死線 1
さっき喧嘩したけど、危機は去ったし美味しい肉を食べて機嫌が治って良かったよ。
ミルケットの首飾りは残念だったけど、リファの表情を見る限り気にしていないみたいだ。
俺達は、北の魔境に向かって歩き出した。
魔境を抜ければ今度こそジルべリアだ。
それが嬉しくてつい顔がほころんでしまう。
「キース、魔境に入る前にさっきの事きちんと話そ」
浮かれている俺にリファが問題をぶり返してきた。
「もう終わったことだよ」
「まだ終わってないよ。これからまた魔境を抜けるんだよ。何があるか分からないから、きちんと話をしておきたいの」
リファが歩みを止めた。
仕方なく俺も止まる。
「キース。私を一人にしないって約束守る気はないの?」
「生きるか死ぬかの瀬戸際で、一人だけ助かるとしたら俺はリファに生きて欲しいって思ったんだ」
「私はキースに生きて欲しいって思ったよ」
「リファは、俺の旅に付いてきてくれてすごく感謝してる。だから、旅の途中でリファを絶対に死なせないって俺は決めたんだ」
「私だってこうして旅に連れて来てくれてすごく感謝してる。でも、この旅はキースの旅なの。目的があるのも行く場所があるのも待っている人がいるのも全部キースで私じゃない。だから、どちらかがって状況になったらキースに生きて欲しい。それが嫌ならキースは勝手に死ねばいい。私もすぐに後を追うから」
「リファが死んだら意味がないんだ!」
「キースが死んだら意味がないの!」
俺とリファは高原の真ん中で睨み合った。
「キースは私を見捨てられないし見殺しにできない。違う?」
「あぁ」
「だったら、キースにもできないことを私にだけ押し付けないでよ!私だってキースを見捨てるなんてできないんだから!」
返す言葉がない。リファの言う事は正論だ。
でも、ここは引き下がれない。
そんな事納得したら、今度こそリファまで命を落とすことになるかもしれない。
リファを俺の旅の犠牲者にするわけにはいかない。
「分かった。この話は保留にしよ。多分永遠に結論が出ない。いつかベックに会ったらどっちが正しいか判断してもらおう」
「むぅ。魔境に入る前にキースにしっかり分かってもらいたかったのに。でも、いいわ。ベックに意見を聞くってのは賛成。それまで絶対に死なないでよね」
「リファーヌもな!いや、リファは俺が死なせないけど」
そんな話で落ち着いて、魔境の手前で野営をした。
翌日、朝から体が変だった。
力が溢れるというか、魔力が暴れるというか。
「キース。私、体がなんかおかしいの。魔力が制御できない」
「俺も。やっぱ昨日食べた毛グルミのせいかな」
「多分ね」
俺は肉を食べた直後に、一気に魔力が溢れて気力が漲ってくるみたいなことを勝手に想像していた。
だから、そうならなかったという事は外れだったと思い込んでいた。
ところが、翌日にこんなに力が溢れてくるとは。時間差があるにも甚だしい。
「きっと、食べた物は翌日う〇こになる様に、あの肉は魔力になったんだよ」
これはリファの便だ。間違えた。リファの弁だ。
その日、身体の異変を感じた俺達は、魔境へ入るのをやめた。
二人で瞑想して丹田で暴れる魔力の制御に没頭した。
その作業は5日も掛かった。
日頃から魔力制御をしていたからこんなもんで済んだと思う。
もし、慣れてない人だったらどうなっていたことか。
一説によると魔力の暴走が起きた人間は、発狂するとか、人でない何かに変わるとか言われている。
前にベルナルデが言ってた。
そして、この魔力の暴れ具合は何が起きてもおかしくないと思う。
例えば、毛グルミに生まれ変わったとしてもだ。
リファが毛グルミになってしまったかもしれなかったんだぞ!
あの白ドラゴン、とんでもない危険物をサラッと寄こしやがって!
