足跡を辿る旅
午後、ガストール男爵の邸宅に再び足を運んだ。
そして、また待たされた。
この国の貴族は随分と客人を待たせる流儀があるらしい。
貴族に対するイメージがまた悪くなりそうだ。
夕暮れ近くになって、男爵がやっと来た。
俺達は立ち上がって出迎えた。
「クリフロード家の生き残りとはお前か?今頃何の用だ。さっさと要件を言え」
入ってきていきなり、投げつけられた言葉がそれだ。
自己紹介も済んでいない。
酷く横柄な態度にイラっとする。
「私はキース・ロブ・クリフロード、こちらは、」
「要件を言えと言っておる!おまえの名前などどうでもよい!アーシェル家の紹介状があるから仕方なく会ってやるのだ。早く要件を言え!」
リファがピクっと動いた。これは怒ってる。
「失礼しました。5年と少し前にクリフロード領でスタンピードが起きました。その際、母ビビアがこちらへ救援を求めて訪ねたはずです。その時のことを伺いにまいりました」
「ふん。胸糞悪いあの女のことか。よく憶えておる。体を差し出す代わりに救援を出せといってきたな。勿論断ったわい。救援など出せばこっちが痛手を食う。出せるか、そんなもん!人が哀れと思って親切にしてやれば付けあがりおって。まったく不愉快な女だった。話がそれだけならもう帰れ!」
男爵はもう部屋から出て行こうとする。
カッチーン
俺は切れそうになる自分を必死で抑え込んだ。
まだ聞きたいことを聞けてない。
感情を押し殺して、知りたいことだけを尋ねた。
「いえ、母の行き先を尋ねたいのです」
「知るか!儂はこの屋敷から叩きだしてやったのだ。その後のことなど知らん!」
扉に手を掛けて、こっちを振り返った。
「先ほどロブの名を騙ったな。それは詐称になる。今のお前は貴族でなく平民だ。クリフロード家は取り潰されたのだ。身分を弁えよ!」
そう吐き捨てて男爵は部屋から出て行ってしまった。
「キース、私あいつ殺したい」
リファが怒りで全身の魔力が揺らいでる。
「ダメだよ。ここは戦場じゃないんだ。殺したらただの人殺しだよ。俺達は追われる身になっちゃう」
「むぅ。でも許せない。何なのあいつ。絶対許せない・・」
リファの目に悔し涙が滲んでる。
俺だって悔しい。リファに言われるまでもなく俺がこの手で殺してやりたい。
母様を侮辱されることがこんなにも悔しくて、これほど腹立たしいものとは知らなかった。
コンコン
部屋がノックされて入って来たのはこの屋敷の執事だった。
「旦那様よりお二人はお帰りになると聞きました。が、その前に、クリフロード夫人のことでお伝えできることがあるかもしれません。少しお時間を頂けますかな?」
物腰の柔らかい紳士だ。
あの当主にこの執事とは・・噛み合わなさすぎる。
「母のことで何かご存じなのですか?」
「あの日のことは良く憶えております。まったく耳を疑うような痛ましい出来事でしたからな。当家の主は昔もあの様な性格の方で、夫人にもそれは不遜な態度で出迎えられておりました。それでも領民のためとお思いになったのでございましょう。いじらしくもお耐えになっておられましたな。ですが、夜中に夫人の客室から主の怒鳴り声が聞こえ、急遽、夫人とお子様は当家を出て行くことになったのです。何が起きたかは申し上げられません。当家の恥になりますから。行き先はファンスバード伯爵家です。私がそう提案をいたしました。」
「そうですか。教えてくださってありがとうございます」
「いえ、私もこの家の者としてあの時のことは心を痛めておりましたから。ただ、当家が救援を見送ったことについては、その判断は間違ってはいなかったと思います。不本意に思われるでしょうが、当家も騎士団を失う事態になっていれば今日まで存続できなかったことでしょう。その点についてはご理解を得たいところでございます」
「分かりました。母の足跡を辿ることが今の私の目的です。お陰で次に向かうべき場所が分かりました。感謝いたします」
善良な執事さんのおかげで、ファンスバード家が次の行き先と決まった。
