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魔境深層地帯 1

 あれからリファはずっと泣いている。


 仕方ないな。俺だって今すぐ立ち直れる気がしない。

 ベックなら、或いはデュロスなら何か良い解決策を出してくれると思っていた。

 まさか、方法がないなんて・・


 ここから先のことを考えないと。でも、気持ちがそれどころじゃない。

 その日、リファは泣きつかれて眠ってしまった。


 翌朝。

 顔を洗って、口をゆすいで、焚火を(おこ)したら肉を解凍して枝串にさして焼き始める。

 別のことを考えていても体は動いていた。

 ベックの言葉を思い出していたら朝食の準備が出来ていた。


「リファ、起きて」


 リファを起こして二人とも無言で肉を(かじ)った。

 ちらりと見るとリファの目はまだ赤く腫れている。

 リファは泣き虫だな・・


「リファ、これからのことを考えよう」

「ん」

 うんともううんとも聞こえる返事だ。

「俺が決めろってベックは言ってたけどリファはそれでいい?」

「ん」

「じゃあ魔境の奥へ進もうと思う。エルベス山の麓、森を出るまで北に進む。そこから西に行こうと思うんだ。どう思う?」


 リファがやっと顔を上げた。

「どうして?このまま西へ行かないの?深部に向かうって危険だよ」


 やっと会話になった。


「うん、でも気配を消してそっと進めば行けないかな。魔境を抜けさえすれば危険な魔物は少ないと思うんだ。もし、西へ向かえばすぐに魔神の爪痕にぶつかるでしょ?そしたら今度は魔神の爪痕沿いに北へ行くしかなくなる。だったら最初から北へ向かうべきだと思ってさ」

「うーん。キースに任せるよ。私北は危険だと思う。かと言って西も南も行き止まりだし。でも東は反対。戻りたくない」

「出発は明日。今日は出発の気分じゃないでしょ?」

「分かった」


 リファは気がそぞろだしこんな精神状態で魔境を進むのは危険だ。

 明日とは言ったけど、気持ちの整理がつくまでここに留まってもいいと思っている。


 と思っていたけど、翌日出発となった。

 少し時間が経って気持ちの整理がついたのだろう。俺も吹っ切れていないけど割り切った。

 どのみち前に進むしかないんだ。



 薄暗い森を音を立てないように、静かに移動する。

 馬もケガ人も居なければそこそこ魔物との遭遇率は下がるようだ。


 たまに見かけても、回避する余裕がある。

 と思っていたら、後ろにいたリファが小さな悲鳴を上げた。

 振り返るといない。


 あれ?


「キース!」

 上だ。見上げると蜘蛛の巣に引っかかって持ち上げられてゆく。

 俺は風刃で糸を切るとリファが落ちてきた。それを身体強化で受け止めた。

 すぐに真上から2メトル弱の蜘蛛が糸伸ばして降りてきた。


 戦闘だ。

 まだ空中にいる内に殺ってしまおう。

 ストーンバレットを真上に向けて撃ちまくった。

 上から青みがかった魔物の体液が飛び散って降って来た。


「うきゃぁぁー」


 リファが渾身の悲鳴を上げた。

 気持ち悪かったのは分かるけど声でか過ぎ・・

 ま、元気になってよかったけどさ。


 魔物は死んだみたいだ。ぶらぶらしたまま動かない。

 リファにクリーンの魔法を掛けて綺麗にしてあげた。勿論絡みついた粘っこい糸も綺麗に取り払った。


「リファ?」

 むすっとしている。

「ごめん。上にいる間に始末した方が楽だったから」

「そんな事分かってる。でも気持ち悪かったんだもん!もう、キースの馬鹿!」


 やれやれ。

 今夜の野営でお風呂を作ると言ったら機嫌を直してくれた。

 そしてまた先に進む。


 昼過ぎ、狼の群れに囲まれた。匂いを付けられたのか?

