山脈越え 1
西に行く手を阻む谷に前に俺は悩んでいた。
南には戻りたくない。
戻ったとしても、推定300メトルのトレントの崖を越えられない。
北はエルベス山脈がそびえている。
東は・・東にも向かいたくない。
旅の逆戻りという事もあるけど、魔境からは抜け出せない気がする。
どうしたらいい?
どこに向かえば生き残れる?
俺は雄大なエルベス山脈を見上げた。
つられてリファも山脈を見上げる。
「ね、キースあの山の向こうはどうなってると思う?」
「ここと同じように魔境が広がってる筈だよ」
「あの山脈を超えてみるって選択肢はない?なんか行けそうな気がするんだけど」
言われて俺は改めてエルベス山脈を見上げた。
かなり傾斜のきつい登山になる。
(行けるか?行けないことはないかも)
そうゆう目で見れば行ける気がしてきた。
「あの山さえ越えればジルべリアでしょ?それならちょっとくらい無理してでも超えるべきと思うの。その先の魔境がどうなってるか分からないけど、こっち側よりは可能性があるんじゃない?」
「谷は越えられなくても山は越えられるかもね」
「うん、そうだよ」
あの山の頂を越えればジルべリアか。
そう考えたら居ても立ってもいられなくなってきた。
「よし、その案で行こう!ちょっと疲れそうで寒そうだけど何とかするしかないね」
「大魔境を抜けた私達なら何とかなるよ」
リファの提案に乗って、北を目指すことにした。
エルベス山脈越えだ。多分成し遂げた人族は一人もいないんじゃないか。
俺達は早速準備に取り掛かった。
準備する物は鞄を作る、防寒着を作る、干し肉を作る。お椀とスプーンを作る。あとは氷上を歩く靴だ。
実は草原には大きな兎がいた。こんな夜冷えの酷い場所に手頃な毛皮があったとは。
白コングから剥ぎ取った後だけに、がっくりしたけどまぁいいや。
その兎も通常の個体より3倍でかい。
それを何匹か狩って毛皮と肉を確保する。
毛皮を縫い合わせて首巻、腕巻、足巻と鞄を二人分作った。
肉は薄く切って風魔法で乾燥させた。お椀は木を風魔法で削って乾燥させて作った。
そして、今は氷の上を歩くための靴を検討している。
エルベスの傾斜を想定した氷の小山を作ってリファに登ってもらった。
結果、全く登れなかった。
今履いているブーツでは滑って登れないと結論が出た。
対策として、土の中の砂鉄を魔法で取り出して固めて、先端の尖った片手金槌を作ってみた。
両手に尖槌を持って氷に登ってみる。
結果、足が踏ん張れずに腕力だけで登る羽目になる。尖槌は使えるけど、やっぱり靴にも滑り止めの仕掛けが欲しい。
鉄の鋲を止めた鉄板を靴底に付けてみた。
重すぎて足が疲れる。身体強化で行けるけど、過酷な環境でずっとはイヤだ。却下。
鉄が重いなら魔物素材で試してみよう。
という事でまた魔物の墓場にやって来た。
目指すは強靭な魔物の爪だ。
それを加工していい具合に仕上げる。
二人で試行錯誤してようやく使えそうな物が出来た。重さは鉄より大分マシな感じだ。
ブーツの底に脱着する魔物素材の鋲を付けた板だ。
脱着は蔦を使ってブーツに結ぶだけ。
さ、できた!
考えられるだけの準備を整えて、俺達は山に向かうことにした。
翌朝。
低木の散見する山道を登り、下から見て登れそうな緩い斜面の真下を目指した。
ひたすら歩き続けて2日が経った。
だいぶ高くまで来たのだろう。眼下に雲がある。
眼下に広がる雲の海。初めて見る驚きの景色だ。
「私たち雲より上にいるよ!凄い凄い!」
リファがはしゃいでいる。
「あの雲の上に飛び込んだら歩いたり寝転がったりできるのかな」
「いや、間違いなく落ちると思うよ」
俺がまじめに応えたらお気に召さなかったらしい。
「キースってば夢が無さ過ぎ!あんなふかふかした雲を見てワクワクしないの?」
ちょっとむくれてしまった。
「・・おいしそうだとは思うよ。甘いシロップかけて食べてみたいかな」
「そうね!食べたらおいしいかもね!」
なんて会話を弾ませながら、息も弾ませてえっちらおっちらと足を動かした。
「ハアハア。ちょっと休憩しよう」
風除けに岩場の陰で腰を下ろした。
作った椀にお湯を入れて刻んだ干し肉を落としてふやかした汁を啜った。
まったく味がしない。塩っ気もない。しかもちょっと生臭い。
でもそれでいい。体力を保つためだけの食事だから気にもしない。
「キース。本当にエルベス山脈を越えられると思う?」
「うーん。行ってみないと分かんない。でも、行けそうと思ったら行けるし、無理そうなら見ただけで分かると思うよ」
「そうだね。まずは行って無理なら引き返せばいいか」
俺は登って来たルートを何気なく見下ろした。
すると何か動いた気がした。
ん?