ちゃんと説明しろよな!危ないじゃないか!
まぁ、今更文句を言っても仕方がないから、俺達はいよいよ魔境へ踏み込むことにした。
この辺りも魔素は濃い。でも、もう慣れてしまった。
霧を周囲に漂わせて慎重に進む。
モルビア側と植生は違ってこちらは針葉樹が多い。
半日歩いたところでトロールに追いかけられた。
このトロールは12メトルの巨人だ。
霧を纏わせていたのに、その霧に興味を持ったのかわざわざ追いかけてきたのだ。
やみくもに逃げて別の魔物に遭遇するのが嫌で仕方なく戦うことにした。
霧を晴らして姿を見せる。
トロールは驚いた表情で俺達を見た後、喜悦を浮かべて武器を振り下ろしてきた。
頭の悪そうな顔で、腰巻もつけていない。
右手に手頃な木の幹を握っていた。
リファが火球を放つと、トロールの胸に直撃して上半身を吹き飛ばした。
「え?」
リファが驚いている。
「キース。私いつもと同じ魔力で放ったつもりだったけどすごく大きな火球になった。それにすごい威力」
「俺も撃ってみる」
俺も通常の魔力を込めて火球を放った。
トロールの下半身が消滅した。
リファよりも更に大きく、激しく燃えて。明らかに過剰な魔力をつぎこんだ攻撃だった。
「これって、俺達の魔力量が跳ね上がって増えてるみたいだね。それに魔力の濃度と言うか、質が上がってレベルアップしたみたいだ」
「魔力量が増えたのは何となく理解できるけど、濃度?が上がったらどうなるの?」
「同じ魔力量で以前より貫通力が上がるとか、高温になるとか、切れ味が良くなるとか。良い魔法師は皆魔力の質が良いって前にベルナルデから聞いたことがある」
「じゃ、私たちやっぱり強くなったんだね!仙人のお肉の効果ってすごい」
「うん。だけど、完全に自分の実力を見失ってるよ。きちんと把握しておかないと」
「そうだね、魔境にいる間に頑張って把握しようよ!」
一つの火球を打ち出すのに、紡ぎ出す魔力とイメージが一致していればいい。
でも、今回俺達二人とも、イメージに対して魔力を籠め過ぎてしまっている。
それはそれで問題だ。
早いうちに矯正する必要がある。
もはや、倒したトロールのことは完全に忘れてしまっていた。
これまでずっと下り坂が続いている。
針葉樹の多かった森も広葉樹に変わった。
時には崖の上に出て回り道を余儀なくされたりしながらも順調に距離を稼いでいた。
たまに魔物を狩って魔法の威力を確認しながらだ。
魔力量が増えたことで新しい技も思いついた。それも試しながら進んでゆく。
魔境に入ってから初めて楽しいと思える日が続いた。
移動しながら他愛無いお喋りをする余裕も出てきた。
12日後、魔境の中心部に入って大型の魔物が見られるようになった。
数種類の地竜、大陸亀、ベヒーモスにギガトレント。
かつて図鑑で見て興奮した記憶のある本物達が目の前を闊歩していた。
巨大種が多いため、ここは草原の様に開けている。
霧を纏った俺達などすぐ目に付くだろうに、それでも俺達には目もくれない。
そして旅は続き、その日巨大な滝の上に出た。
広い川幅。膨大な水量が崖下に向かって勢いよく流れて行く。
目測で4~500メトルの高さはありそうだ。
「ここを降りないといけないの?」
リファが不安そうな顔をした。
「無理だよ。別ルートを探そう」
崖沿いを降りれられそうな場所を探して木々の中を歩きまわった。
崖は断崖で途中に木が生えていない。
せめてもう少し傾斜していないととても降りられない。
ゲエェー
聞いたことのある鳴き声が聞こえてきた。
崖がワイバーンの営巣地になっているようだ。
その場をさっさと離れることにした。
回り込み始めて5日。やっと木々が密集して降りられそうな場所に出た。
だけどそこも難所だった。
