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スノーマンとサリフェリュジア

 俺達は遂にエルベス山脈の頂に立った。

 その北側には、夢にまで見たジルべリア王国が一望できるはずだった。


「う、うそだろ・・」

 でも、そこに広がっていたのは絶望の景色だった。


 北に広がるのは、山、山、山だ。

 山の向こうにまた山が見える。その先もそのずっと先もだ。

 山頂を白く染めた山々が幾重にも重なって、見渡す限り、果てしなく、西も東も北も全部、とにかく山しかない。


 思わず膝を付いた。

 信じて頑張って苦労してやっと辿り着いたのは、一つ目の山の上だったなんて。


「キース・・」

 リファも言葉が出ないようだ。

「リファごめん。俺てっきりこの山の向こうはジルべリアだと思い込んでいた。まさかここまで山が深いとは・・」


 戻るにしても戻りようがない。

 食料だって補充しない事には、干し肉が残り少ない。


 絶望の二文字が頭に浮かんだ。


「キース。諦めないで。魔境が想像もつかない場所って知っていたでしょ。さすがにちょっと驚いたけど、これも魔境あるあるの内の一つなんだよ」

「でも、どうすればいい?戻るにも進むにしても、さすがに食料がない」

「そんなの何とかなるよ、きっと。信じて進めば何とかなるって。ベックがそう言ってたじゃん。諦めちゃダメ。とにかく限界まで進もう。それで駄目ならその時に考えよう」


 リファに元気づけられて俺達は出発した。

 東へ向かう。西は谷が山に深く切れ込んでいたから多分通れない。

 北は見た目で降りられない。もと来た道も下りとなると降りられない。

 残るは東。

 稜線を歩いて降りられそうな場所を探すことになった。


 俺が挫折して心が折れるとリファが必ず励ましてくれる。

 リファに心から感謝しているけど、それだけにこの状況が情けない。


 長く続く稜線をゆっくり進んでゆく。

 ここは、雪が深すぎて早く歩けないからだ。


 腰の位置までならまだしも。深いところは身長を越えてしまう。

 それを魔法で凍らせて鋲付き仕様のブーツで慎重に進んだ。



 稜線を歩き始めて10日以上が過ぎた。

 未だ、降りられそうな場所は見つからない。

 吹きさらしの風は強く冷たい。

 兎の毛皮に白コングのマントでも寒さが堪えた。

 

 チビチビと節約してきた干し肉も二日前に無くなった。

 昨日も今日もお湯しか口にしていない。

 さすがにリファの目からまた光が消え始めている。


 そこに、天の恵みが現れた。


「リファ。あれ見て。あれ魔物じゃないかな」

 前方約500メトルの稜線の上。

 こんもりした雪の塊かと思ったけど、動いている。

「なんだろう。魔物なのかな」


 そいつは確かに動いてこっちへ近づいてきている。

 全身真っ白だから、遠目にはもそもそ動いているようにしか見えなかった。

 けど、近づいたら四つ足の魔物と分かった。

 深い雪をものともせずに雪を巻き上げて直進してくる。


「リファ戦闘だ!」

 俺達は横に並んだ。

 ここで魔物を倒して食料を手に入れなければ!


 ここは稜線と言っても大きな山だけあって幅が広い。

 動ける範囲は20メトル以上ある。

 ただし、端の方はいつ雪崩れるかも知れないけど。


 接近戦はまずい。

「旋風刃!」

 リファが初っ端から大技を出した。

 白い魔物は旋風に巻き込まれてズタズタに切り裂かれるはずの所が、何事もないように向かってくる。

「アイスバレット!」

 土も石もないから、ここは氷榴弾しか撃てない。


 でもそいつは直撃しても意に介さない。

 タフな奴だ。

 そして、10メトル手前で立ち止まった。


 GYUOooo


 二足で立ち上がり吠えたそいつは、白い毛で全身が覆われた何だか分からない魔物だった。

 毛の長さが3メトルを越えている。

 “毛グルミ”みたいなネーミングがぴったりだ。

 体高5メトル。立ち上がると10メトル。でかい。


 腕を前に突き出すと魔力の高まりを感じた。

 慌てて俺は氷の壁を作り出す。


 ドガガガガガガガ!


 アイスボールが凄い連射で飛んできて、氷壁を削っていく。

 俺は更に壁を追加した。


「ファイヤーボール!」

 リファが火球を放った。

 それは片手で弾かれてしまった。


 こいつ火魔法にも強いのか?

 俺も粘着質の火矢を放った。これなら弾かれてもまとわりついて燃やし尽くす。

 ところが、まとわりつくまでは良かったけど、すぐに消されてしまった。


 毛グルミは全身を目に見える程の濃い魔力で覆うと、俺の魔力は勢いを無くして霧散してしまった。

 魔力が陽炎の様にゆらゆらと立ち上っている。


「何こいつ!魔力が桁違いみたい!」

「氷杭!」

 氷の杭を打ち込んでも、刺さらない。

 火魔法も効かなかった。


「魔力弾!聖光弾!」

 俺の使える属性で試したけど、全く効かない。

 こちらの攻撃はそいつの発する魔力の陽炎に触れると霧散してしまう。


「リファ、やっぱり火魔法で倒そう。他に効きそうな攻撃が見当たらない」

 それから胸の高さの氷壁を挟んで魔法の打ち合いになった。


『ファイヤーボール!!』

 ズガガガガガガガ! 