ファンスバード伯爵家は大領地の貴族だ。ガストール男爵はその領地内にあるダートの街の統治を任されている。
同じ領内、それほど遠くない。
俺達は、翌朝ダートを発って伯爵家のある領都イリアスへと向かった。
領都イリアスで、ファンスバード伯爵家を訪ねたけど、伯爵に会うことは叶わなかった。
今の俺は平民だ。平民の俺が大領地貴族に会いたいなどと簡単に考えたこと自体、浅はかだったのだ。
でも、執事の話は聞けた。ここにも母様が訪れていたことが分かった。そして、救援要請が断られたことも。
スタンピードによる領地壊滅の危機。その救援を要請しに来たという事は少なくないインパクトがあったようだ。
ここの執事さんもしっかりと当時のことを覚えてくれていた。
次に母様が向かった先は南に接するドックウェル伯爵家。
そして、そこでも母様は救援要請に応じてもらえず、さらに西隣のバルバリー侯爵家へと向かっていることが分かった。
そのバルバリー侯爵家を訪ね、執事の方に面会を申し出た。
聞けた話は、母様が酷く体調を崩していたという事だった。顔色が悪く、それでも気丈に侯爵に騎士団の要請を行ったそうだ。しかし、侯爵も簡単に頷くことが出来ず、結局救援は見送られたと。その話の直後、母様は倒れてしまったらしい。
そして意識が戻るとすぐに次に向かうと言って、執事の制止の言葉を聞かず屋敷を辞してしまった。行き先は告げなかったらしい。
そこで母様の足跡は途絶えてしまった。
バルバリー侯爵領の領都ケシャルで俺達は行き詰まった。
もう、5年以上前のこととはいえ、母様が体調を崩したと聞いてしまったら心がざわつく。
母様は大丈夫だろうかと心配になってしまった。
「キース、もう5年も前の話だよ」
「分かってる。でも、母様の気持ちが痛い程分かるんだ。俺がはぐれてしまったからきっとすごく心に負担をかけてしまった。その上に救援要請は悉く上手くいっていないだろ。きっとすごく焦っていたと思う。それで体を壊してしまった。今更ながら申し訳なくて。今すぐ母様に謝りたいよ」
「そうだね。だったら、早くキースがお母様を見つけて安心させてあげなきゃ。きっとすごく喜んでくれるよ。同じお母様のことを想うのなら、この先の喜ぶ姿を想像した方がいいよ。ね?」
リファが前向きになれって言ってる。
また悪い情報に心を折られそうな俺にしっかりしろって目が訴えてる。
うん、ごめん。
もう大丈夫。
それから俺達は地図を睨みながら母様の行動を予測した。
バルバリー侯爵領は領一つ内陸部に寄った場所になる。そこに行った理由はきっと、伯爵領では規模が小さすぎて騎士団を出せないと踏んだからだ。
距離的にはテリーヌ大河川沿いの貴族領に声を掛けたかったのだろう。だからファンスバード伯爵、ドックウェル伯爵と訪ねた。そして上手くゆかず方針を変えて、遠く離れたバルバリー侯爵を頼った。
そうなると次は、さらに内陸の王家直轄領か、ずっと南のアーシェル侯爵家だ。
でも、アーシェル侯爵家には行っていない。王家直轄領は広大な領地で、鉱山を丸々抱えているらしい。その鉱山を越えた内陸側に領都がある。それではさすがに遠すぎる。
母様は次にどこを目指したのだろう。
「うーん。この地図見にくくてよくわかんないね」
「うん。でも、今分かってるのはバルバリー侯爵領が最後なんだ。そこに接する領主全部に当たってみるしかないよ。まずはここに行ってみよう」
俺はバルバリー領の真上の辺りを指した。
翌日、バルバリー侯爵領の領都ケシャルで買い物をした。
俺達はブルジェールで買った服を未だに着ていて、さすがにみすぼらしくなっていた。
俺達の成長は早い。自覚はないけど背も伸びたのだろう。二人で背丈に合った服をお古で新調した。
髪も伸び放題だったから、リファと髪切り屋に行って切ってもらった。
リファはすっきりした顔になって増々可愛くなってしまった。
さすが侯爵家の領都だけあって、お洒落な服を着てすっきりすると街を歩きたくなる。
美味しいものを食べて、ご機嫌で歩いていたら防具屋が目に入った。