「どうしたの?」
俺が注視する方角をリファも見た。
「何か動いた気がした。あの辺り」
指でさすと、そのあたりで確かに何かが動いた。
でも岩陰に隠れて良く見えない。
距離200メトルの眼下。岩場で急斜面になっているところだ。
何だろ・・
俺達がじっと見ているとそいつは姿を見せた。
でかい猫?
ふかふかの灰色の毛皮に二股の尾っぽを持つ猫のような虎のような魔物だった。
ふさふさの尻尾がちょっと愛くるしい。
「あいつ絶対に私達を狙ってるよ」
言ってる間にしなやかな動きで岩から岩を駆けあがって来た。
音も気配もないから、気づけたのはたまたまだ。でなければ、いきなり襲われていたに違いない。
その点でぞっとしたけど、視界に捉えてしまえば怖くない。
魔境に生息していた数々の魔物に比べればいたって普通に思えた。
俺はリファを背中に隠していつでも防御できるように身構えた。
谷を駆け上がってきた動きから、俊敏な動きと気配を立てない闇討ちに特化した魔物と推測した。
でも、違和感を感じた。
ここは魔境。それも秘境中の秘境のエルベス山脈だ。その程度の魔物であるはずがない。
漠然とした違和感をはっきり違和感と感じて反射的にシールドを張ったことで俺は命拾いをした。
目の前の岩に音もなく降り立ったその虎と猫に似た魔物は、前触れもなく二尾の間から氷塊を射出してきた。
前触れもなくだ。
ズガーン!
シールドは一瞬で砕け、俺の頭のすぐ横を氷塊が抜けて行った。
違和感に気付いたのも、氷塊が外れたのもただの偶然だ。
でも、その威力は本物だった。
血の気が引いた。
こいつヤバイ。
すかさず強度増し増しの石壁を作った。その途端。
ズドーン!
砕けた氷と石片が舞いあがり頭の上に降って来た。
「きゃあ!キース!」
「ストーンバレット!」
石榴弾をバシバシ撃ってみたが、軽やかに避けられた。
「こんなすごい魔法放つ奴は初めてよ。もう!すごくびっくりした」
攻撃の合間にリファが愚痴る。
「いや、ゴブリンメイジとかいたじゃん」
「あんなのと比べ物にならないよ!こいつヤバすぎ。私ひとりだったら勝てないもん」
確かに。ゴブリンメイジと比べて破壊力も厄介さも10倍以上か?
スドーン!
また石壁に当たって砕けた。
パラパラ粉塵が舞う中、どう攻略するかを考える。迂闊に飛び出すのは危う過ぎる。
考えながら良く観察をしていると、氷塊を放つ時は必ず二本の尻尾の先がこっちを向くことに気付いた。
もう一つ、魔法は氷塊だけじゃない。
二本の尻尾の間に白い塊ができたと思ったら、白く冷たい霧が吹き出されて辺りを覆い始めた。
視界が悪い。しかも魔力がこもっているから向こうはこちらの動きが手に取るように分かる筈だ。
「リファ、風を起こして霧を晴らして」
リファが旋風魔法で一気に霧を押し流した。
そのリファに向かって氷塊が放たれた。
「きゃあ!」
石壁に当たって直撃はしなかったけど、破片が顔に当たったみたいだ。
俺はすぐにヒールを掛けて癒した。
射程距離は約30メトル。それが奴の攻撃範囲だ。
高い身体能力と高威力の中距離魔法が武器。魔力交じりの霧を使って感知能力が高く、気配断ちもできる。
そして見た目が二尾の虎のような猫。いや、猫のような虎か?
