突然の別れ
谷から500メトル奥に石小屋を作った。
「キース。これからどうしよう。戻れる方法無いんだって」
「俺、あいつの事全く信じてないから。デュロスに聞こうよ。騎士団がいなくなった後で俺達を探しに来ると思うんだ。暫く昼間は谷でデュロスを待つことにしよう」
「そうね。でも、もし本当に谷を越えられる場所が無かったらどうするの?」
「俺もどうしていいか分かんないよ。それも含めてデュロスに相談しよう」
「そうだね。そうしよ!」
リファが明るい声で言った。
不安に圧し潰されそうな気持を何とか保とうとしているのかもしれない。
「リファ。ごめん・・俺が旅に出なければこんなことにならなかった。俺がギルドで依頼を受けたいなんて言い出さなかったら・・」
「謝らないで!私責めてなんかないし後悔もしてない。キースについていくって決めたのは私なの。大変な旅になるってキースは言ったじゃない。それを承知でついていくって決めたんだから、キースは私に謝らないで」
「リファ・・」
「もし、仮に戻る方法がなくて魔境で迷うことになっても、それで魔物に襲われて殺されたとしても私はいいの。嫌なのは、キースが私に気を使ってやりたいことをしなかったり諦めたりすること。ベックだってきっと同じ考えだと思うよ。だって、ベックが言ってじゃない。“足手まといと思ったら迷わず見捨てろ”って。絶対に見捨てたりなんかしないけど、ベックの気持ちはよくわかるの」
「どうしてそこまでできるんだ?なんでこんな危険を承知で俺について来れるんだ?俺なんてミスばかりで二人を危険な目に遭わせてベックなんか死にかけてるのに。リファだって奴隷にされかけたんだよ?」
「そんなの決まってるじゃない。キースの夢を叶えるお手伝いがしたいからよ。小さい時に一人でやって来て辛くても苦しくても頑張ってる姿を見てるから、だから応援したくなるの。キースが家族に会いたいって言うなら叶えさせてあげたいじゃない。キースが報われて喜ぶところを私は見たいの!」
「・・・・」
リファの気持ちが嬉しくて泣きそうだ。
「だから、キースは自分の思う様にすればいいんだよ。私はキースを信じてついて行くだけ」
「ありがと、リファ。俺も一つだけ決めてることがあるんだ。リファを守るってこと。絶対に死なせないし奴隷になんてさせない。ジルべリアに帰ることは最優先の目的だけど、リファと一緒ってことが前提なんだ。だから、リファも自分の命を最優先にして」
「うん。分かった。でもね、キースが死んじゃったら私も死ぬから。だからキースも絶対に死なないって約束して」
リファの目が怖いくらい真剣だった。気圧された。
こうゆう所はミルケット似なのだろうか?
王国打倒の夢をドミークに託して、全力でサポートをするところとか、その覚悟が半端ない事とか。
うん。ミルケットそのものだ。
リファの中には戦場で生きる女の覚悟がある。
覚悟が出来ている分、躊躇うことなく決断して行動するのが戦場で生きる女だ。
些事はまったく気にしないけど、怒らせると本当に怖い。
ミルケットが本気で怒ったところは見たことないけど、分かる。絶対に怒らせちゃいけない人だった。
多分リファも・・
「分かった。俺は死なないし最後まであきらめない。約束する。だからリファも死なないで」
「うん。でもキースが守ってくれるんでしょ?」
「うん」
「なら問題なし。これからどんな状況になっても私達なら大丈夫。大変だけど今までと大して変わんないよ。ね!」
話し始めた時は不安そうな顔をしていたけど、もう吹っ切ったみたいだ。
俺よりも男気に溢れて逞しい気がする。
とにかく方針は決まった。心構えもできた。
あとはデュロスに会って話を聞いてから決めればいい。
リファのおかげで俺の心は少し楽になった。
翌朝、谷でデュロスを待ったけど夕方になっても現れなかった。
その翌日も現れなかった。
「もしかしてあの洞窟見つかっちゃったのかな」
リファが不安を口にした。
「いや、それはないよ。絶対に気付かれない場所にあるから大丈夫。多分負傷者の治療に時間が掛かっているんだ。重傷者は動かせないから」
絶対に大丈夫だと思うけど、ちょっとだけ不安もある。でもそれは言わない。
あのデュロスが騎士に見つかるようなドジを踏むわけがない。
俺とは違うんだ。
結局、橋が落ちて5日後の昼にデュロスは現れた。
「よー、お前ら生きてるかー?」
谷の傍に造った石小屋に籠っているから俺達の姿が見えない筈だけど、普通に声を掛けてきた。
小屋の前壁を崩して俺達は姿を見せた。
