死線 2
翌朝、空が白み始めると同時に出発した。
一路北へ向かう。
昨晩はリファにヒールを掛け続けたけど回復する兆しはなかった。
リファは一度目を覚ましたけど、水を飲ませたらすぐに眠ってしまった。
高熱でうなされているリファを見ると居ても立っても居られない。
とにかく、少しでも早く移動して治癒師に見せるしかない。
それが俺の一晩考えた結論だった。
俺は魔力を込めた霧を薄く広く展開して魔境を駆け抜ける。
そこに、追いすがる魔物が現れた。
昨日の黄毒猿の群れだ。
仲間の仇を取りに来たのかもしれない。
木の上を並走してついてくる。
俺はリファを背負っているから攻撃がままならない。
かと言って、石小屋に籠城していたら時間が勿体ない。
俺は片手でリファのお尻を支えて、片手で飛びかかって来た奴に火矢を放った。
ギャッ!
走りながらだとどうしても精度が悪い。倒し損ねたけど怪我を負わせた。
次々と視界に入る黄毒猿にバレットを放った。
当たらない!
それをからかう様に黄毒猿は樹の上から近づいたり離れたり、トリッキーな動きで翻弄してくる。
爪に毒がある。ほんの少しでも引っかかれるわけにはいかない。
もう完全に四方の頭上を取り囲まれた。
こうなると背中のリファが危険だ。
俺は一旦リファを地面に下ろすと石小屋を造った。魔力をかなり込めて頑丈に頑丈を重ねる。
覗き穴を空けて、狙撃開始だ。
ガゴン!ガゴン!
黄毒猿は樹から小屋に飛び降りて一撃を入れるとまた離れる。
飛び移るところを一匹一匹狙い撃った。
20匹も殺っただろうか。まだまだ気配がある。何匹いるのか想像もつかない。
種族意識が強いのか、黄毒猿は仲間がいくら死んでもこちらへの敵意を失わない。
全滅覚悟で挑んできているのか?
俺の方は魔力が増えて十分余裕がある。
一撃の威力も上がった。
近づくものを次々撃ち倒す。
ドッゴーン!
びっくりする轟音と振動に石小屋が震えた。
天上からだ。
ドッゴーン!
まただ。これ程の威力はボス的な奴か?
俺は天井に覗き穴を空けると、一匹の猿が穴を覗いてきた。
ムキー!
攻撃を仕掛けたところで、一声叫んで姿が消えた。
ドゴーン!
今度は側面からだ。
そっち側の穴を覗けば一回り大きな猿が威嚇に牙を剥いてムキームキーと騒いでいる。
ボス猿らしい。
俺が安全な場所に籠って仲間を倒すことにイライラしているのか?
フェアじゃないとか?
なんて猿の気持ちを考えてしまった。
黄色い尻尾をおっ立てて、尻を見せて、飛び上がって胸を叩いてこちらに出て来いとまるで挑発しているみたいだ。
そんな安い挑発には乗ってやれない。
俺はバレットで狙い撃った。
ボス猿はさっと避けてまた挑発を繰り返す。
ムキームキー!
それを何度も繰り返すことになった。
まるで“臆病者!さっさと出て来い!俺と勝負しやがれ!”と叫ばれているみたいだ。
俺だってさっさと小屋から出て先に進みたい。こんなところで時間を食ってる場合じゃない。
一対一の勝負なら石小屋を出て相手してもいいけど、群れの中に出て行けば即囲まれて毒爪で削られてしまう。
出る訳にはいかない。
ムキームキームキームキー!!
他の猿も同調してかなりうるさい・・・
俺は周りの取り巻きを一匹撃った。
ウキー!
ボスの一声で周囲の猿が後ろへ下がった。
そしてボスが一匹前に残った形だ。
“これで出て来られるだろ?”みたいな顔をしている。
全部俺の推測だけど。
他の覗き穴から外を見ると周囲に囲んでいた猿はいないように見える。
俺は、薄い霧を出して周囲の気配を探った。
ボス猿とその後ろの黄毒猿以外はいないようだ。
その確認をして、石壁の一部を壊した。外に出てまた壁を閉じた。
外に出て戦うのは不本意だけど、さっさとケリをつけて前に進みたかった。
その様子をボス猿はじっと黙って見ている。
ウキー!
