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リーフボード

 その夜、本来であれば宴の予定が延期となった。

 理由は、俺が眠くて宴どころではない事と、ワイバーンの素材を持って帰ってからにしようと決まったからだ。

 元々、リックの不正は知られていたし、俺が勇者認定されるかは不透明だったしでちょうど良かったのかもしれない。


「キース!勇者になったんだね。おめでとう!」

 ミトの治療院に帰るとリファが満面の笑みで出迎えてくれた。

「分かっちゃいたけど、あんたは本当にすごい子だよ。リックが先に帰って来たから少しやきもきしたけどね。とにかくすっきりしたよ」

 ミトも労ってくれた。

 その日は、ミトが腕を振るって作ってくれた料理でささやかなお祝いをしてくれた。

 ナーシュとビオラも参加して、ここにデビルオーガ遠征メンバーが再び揃った。


 実は俺、ワイバーンの胸肉をこっそり持ち帰っていた。

 だって、どんな味か気になるじゃん。美味いの?まずいの?どっちなの?って。

 だから、ミトにちゃんと調理してもらって味わってみたかったのだ。

 胸肉を見せた時、ミトは「でかした。大手柄だよ」と喜んでくれた。

 ビオラは私が鍛えたおかげだよ!と胸を張っていた。

「自慢の弟子さ!」と、そりゃもぅしつこくその言葉を繰りかえして喜んでくれた。

 ナーシュはワイバーンの肉料理を旨そうに頬張っている。

「やっぱりワイバーンは味がいい。ホロホロ鳥とはまた違う噛み応えが最高だよ!」

 と感想ばかり言っている。

 俺は、眠くて食事の途中から記憶がない。朝起きたらベッドに移されていた。


 翌日、ワイバーン素材を持ち帰るために里のハンターが出発して、3日後に戻って来た。

 さぁ。里中が待ちに待った宴の時間だ。


 まだ陽のある内から盛り上がりを見せて、俺は勇者の証を受け取った。

 エウロの里の知識の大樹の枝から作られた首飾りだ。

 里の文様が掘られている。

 もっとすごい何かをくれるのかと思ったけど、これはこれで嬉しかった。

 本来、エルフ族であれば勇者の印として里の文様を入れ墨にするらしい。

 でも俺は人族だから、首飾りになったと説明を受けた。


 長から首にかけてもらうと、大勢に拍手されてまたまた照れまくりの一幕だった。

 そして宴。

 奏楽と踊りと拍手と酒と。笑い声に歌声に乾杯の歓声にと賑わしくて楽しい時間だった。

 勿論、ヤニムは俺の傍にはいない。

 今日はリファとミトとビオラとナーシュが傍にいる。この間のメンバーだった。

 でも、それが嬉しいしそれだけで楽しい。

「キース。あと数日でここの皆ともお別れだね。とても居心地の良い場所だったからなんだか寂しくなっちゃう」

 リファがしんみりしたことを言う。


「何言ってるんだい。それはこっちのセリフだよ。あんた達が来てから賑やかくて良かったんだけどね。それで、あんた達、この里を出た後は何をするんだい?」

「キースの家族を探すの」

 ミトとリファの会話を聞くともなしに聞いていた。


「それは知ってるよ。けど、冒険者にはならないのかい?」

「勿論なるよ。でないとお金ないもん」

「それならもし私の娘に会ったら、生きてるかどうかの連絡をたまにでもいいから寄こすように伝えてくれないかね」

「ミトの娘さんって冒険者なの?」

「あぁ、多分ね。もう5年前になるかね。里を捨てて出て行っちまった。あの子はね、とても優秀な風使いだったのさ。それに聖魔法と水魔法を使える。天才と呼ばれて浮かれちまったのかね。里に籠って生きてくのが苦痛だって言って飛び出して行っちまったよ」

 今日もミトは酔っ払いだ。

 顔は酔ってないのに娘さんの話をしてくるなんて。自分の話はしない主義の人だから、酔っているとしか思えない。

 ミトはいつもの仕草でクピっと瓢箪(ひょうたん)酒を一口あおった。


 ミトの娘さんはアリアと言う名前らしい。ミトの旦那さんは里の期待の若者だったけど、5年前に黒狼の犠牲になってしまった。それもあって急に母子の関係がギクシャクしたとか。


