エウロの里
ガオン!
ボスの一吠えで、そいつは喉笛を噛み切らずに俺から牙を離した。
束の間の命拾いだ。
でも、剣も手から離れた。
腕を持ち上げるのも億劫なほどだ。
襟に爪を引っかけられて放り投げられた。
何度も踏まれ、引っ掻かれ、噛みつかれて放られて、ズダボロにされてゆく。
拷問をしているつもりなのか?
甚振って遊んでいるのか?
死ぬまでなぶるつもりなのか。
飛びそうになる意識を何とか堪えてつなぎ止める。
最後の一撃を繰り出すまでは絶対にあきらめない。
俺は最後まで足掻いてやる!
ボスが近づいてきた。俺の顔に鼻先を近づけて匂いを嗅いでいる。
俺のダメージを探っているのか?もう抗う気力もないと判断したか?
でも、俺はこのチャンスを待っていた。
最後まで取っておいた僅かな魔力をボスの腹の下に集め、渾身の一撃を一本の杭にして突き上げた。
ギャン!
杭は見事に刺さった。
もうこれで俺の魔力は欠片も残ってないし、抵抗する術も無くなった。
ボスを殺せば群れは逃げ去ってゆくかもしれない。
その微かな期待にすべてを賭けた。
果たして、周りの雑魚ウルフが一斉に動く気配がした。
逃げる気配はない。こっちへ向かってくる。
ここまでか・・。俺は目を閉じた。
観念した時、シュタタタという音と、キャインキャインと鳴く悲鳴が聞こえてきた。
目を開けると、地面に矢が突き立っている。
ウオー!
喊声が聞こえて何かが向かってきた。
ブラックウルフの群れが離れていく気配がした。
味方か?敵か?
判断がつかない。身を起こすこともできないから、誰が来たのかも分からない。
誰かが俺の傍にかがみこんだ。
「おい大丈夫か?」
どうやら味方だったらしい。
整った顔の若い男だった。
「仲間が・・蔦にやられ・・助けて・・やって・・・くれ」
口を開くのも限界だった。
頑丈な小屋で誰にも崩せない。俺は小屋に込めた魔力を抜いた。
抜くだけなら触れずともできるし魔力も必要ない。
そこで意識が途切れた。
目が覚めた時、天井に蔦が這っていた。
蔦!?
リファの体に巻きついた蔦が脳裏を過って、攻撃されるかと思った。
俺は混乱して手に火球を作って投げようとした時、
「ちょいと!止めとくれ!」
女の声がすぐ後ろから聞こえて振り向くと青い髪の若い女性が立っている。
だれ?どこだ?ここは。
「何しようとしたんだい?寝ぼけて家を燃やす気かい?勘弁しとくれよ」
ぶつくさ言いながら水差しを俺の脇に置いた。
未だ混乱する俺に、寝床を叩きながら横になれと言ってきた。
「私はミト。この里の薬師兼治療師だ。あんたの連れは私が看てる。多分助けられるよ。安心おし」
水差しの液体を器に注いで渡された。
「リファはどこ?助かるって本当?」
俺はリファの事をまず聞きたかった。
それと天井の蔦のことも。ここは安全なのか?
「後でちゃんと話すからまずはそれを飲むんだよ」
前にベックから“知らない人から食い物をもらうな”と言われたことを思い出した。
俺はどうしていいか分からずしげしげとその液体を見た。
緑に濁って変な匂いがする。怪しい。
「何だい?ただの薬湯だよ。毒じゃないから安心してお飲み」
若いくせに年寄臭い話し方をする人だ。
「はやくしな!」
怒った。せっかちなのか?それとも、年より臭いと思ったのがバレたか?