 ブラックウルフだ。俺的には因縁ばかり付けて来るイグニアスみたいな奴等だ。

 多分前に俺達を襲ったのとは別の群れの筈だけど、うっぷんを晴らさせてもらおっか。


 すぐに内階段付きの高い土壁を作る。(やぐら)みたいなものだ。上部から火弾と風刃で狙い撃って撃退中、森の奥からオーガ3体が現れた。

 戦闘音が呼び寄せたのだろうか。


 オーガは悠々と近づいてくる。オーガを見てブラックウルフは逃げだしてしまった。

 本当に厄介な問題ばかり引き起こす。俺にとってブラックウルフは鬼門中の鬼門だ。


 俺は土壁を崩して石小屋に切り替えた。

 オーガは骨のような棍棒を握っている。

 覗き穴からどう攻略するか考えた。

 ひとまず3本交差のロックパイルをそれぞれに打ち出してみた。

 でも3匹とも余裕で回避された。

 やはり身体能力が高い。これでは足止めが出来ないし当てられない。


 ドッゴーン

 一匹が石小屋に取りついて一発殴ってきた。

 凄い音と振動がきた。

「キース!どうしよ!どうしよ!」

 リファが怖がっている。

 覗き穴から胸の真ん中を狙って石榴弾をぶっ放した。


 Gya!

 この至近距離にも反応された。でも、肩に当てることができた。

 今は石小屋から離れて威嚇の唸り声を上げている。


 ドッゴーン

 反対側からも攻撃された。そちらに石榴弾をぶっ放す。

 避けられた。

 ドッゴーン

 また別の方角から攻撃を受けた。

 このままじゃ石壁が持たない。

 俺は魔力をつぎ込んで強度を補充する。


 どうしよ!どうしよ!

「キース!何とかして!」

 リファが慌てている。

「リファも攻撃して!当たらなくても警戒させるんだ」

 リファと二人石壁の中を動き回って攻撃しまくる。

 でも避けられる。当たらない。

 時間稼ぎにしかならないから、何か違う一手を考えないと・・


 そこで閃いた。

 見えるから避けられるんだ。

 見えないように煙幕?いや、霧でいい。水を気化して冷風に乗せればすぐできる。


 すぐに周囲に霧を発生させた。

 俺の魔力がこもっているから霧の中の異物は手に取る用に位置が分かる。

 そこにロックパイルを打ち出した。

 GYAaa・・

 手ごたえがあった。次!

 GYAaa・・

 また手ごたえがあった。次!


