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勇者の試練

 勇者の試練の始まりは、この地にエルフ族が流れて来る以前に(さかのぼ)るという。

 元々は知識の大樹の種子を遠い地へ運ぶ勇者を選定するための試練だったらしい。

 それが、この地に定住したことで意義が変わった。

 今は里の守りの要として、或いはこの地のエルフ族の武の象徴として正しく清く強い者を見定めるための試練であるという。


 そんな説明を受けていよいよ試練の内容が発表される。


「さて、では試練の内容を発表する。内容を聞いた後で辞退を申し出ても構わない。それでお主達の名誉が損なわれることはない。では良いかな」


 少し間を空けてじっくりと俺達を見ている。

 俺達の意思に揺らぎがないかを里長は確認しているみたいだ。


「試練の内容は、ここより南に60キロル行ったところにあるワイバーンの巣より卵を手に入れ持ち帰る事。期日は7日後の日没。互いに協力することは禁ずる。あくまで己一人の力で挑戦するのじゃ。そして何より大事なことは無理せず生きて帰る事じゃ。では、今この時を以て勇者の試練を開始する。お主達の健闘を祈る」


 ワイバーンの巣と言えば、3~400メトルの崖の営巣地だ。

 ゲエェェーってうるさく鳴いてイライラさせられた。なるべく近寄らない様に避けた場所だ。

 良く憶えてるよ。

 面倒な試練だというのが正直な感想だ。止めちゃおうかとちらっと考えたけど、ビオラ師匠の落胆した顔が浮かんだ。

(期待されてるから恩返しのつもりで頑張ってみるか)


 リックはというと、顔が若干青ざめている。

 そりゃそうだろう。普通は怖いさ。


 里長の屋敷を出ると、里人が大勢詰めかけていた。

 皆に向かって、里長から勇者の試練の参加者二人の紹介と内容が公にされた。

 騒めきが止まらない。

 皆も無茶が過ぎると分かっているのだろう。

 それでも「がんばれよー」と熱い声援をもらった。


 俺は野営道具を背負って里の門前に立った。

「キース、無茶はしないでね。今のキースなら大丈夫だと思うけど」

「長もまた随分と思い切った内容にしたもんだ。ワイバーンは火を吐くから気を付けな」

「くっ、まさかワイバーンの卵とはな。だがお前なら容易く手に入れてきそうだ。頑張れ」

 リファにミトにビオラだ。

 皆から見たらこの程度、俺なら問題ないように見えるらしい。


「うん。命優先でほどほどに頑張ってみるよ。」

 俺は、ミトから弁当を受け取って走り出した。


 頭の中でこれからの7日間の過ごし方を考える。

 ワイバーンについて知っていることもあるけど知らないことも多い。

 だから観察は必要だと考えた。最低でも丸1日はじっくり観察したい。


 今の俺なら60キロルの距離は1日で着く。

 順調に走り続けて夕方前には営巣地の崖が見える場所に辿り着いた。

 やはり、見上げるほどの高い崖だ。救いは頑丈そうな岩がゴツゴツ張り出しているから戦闘になったとしても足場だけは良さそうだ。

 それにいざとなったら岩の小屋でも築いて立て籠もることもできる。


 黒っぽい鳥影が上空を舞い、例の苛つかせる鳴き声がそこら中から聞こえてくる。

 うるさい!

 こんなところに7日間も滞在するのかと思うとげんなりしてくる。


 俺は草を刈って(みの)を作った。草や蔦でできた迷彩服だ。

 それを羽織って、攻略に向いた場所を探して歩き回った。

 陽が沈み切る前に一つのポイントを見つけた。


 そこは大きな岩がゴロゴロ転がっていて崖下までは近づきやすい。

 加えて縦に大きな亀裂があって、その隙間に身を潜めながらよじ登れば、見つかることなく上までたどり着けそうだ。

 難点は水が沁みていて苔むしている事、雨が降ったら滝になる可能性がある事、湿っているから毒虫等が多そうということだ。


 ジャムジャムみたいなのが体を這ってきたらどうしよう・・

 ちょっとためらってしまう。


 二日目の朝、日の出前に亀裂の下へ辿り着いた。

 手を掛けて登ってみる。心配していた苔は思ったほど多くはなかった。

 取っ掛かりも多い。行けそうだ。


 そのまま中腹まで行ってみたけど問題なかった。

 その日は一旦戻ってワイバーンの観察を続けた。


 分かったことは、夜は巣に戻っていること。昼は警戒のためか必ず巣の周辺を飛び回っている見張りがいる事。雄が狩りに出て雌が比較的巣に留まっていること。そして、夜明後1時間が一番見張りが少なく襲撃に適していそうだという事だった。