上から見下ろすと、イエローポイズンエイプの巣だ。
通称“黄毒猿”。
ブラッディエイプの上位種とも言われるこの猿は、身体能力や特徴はブラッディエイプそのままに加えて、爪先に毒線を持つ。引っ掻かれた場所の肉が溶ける厄介な毒だ。
さらに高い知能を持つとされている。
群れ単位でギルド認定ランクA。できれば相手にしたくない。
「どうする?」
リファに一通り情報を話して意見を聞いた。
「うー、なんでこんなんばっかかなぁ。気づかれないようにこっそり降りる方法ってない?」
「ないよ。自分の縄張りに余所者が入ってきたら嫌でも気づくよ」
「むぅ。あ、そういえば、私達って魔力量と質が上がったじゃない。それで身体能力ってどうなったのかな。まだ試してないでしょ?もしかしたらすごく早く動けるかもよ!」
「確かに!まだ試してない。確認してからもう一度考えよう」
崖を降りるためには、木から木へ飛び移る必要がある。
樹上で黄毒猿に勝てるとは思わないけど、自分たちがどれほど動けるのか知ることは重要だ。
森の中、身体能力を強化して俺達は木に登った。
そして枝から枝へ飛び移った。
これは行けるかも。
重力から解放されたかと思えるほど俺達は素早く動けた。
まさに猿になった気分だ。
「まさか猿の気分を味わう日が来るなんて・・」
リファはあまり嬉しそうじゃなかった。
以前バキュームカズラに吸い込まれそうになったことのある俺としては複雑だ。
(猿ならまだいいじゃん。俺なんてネズミの気分を味ったんだぜ・・)
3日間、身体能力を部分強化したり全身に掛けたりと色々試しながら動きの速さに感覚を慣れさせた。
巨木の頂上部から地上までの速さを競った時は白熱した。
何しろ、リファが“負けた方は勝った方のいう事を何でも聞く事”なんてルールを作ったからだ。
最初は俺が連勝した。
「じゃ、今夜の飯係をよろしく」
「明日の朝飯もよろしく」
「う~ん、じゃあ何か歌って」
俺がリファにしてほしい事なんてそんなもんだ。
ところが、リファはむきになって頑張った。
そして、初めて負けた時のリファの命令は、「私のホッペにチューして」だった。
さすがに恥ずかしくてうろたえたよ。
顔が真っ赤だと笑われて、言われることも恥ずかしくて俺は本気で頑張った。
でも、リファは風を操ってメキメキ上達する。
途中からはどうしても勝てなくなってしまった。
俺も風を操っているけど、リファの速さに追いつけない。
そして、リファのおませな命令に顔を赤くしてうろたえる俺。
ベックが前におませなリファを軽くあしらっていたことを思い出した。
(これは早くベックに会ってリファのあしらい方を教えてもらわねば・・)
ベックに会いたくてたまらなくなってしまった俺だった。
そんな訳で、俺達は黄毒猿の営巣する断崖の森へと飛び降りた。
この時間帯、オスは巣を離れて狩に行っている。
巣を守るのはメスだ。
突然の俺達の乱入にメスたちは混乱したけどすぐに向かってきた。
毒爪で傷つけられるわけにはいかない。だから接近戦は絶対避けなくては。
俺は火矢を空中に向かって放ち、操作してだいぶ離れたところに着弾させた。
まるでそちら側がにも敵がいて攻撃を加えているように見せかけたのだ。
ウキーウキーと黄毒猿が混乱する中、下からメス猿が数匹向かってくる。
リファが風魔法で枝を大きく揺らし、動きが鈍ったところを風刃で切り裂いた。
枝の僅かな隙間を抜けて風刃を狙い通り命中させるリファはすごい。
俺にはあんな細かいことはできない。俺なら枝ごと敵を斬る。
リファの魔法はこの数日間で間違いなく成長している。
俺も負けてはいられない。側面から向かってくる猿に向けて大量の魔力を込めて暴風を叩きつけた。
ウキー!