俺は自分の中の毒を消すヒールを使える。
ひとまず飲んで、ヤバかったら浄化しよう。
そう決めて一口飲んだ。苦い・・
「全部飲むんだよ」
声に棘がある。怒りっぽい人なんだろな。そんなことを思いつつ飲み干した。
やっぱり二口目も苦かった。
「あんたのことはリファーヌから聞いてる。今は隣の部屋で眠っているよ。あの子は今パラサリアって厄介な寄生型の魔草に冒されてるんだ。足の骨に根っこが絡んでいてね、状況は良くない。でもね、時間は掛かるけど助けられる。詳しい話はあんたの傷が癒えてからだ。あんたも随分ひどい状態だからまずは自分の体を治すことに集中しな」
「まって。リファの顔を一目見たい」
「はぁ。言う事が同じとはね。あの子もあんたの顔が見たいって駄々を捏ねたのさ。あんた立てるかい?」
俺はすぐに立ち上がった。
「まったく、こっちだよ」
隣の部屋でリファは眠っていた。熱も引いているようだ。良かった・・
そっと頬に振れた。温かい。良し、ちゃんと生きてる。
「気が済んだらあんたも横になりな」
それからミトという女性は俺が何故ここで寝ているかを話してくれた。
黒狼とその死体が山ほど転がる火事の中から、里の若者達によって俺は助け出されたらしい。
狩でたまたま近くにいた所、黒煙を目にして駆け付けたら俺が倒れていたと。
里長始め、代表たちが俺の目覚めを待って話を聞きたがっていると言っていた。
それから3日間、俺はヒールを掛けて自分を癒した。
ミトは俺がヒールを使えたことに驚いていたけど、納得もしていた。
「あの子の足の傷を塞いだのはあんただったんだね。お陰で治療が楽だったよ」
なんてさらっと言って終わった。
俺がいる場所はエルフ族の村だった。
そう言われてみると耳は長いし美形だしで納得した。もう数千年も前からこの地で代々暮らしているらしい。
まさかエルフに助けられるとは。これも予想外のことだった。
リファなら魔境あるあるで片づけてしまいそうだけど。
そのリファは殆ど眠っている。
たまに目を覚ますから、その時に少しだけ話をした。リファは何が起きているか分かっていなかった。
弱々しいリファの姿に胸が締め付けられる。
「パラサリアってのは寄生樹なのさ。普通の寄生樹は寄生した獲物の養分を吸い上げて殺しちまう。だがね、パラサリアはちょっと違うんだ。寄生したものから意思を奪って操るのさ。操られた者が獲物を狩ってそれをパラサリアは養分にする。今回リファーヌは種子を撃ち込まれて寄生されたんだ。運が悪かったね」
リファーヌを見舞った後、ミトがそう教えてくれた。
「まぁ、そう深刻な顔をしないでもいい。助ける方法があるって言ったろ。私に任せときな」
ミトはそう言って俺を慰めてくれた。
怒りっぽくて、短気で優しい人なのだろう。
リファのことはミトに任せよう。きっと信頼できる人だ。
そう思わせる雰囲気がミトにはあった。
傷が癒えた俺は里長の屋敷に連れて行かれた。
この里の屋敷はどれも蔦が壁を這っている。
ミトの治療所は天井にまで這っていた。
エルフ族の伝統的な建築様式だろうか。
案内されたのは板敷きの集会所のような場所だった。
そこに4人の年寄と3人の若者がいた。
そして正面の板座にお爺さんが座っている。
全員青い髪、青い目をしている。
「里を預かっておるギリュじゃ。エウロの里へよく来たの」
「キースです。リファーヌ共々助けていただきありがとうございます」
「ハンターの者たちから黒狼が多く殺された現場にお主達はいたと聞いておる。お主の仕業で間違いないか?」
「はい、俺が倒しました」
「色々と聞きたい。まずは、何故あのような所にいて、おぬしはどこから来たのか。話してくれぬか」
俺はこれまでのいきさつを里長に一通り話した。話が長くなるので殆ど端折って簡潔に。
「ふむふむ。そうかえ、そうかえ。それは難儀なことじゃったの」
端折ったとはいえ、俺達の苦労が難儀の一言で片づけられてしまった。
それはそれでちょっとがっかりだ。
エルベス山脈の向こうから来たと言ったら、周りは驚いたり怪しんだりしているみたいだけど、里長だけは反応が薄い。
顔のしわと垂れ下がった太い眉毛で表情が実に読みにくいご老人だ。
「では、黒狼共との戦闘で止む無く森に火を放ったという事で良いかの?」
「・・はい」
「わしらはエルフの民じゃ。エルフは森と共に生きておる。森を慈しみ、森の恵みに与って暮らして居るのじゃ。故に、お主が森に火を放ったことは我らにとって耐えがたき悪業。本来であれば万死に当たる罪なのじゃ。それについて何か言う事はあるかの」
「・・生きるためとはいえ森に火を放ちあなた方にご迷惑をおかけしました。深く心より謝罪します」
「むむむ。これはまたあっさりと罪を認め謝ったものじゃな。もうちっと言い訳なりすればよい物を」
「いえ、言い訳はしません。罰も受けます。ですからリファーヌだけは助けてやっていただけないでしょうか」
「その者については安ずるでない。ミトに任せておけば良い。それよりもお主のことじゃ。里の者にはお主を糾弾する者もおる。しかしまた擁護する者も多い。故に判断をしかねておる」
里長はそれきり黙ってしまった。考えてるのかな?