一声吠えると後ろの取り巻きが更に下がった。
目が怒りで座っている様だ。
巣を襲った俺達が悪い。確かにそうだけどここで死んでやるわけにはいかない。
俺が死ねば、リファも死ぬ。絶対に負けられない。
俺は一撃で勝負をつけると決めた。
両手に魔力を集める。
両腕を突き出して放とうとして標的を見失った。
左横に何か圧を感じて左腕でガードしつつ右に飛んだ時、左腕を巨大なハンマーでも叩きつけられた様な痛みを感じた。
吹っ飛ばされてゴロゴロ転がって木の根っこに引っかかって止まった。
左腕に身体強化を掛けていたから骨は折れていない筈だ。でも痺れて自由が利かなくなってしまった。
顔を上げると、ボス猿が両こぶしを突き上げて吠えている。
ウキー!
“どうだ!俺の力を見たか!”とでも言わんばかりだ。
周りの黄毒猿がウキキウキキと囃し立てている。
言葉は分からないけど、まるで傭兵時代に見た光景だ。
こいつら人間と大して変わらないんじゃないか?
俺は立ち上がって、左腕を見た。けがはない。つまり毒は回っていない。
助かった。
杖を取り出して、魔力を込める。
一瞬で霧が覆い、俺の姿を隠した。
ムキー!
俺はボス猿の周りに石杭を打ち出した。
しかし、それを躱したボス猿がこっちに高速で突っ込んできた。
ドガン
今俺のいた場所に正確に拳を叩きつけた。
俺は横っ飛びで避けたけど、霧の粒子の動きで俺の居場所を悟ったみたいだ。正確にこっちに突っ込んでくる。
逃げるしかないから足を動かして逃げ回っているけど、このままじゃジリ貧だ。
勝負に出ることにした。
足を止め、一瞬で魔力を溜めて放った。
「雷撃!」
放った先は霧。
以前、霧の使い方をあれこれ考えたことがあった。確かベックと別れた直後、オーガと戦った日の夜だ。
魔力消費が激しいから、実践で使ったことはない。でも、今の状況はうってつけだった。
俺の魔力に満ちた霧に雷撃を放つ。
すると、霧の水粒子に触れている者に雷撃が通る。親和性100%の俺の魔力だ。俺の魔力だから俺自身に影響はない。
欠点はリファがいると使えないってことだ。
それとかなり分散するから倒すことは難しい。それでも動きを止める位はできるはずだ。
果たして、ボス猿は動きを止めた。
そこに、ロックパイルを撃ち込んだ。
キギャーッ!
ボスは身体中を地面から生えた石杭に貫かれた。
背後にいる黄毒猿の群れに石榴弾をばらまく様に撃ちまくった。
ボス猿の背後に集まっていたからまとめて掃討する。
動く気配が無くなって俺は霧を霧散させた。
「終わった」
すぐに石小屋を解体してリファの状態を確認する。
まだ生きている。苦しそうな表情で眠っている。
一安心だ。
そして左腕のヒールを掛けて、リファを背負うとまた走り始めた。
黄毒猿との戦いで結構魔力を消費してしまった。
もうこれ以上厄介な魔物に出会わない様にと願いながら走り続ける。
しかし、俺のささやかな願いは裏切られた。
「こんな時にクソ!」
ブラックウルフが周りに集まって来た。
とことん相性の悪い魔物だ。俺の中で大っ嫌いな魔物のダントツ一位だ。
俺は走りながらバレットを放ちまくった。
「キース・・私どうしちゃったの?」
振動と騒音のせいか、リファが目を覚ました。
「今、ブラックウルフに囲まれている。絶対守るからリファは安心していいよ」
「なんか、私、足引っ張てるみたいね。無理しないで。私のことは見捨ててもいいから」
「そんなことしない!」
死んでも見捨てる訳がない。
こんな状況で喧嘩もできないからそこで話は終わった。
それでも状況は変わらない。ブラックウルフは執拗に俺達を追いかけて来る。
数は50匹くらい。しかも個体が一々大きい。普通の森ならすべてボスになれる。
普通は20から30匹で群れるのに、やたら数が多い。
そこに前方から別の群れが現れた。
それもブラックウルフだ。
ガオーン!ウオーン!
吠え合って牽制し合っているのか?
