遺跡探索
左腕は使えない。
あばらも折れて身じろぎするだけでひどく痛む。
それでも、この硬い鋼のような体のデビルオーガを傷つけ、致命傷を与えなければ。
俺は剣に魔力を込めた。限界まで絞り出すと剣が俺の魔力で青白く揺らいだ。
この青白い魔力の揺らぎは最近出せるようになった。
多分ビオラとの特訓の成果だ。相当切れ味が増していると思う。
俺はデビルオーガの首筋に剣を添えて押し込んだ。
硬い。刺さるけど、切れてるけど奥深くまで切り込めない。
片手だし、痛みで力が足らないんだ。
「キース、私に手伝わせてくれないかい?」
そこに倒されたはずのビオラがいた。
夢かと思った。ビオラは死んだと思っていたから。だから、生きていたことが本当に嬉しかった。
「ビオラ!生きてたんだ。良かった。あ、じゃあ、このまま押し込んで。俺じゃ力が足りないんだ」
ビオラは俺の手の上から剣を掴むと力を込めて突き刺して行く。肉を切り裂く感触が柄を通して伝わって来た。
Gugugu
デビルオーガが小さく呻いた。
頸動脈を断ち切ったか?青い鮮血がブシャッと噴き出した。
その頃には、俺とビオラの周りに戦士とハンターたちが集まり始めていた。
首を半分切り裂いて土が青黒く染まっていく。
俺はその場にへたり込んで、折れた左腕とあばらにヒールを掛けた。
戦士の一人が斧を振り上げて、デビルオーガの首に叩きつけ始めた。
もう死んでいるのに、首を落とさないと気が済まないのか?
邪魔な俺はそそくさと脇へ移動してまたへたり込んだ。
ウヲォー!
歓声が上がった。首を切り落とせたのだろう。
「キース。全部見てたよ。あんた良くやったね。よく頑張った」
そう言ってビオラが優しく抱きしめてくれた。
こういう時、いつも母様を思い出すんだけど、ビオラはムキムキすぎて父様を思い出した。
よく見ればビオラもボロボロじゃないか。
それでも毅然としている。さすが師匠だ。
「キース。お疲れ!やっぱり倒せたでしょ」
分かり切っていたわよみたいな顔をしてリファが言う。
「結構ぎりぎりだったよ。腕とアバラが粉砕された」
「大丈夫?」
「うん。まぁ、数日で完治するよ」
ナーシュが、シャムが、そしてリックが来て労ってくれた。
ひとまず、戦いは終了した。
動けない者が大勢いるから、いったんこの場で野営が決まった。
今はオーガの剥ぎ取りをしている。
魔石と、角と牙しか取れるものはないけど、角はとても高価ないい素材なのだそうだ。
自分の治療にひと段落つけてミトを探すと忙しそうに働いていた。
俺も、重症者からヒールを掛けて癒していく。リファもミトのお手伝いだ。
その作業も一通り終えたところで、
「お疲れさん。お陰で助かったよ。もういいからあんたも休んでおいで。あそこでリファーヌも休んでいるよ」
ミトだ。指さす先に焚火があって皆が休息している。リファも座って何か飲んでいた。
俺が近づくと、ビオラが木の実を繰り抜いて作った器の中にスープを入れて持って来てくれた。
それをもらってリファの隣に座る。
「お疲れ。キース怪我したとこは大丈夫?」
「うん。なんとか」
「今回いっぱい死んじゃったんだって。キースがいなかったら全滅してたって皆言ってるよ。それで、最初の作戦が甘すぎて、指揮官の指示が悪すぎたって。皆リックを怒って責めてるの。それですごく雰囲気が悪くなってる」