それで防具も買うことにした。
俺の防具は昔初陣の時にミルケットが作ってくれた思い出の皮鎧だ。
魔境に入った時からリファが身に着けている。
それも小さくなってしまったし、痛みも激しい。
そして今の俺は防具なしだ。
だから、二人で皮鎧の防具を揃えることにした。
これまで、エレシアの遺品の素材と、沈黙の盾を襲ったヘルグリズリーの素材の換金分、フォッセギルドの依頼とホロホロ鳥の売り上げ、それにアーシェル家の褒章金があった。
結構な金額で旅の路銀に困ることはなかったけど、この防具で一気に吹っ飛んでしまった。
皮鎧って高いんだ。知らなかった。
知っていたら、もう少し安い服を買ったのに・・
今手元には銀貨5枚しかない。
これでは少し心もとない。
という事で、次の目的地バース伯爵領でギルドに行くことにした。
3日かけて北隣の領都に辿り着いた。
バース伯爵領は東側がファンスバード、南側をバルバリーとドックウェルに接している。
領都はハーベルという街だった。
まず先にバース伯爵邸に向かい執事さんに面会を申し出た。
快く会ってもらえたので事情を話してみたけど、ここに母様は来ていなかった。
その後、宿をとってすぐにギルドへ向かった。
ランクDの掲示板を前に目ぼしい依頼を探していると、瘴気湧き点の調査というものがあった。
「これは?」
リファが指を指す。嫌な記憶しかない。
「でもいい稼ぎなんだよなぁ」
「うん」
魔物討伐はこれというものがない。魔境ではないから、魔物の種類も少ないし高値のつく魔物がいないのだ。
だから、高ランクの冒険者はこんなところには来ないのだろう。
ところが、バルバリー領につながる森の街道の奥に瘴気の湧きが発生してしまった。
そこで聖魔法の使い手を募る募集があったのだ。
ランクは関係なく、銀貨3枚とある。
他の依頼は全て銅貨数枚だからこの依頼だけがずば抜けて高い。
まるでブルジェールの二の舞をなぞるかのような依頼だ。
完全にトラウマになっている。イグニアスのせいで。
「どうしようかな・・・」
「キース、これ受けようよ。だって、まだまだお母様の足跡を探す旅は続くでしょ?宿に泊まることも多くなったし、お金は必要だよ。あのバカ公爵とバカ騎士団長の記憶が苦いけど、同じ内容の依頼だからって同じようにまた追いかけられるとは限らないよ」
「気が進まないけど、お金は欲しいしね」
その依頼表を持ってカウンターに行った。
ギルドのお姉さんは美人でないと務まらないのだろうか?そういうルールがあるとしか思えない。
その美人さんが優しく微笑みながら、「ボク達どうしたの?」と声を掛けてきた。
そこまで子供扱いされてもなぁ・・
「オレ達、この依頼を受けたいんだ」
わざわざオレを強調してやった。
「あら、この依頼はボク達では受けられないわよ。これはね、聖魔法が使える人が対象なの。ボクたち魔法使えないでしょ?」
何なんだ、この人は。イライラする。
「オレ達、魔法使えますよ。聖魔法も使えます!」
「あら、嘘はついちゃダメよ。ボク達には分からないと思うけど、これはとっても危険な仕事なのよ。きっと、ボク達なんてすぐに逃げ帰ることになってしまうわ。そしたら罰金になっちゃうのよ?ボク達お金は持ってるの?」
リファがイライラしている。
「私達、以前瘴気の湧き点の調査もしています。無事解決だってしたんだから!ブラッディエイプの群れのアンデッドとだって戦ったことあるし。この辺りの魔物くらい瞬殺できます。それから、そんなお子ちゃまに話すような言葉遣い止めてくれませんか!これでも戦闘経験は豊富なんです!」
「あら、だってお子ちゃまじゃないの。それに嘘はダメって言ったでしょ。きっととても見栄っ張りな子なのね!」
「ムキー!」
やばい!リファの人格が崩壊しちゃう。
歯を剥きだしてブラッディエイプみたいになっちゃったよ。
「ちょっと、リファ落ち着けって。ねぇ、おばさん。オレが聖魔法を使える証拠を見せるよ。ここで魔法出していい?」
「お、ば、さ、ん、ですってぇ?」
地雷樹の根っこでも踏んだのか?