猿達が吹き飛ばされてゆく。
そして俺達はぴょんぴょんと枝から枝へ飛び移って遂に地上に着地した。
地上には数匹が落ちて死んでいた。
巣を荒らしたのは俺達だからちょっと申し訳なく思うけど、致し方ない。
すぐにその場所から離脱を始めて全速力で北へ向かった。
ただ、俺達の快進撃もここまでだった。
難所を抜けたからと言って気を緩めたわけではない。
しっかり周りも見えていた。それでも、リファが倒れてしまった。
俺達は黄毒猿の崖を降りてから全力で走っていた。
気付けば地面が荒れて魔物の骨が転がる一帯に差し掛かっている。
「リファストップ!」
俺達は辺りを観察してそこが地中に潜む魔物の巣の上と判断した。
近くの木の上に登って上から枝を落とした。
ボンッ!
地面が爆発した。
そして木の根のようなものが這い出して枝を地面に引きずり込んでいった。
すぐにエサでないと分かったのか、枝は吐き出された。
地雷樹の根っこだ。
これは地上を行くのは危ない。俺の霧でも感知できない。
俺たちは樹上を駆けることにした。
だけど、先を進むリファが突然足を踏み外して落下した。
いや、踏み外したのではなく、枝に躱されたように見えた。
よく見れば、その木はごく普通のトレントだった。
このタイプのトレントは枝や蔦を鞭の様に振うだけが取り柄の筈だった。
ところが、そいつは種子を飛ばした。
それも普通の種子ではなかった。
空中でリファの太腿に当たると、肉の中から発芽して地面に落ちるまでにリファを蔦でくるみ始めた。
ほんのわずかな時間だ。
リファを養分にして成長してやがる。
俺は反射的にそのトレントに火球を投げつけ一気に燃やした。
土壁で周りを囲うとリファに巻き付く蔦を引っぺがして、患部から根を引き抜いた。
リファはというと、既に意識を失っている。
そして、リファの足は毒に冒されていた。
どんな毒までかは分からない。
患部を中心に足が紫色に変色してゆく。
すぐに毒消しのヒールを掛けた。
変色の広がりは止めることができた。でも治らない。
多分、特殊な毒だ。
俺は魔力をリファの患部に流して異物を探った。
そこで分かったのは、リファの大腿骨に根が絡まっているという事だ。
それを取らない限りリファは苦しむ。場合によっては死んでしまう。
俺はまたしても途方に暮れた。
リファの足を切り開いて骨を露わにして根を取り去るか?
そんな技術は俺にはない。
ならば急いでジルべリアの街へ連れて行って治療師に見てもらうか。
それで間に合うのか?
もし、治療法が無かったら?
ここにいても危険なだけで、留まる意味もない。
でも、行く当ては遥か先のジルべリアのどこかの街の治療院だ。
何週間、下手したら何ヵ月も掛かってしまう。
俺はリファを背負って移動することにした。
その前に、倒したトレントから魔石を回収しとく。何故か大小の二つ転がっていた。
これが治療のヒントになるかもしれない。
たまたま目に入ったから気になっただけなんだけど、可能性は少しでも取っておきたかった。
俺は、なるべく揺らさないように、そして素早く駆け抜けた。
リファはまだ意識が戻らない。そして、急激に熱が上がって苦し気な呼吸をしている。
「リファ頑張れ!必ず俺が助けるから!頑張れ!」
何度も語り掛けて意識に訴えたけど、目を覚ましてはくれなかった。
夜、真っ暗になってから野営に入った。
少しでもジルべリアに近づきたかったからだ。
でも、夜も移動して進もうとしたけど無理だった。
今の俺では、夜の魔境は余りに危険すぎた。