「ふーん。でも、みんなが怒る気持ちはわかるよ。早めに作戦を変えていたら死なずに済んだ人もいたかもしれない」
「うん。でも、せっかく勝ったのになんかギスギスして嫌な雰囲気」
それから、土小屋を造って早めにもぐりこんだ。
翌朝バレロの里に帰還した。
バレロの里では、ミトと一緒に治療院に籠ってケガ人の手当てに当たっていた。
その時、集会所では罵り合いの議論が白熱していたらしい。
「まったく!救ってもらっておいてあの言い草は何だい!こっちも犠牲は覚悟して参加したんだろうに。お互い歩み寄る気はないのかね。せっかくの勝利が台無しだよ!」
と愚痴るのはビオラだ。
エウロの里代表でナーシュと戦勝会議に参加しているのだけど、終わった後必ずミトの所に愚痴りに来る。
ビオラとしては、里の仲間への報告のつもりらしい。
「で、どんな話になったのさ。愚痴ってないで早く話しておくれ」
俺達も少しだけ気になるから傍で聞き耳を立てている。
「デビルオーガの素材を誰が貰うかでずっと揉めてんだよ。本来はバレロの里に権利がある。でも、そのバレロの指揮官のせいで他里の戦士が大勢死んだ。まともな指揮官だったらここまで犠牲は増えなかった筈なんだ。そこを他里は怒っているのさ。リックに殺されたようなものだってね。で、実際の討伐はエウロだけでやったようなもんだ。その上にミトとキースの治癒でこれまた何人もの戦士が落とす筈の命を救われた。滅茶苦茶感謝されてるんだよ。私らは。だから、ここはエウロが受け取るべきだという意見も多い。それで揉めに揉めて今じゃ非難の応酬合戦さ。見ていて気分が悪いよ」
「そうかい。キース、あんたオーガの角は欲しいかい?」
「いらない」
「なんでよ?」
「旅の荷物になるもの。余分な荷物は持たない事にしてるの」
リファが応えた。
「はぁ。欲がないねぇ」
ミトが呆れている。
「でも、エウロの里が欲しいなら任せるよ。ただ、俺達はいらない」
「あははは。みんなにこの子達を見習わせたいよ。本当に欲深い者ばかりだから。分かった。じゃあ任せてもらうよ。面倒になったらエウロはいらないって言うから。それでいいね」
リファと二人でうんと頷いた。
数日後、やっと戦勝会議が決着してビオラとナーシュが満面の笑みでやって来た。
結局、デビルオーガの角を1本エウロの里は手に入れたそうだ。
経緯はこうだった。
あまりに揉めて罵詈雑言が飛び出し収拾のつかなくなったことで、ナーシュはエウロの里は今回の報酬もこれ以上の会議参加もすべて辞退すると申し出たそうだ。
それが転機になったらしい。
他里の代表もエウロに同調し始めた。ただし、2度とバレロの為に戦士は送らないし、この先の里の流通や交流も見直す方向で検討すると決めたそうだ。
つまりエルフ族はバレロの里を村八分にすると決定した。
そこでやっとバレロの里は今回手に入れたデビルオーガの素材権利の辞退を決めた。
素材の取り分は他里の者で話し合うことになった結果、角1本がエウロのものとなったという事だ。
なんて面倒くさい。
「何かお礼をさせてくれ。欲しい物はあるかい?」
「ないかな。リファは?」
リファも首を振った。
「あ、じゃあ、帰りにデビルオーガがねぐらにしていた遺跡に寄ってみたい」
俺は思いついたことを要望にした。
「あんな所に何の用があるんだい?」
「用という程じゃないけど、青色の魔法陣を見てみたいんだ」
この世界の魔法陣はすべて赤色で描かれている。