「ははは。やっぱり生きていたな。怪我はしてないか?」
「うん。二人とも元気だよ。ベックの具合はどう?」
「あぁ。ばっちり生きてるぜ。少しずつだが回復もしてる。ベックは心配いらない。俺に任せとけ」
「ねぇデュロス、橋が落ちてそっちに渡れないの。どうしたらいい?」
「んー、困ったな。正直方法がない。ま、今日の所はお前たちの顔を見に来ただけだ。ベックとも相談してみるさ。お前達は魔物に気を付けろよ」
それからベックの容体を詳しく聞いて、橋が落ちた経緯を話した。
あまり長々喋ってブラッディエイプに襲われてはたまらない。
それに毎日顔を見せて無駄話をしても仕方ない。
3日後の昼に約束をして一旦別れた。
次の約束まで俺達は極力小屋に籠って外には出ないようにした。
その間、リファの魔力鍛錬に付き合って時間を過ごす。
これからもっと危険な魔境の中を歩き回ることになる。
少しでも生存確率を上げるためにリファは猛特訓だ。
そして俺は、谷を渡る方法をずっと考えていた。
風魔法で、丈夫で長い蔦の端を対岸へとばすとか。
水魔法で氷の橋を作って渡るとか。
肉体強化で大木を運んできて渡すとか。
でも、どれも現実的ではなかった。
蔦は重すぎて運べないし、仮に運べても強風で制御もできない。
氷の橋も、強風で水が散ってしまうからそもそも凍らせることができない。
くだらない妄想もいっぱいした。
俺達が乗れるくらいの魔鳥をテイムして飛んでもらうとか、大きな蜘蛛の魔物をテイムして谷に巣を張ってもらうとか。
崖を降りてよじ登るのもダメ。リファの体力が持たないし、強風で煽られて落ちてしまう。
何の解決策も見いだせないまま3日が過ぎた。
その日の昼、谷へ行くとベックが一人で待っていた。
随分と顔色が良くなっている。
『ベック!』
俺もリファも久しぶりに顔が見れて喜びが隠せない。
「元気そうだな。無事で何よりだ。俺もだいぶ調子が戻って来た」
「良かった」
リファが涙ぐんでいる。
俺も泣きそうだ。ベックの顔は安心感が半端ない。
もう嬉しくて嬉しくて・・
「ただな、問題がある」
ベックの顔が曇った。
「この谷を渡る方法が見つからない。谷の周りはずっと岩場が続いてるんだ。だから谷を渡せるほどの大木が育たない。ロープを渡す方法も無理だ。吹き上げの風で弾かれてしまうらしい。それにロープもない。場所が場所だけに応援も呼べない。この場所以外は谷幅が広すぎて話にならない。だからここでできることが無ければ、もう覚悟を決めるしかない」
「覚悟って?」
リファが不安そうな顔を隠さないで訊いた。
「この谷を越えられない以上、俺はもうお前達と共に進めない。だから自分たちでどうするかを決めるんだ。決めたら全力で進んで何としても生き残れ。谷に沿って東に行くのか、西へ進むのか、或いは北へ向かって魔境を抜けた先を進むのか。選択肢は色々とある。俺の言う覚悟は、」
一度言葉を切って俺達をじっと見つめた。
ベックは今、俺達にとってとても大事なことを言おうとしている。
「俺の言う覚悟は、この先二人きりで旅する覚悟、決断する覚悟、進む覚悟、生き抜く覚悟、守る覚悟、諦めない覚悟、信じる覚悟、そして決して迷わない覚悟だ。絶対に振り返るな。自分たちを信じて前に進んだ。そうでなければ生き残れない過酷な旅になる筈だ」
ベックの目が赤い。とても辛そうだ。
この谷を渡る方法がないと確信しているんだ。
もう、俺達と一緒にいられないと知っている。
だから、俺達に覚悟を決めろなんて促しているんだ。
本当にベックと別れるのか。ここで。
突然すぎるよ・・
リファが泣いている。
あれ?俺もだ。気づかなかった。
「リファーヌ。ドミークの剣は俺が預かっておく。いつの日か取りに来い。それでいいな」
「う、うん」
リファが頷いた。もういっぱいいっぱいな感じだ。
「ベック!騎士団にはベックは死んだって言ったから。だから見つからなければもう追われることはないよ!」
「そうか、ありがとな。なぁ、キース。お前は自分を責めてやしないか?」
俺がベックに申し訳ないと思っていることをベックはちゃんと見抜いていた。
「前にも言ったが気にするな。俺が好きでお前の旅についてきたんだ。お前が自分の道を進みだしたのが嬉しくてな。俺はお前達をジルべリアまで必ず送り届けると決めていたんだ。だが、それも叶わなくなっちまった。約束したのに守れなくて済まん」
「ベック謝らないで。俺は感謝してるんだ!」