ひとまずは“トラネコ”と名付けよう。
「リファ、できることをしよう。あいつは氷雪系の魔法を使う。もし弱点があるとしたら熱だと思うんだ。上空からあのトラネコに向けて空気を落とすことできる?俺がリファの風に熱を付与する。それと尻尾がこっちを向いたら攻撃が来る。すぐにしゃがんで」
「うん。やってみる!」
魔神の爪痕でリファが瘴気を霧散させた方法だ。ただし俺が付与するのは聖の魔力でなく火の魔力。
ゴオー
風が吹き荒れて温かい空気が上空から流れてきた。
トラネコは明らかに嫌がって俺達から距離を取った。
やっぱり熱に弱いみたいだ。弱点が一つ分かった。
次は火魔法をどうやってぶつけるかを考えればいい。
けど、それが難しかった。
そして長い膠着状態になった。
こっちが熱風魔法をやめれば近づいて来て攻撃を仕掛けて来る。
熱風を吹かせば追い払える。
だけど延々とそんなことをしていればこっちの魔力が先に尽きてしまう。
どうしたものか・・
「ね、キース。この状況ってあの時と似てない?ほら、ビッケとキャシーを守ってロギナスの騎士団と戦った時」
「あの70人くらいを殺した戦いのこと?似てるかな?」
「似てるよ!あの時とは相手も人数も違うけど、向こうがこっちに用があったのは同じでしょ?こっちの魔法の届かない処にいて、打つ手がないからおびき寄せるしかなかったって事も」
???何が言いたいんだ?
「だから、向こうがこっちに用があるんだから、あの時みたいに誘き出せばいいんだよ」
良く分からないけど、リファには勝ち筋が見えたらしい。
俺はリファの指示に従って穴を掘った。
その間、リファが熱風魔法で近づけないでいてくれている。
でも、火と風の2属性を併用すると魔力消費が激しいから早く準備をしなければリファの魔力が持たない。
急げ!急げ!
俺は土魔法で横穴を掘り進めた。トラネコを誘き寄せる穴だ。そこそこ広く、そこそこ深く。
入口傍に俺達の隠れる穴を掘って、隠れて塞いで準備は終わった。
待機する事数分。
余程腹を減らしているのか、トラネコはすぐに横穴の入り口に来た。
でもそこから警戒して中々入る様子を見せなかった。
俺の掘った穴は奥が深く、少し曲げてあるから最奥まで見通せない。
加えて干し肉を置いてある。腹が減っていてれば肉の匂いに釣られるかもしれない。
その思惑は当たった。
トラネコはゆっくり奥へ歩いて行った。中にはうっすら俺の魔力のこもった霧が漂っている。
だからトラネコの位置も把握できた。
最奥まで進んだところで、俺とリファが隠れていた穴から出て火魔法を放ちまくった。
作戦通りだ。
フガー!
奥で暴れている。当たれば込めた魔力が燃え尽きるまで火は消えない。
余程苦しいのだろう。暴れるほどの空間はないけど、それでも暴れまわってやがて大人しくなった。
一応確認したら焦げた死体が横たわっていた。
ふうー、終わった。
厳しくて精神が疲れた戦いだった。
なんとか勝てて本当に良かった。リファのおかげだ。
今回の戦闘で、見かけがどうとかこれまでの経験がどうとか関係なしに、この山の魔物は強くて油断できないことを知った。
あんな保護色で忍び寄られて後ろから襲われたらひとたまりもない。
これから先は全四方を警戒しなければいけない。
なまじ、ここまで魔物を見かけなかっただけに今回は油断していた。
反省してきっちり対策しなければと戒めて俺達は再び山を登り始めた。
勿論、トラネコはしっかり食料にすることも忘れなかった。
その日は暗くなるだいぶ前に野営に入った。
この山脈にいる間は決して無理せず、早め早めに野営をすることに決めている。
山は陽が傾いて日陰になると、山肌が色を失って魔物と岩の識別が難しくなる。
暗くなると急激に気温も下がるし、疲れも溜まり易いしと言う訳で早めの野営だ。
野営と言っても薪がないから焚火はできない。
椀に魔法でお湯を注いで、この間のトラネコを火魔法であぶって食べた。
そして長い夜が明けるのをじっと待つだけだ。
リファと二人で白コングの毛布にくるまって夜明け待つ。
明日からは本格的な山脈越えになる。
断崖絶壁とまではいかなくても、それに近い崖を上ることになる。
夜はまだまだ長いけど、明日に備えて早めに眠ることにした。