群れ同士で争ってくれたら非常にありがたい。
と思っていたら連携してきた。とことん状況が悪い方へと悪化していく。
さすがに行く手を阻まれたら足を止めるしかない。
俺は大木を背にしてリファを庇った。念のため、土壁を築いて後ろからの襲撃に備える。
遠巻きに、二つの群れが俺達を中心して円を描く様に取り囲んだ。
俺はそこにバレット放った。
何匹かには当たったけど、怯む様子も撤退もしない。
「俺とリファなんて大して腹の足しにもならないだろうに。一体何なんだ!もっとでかい獲物を探せよ!」
一人怒鳴りながら風刃とバレットで攻撃を続けた。
あちこちにブラックウルフの死体が転がっている。それでも引くつもりはないらしい。
「今ならあっちに黄色い猿がいっぱい死んでるぞ!俺らより食い応えがある筈だ。そっちに行けよ!」
気休めに怒鳴ってみる。ま、通じる訳がない。
こんなところで死ぬつもりはない。死ぬならとっくに死んでいた筈だ。あともう少しなのに!
でも困った。先に進めない。俺一人で突破するしかない。
俺は再び堅固な石小屋を造ってリファが襲われないようにした。
俺は一人、小屋を出る。小屋の前に待ち構えるように十数匹が目の前にいた。
一斉に飛びかかって来たところを俺もバレットを浴びせるようにして撃ちまくった。
キャイン!キャイ~ン!
犬みたいな悲鳴上げやがって。だったら犬みたく大人しくしてやがれ!
遠くにいる体の大きなボスに向けて火矢を放った。
爆散して良く見えなかったけど、多分当たっていない。それでも俺が危険な相手だと認識させれば引くかもしれない。
俺は体をくるくる回しながら全周囲に向けてバレットを放つ。
どうやら、攻撃部隊と待機部隊といるらしい。
待機部隊は後ろでうろうろしているだけだ。
攻撃部隊を全滅させれば逃げるかもしれない。
何匹かが、石小屋に取りついて牙と爪を立てているのが見える。
でも絶対に入り込めない。一生やってやがれ!
痛い!
石小屋に気を取られて足元の死体につまずいてしまった。
そこを背中を引っ掻かれて倒れそうになった。
何匹も同時に飛びかかって来た。
俺はしゃがんで石槍を20本地面から突き出した。
たったそれだけで10匹以上も杭に貫かれた。
火なら恐れるか?
なら、これでもくらえ!
爆散型の火球を複数作り出してまき散らすように連射する。
足元に転がる死体が邪魔で動きづらい。
俺は移動しながらバレットを撃ちまくる。撃ちまくりながらボスの位置を探した。
群れの背後でのうのうと高みの見物かよ!
「ファイヤーアロー!」
上空に向けて魔力をたっぷり込めた火矢を放った。
それを急旋回させてボスの上空から地面に向ける。
「爆散!」
数十と別れた細かい火矢がボスのいる場所を中心に地面へ突き刺さった。
トロール戦の後に、魔力の把握と並行して開発した技だ。仮想敵はブラックウルフ群れ。
まさに今が使い時だった。
キャイン‼キャイン‼キャイ~ン‼
これは不意打ちになってまとめて倒せたはずだ。
ただ、弊害がある。辺りが火に囲まれて酷い事になってしまった。
いずれ勝手に鎮火するだろうけど、中々の山火事だ。
視界が悪過ぎる。
黒煙の向こうから、ブラックウルフは次々と襲ってくる。
これはヤバイ。
殆ど反射神経だけで闘っているようなものだ。
風を吹かせて黒煙を吹き流す。
視界が開けたところで、周りはブラックウルフばかりだった。
まだこんなにいやがるのか。なんて思う間もなく一斉に襲ってきた。
俺は近くの木の枝に飛び移った。
はぁ。はぁ。
いい加減息が切れた。
木の上から火矢で狙い撃つ。牙が届かないと悟ったら一斉に距離を取って離れてしまった。
厄介だ。
さっきから一向に数が減った気がしない。
俺は再び、地上に飛び降りた。そして移動を始める。
煙が邪魔だし、転がる死体も邪魔だからだ。
すると一斉に襲い掛かってくる。
「ロックパイル!」
攻撃と足止めを兼ねて全周囲に石杭を突き出した。何匹も石杭の餌食にしてやった。
すぐに魔力抜いて石杭を崩すと今度は石榴弾の連射を浴びせる。
シュバババババ
キャウン!キャウン!
バタバタと倒れるくせに一向に怯まないし群れは引いていかない。
こいつらは一体何なんだ?
