戻っていいのかさえ分からない。
でも、話を聞いてて俺は口を挟みたくなってしまった。
「あの、ちょっといいですか」
「なんだ」
「ひとつ提案です。瘴気の中心はここです。それは瘴気の濃さから見て間違いないと思います。ならば、この山とこの山の谷間をまず浄化すべきです。そうすれば、こっちの山に移動できます。それで、この稜線を通ってここまで出れば、中心のすぐ傍まで一気に辿り着けます。その為には、浄化場所を今のここではなく、まず山のここから始めるべきなんです。この狭い場所を聖結界で通路を通せば簡単に渡れますから」
「ふむ。お前達はそれができると思うのか」
「通路に結界を維持する方法があれば、多分問題ないと思います」
「それは、魔術師の仕事だ。おい、フェルダール師団長を呼んで来い」
宮廷魔術師団のフェルダール師団長が呼ばれてやって来た。
「戦闘中に貴公達はこんなところで何をしている」
上品な口ひげを生やした雰囲気がお洒落な白髪のおじさんだった。紳士というか上品というか、戦場よりもワイングラスとか舞踏会の方が似合いそうな御仁だ。
武器は白銀色の長杖。棍棒としても使えるのだろう。
「地理的な情報が入った。師団長殿の意見を聞かせてもらいたい。抜本的に計画を見直す必要性があると我々は考えているのです」
グレン部隊長が地図をフェルダール師団長に指し示した。
前線は放っといていいのだろうか?心配になる。
「ほう、これは。なるほど、なるほど。確かに計画の変更を検討すべきだな。だが、今は戦闘中。先にすべきことがあるのではないか?」
「む、確かに気にはなっている。しかし勝手に兵を引くわけにはいきません。それに、今すぐ細部を詰めて本日中に上策したい。明日もこんな果てない戦いに兵を送り出す気はないので」
「ふむ。では急ぎ検討しよう」
そこでまた地図を見ながら協議が始まった。
たまに俺も意見を聞かれたり質問されたりした。
そして、2時間後俺達は解放されて再びアリアの隣に並んで戦列に復帰した。
「叱られたの?何かされなかった?」
アリアに心配をかけたようだ。
「大丈夫だったよ。怒られなかった。色々聞かれたり進言しただけ」
リファが答えた。
「進言したの?騎士団に?あなた達が?」
「うん。キースがね」
「こらそこ!私語は慎め!集中しろ!」
手は動かしているのに怒鳴られてしまった。
アリアがしかめ面でべぇと舌を出した。
その日、あまり目立つことはしないで、周りに合わせて夕方まで戦闘を続けた。
でも、ここで幾ら頑張ってもあまり意味がない。
それは空から見れば一目瞭然だ。
多分汚染範囲がもっと小さいと想定していたのだろうけど、地形が悪すぎるし範囲が広すぎる。
焼け石に水的な、この半年間の不毛な努力を強いられてきた兵士の皆さんに同情をしてしまった。