 三日目の夜明け前。

 だいぶ離れた崖下の岩に細工を施してから、俺は亀裂の隙間に身を潜めた。

 じめじめして居心地は悪いけど、明るくなるのをそこで待つ。

 明るくなってきたところで崖をよじ登った。

 亀裂の中と言えど、派手に動けば察知される可能性もある。だから、ゆっくり慎重に時間をかけてよじ登った。

 それでも昼前には登頂に成功した。そのまま崖の上に石小屋を造って身を潜める。

 そして翌日の朝を待った。


 四日目の朝、陽が昇ると同時にワイバーンの巣は騒がしくなり、何匹も巣から飛び去ってゆく。

 夜明けから1時間待って、俺は行動を開始した。

 周辺に見張りは飛んでいるけど一日の時間帯では最も数は少ない。

 迷彩用の簑にくるまって、俺は崖上部一帯に霧を発生させた。

 そしてゆっくり気配を消して崖を降りて行く。

 ゴツゴツした岩場だから上り下りは苦にならない。

 石コロを落とさない様に神経を使った。


 主のいない巣を探し卵を見つけると、霧に紛れて忍び込み、卵を一つ背負い鞄の中にしまい込んだ。

 卵は0.5メトル幅0.4メトル、重さ6キロルだ。

 ここまでは至極順調だ。

 後は脱出するだけ。


 その時、すぐそばをワイーバーンが通り過ぎた。

 俺は身動きを止めてじっと気配を探る。

 確実に離れたところでまたゆっくりと崖を登った。今のところ気づかれてはいない。


 その時、

 ドガーン!ドガーン!


 破砕音が大きく響き辺りが騒然となった。

 ゲエェェー

 ゲエェェー


 ここから500メトル西に離れた崖下で、土魔法で作った大きな榴弾を派手に打ち出したのだ。

 これは魔法陣を使って時間制御で発射している。

 目くらましだ。見張り役のワイバーンの注意をそっちに引き付けている間に崖を登りきって、俺は亀裂の中へ飛び込んだ。


 ここからはゆっくり下へ降りるだけ。

 まだ騒然としているし警戒もしているだろう。だから、夕方までは亀裂に身を潜めて、暗くなってから抜け出した。


 四日目の夜に俺は試練の卵を手に入れることができた。

 一応、卵の底に俺の名前を小さく書きこんでおいた。これはただの自己満足だ。


 それから、少し歩いて野営を始めた。


 スープを作っていると、人の気配が近づいてきた。

 実はずっと人の気配を感じている。多分、監視役の者が潜んでいる違いない。

 俺はその監視役が来たのかと思った。


「よう。邪魔するぜ」

 そう言って現れたのはまさかのリックだった。


「なぁ。俺と共同で作戦に当たらないか?さすがに一人だときついだろ?お互い」

「いや、俺は一人で十分ですから、その必要はないです」

「強がるな。幾らお前でもあのワイバーンの巣に潜りこめるわけがない」

「だから必要ありません。俺はもう入手したので」

 と言うとリックはすごく驚いた顔をしていた。

「嘘をつくな!」

 と怒鳴るから、俺は自分のバックから少しだけ卵をのぞかせて見せてやった。


「いったいどうやって獲った?」

 今度もまた驚いたようだ。目が丸くなっている。

「それを教えたら、自分の力だけで獲ったことになりませんよ。だから教えません」

「ケチ臭いことを言うな。どうやって獲ったかくらい話しても大丈夫なはずだ。いや、キース。俺の採集を手伝ってくれ。頼む!」


「お断りします。これは個々に勇者と呼ばれるだけの力量があるかを試す試練ですよ。里長は“正しく清く強い者を見定める”って言ってたし。ズルして勇者になっても自分に誇れなきゃ意味ないじゃないですか」

 言いながら俺は自分の椀にスープをよそう。

 一口すすると、あぁ、美味い。


「あんなものは建前だ。でなけりゃ死人が出ちまう」

「だから死ぬ可能性がある、辞退してもいいって言ってたじゃないですか」

「あぁ、だがまじめに受け取る馬鹿はいない。今までも複数人で共同して試練を乗り越えてきたはずなんだ。でなければ勇者なんか生まれる訳がない。里長だって、戦士中の戦士をこんな試練で失いたくない筈だ。だから、建前では己の力でと言っても、実際にはうるさく言わない筈だ」


 なんて自分に都合のいい考え方をする奴だろう。こんなのが勇者になったらその里は大変だ。

「とにかく、俺はもう卵は入手済みですから。それに長の言葉を無視したくもありません。リックが一人で無理だと思うなら辞退するしかないんじゃないですか」

 バレロの里の為にさり気なく?辞退する様勧めておいた。


「もういい!お前のような子供にできて俺にできないわけがない。クソ!もう頼まん!」

 そう言って激高してリックは帰って行った。


 まったく。最初から一人でやるって話だったのに何で俺が怒られなきゃならん?