「わざわざ探してくれなくたっていいんだ。もしも出会うことがあったらでいいからさ。連絡の取り方はあの子が知っている」

 そう言って寂しそうに笑って瓢箪に口を付ける。


「うん分かったよ。」

 俺とリファは大きく頷いた。

 そして、宴は大いに盛り上がって酔っぱらい達の夜は更けていった。

 俺とリファは勿論そこそこの所で早退させていただいた。



 半月後。

 俺とリファは里の門で大勢の里人に見送れらている。

 リファもしっかり薬草学を学び終えてすっきりした顔をしていた。

 俺も一通りの体術の基礎は覚えた。


 そして、今から里を出る。


 昨日までにお世話になって人たちとは挨拶を済ませた。

 泣けるほど名残惜しいわけじゃないけど、胸にジンと来るほどには寂しい気持ちもある。


「お主達には言葉にできぬほど感謝しておる。ここを故郷と思っていつでも立ち寄ってくれ」

 里長ギリュが代表して別れの言葉を述べた。


 そして、皆に手を振られて、手を振り返して里を離れた。

 ちなみに、ミトとビオラとナーシュとリドルは一緒に行く。

 何故なら、里のある場所は高い台地の上にあるのだそうだ。高く危険な崖を降りなければならないらしい。その下界に降りる安全なルートの入り口まで案内してくれるという。


 確かにこれまでも何度も崖を下りたけど、まだあったとは・・

 そんな事今まで誰も言わなかった。

 あ、リドルが前に深い渓谷があるとか言ってたっけ。もしかしてそのことなのか?



 という事で、6人で魔境を北へ進んだ。

 三日後、着いた場所は絶壁の崖の上。傍に膨大な水量を落とす滝が見える。

 落差が大きすぎて水煙が空中で蒸発してるよ。これは凄い。


「わぁ~!すんごい景色。絶景だねー!ね、キース!」

 リファが果てしなく開けた視界と滝、中空に掛かる虹のパノラマに感嘆の声を上げた。

 俺はその時、地平線に近い場所に見える平原を見ていた。


 あれがジルべリアだ!やっと帰って来た!やっと着いた!やっと!やっと!やっと!

「キース?」

 反応しない俺を不審に思ったリファが俺の顔を覗き込んだ。

 慌てて涙を拭く。

 俺の視線の先にあるジルべリアの大地に気付いたリファが、手を取って「お帰り!」と言ってくれた。

「うん、ただいま。ここまで長かったなぁ・・」

 後は言葉にならず、涙で視界も歪んだ。


「そうまで待ち望んだ景色であったか。私も付いてきて良かった。この景色を思う存分堪能すると良い。心に刻んでいつの日かこの時の感動を思い出すこともあるだろう。そのついでに私らの事を思い出してくれると嬉しいのだがな・・」

 ミトは実は寂しがり屋だ。そんな寂しそうな響きの声で言われれば嫌でも気づく。


 別れの時がもうすぐそこに迫っている。


 そこから数キロル歩いた場所がその場所だった。

 多少なだらかになっている。それでも上から見れば屹立した岩壁だ。

 でも、あまりにもゴツゴツしているから足場には困らなそうだ。


「着いたよ。ここだ」

 ナーシュが静かに言った。

「送ってくれてありがとう」

「あぁ。この先は必要な場所に鎖や梯子(はしご)がある。そんなに苦労しないで降りられるはずだ。元気でな」

 俺はナーシュから差し出された手を握り返した。

「長も言っていたがいつでも来てくれ。君達なら歓待するよ」

「本当に行ってしまうんだね。寂しくなるよ。二人とも気を付けてな」

 続いて、リドルとビオラにも別れの握手をした。

「リドルも元気で。きっとまた来るよ」

「ビオラ師匠も鍛えてくれてありがと。お陰で強くなれた。感謝してる」

 最後に、ミトの手を握った。

「ミト。何度も言ったけど、リファを助けてくれた事、俺本当に感謝してるんだ。それに7か月お世話してくれたことも。ありがとう」

 ミトはもう涙があふれていた。

「グス。良いのさ、そんなことは。キース、まだ魔境は抜けてない。最後まで気を抜くんじゃないよ。リファーヌが怪我をしてももう私は助けてやれないからね」

「うん」


「リファーヌも、あんたが来てくれてどんなに楽しかったか。行ってしまうのは残念だけど、しっかりキースを助けてやるんだよ。それでももし困ったらいつでも来な。また助けてあげるから。遠慮なんかしたら許さないからね」