「あぁ。知っているさ。それでもな、どうしようもない程悔しくて残念なんだ。俺は何があってもこの約束だけは守り通したかった。こんな形で俺だけ旅が終わるとは思ってもみなかったよ。キース、リファーヌ。お前達には感謝している。こんな中途半端なろくでなしの俺がお前達の前では頼りになる男でいられたからな。アンナに会えたのもお前達と旅をしたからだ。親父のこともだ。俺にとってはプラスしかない上出来の旅だった。いいか、お前達が死んだら俺は悲しむぞ。プラスから大赤字の旅になっちまう。いい思い出がすべて悲しい思い出になっちまう。だから絶対に生きてこの魔境から抜け出すんだ。分かったな」
「うん。うん・・うぅ」
もう言葉にならない。
やっぱりベックと別れるのは悲しい。
「キース。薄情なようだが俺は明日早朝ここを発つ。いつまでも居たら未練がましいし、何よりお前達の決意を鈍らせるからだ。だから、今ここで俺達は別れる。キース。お前がどこに向かうかを決めろ。これはお前の旅だ。お前なら、お前達なら必ずジルべリアへ辿り着ける・・キース、もう行け。リファーヌをちゃんと守るんだぞ!リファーヌ、最後までキースを信じてしっかりついて行くんだぞ!さぁ、もう行け!」
俺は動けなかった。
そんな俺達を残してベックは森の奥へ去って行ってしまった。
去り行くベックの背に、リファーヌが声をあげて泣いてしまった。
「ベックー!ベックー!ベックー!」
うわーん!うわーん!
リファーヌの泣き声が、これは現実なのだと突きつける。
ベックは行ってしまった。
全部わかってる。
厳しいようでそれがベックなりの優しさなんだ。
薄情に見せかけて俺が決断できるように促しているんだ。
そんな事は分かってる。でも、去りがたい。
リファーヌが俺の手を握って来た。
見ると顔が涙でくしゃくしゃだ。
それから俺の腕にしがみついて声を上げてしゃくりあげる。
俺はそれでも動く気になれなくて、しばらく佇んでいた。
ベック今までありがとう。色々教えてくれてありがとう。ここまでありがとう。
本当にありがとう。
ベックさようなら。
必ずまた会いに行くから、それまでさようなら・・
ベックはキースとリファーヌに背を向けた。
とてもこれ以上二人の前に立っていられなかったからだ。
あのままいたら、ベックはみっともなく泣き出していただろう。
そして、きっと天に向かって神を呪う言葉を投げつけていたに違いない。
そんな姿を二人には見せられない。
見せればその先に絶望しかないと教えるようなものだからだ。
なぜ、あんなにも良い子供たちに、これ程までに過酷な試練を与えるのか!
まだ十にも満たない子供を、人族など決して生きられない未踏の地に放り込むのか!
本当に神はいないのか!!
ベックの心は、キースとリファーヌが不憫で憐れで張り裂けそうだった。
恐らく、否、間違いなく二人は生きて魔境を抜けることはできないだろう。
その魔境に連れ込んだのは他ならぬベック自身だ。
だから、二人の命にこれ以上なく責任を感じている。
でも、手の届かないところにいては庇う事も身代わりになる事もできない。教えることも、指し示すことも、もはや何もできやしない。
二人が助かるのなら、自分は身を引き裂かれてもいい。命でも何でも呉れてやる。
だから、神がいるのならあの二人を助けてやってくれ!
ベックはそうした思いも言葉もすべて飲み込んで、キースにまるで希望が残っているかのように、説教じみたアドバイスを送ることしかできなかった。
そんな情けない自分を尊敬する眼差しで見つめ、敬愛し、最後まで信じている様子の二人の視線にベックが耐えられる筈がない。
だから、ベックは人生最大の自己嫌悪に陥り、心の中で謝り続けた。
キース済まない!リファーヌ済まない!ドミーク、ミルケット、済すまねぇ!
所詮、俺みたいな奴は・・約束一つ守ることができなかった。
人の生きられない場所に子供二人を置き去りにして来ちまった。
死ぬと分かってて、希望だけ与えて見捨ててきちまった。
本当にろくでなしだよ!いつまでたっても俺って奴は!俺って奴は!!
俺のせいで、済まない!済まない!済まない!
「よう、別れは済んだのか?」
「・・・・」
デュロスが森の奥から姿を現した時、ベックは膝をついていた。
顔を蒼白にして、流れ出る涙を拭うことも無く、抜け殻の様に一人項垂れていた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
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この後も新たな展開が続きます。
どうぞ、お楽しみください。