 まったく気分が悪い。

 数日間、気を張り詰めていたせいか。その後すぐに眠気が来た。

 いつもの土小屋を作って俺はさっさと眠りについた。

 その時、石小屋にしておけば、いらない苦労をしなくて済んだのかもしれない。だけど、何も考えずに俺は土小屋を造って深い眠りに(はま)ってしまった。



 その夜遅く、リックがキースの野営地を再び訪れた。

 そこには見慣れない土の塊が出来ている。

「なんだこりゃ?」

 リックはキースの卵を盗みに来たのだが、キースはいないし大きな土の塊があるだけで最初は戸惑った。


「そう言えば、土だか石の小屋で野営するとか言っていたな」

 数か月前、デビルオーガ討伐の日、一夜だけリックはキースと野営を共にしたことがあった。

 その日キースが土の小屋を造って寝ていたことを思い出した。


「まったく面倒な」

 ()げていた角兎を放ると、リックは大剣を振りかざして土小屋を破壊し始めた。


 ガツンガツン!

 大きな音がしてもキースは目を覚まさない。

 当たり前だ。キースには眠り薬をしこたま飲ませてある。

 遅効性の眠り粉を、風で飛ばしてキースのスープに混ぜ込んだのだ。


 ワイバーンに飲ませて眠らせた隙に卵を奪うという計画も一応考えていた為に、そんな薬を持っていた。それをキースに使ったのだ。


 少量とはいえ魔物用だ。しばらく目を覚ますことはない。

 遠慮なく音を立てて小屋を破壊すると、キースを外へ運び出した。

 少し開けた場所に立つ木の根元に寄り掛からせると、持って来た角兎の腹を切って贓物(ぞうぶつ)と一緒に血をキースの身体に振りまいた。


 血なまぐさい匂いが立ち込めてもキースは目を覚まさない。

 そして、土小屋へ戻ってワイバーンの卵を自分の袋に移し替えるとリックは立ち去った。



 五日目の朝。

 ワイバーンが角兎の血の匂いに釣られてキースの眠る上空に集まって来た。

 そこに、異変を感じた監視班の戦士が一人様子を見に現れた。


「な、なんじゃこりゃ!?」

 角兎の内臓と青い血液に濡れたキースが横たわっている。

 上にはワイバーンが木々の隙間から(うかが)う様に低空で旋回している。


「まずい!」

 急いでキースを抱きかかえるとその戦士は走り出した。

 走りながらキースにクリーンを掛けた。

「おい、坊主、しっかりしろ!」

 声を掛けながら監視班の野営地へ駈け込んだ。


 キースは何をしても目を覚まさない。

 そして、丸一日。

「あれ?一体何が起きたんですか?というか、あなたは誰ですか?」

 俺は俺を担いでいる人に話しかけた。


 そこには3人のエルフがいた。

「お。やっと起きたか。何があったのかはこっちが聞きたい。俺達は今回の試練の監視班だ。お前たちの行動を見ていた。何か思いだすことはあるか?」


「えっと、俺はワイバーンの卵を獲って野営に入りました。その夜リックが来て、少し話をしてから寝ました」

「それは4日目の話だな。リックとはどんな話を?」

「試練を手伝えと言われて断りました」

「なるほど。その時リックから何かされなかったか?」

「いえ。特には。あの何で俺は担がれ運ばれているんですか?」


「今は六日目の昼だ。君は試練を続行不可能と見做された。意識を取り戻さないから、我々がエウロの里へ連れ帰る途中なんだ」



「何だってぇ!?まさか!俺は丸1日以上、そんなに眠っていたんですか?」

「あぁ、我々の発見が少しでも遅かったら君は間違いなくワイバーンに食われていただろうな」

「はぁ?だって俺、土小屋の中で眠ったんですよ。そんな筈ないと思うんだけど」


「土でできた小屋のようなものは崩されていた。そして君は角兎の贓物(ぞうぶつ)にまみれて見晴らしのいい場所で横たわっていた。」

「はぁ?」

 訳が分からない。

 一体俺に何があった?


「我々は、君がワイバーンの卵を単独で手にしたところを確認している。そして、リックが昨日の朝、卵を持って帰還したとリックの監視班から連絡が来た。普通に考えれば、君はリックに卵を奪われたのだろう。そして、ワイバーンに狙われやすい場所に寝かされた。そう考えると筋が通る。君は気づかれない内に薬でも盛られたのではないか?」


「・・だとしたら、滅茶苦茶腹が立ちます。俺、このままだと勇者失格ですよね」

 怒りが込上げてきた。

 リックの思い通りになるのはごめんだ。

「そうなるな」

「ここはどの辺りですか?今からもう一度卵を獲りに行きます」

「ここは村まで25キロル。ワーバーンの巣から35キロルの場所だ。だが、俺達は一度君に介入してしまっている。その時点で勇者に認定はされない可能性が高いぞ」


「構いません。俺が自力で卵を獲って、里へ持ち帰れば自分に納得ができます。邪魔が入ったからと言って断念すればそれで終わるし、期待してくれている人を裏切りたくない。今からでもやれるだけやってみます。とにかく卵を手に入れて明日の日没までに里に戻ります」



 俺は、空っぽのバックを受け取って背負うと全速力で走り出した。

 


ここまでお読み頂きありがとうございます。

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この後も新たな展開が続きます。

どうぞ、お楽しみください。

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