 そしてミトはリファーヌをぎゅっと抱きしめた。


「うん、ミト。今日までありがとう。ミトのこと私絶対忘れない。アリアの事しっかり任されたから。さよなら、ミト」


 最後の言葉を掛けて俺とリファは崖を下り始めた。


 何か湿っぽくなってしまった。

 凄く名残惜しい。


 それでも遥か先に見えるジルべリアの大地が俺の心を掻き立てる。

 あの大地のどこかに母様はいる。ジュリアも、父様も。

 逸る心に急き立てられて、俺は一歩、一段、一山と跳ねるようにして下りて行った。



 ミト達が下界と呼んでいた地上に着いた。

 下から見上げれば良くここを下れたものだと思う程に高かった。

 これはワイバーンの崖よりもずっと高い。


 この先は順調にいけば20日で平原に出るそうだ。

 俺達は、また新たな魔境の奥へと踏み出した。


 この下界は、明らかに魔素濃度が低かった。

 久しぶりの普通の空気だった。そんなところにも感動してしまう。

 そして魔物の気配も多い気がする。


 奥へ進む程に樹木が密集して歩きづらくなってきた。草も多ければトレントも多い。

 大木ではあるけれど、奥地に比べればいたって普通の森だった。

 面倒になったら風刃で進行方向の草を一気に刈り取って進む。

 それでも、いかにも魔物の巣になっていそうな藪に突き当たったり、岩山を迂回したりと思う様にペースが上がらない。


 そんなスローペースで進むこと5日。

 大きな川に突き当たった。

 幅が広すぎて渡れない。

 水面を凍らせる?無理でしょ。

「リファ。蔦を風で飛ばしてロープを張れたりしないよね?」

「さすがにそれは無理」

 この川のことはナーシュから聞いていた。

 でも、ある地点に吊り橋が掛けてあるから問題なく渡れると聞いていたのだ。

 だから安心していた。

 でも、その吊り橋が見事に落ちている・・


 それで俺達はまたしても立往生となってしまった。

 底の見えない程深い谷でなくとも、渡れないものは渡れない。

 どうして俺達の旅はこうも行き止まるのか。


「うーん、どうする?」

「うーん、分かんない」


 前にも一度思った。俺達もワイバーンの様に空を飛べたらな・・と。

 一旦考えることを諦めてその日はそこで野営することにした。

 でもその日から、俺達は恨めし気に川を眺めて過ごすことになった。


 何かいい方法はないか。

 川は遡ろうと下ろうと川幅は変わらないと分かっている。

 だからむやみに動いても仕方がない。

 いっそ里へ引き返す?という事まで考えた。


「キース、もう五日だよ。ここに留まっていても仕方ないよ」

 リファが根をあげてしまった。

「うん、分かっているけど。どうにかならないかなぁ」

 ここを越えればジルべリアなんだ。引き返すなんて嫌すぎる。


 そんな川面を眺めていると、風に乗った木の葉が一枚落ちてきた。

 ヒラヒラヒラ。そしてすっと滑るようにして川面に浮かんだ。


 あの木の葉の上に乗ることができれば、俺達なら風を操って対岸まで飛べるのに。

 と思ったのが閃きにつながった。


「リファ!ちょっと試したいことがあるから暫く待って」

 俺はそう言って森の奥へ出かけた。

 確かものすごく大きな葉っぱがあったはずだ。

 それに乗れば渡れるかも!と考えたからだ。


 俺の後にリファもついてきた。俺の名案を話すとものすごく変な顔をされた。

 無理だよ。それは無理無理!って顔に書いてある。

 結果、無理だった。


「当り前じゃん!もう!」

 リファに呆れられてしまった。


 でも、目の付け所は悪くない気がした。

 葉っぱでは柔らかすぎて折れ曲がって風を受けることができなかった。

 なら、木だったら?


 近くに生えている手頃な木を風刃で切り裂いて一枚の板を作ってみた。

 それに乗ってもダメだった。風が板の下に通らない。だから浮かない。


 最初から板の下に台を作って風の通り道を作ってみた。

 その風の通り道を使って、強風を真上に吹かせてみた。


 ブワー

「うわー!」

 ドサッ


 木板と一緒に俺の身体は5メトル位持ち上げられて、バランスを崩して落ちた。

 痛たたたた。

 あはははは。

 リファに大笑いされてしまった。


「でも浮いたよ!改良して練習すれば何とかなるかも」

 所詮、川幅の分だけ身体を浮かせて飛ぶことができればいい。

 涙目でお腹を抱えて笑っていたリファもやる気になったのか、同じものを作って風に乗る挑戦を始めた。


 そこで気づいた。

 これは中々楽しい。いや、ものすごく楽しい!