考える間もなく次から次へと飛びかかってくる。
俺の苦手な接近戦だ。
ここまで密集して数がいると、さっき使った霧の雷撃魔法を使いたいところだけど、今は周囲の温度が高すぎて霧は発生させられない。
「ファイヤーアロー」
「ロックパイル」
「ストーンバレット」
「ウィンドカッター!」
もっと広範囲に効率的な技があった気がしたけど考えてる暇がない。
思いついた魔法を次から次に放つだけだ。
さすがに疲れた。そろそろ魔力も残り少ない。
でも、何かおかしい。こんなに倒しているのに数が減らない。
一体何匹いるんだ?
でも、倒すしかない。魔力が切れる前にとにかく倒しきるんだ!
バレット!バレット!バレット!
クラっと来た。
いよいよ魔力が尽きそうだ。黄毒猿との連戦だ。良くここまで戦えたと思う。
俺は腰から短剣を引き抜いて構えた。
残念だけどここまでだ。
これ以上は俺が倒れてしまう。そしたらリファも道連れにしてしまう。
一度リファのいる石小屋に戻って魔力回復を図るしかない。
俺は飛弾系魔法を撃ち止め、足と腕に身体強化魔法を掛けた。
そして、群れるブラックウルフに突っ込んでいった。
ここからは襲い来るブラックウルフを切り飛ばしながら一直線に駆け戻る。
だけど、俺の思惑通りには進ませてくれない。
樹上を走りたいけど、樹は火が燃え盛っている。
次々と躱して、斬り伏せて、走って、走って、つまづいた。
その隙をついてまた飛びかかって来る。
魔物のくせに、見事な連携で俺の体に爪を立てられた。
噛まれなかっただけマシだけど、腕も足も背中も爪で裂かれて血まみれになってしまった。
それでも、俺は走り抜いて石小屋の近くまでたどり着けた。
黒煙を風魔法で払って隙を見て小屋に入るだけと思ったけど、小屋の前にボスウルフが立ち塞がっている。
まるで、俺の思考を読まれて待ち伏せられたかのようでイラっとした。
それでも、さっき爆散の火矢でもう一匹のボスウルフは倒せたのか?
このボス一匹でまだよかった。
前にボスウルフ一匹。周りに数十匹のブラックウルフと炎と煙。
残り僅かな魔力で斬り抜けられるのか?
圧倒的に不利な状況は理解した。
可能性があるとすればボスを倒せば雑魚ウルフは去ってゆくかもしれない。
俺は風刃を複数一度に放った。
ボスは分かっていたようにサッと避けてひと吠えした。
周りにいたブラックウルフの内5匹が出てきた。
こいつらが相手だと言っている。
これで俺の勝ち目は随分と下がった。
5匹が同時に襲ってきた。それを横に転がって回避しながら短剣を振るった。
短剣は空振り、俺は5匹の輪の外へ抜けた。
そこからは乱戦になった。
と言っても俺一人が圧倒的に不利な戦いだ。ウルフは牽制と攻撃の連携を取って来た。
魔法が使えればまだしも、今使ったら魔力切れで気を失う。
だから、せいぜい身体強化魔法位しか使えなかった。
苦手な近接戦闘な上に、あちこちに転がる死体で足場が悪い。
煙で視界が遮られ呼吸もしづらい。ただでさえ激しく動き回って暑いのに、火事で周囲の温度も高い。
ここは闘える環境じゃない。
一か所、また一か所と引っ掻き傷が増えて行く。
一匹だけは足を切り落として無力化したけど、そこが俺の限界だった。
ゼーハー
ゼーハー
満身創痍になってしまった。
息が苦しくて立っているのもやっとだ。
身体を支える力さえ入らない。足が疲れで震えている。
そう言えば昨日はリファの看病をして徹夜だった。それに走り通しだった。
それで体力の消耗が激しかったのか。
それでも絶対に負けられない。
俺は踏ん張って剣を構えると、引っ掻かれて転がされた。
また立ち上がる。そこを引っ掻かれて転がされる。
その繰り返しだ。
ついに、体力も尽き、膝を付いて立ち上がれなくなったところで、体当たりされて吹き飛ばされた。
大の字になって動けない俺の眼前に、鋭い牙を剥いた大きな口が広がった。
そして、俺の首にゆっくりと太い牙が突き立った。