 GYUOooo

 ドゴーン!ドゴーン!ドゴーン!ドゴーン!ドゴーン!


 派手な打ち合いに雪が舞い視界が曇る。

 それを毛グルミの方で風を操って押し流してしまった。

 その間も、氷弾の手を緩めることはない。


「キース、雷撃は?」

「あ。忘れてた!」


「雷撃!」

 ドカーン!と轟きと共に閃光が走り、確かに毛グルミにヒットした。

 でも、驚いた様に少しのけ反っただけだった。

 そしてまた氷弾を連打のように飛ばしてくる。

 ドゴーン!ドゴーン!ドゴーン!

 

「なんて奴だ・・」

「キース、こいつヤバいかも」


 毛グルミはずっと全身を高濃度の魔力で覆っているから、着弾と当時に火球が消えてしまう。

 全く効いている気がしない。

 それでも他に打つ手が思い浮かばない。

 あるとすれば、もう、剣で直接斬撃するとか。

 でも、今の俺の力量では毛の一本も切り落とせないんじゃないか?

 救いは毛グルミの攻撃が氷弾だけってことくらいだ。

 

 どうする!どうする!どうする!

 逃げる?どうやって?

 隠れる?どこに?

 成す術がないじゃないか!

 


「リファ!俺がこいつを引き付けているからリファは逃げろ!」

 こういう事ことを言うとリファはいつも不機嫌になる。でも、リファを死なせるわけにはいかない。

「嫌よ!絶対に嫌!キースが死ぬなら私も一緒に死ぬ!」

 リファが攻撃の手を止めてがっつり食いついてきた。


 ドガガガガ

 耳を塞ぎたい程の騒音の中で俺とリファの言い合いが始まってしまった。

 俺も攻撃の手を止めて氷壁の維持だけをしている。


「俺はリファに死んでほしくない!今なら引き付けておくくらいはできるから逃げろ!」

「私はキースと一緒が良い!前に約束したでしょ!いつも一緒だって言ってくれたじゃない!」

「あぁ、約束した!でもリファだって自分の命を最優先にするって約束したろ!」

「キースは絶対死なないって約束した!私を一人にしないって約束した!」

「この状況じゃ両方死ぬんだぞ!せめてリファだけは生き延びろ!」

「嫌!絶対にキースから離れない!もうそんなこと言わないで!」


 ドガガガガ

 そこを最後に、ピタッと音が止んだ。


 あれ?

 見れば、毛グルミは上を見ている。俺もつられて上を見たけど太陽が眩しくて目をすがめた。


 バサっと何かの羽ばたく音と共に大きな影が差した。

 フュリュルルルル


 突然、大きな白いドラゴンが舞い降りて、毛グルミを両足で掴むと首を引き千切った。

 青い血潮が白銀の大地を汚した。


 クルルルル


 その白いドラゴンはこの世界で見たどんな生物よりも美しい姿をしていた。

 真っ白い羽毛。青く透き通った大きな瞳。そして美しいフォルム。

 光の加減で白い体毛が青み掛かって変化をする。


 あまりの美しさに、俺は恐怖を忘れた。

 毛グルミのこともリファとの喧嘩も、死に直面した状況のことも全部頭からすっ飛んだ。


 “其方らは人の子か。何故かような場所におるのか”

 頭の中に声ではなく意思が響いた。


 俺はリファを見た。リファも俺を見た。

 余りに現実離れした出来事で夢かと思った。


 “応えよ”

「俺達は、この山脈を越えて北へ向かう所です。今はその毛グルミの魔物に襲われていました」

 “人の子がエルベスを越えるか。愚かな。こ奴はスノーマンという。我が縄張りを荒らす害獣よ。雪に隠れて見つけられぬ厄介な害獣であるが、其方らが騒いだ故に気づき始末することができた。礼を言う”


「こちらも危ういところを助けてもらいました」

 “ふん。人の子とはかくも弱き生き物よ。この程度に殺されかけるとはな。其方ら、北へ向かうと言いおったな。そのようにか弱き力では生きてエルベスを抜ける事は適わぬぞ。如何にして行くつもりか”

「・・・歩いて。他に方法がありません」

 “ふむ。間違いなく死ぬであろうな。憐れよの”

「あの!私達を山脈の向こう側へ連れて行ってくれませんか?」

 

 え!?竜に頼むの?