それは、ジルべリアでもバルバドールでも、このエルフ族の里でも変わらない。
ところが、古い遺跡では青色の魔法陣が使われている。
古代人はその文明で青色の魔法陣しか使わなかったことが知られている。
しかし、青色魔法陣の塗料が不明で誰も再現出来ないのだ。
この世界の不思議の一つとして世に知られている謎だ。
赤色魔法陣は魔力消費が激しく、耐年生も低い。
小さな魔道具でも大きな魔石を使わなければならないし実用性にかなり乏しい。
対して、青色魔法陣は少ない魔力で大きな効果を生み出せることが知られている。
その為、過去も現在も青色魔法陣の塗料を多くの研究者が探し回っているのだ。
と、ドルドから教わった。
ならば青色魔法陣とやらを見て見たくもなる。
それがこのすぐ近くに有るとなれば尚のことだ。
「大した距離でもなし。キースの望みだ。行くとしよう」
ナーシュの賛成もあって、翌日俺達エウロの里は退去の挨拶の後、古代遺跡へと足を向けた。
まず、デビルオーガ討伐の跡地を通り過ぎた。
まだ土は抉れているし大木も倒れているしで、どれほど凄まじい戦いだったのかを改めて思いだした。
そこから30分も進むと滝の音が聞こえてきた。
木々が切れて川が現れ、滝に向かって川沿いを進む。
バレロの里の薬草採集地とあって、道は整備されて進みやすい。
滝つぼ周辺には薬草が咲き乱れていた。
滝つぼまではいかず、手前の飛び石を渡って対岸へ渡る。
そのまま奥地へ進み、崖というよりはきつい傾斜を登った先にその神殿はあった。
薄い赤色の石で造られた円筒形の神殿だ。
蔦の葉のレリーフが壁一面に掘られている。
以前にモルビア側の魔境最深層で見た鬼顔の彫刻のあった神殿に比べて随分と小さい。
それでも、入口は3メトルあり、中に入れば天井まで10メトルはあろうかという広さだ。
丸屋根の天井には明り取りの窓があって中はかなり明るい。
内部は土埃や枯葉で汚れて蔦が這っている。一部壁が崩れて森の木々がのぞけるような状態だった。
中心に祭壇があって1人の羽を生やしていたらしき人物の彫像が立っている。
背中の形状と足元の瓦礫からそこに羽があったんだなという推測が出来た。
確かに妖精族の神殿なのだろう。
奥に繋がる通路を抜けると、いくつかの部屋があったけど中には何もない。
最奥の小さな部屋に入るとそこに青色の魔法陣が描かれていた。
初めて見る術式が書き込まれている。それもかなり複雑だ。
何の魔法陣?と考え込んでいたら、ナーシュが答えを既に知っていた。
「これは転移の魔法陣だよ。初めて見る?地下の部屋に通じてるんだ」
そう言ってためらいも見せずに、足を魔法陣に踏み入れた。
ビオラにミトも魔法陣の上に乗った。
「ほれ、大丈夫じゃ。早うせんか」
ミトに急かされて俺達も乗る。
中心部にナーシュが手を置くと魔力が流れて魔法陣が光り出した。
浮遊感を感じるともう、地下の部屋に移動した様だった。
辺りは真っ暗。
青い魔法陣が光を失って消えて行く。
消える前にミトが光球を作って部屋を照らし出した。さっきの小部屋と同じくらいの大きさで足元に魔法陣が描かれている。
人生初の転移魔法だった。
おお。すげぇ!
一人感動しているのも束の間、ミトはさっさと入口へ歩き出して行く。感動を味わう暇もない。リファはというと一緒にスタスタついて行ってしまった。
初転移に感動するのは俺だけなのか?