 霧が晴れると、腹や足を串刺しにされて瀕死状態の3匹がいた。

 それを高火力の火球で殺して終わった。


 咄嗟の思い付きの策だったけど上手くいって良かった。でも、肝の冷える戦闘だった。


 その夜。

 頑丈に造った石小屋の浴室でリファはくつろいでいた。

 鼻歌が聞こえてくる。ご機嫌で何よりだ。


 その時俺は霧の使い方を考えていた。

 今日の戦闘で、霧みたいな小技でも使い道があると知った。

 リファの特訓も必要だけど、俺にも必要だった。

 柔軟な発想と多彩な攻撃方法が生き抜くカギになる。


 俺は夜遅くまで深く考え込んでいた。



 連日、深い森を北へ向かって進んでいる。

 極力戦闘を避けて、どうしようもない場合は魔法を駆使して何とか生き延びている。

 霧はいい。

 身を隠すのにも、不意を衝くにも重宝した。

 お陰で、随分と安全が確保されたと思う。


 戦闘を避けていると言っても、日に5度や6度はどうしても戦う羽目になる。

 匂いを辿られるとどうしても逃げ切れないのだ。


 加えて、緊張の中に身を置きっぱなしという事もあって肉体も精神も疲労していた。


 その日、そろそろ野営を始めようかという時だった。

 俺達の前に大きな岩の壁が立ちはだかった。

 見上げれば、すごく高い岩山の様だ。

 上空から甲高い“ゲエェー”と鳴き声が騒がしい。

 魔鳥の巣でもあるのだろうか。


 上空を気にしつつ岩山を回り込み、程よい場所で野営に入った。


 翌日も朝から出発だ。

 絶えず上空から聞こえてくる魔鳥の鳴き声に煩わされた。

 無視したいけどそうもいかない。いきなり視野の外から襲われても困るし。


 リファもあまりしゃべらなくなってしまった。俺もなんかイライラする。

 いっそ安全地帯を作って少し休息をしよう。


 岩山の根元、茂みになっている場所の石壁を土魔法で削って穴を掘った。

 奥へ掘り進めてそこそこ広い空間を作ってそこで数日休むことにした。

 奥に浴槽も作ったからリファがとても喜んでくれた。


 心身を休めてまた出発。

 3日進むと高い崖の上に出た。


 崖は緩い弧を描くように視界の左端から右端へと続いている。

 眼下は広い盆地だ。

 盆地の中央に大きな湖がある。

 周囲は岩山が点在してその上空に黒い影が飛んでいるのが見えた。

 あの“ゲエェー”と鳴く魔鳥だろうか。

 そして、その向こうにエルベス山脈の雄姿が見えた。

 山脈は圧倒的な存在感で、果てしなく東西へ延びている。


 草原で見た時に比べると随分と大きい。

 あの時も雄大な景色に感動したけど、ここから見るエルベス山脈はその比じゃない。

 危険を冒した者だけが辿り着けるまさに絶景ポイントだった。


 何よりも嬉しかったのは、魔境の果てが見えたことだ。

 まだまだ遥か先の先だけど、確かに山脈の麓に魔境の終わりが見えている。

 ここから崖を下って、森に入る。その先の湖を右周りに迂回すれば近道だ。

 湖を超えて更に魔境を進めばエルベス山脈の麓に出る。

 いつのまにか、辿り着けそうなところまで俺たちは来ていたようだ。


 終わりの見えなかった魔境の全体を把握できたことで俺達のテンションは一気に上がった。

 まさに元気100倍!

 リファも笑顔で目を輝かせている。

 うんうん。あと少し頑張ろう!いや、まだまだなんだけど。でも頑張ろう!