 でも、リファの願いを受けてくれればこれほどありがたいことはない。

「お願いします!」

 俺からも全力で頼んだ。

 

“なぜ我がそのようなことをせねばならぬのか”

「その害獣・・私たちのおかげで始末できたと今お礼を言ってたではないですか」

 “我はその害獣より其方らの命を救うておる。それで貸しも借りもない筈よな”

「そんなことはありません!私達だけで倒せていました」

 “カカカ、強がるでない。其れは人の子で言う所の仙人じゃ。仙人の魔力は其方ら人の子の比ではない。魔力で上まわらねば仙人は決して倒せぬわ。其方らは我に助けられたのじゃ”

 

 竜を相手に交渉など無理だったか。

 でもこんな絶好のチャンスをみすみす諦める訳にはいかない。

「では、どうすれば願いを叶えてくれますか?」

 “ふむ、そうじゃな。その首に掛けてある石を寄こすがよい。それで運んでやらぬでもない”

 リファは胸内から親指程の紅い宝石のついた首飾りを引っ張り出した。

 それはミルケットの形見だ。魔石ではなく本物の宝石だ。ドミークからミルケットに贈ったものだったはずだ。

 リファはミルケットの形見をしっかり持ちだしていたんだ。知らなかった。

 

 白竜は紅い宝石をじっと見た。

「良かろう。それを我が牙に引っかけよ」

「リファ。待って、それは大事な形見じゃないか」

「いいの。これで助かるなら私はその方がいいの」

 首を提げて牙を剥いた白竜の歯にリファが首飾りを引っかけた。

 “ならば我が足に掴まるがよい。すぐそこじゃ。運んでやろう”


「え?足に?」

 “我が我が背に人の子を乗せるとでも思うたか。愚か者共め。早う掴まれ”

(リファどうしよ?)

(足に掴まるしかないじゃない)

 ・・だよね。


 俺とリファは白竜の足の指の上に跨った。足首に腕を回してしっかりと掴まった。

 ファサっと羽ばたく音がして、静かに上昇する。みるみる地上を離れ大空へ舞い上がった。


 とんでもなく寒い。

 温風魔法を掛けたけど、一瞬で風に吹き飛ばされてしまった。

 とにかく寒いものは寒い。

 ガタガタ震えながら下を見れば、すごい勢いで先ほどまでいた山頂が遠ざかってゆく。

 リファの顔を見ると、真っ青だ。寒いのか、怖いのか。

 俺はリファにも温風魔法を掛けた。ほんの一瞬だけど、少しの気休めくらいにはなるだろう。


 山々が次々と眼下に迫り、あっという間に過ぎ去ってゆく。

 上空から見て、エルベス山脈越えがいかに無謀な行為だったかを理解した。

 これは白竜の手を借りなければ無理だった。

 それ程広大で、険しい地形をしている。


 それでも、1時間もかからずに山脈を越え魔境が見えてきた。

 白竜はエルベス山脈と魔境の間の高原に舞い降りた。


「ここまでじゃ。この先の魔境は其方ら自身の力で行くがよい」

「は、白竜様。命を救っていただいた上にここまで運んでいただき、あ、あ、ありがとうございました」


 俺が代表して感謝の言葉を述べた。寒くてガタガタと声まで震えている。

「白竜とな。我はサリフェリュジア。我を白竜などと一緒にするでない。か弱き人の子よ。これを食すが良い。少しは強くなれるやもしれぬ」


 白竜、否、サリフェリュジアはいつの間にか咥えていた肉塊を草の上に放ると、静かに上昇して飛び去って行った。


 残された肉塊は、あのスノーマンの毛がついている。

 これは食えるのか?

 食う気満々で戦闘に入ったけど、あの魔力量を見たら食欲を無くした。

 というか、今は食い物に見えない。


 リファと顔を見合わせた。

「先にキースが味見してよ」

「え?食べるの?あの毛グルミの肉だよ」

「だってあの竜のお勧めでしょ。強くなれるかもって言ってたじゃない。まだ魔境を越えないといけないんだから食べた方がいいよ」

「そっか。あまり気が進まないけど、とりあえず焼いてみようか」


 枯れ木を集めて火を熾した。肉を切り分けて枝串にさして炙る。

 凄くいい匂いが漂ってきた。

 ここまで食欲をそそられるのは、お腹が空いている理由だけじゃない筈だ。


 焼き上がりをリファが取ってくれた。

 ガブリ

 う!美味い・・

 もう一口。やっぱり美味い!


「これ滅茶苦茶美味しい!」

 リファもかぶりつく。

「ほんとだー!おいひいー」

 塩もタレも何もない。味のないただの肉なのに抜群にうまい。これはベックの料理以上だ。

 二人で残さずきれいに食べ切った。


 満足だ。


「で、キース。強くなったの?」

 言われて思い出した。その為にあの気持ち悪い毛グルミの肉を食べたんだった。


「うーん実感ないかな」

 俺は通常の魔力で火球を一つ出してみた。

 いつもの大きさだ。

 魔境深部では魔力量がかなり増えるし密度というか魔力が濃い。そういう意味でのいつもの魔力だ。

 毛グルミの肉のせいで特に魔力が大きく変質したという事はなさそうだ。


「もしかしたらって言ってたから、きっと外れだったんだよ。でも、美味しかったしお腹膨れたし良しとしよーよ」


 リファがそう微笑んだ。

 


ここまでお読み頂きありがとうございます。

もし宜しければ、☆評価、或いはブックマーク登録をお願いしたいと思います。


この後も新たな展開が続きます。

どうぞ、お楽しみください。

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