 それから俺もリファも夢中で改良と練習を繰り返した。来る日も来る日も。


 まず、板を風魔法で乾燥させた。

 適正な厚みを感覚的に割り出して、更に大きさも広い物、狭い物、長い物、短い物と試していった。

 風を捉えやすくするために曲げて見たり、反らしてみたり。

 足を固定するために蔦で縛ったり、引っかけを作ってみたり。


 そして最終形態が決まった。

 長さはピンと伸ばした指先から胸の真ん中まで。幅はその1/3。エッジは全て角を落として両端は尖らせて角を落とす。横から見ると両端が少し上向き、真ん中も緩く上向きの弧を入れた。その形が風を掴みやすく浮きやすかったからだ。

 材質はポポトと呼ばれる繊維質で、頑丈で軽めな感じの樹だ。その辺に幾らでも生えている一般的な樹になる。

 足の固定紐は剣草で接着はニグモという芋虫の粘液だ。魔力を通している間はくっついて離れない。


 飛び上がる時は、下に丸太を二つかませて隙間を作る。

 いきなり吹き上げるのでなく、徐々に風を強くするイメージで地上から1メトルの高さで浮かんだ。

 そのまま背中側から押してみる。

 スーッと進んだ。

 気持ちいぃ!初めての感覚だ。癖になりそうな感覚だった。


 ただ、止まらない。

 スーーーガサッ

 茂みに突っ込んでしまった。

 あはははは。

 リファ再びの大爆笑だ。

 でも、リファだってへっぴり腰で変な格好だ。お尻を突き出して極端に前かがみで両手を広げてふらふらしてて。

 人のことばかり笑ってはいられないと思うぞ!

 なんて思っていた俺は間違っていた。


 リファは魔力操作がすごく上手い。すぐに風を器用に操ってゆっくりなら障害物は苦にしなくなった。

 俺は、リファよりサマになっている。早いし、スムーズだし。体重の傾け方でだいぶ思い通りに進めるようになった。でも、たまにぶつかる。


 食事をしながら、お互いの悪いところを指摘し合って、こうした方がいいと思う所を提案し合った。

 俺の課題は風の操作。リファの課題は身体の使い方と度胸だ。

 

 さらに改良を思いついた。

 せっかく魔法陣を習ったのだ。リーフボードの下に風の魔法陣を描いた。

 風を吹き出す魔法陣だ。魔力は自前で魔石に頼らない。

 ただ、魔法陣の中央に魔石を埋め込んで、板の上面にまで魔力の通り道を作った。

 その魔石を踏む形で自分の魔力を流す。両足の下に魔石が来るように二つ描けば、なんとすごくいい感じ!

 補助的な感じでしかないけど、魔力消費効率と操作性は抜群に良くなった。

 そうしてまた数日を練習に没頭して費やした。


 消費魔力は結構高い。俺は6時間。リファが4時間だ。

 それでも、風魔法の使い方次第でもっと効率的になる筈だから時間だってもっと伸びると思う。

 場合によっては、馬よりもずっといい移動手段になる気はしている。

 ただし、持って歩くとなると重くて邪魔くさい。これが最大の難点だ。


 まぁ、ひとまず川を越えることができればいい。

 今日は、少し高く飛んでみようという話になっている。


 俺達は、随分と上達した。もう何時でも川を超すくらいはできそうだ。

 でも、川面の上は危ない。

 この川にはとんでもなく大きな魚がいる。

 鳥の魔物が下からパクリとやられたところを見て、すごく驚いた。

 ほんの一瞬だった。あれでは食われた方は何が起きたか分かっていないんじゃないか。


 だから俺達は木々よりも高い上空を飛ぶことに決めている。

 今日はその練習だ。


 早速、二人で木の上に出てみた。

 まるで緑の絨毯(じゅうたん)だ。これは気持ちがいい。風の通りもいいし、下を這いつくばって飛ぶよりもずっと風の操作が楽だし魔力消費も少なくて済みそうだ。


 1時間くらい飛び回って感触に慣れたところで、俺達はいよいよ川を渡ることにした。


 荷物を背負って、木々の上、地上から凡そ100メトルまで上がった。

 大きく円弧を描いて川方面に向かう。そして川を横切り始めた。


 川面に黒い影が見える。あの巨大漁か?

 見られている気はするけど襲ってはこない。リファが緊張している。

 川幅はおよそ200メトル。

 この方法をもっと早く思いついていれば、ベックと別れることはなかったのに。

 ついそんなことを考えて、思い直した。

 魔境の最深層を抜けてエルフの里で学んだから初めて出来た芸当なんだ。

 あの時の俺達では思いついたとしても無理だったかもしれない。


 緊張はしたものの、無事俺達は川を渡り終えた。

 もうこの先、テリーヌ大河川だろうと魔神の爪痕だろうと、大きな川でも高い崖でも、俺達の進路を阻むことはできない。

 空を飛ぶ方法を見つけた俺は、これまでの難関をついに乗り越えたというか、一つやり返してやった気分がした。


 その夜、リファと話し合ってこの空飛ぶ板に名前を付けた。

 その名も“リーフボード”。

 舞い落ちる木の葉をヒントに発想を得たから、この板の名を“木の葉”に決めた。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

もし宜しければ、☆評価、或いはブックマーク登録をぜひともお願いしたいと思います。


この後も新たな展開が続きます。

どうぞ、お楽しみください。

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