 俺達は木々に掴まりながら慎重に崖を下った。

 ただ、ここはトレントの生息地だった。

 森の中で木に擬態されると本当に分かりづらい。


 足場の悪い急勾配の崖で戦闘を余儀なくされた。

 襲い来る蔦や枝を風刃で引き裂き、種子をシールドで弾く。

 そして滑り降りるように移動する。

 移動先に風刃をばらまいて視界と安全を確保してまた滑り降りる。

 それをリファと連携を取りつつ死角を互いにフォローし合う。

 口にしなくても目だけで会話できるからサクサクとトレントをあしらいつつ崖下まで滑り下りた。


 見上げれば結構高い。300メトルは下ったのだろう。

 もうあの素晴らしい景色を見られないことがちょっと残念だった。


 盆地の魔境へと踏み込んだ。

 そこは強烈にモワっとする場所だった。湿気も強いけど、多分魔素が異常に濃いのだ。

 魔素を感じ取る器官を人族は持たない。

 それでも肌にまとわりついて、肺にペットリ染み付くような濃い空気というか濃厚な湿気ともでも表現すべきか。

 とにかくモワっとねっとりまとわりつくような重たい空気だ。

 (むせ)てしまう程に。

 その魔素のせいだと思うけど、周りの植物がとにかく大きい。


「ここは、危険な雰囲気がするね」

 リファが不安そうに顔をしかめた。

「うん。なんだか魔素が濃い気がする。きっと魔物はかなりヤバイ。崖を下りないで上から回り込んだ方が良かったかも」

「今更だよ。今から崖を上るとトレントのいい餌食にされちゃうよ」


 リファの言う通り。300メトルの崖を登ろうとするとどれほどの体力を消耗するのか。

 そこをトレントの群れに襲われたらたまったものじゃない。

 俺達は、アリジゴクに落ちた蟻と同じだ。

 俺達は、魔物の巣窟に本格的に足を踏み入れてしまったのだ・・


 その盆地に住む魔物は、一段階強く、でかくなっていた。


 例えば、バキュームカズラという魔草がある。

 図鑑ではランク外。ランクG以下の雑草扱いされている魔草だ。

 通常は昆虫や野ネズミ、リス程度の小動物を花に見立てた吸い込み口から取り込んで養分にする。

 人に危害を与えることなどありえない。

 それが、ここではゴブリンでも吸い込みそうなほどの大きな花を咲かせている。

 それも今、俺の目の前で。

 別種かと思ったけど、間違いなくバキュームカズラだ。

 そして俺達はゴブリンよりもちょっとだけ背が低い。

 きっと俺達は良い餌になるだろう。


 なんてことを考えていたら油断してしまった。早速バキュームが来た!

 ヤバイ、とんでもない吸引力だ。まさか、吸い込まれる野ネズミの気持ちが分かる日が来るとは・・

 足が浮いた。引き寄せられる!

 ワワワワ!

 その時、俺の背後から火の玉が飛んで吸い込まれて、バキュームカズラを燃やし尽くした。


 リファが助けてくれた。

「助かった。ありがとう。リファ」

「もう!気を付けてよ」

 リファに文句を言われてしまった。

「ごめん。気を付けるよ」

 確かにほんの少しの油断で命を落としそうだ。

 よく理解した。


 全てが全て、規格外の大きさと強さを有していると思うと身震いが止まらない。

 ここはヤバすぎる・・・

 エルベス大魔境を舐めたつもりはないけど、それでも想定が全然甘かった。

 まさかここまで常識外の世界とは・・今更ながら後悔してもすでに遅いけど。



 それから俺は、霧を周囲に漂わせて身を隠しながらゆっくりと進んだ。

 霧に魔物が入ればすぐに分かる。

 だから、視界は効かなくても効率的に魔物を避けて進む事が出来た。


 それでもすべてを避けられるわけじゃなかった。

 なにもいなかった場所なのに、いきなり土が隆起したかと思うと地面の下から現れた物体の攻撃を受けた。


 霧のおかげで攻撃には気づけたから石壁を作って対処できたけど、かなりぎりぎりだった。

 霧に惑わされない敵相手では霧はむしろ邪魔になる。


 霧を蒸発させると現れたのは(さそり)の魔物だ。土の中から這い出てきた。

 俺達の歩く振動を感じ取ったのだろう。

「うわ・・気持ち悪い」

 リファが引いている。


「リファ!こいつは神経毒を飛ばしてくる。風でこっちに舞わないようにして!」

「分かった」


 魔物図鑑では斑毒蠍(まだらどくさそり)という奴だ。

 黒い外殻に紫の斑が特徴的な神経毒を使うヤバい奴だ。

 確かDランクの魔物。生体で1.5メトルの筈だけど、こいつは5メトルを超えている。


 ハサミをシャキーンシャキーンと打ち鳴らしながら毒の尾を左右に揺らして威嚇してくる。

 パシュンパシュンと小気味いい音と共に尾の先端から毒液が飛んできた。


 それを回避すると地面に当たってジュっと紫色の煙が上がった。それをリファが強風で向こう側へ押し流す。


 俺は火球を尾の付け根に向けて飛ばした。

 斑毒蠍は尾の一振りで弾き飛ばそうとして、尾に火が付いた。

 尻尾の先端がろうそくの炎みたいでちょっと滑稽だ。

 ブンブン尾を振っても消せない。

 その隙に2個、3個と火球を放り投げた。それぞれのハサミで受けてハサミも燃えあがる。

 二本のハサミと尻尾を振り回すから、増々面白い。

 まるで蠍のファイヤーダンスだ!


 ヤバイ、ツボりそう。いや、ツボった。

 あはははは!

 リファも笑っている。

 火消しに躍起になってる魔物なんて怖くない。

 俺とリファで次々と火球をぶつけて始末した。


 今回は何とかなった。アホな魔物の姿に未だ笑いが込上げて来る。

 さっき身震いして後悔したばかりなのに。

 いかん、いかん。集中しないと。


 また霧を(まと)って俺達は進み始めた。


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