表情が分からないから、眠ってるとしても分からない。
「長よ、森を燃やされたこと、確かに許せぬことであるが、黒狼共に大打撃を与えた事もまた事実。この先命を落とす筈の者が救われ、我らへの脅威も減った。そこは里をあげて感謝しても良い筈。ならば相殺という事でどうだろうか」
一人の若者が発言した。
「うむ。悪戯に火を放ったのではない。我らにも益のあったことじゃ。許してやらんか」
「それはそれ、これはこれじゃ。森に火を放って咎めなしなどあり得ぬわ。黒狼如き我らだけでも退治できたものを。余計な事をしてくれたに過ぎぬ。処罰は必要じゃ」
「いやいや、我らだけで討伐できんじゃったから、これまで多くの若い者が食い殺されたのじゃ。ここは里の英雄として迎え入れてしかるべきところだの」
喧々諤々と周りの者たちで長い議論が始まった。
かいつまんで理解したことは、数年前にブラックウルフが森の奥から大挙してやって来たらしい。それまで安全だった森がブラックウルフによって危険地帯に変わってしまった。
大勢のエルフの狩人が犠牲になり、今やエルフと黒狼で縄張り争いを繰り広げているという事だ。
そこに今回、俺が森を焼き、ブラックウルフに打撃を与えた。大きな群れのボス2頭を殺し、数十に及ぶ狼を殺した。これまで手を焼いていたエルフ族は一気に攻勢に出て縄張りを取り返すことができるだろうという。
「あの、俺でよければ討伐のお手伝いをします。それで許してはもらえませんか」
余りに話し合いが長くなりそうで、頃合いを見て俺から提案してみた。
「それはいかん。お主が討伐に加わればまた火を使うのであろう」
お。村長は起きていたようだ。
「いえ、他に風、土、水を使えます。火魔法以外で闘うので問題ありません」
「ならばなぜ、最初から他の魔法で闘わなかったのじゃ!」
さっきから俺の罪を声高に追及する老人の一人が大きな声を上げた。
「最初は他の魔法で闘っていたけど埒が明かなかったので仕方なく。魔力も少なくなり焦りもありました。火ならば怯えて逃げ去るのではと思って使ったのです」
「ふん、嘘つきの罪人の話など話半分にも聞けぬわい!」
「嘘つきとは?」
「エルベスを越えてきたなどという所から嘘だというのじゃ!なぜ、噓をつく。本当のことを言わぬか!」
・・・そこからだったか。信じてくれなくてもいいけどどうしよう。
「ほれ、黙り込んだ。嘘をついているからではないのか!」
こっちは若者。俺を処罰したいのはこの二人の様だ。
「いや、噓ではないですよ。信じてもらわなくても構わないと思っただけです」
「まぁまぁ、お主の荷物の白い毛皮。あれは見たことも無い魔物の毛じゃ。どこで手に入れた?」
「エルベス山脈近くの魔境深層に魔物の墓場のようなところがあって、そこで死んでいた大きなコングから剝ぎ取りました。ついでにいうと、背負い鞄は野兎です。普通のものよりサイズが3倍は違うかと」
「な!あんなにでかい野兎がいてたまるか!」
また話が止まってしまった。
今日の所は結局お開きとなり、また呼び出されるという事で俺は治療所に戻って来た。
早速リファの具合を見に行くとスヤスヤ眠っている。
まったく、可愛い寝顔だ。
「おや、戻って来たかい。里長の会見はどうだったい?」
「どうもこうもないですよ。俺の処罰を巡って意見が対立して話が進みませんでした」
「そうかい。実はこっちもちょっと問題があってね」
「リファのことですか?どんな問題ですか?」
「あの子に巣くっているパラサリアだが、芳しくないんだ。どうも特効薬の効果が薄くてね。効かないんだ。ここ数年、黒狼が出て奥地まで原料を取りに行けなかったからね、薬が古すぎて薬効が落ちてるのさ。少し奥地になるけど取りに行くしかないね」
「俺が行きます!」
シュタっと手をあげて立候補した。
「あぁ。あんたの連れの話だ。当然行ってもらうよ。ついでに薬草も採取してきて頂戴な。長には私から話をしておくよ」
翌早朝、長に呼ばれて里のハンターと呼ばれる人たちの紹介を受けた。
「キースよ、この者達がお主を救ったハンターの精鋭たちじゃ。我が里の食料・薬草調達を主にしておる。挨拶をしなさい」
昨日の若い青年の一人がいた。俺を擁護する発言をしていた人だ。
「キースです。先日は命を助けていただいてありがとうございました」
「俺はリーダーのリドルだ。これから向かう所は危険な場所だ。君の力も当てにさせてもらう。が、俺の命令に従ってもらうぞ」
他の面々とも挨拶をして早速出発となった。
余所者の俺は里の中を出歩かない。
だから里長の家から門までの道すがら、里の様子初めてを見ることができた。
「この里には400人のエルフが住んでいる。同じような里が魔境に点在していてしていて交流もある。ただ、どこの里も黒狼の被害が酷くてな、今回の大量討伐は皆喜んでいる」
「でも、森を焼いてしまったから皆さん怒っているのでは?」
俺は家々の前で俺達を見送る人々に目を向けた。
(特に怒っている風にも見えないけどなぁ)
「確かに少しはね。でも感謝している方がずっと多いよ。昨日君の罪を声高に叫んでいたのはヤニムとアシェドの親子だ。ヤニムは里長の座を狙っている。息子のアシェドを使って何かと文句を付けたり里長の足を引っ張るのさ。今回は里長が右と言えば、ヤニムは左ってね」
「面倒な話ですね」
「あぁ。面倒な奴等さ。あの場所は里からだいぶ離れているし、里への影響は全くない。だから君の処罰を本気で訴えている訳でもないだろうし気にしなくてもいい」
同行するメンバーは俺以外で12人。女性もいる。
アシェドも別のハンターのリーダーをしているらしい。
今回、リドルの組が黒狼退治の現場を発見したことからアシェドは嫉妬しているのだろうと教えてくれた。