納得いかない思いを飲み込んで俺も後をついて行く。
その先は大部屋と小部屋がいくつもあったけど、特に何もない空間だった。
最後に、大きな魔石ある部屋があって、そこに魔法陣がいくつも描かれている。
この神殿の機能をここに集約させた部屋で、過去にドルドを始め魔法研究者や魔道具職人たちが魔力を注いで起動したことがあったそうだ。
「これってどのくらい前の遺跡なの?」
リファがいい質問をした。
「5千年以上前という事しかわかっていないよ。1万年か10万年前かも分からないって話さ」
「へぇ。古代の人達はそんな高い文明を持っていたんだね。なんで滅びて、なんで知識が継承されなかったんだろう。知ってる?」
俺はミトに聞いてみた。
知識の大樹を持つエルフ族ならば何か知っているかもしれない。
「遥か昔神々の戦いに巻き込まれて一度文明は滅んだと伝わっている。古代の遺跡はその頃のものだとされているんだ。本当かどうかは定かじゃない。でも私らはそれを信じている。その闘いは激しく大地を引き裂いて今もその痕跡が残っているそうじゃないか」
「魔神の爪痕の事?」
「あぁ。私は見たことがないけど底も見えないほど深いらしいじゃないか。その戦いで神々は死んだとか、神の世界に帰られたと言われている。エルフ族の信奉する知識の神、エルファリア様もその時にお隠れになった。多くの種族が住み慣れた土地を離れたとか、滅び去ったとか伝わっているのさ。そんな大混乱があれば知識も文明も途絶えたとしても不思議はないさ」
「へぇ。じゃあ、エウロの里の知識の大樹はどうなの?本当に昔は色々と教えてくれてたとしてもそんな遥か昔に知識が途絶えてるわけだし・・」
「いや、昔から知識の恩恵には与っていないさ。あれは我らの先祖がこの地に持ち込んだユグドラシルの末裔だよ。ユグドラシルは神々の戦いで消失したんだ。でも、その種子を別の地に移して育て、その種子をまた移す。そうして何世代ものユグドラシルの末裔がこの大陸に散らばっていて、エルフの同胞がその成長を見守っている筈さ。今もどこかでね。知識の大樹、即ちユグドラシルの知識の恩恵に与っていたのは、遥か遠い昔、まだ消失前の話さ。だからユグドラシルを燃やした火をエルフ族は忌み嫌うのさ。末裔と言えど、あの知識の大樹はエルファリア様がエルフ族に与えて下さったエルフの宝だ。その宝を失う訳にはゆかない。だから森で火を放った者は死罪に当たる程の重罪なのさ」
なるほど。火を忌み嫌う理由が分かった。
でも話が壮大過ぎてピンと来ない。
ミトの話は本当なのだろうか。神々の戦いとかユグドラシルとか。
「そう言えば魔境の奥地で俺達も古代の神殿を見たよ。もっと大きくて荒んでた。オーガに似た顔の彫刻が祭壇みたいな場所に飾られてたよ」
「ほう。それは興味深いね。ドルド辺りに話せば見に行くって言いだすかもしれないよ」
「あーそれは無理かも。エルベス山脈の向こう側だから」
「鬼のような顔って言ったら妖鬼族じゃないか?」
今まで黙っていたビオラが入って来た。
「そうなるね。妖鬼族はでかい図体に二本の角があるって言われてるよ」
「そうなるとなんだか昔いくつも種族がいたって話に信憑性が出て来るねぇ」
「そこには転移魔法陣とかお宝とかなかったのかい?」
今度はナーシュだ。
「いや、ちょっと入っただけだから。詳しく見なかったんだ」
「勿体ない。そんなチャンス二度とないかもしれないのに」
そんなこと言われてもなぁ。
あの時は必死だったし、興味もなかったし、それどころじゃなかったし・・
そんな昔ばなしと遺跡と神々の話とで盛り上がったところで俺達はエウロの里に帰ることにした。
一応、魔法陣を学ぶ者として転移魔法陣はしっかり記録した。
そして4日後、無事里へ帰還することができた。
里ではデビルオーガの角のお土産に里中が湧き上がった。
長老会議を始め練武場や普通の里の人からも戦いの話を聞かせてくれとせがまれて困ってしまった。
ビオラもナーシュもバレロの里の態度に怒り心頭だったから、散々な言い回しで語って聞かせる。代わりにエウロの里の頑張りと活躍をこれでもかと美化して話すから皆が面白がってひと騒動にまでなってしまった。
俺はというと余所者だし、助っ人的な立ち位置だったからとビオラに全振りして逃げに徹した。
だって、他里とは言ってもエルフ族の悪口言ってまた目を付けられたくないし。
なんだかんだ同胞意識が高いから、悪口なんて迂闊に言えない。
ちなみにリファは「キースはすごく頑張った」とかあいまいな表現で俺を持ち上げていた。