ゴゴゴゴゴの背景音が聞こえてきそうな勢いで髪が逆立った。
「ちょっと!キース。やばくない?ブラッディエイプより迫力あるよ。私このおばさんこわーい!」
ぼそぼそっと、でも確実に聞こえる位の声でリファが煽る。
「キーッ!ふざけんじゃないわよ!ガキんちょ共が!私のどこがおばさんなのよ!あまりふざけたこと言うと、資格はく奪してギルドから永久追放にするわよ!」
その声を聞きつけて、奥から紳士風なおじさんが出てきた。
「いったい何の騒ぎだ」
「あ、サブマス、聞いてください!この子たちが私に喧嘩を売って来たんです」
「いや、違うでしょ。この人が俺達を子供扱いして話にならないから抉れたんです」
「ハァ?ガキが何言ってんの!おねえさんの話を聞かないのはあんた達じゃないか!」
この人はもう、キャラを取り繕うのは止めたらしい。
もう美人とか優しそうとかそんな雰囲気はどこにもなくなってしまった。
周りから凄く注目を浴びているし、明日からどんな顔して仕事するんだろう。
他人事ながら心配になった。
「もういい。分かった。こいつらは俺が話を聞く。君は仕事に戻りなさい」
そこからはスムーズだった。
一応、俺は聖魔法を見せて、リファも風魔法を見せたら無事依頼を受けられることになった。当然だけど。
ギルドを出て宿へ戻る途中、リファは超ご機嫌だった。
「キースがおばさんて言った時、胸がスッとしたわ!あのおばさんブラッディエイプそっくりになっちゃって。アハハハ」
俺もリファとブラッディエイプが一瞬重なって見えたことは内緒にしておこう。
翌朝、早速リーフボードで空へ飛びたった。
目指すは南の領境の森だ。飛ばせば1日で森まで行ける。
そこから場所を探すのが大変そうだ。
領境の森は南北100キロル。東西400キロルという情報だった。
この規模でもこの国の森としては小さい方なのだという。
その森に最近になってアンデッドが多数目撃されている。
恐らく瘴気が湧き出したのだと推測できたけど、所詮は確証もない話だ。
それでは王国の魔術師団を呼ぶことはできない。
そこで、瘴気の湧き点の有無、位置、大きさ、アンデッドの種類や数を調査することになった。
俺達は空から森を眺めながら飛んでいると、明らかに森の木々が枯れている場所がある。
「あそこじゃないかな」
凡そ1キロルの幅で、巨大な蛇が通ったような跡が長々と続いている。
木々が枯れて茶色くなった道だ。
まるで1キロルの瘴気を纏った魔物が徘徊しているようだ。
その荒れ地に降り立つと、魔物の進行方向を検証した。
どうやら、東から西へ、主要街道に向かって進んでいるようだ。
蛇行しているからはっきりと向かっているとは言い切れないけど。
まだ街道までは200キロル以上ある。でも、数日内で到達する可能性は十分にある。
俺達は西へ向かうアンデッドの枯らした道に沿って追いかけることにした。
道は枯れているけど、今そこに瘴気はない。
それは瘴気自体が移動していることを指す。たまにゴブリンや小動物のアンデッドが現れたりする。
その頻度と種類を逐一メモしながら俺達はゆっくり進んでいった。
森の中で野営をした翌日の昼過ぎ。
とうとう瘴気の塊に出くわした。
その瘴気の塊の周りにアンデッドがウロウロしている。
きっと瘴気の中にもウヨウヨいるのだろう。
アンデッドの種類、数、瘴気の中心の現在位置と進行方向に速度をメモに書きこんでゆく。
それから、俺一人で聖結界を体に纏って瘴気の中へ飛び込んでいった。
リファは、上空でお留守番だ。
もし万が一にも聖結界から離れたらリファがアンデッドになってしまう。それは避けないと。
瘴気の中は視界10メトル位。
中心には大型のカメの魔物がいた。体長30メトル。体高20メトルか。
その周りに凡そ500匹のアンデッドがいる。
最強はアイアンボアや、ヘルバウンドという犬の魔物でCクラスだ。
他は灰色狼、オーク、ゴブリン、コボルト、七色狐、ハリモグラ、角兎などなど、雑魚ばかりだった。
30メトルの亀のアンデッドが、周囲に1キロルの瘴気を振りまいている。
その情報を持って、一度ハーベルの冒険者ギルドへ帰還した。
勝手に討伐しても、以前ブルジェールでは文句言われたから今回は自重した。
そして、依頼を受けた日から6日後ギルドへ戻ると、またあの時のお姉さんと目が合ってしまった。
視線を逸らして、別のお姉さんのカウンターに並ぶ。
でも、あの時のお姉さんの前には誰も並んでいない。
凄く不自然だし、視線もビシバシ感じる。
さて、困ったぞ。どうしようか・・
ここまでお読み頂きありがとうございます。
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この後も大変な旅が続きます。
どうぞ、お楽しみください。




