谷越しの戦い
「小僧共!やっと見つけたぞ」
イグニアス騎士団長が騎士達の後ろから出てきた。
俺達の苦労の元凶だ。この男のせいでベックは今とても苦しんでいる。
そして、今もまた最悪のタイミングで見つかってしまった。
本当に災いしかもたらさない厄介な奴だ!
「おい、お前達を追った3人の騎士はどうした」
谷越しだから必要以上に大声を出している。
「知らない!」
俺が応えた。
「なに?会ってないのか?」
「だから知らないって言ってるでしょ!」
今度はリファだ。
「・・奴らどこほっつき歩いてるんだ!ったく。おい、小僧共。こっちへ来い。今なら笑って許してやる。黙って公爵家に仕えよ!」
「嫌って言ってるでしょ!」
谷越しの怒鳴り合いだ。
リファの声は良く響く。魔物を引き寄せかねない。
「リファ、声を抑えて。魔物が寄ってきちゃう」
「むぅ!キースは悔しくないの!あいつのせいで全部おかしくなったんだから!」
「悔しいよ。許せないよ。俺だって。でも今、強い魔物が来たらもっと困る」
リファがほっぺを膨らまして俺を睨む。
睨む先が間違ってるよ。ったく。
谷を越えたこちら側は、デュロスによると魔境の深層に一つ近づいた場所らしい。
だから俺達は、すごく気配に気を使って狩りをしていたのだ。
それなのにイグニアスはでかい声を張り上げている。
「おい!小僧共、お前たちの庇護者はどうした?ベックと言ったか。馬は食い殺されたみたいだがベックはまだ生きてるのか?それとも馬もろとも魔物に食われたか?」
ニヤニヤと俺達の心情を煽る作戦に出たようだ。
腹が立つ!
「ベックは死んだ!全部お前のせいだ。俺達はお前を絶対に許さない!」
死んだことにしてしまえばもうベックはもう狙われない。そう打算した。
でも、ついカっとなって大声で怒鳴り返してしまった。
「そうよ!私もお前を許さないんだから!イーだ!」
リファが顔の両端を左右に引っ張って、舌ベロを出して子供らしい挑発をした。
リファの中では最大限の侮辱方法だ。
可愛いらしくも実に気持ちのこもったいい変顔だった。
それがイグニアスの逆鱗に触れたらしい。
「ふ、ふざけるな!子供と思って優しくしていれば何たる不敬!俺は騎士団長のイグニアスだぞ!ガキになめられてこのまま済ませてたまるか!全員攻撃せよ!盾部隊は陣形を組め!弓部隊、弓を放て!歩兵部隊は橋を渡り二人を拘束せよ!何としてもクソガキどもを捕まえろ。多少傷つけても構わん!行け!!」
きびきびした動きで騎士たちが動き始めた。
瞬く間に揃いの盾を隙間なく並べ後ろに弓士が立つ。
「弓隊、矢をつがえー!引けぇー!放て!」
部隊長らしき騎士の声に合わせて一斉に矢が放たれた。
俺は胸の高さの土壁を作って裏に隠れた。
矢の多くは大きく壁を越えて背後へ向かって飛ぶか、あらぬ方向に飛んでった。
「そっか。谷の吹き上げの風が矢を舞い上げるんだ。」
俺は弓兵の精度の悪さに一瞬びっくりしたけど、谷底からの強風を思い出して一人納得していた。
「ねぇ、キースどうしよう。あいつら倒さないと私達ベックの所に戻れないよ。殺しちゃっていいのかなぁ」
「うーん。どうだろう。殺すにしても全員はさすがに無理だよ」
一人でも殺したらベックの家族が処刑になると脅されているから躊躇ってしまう。
ならばいっそ全員と思ったけど、俺達では無理だ。
「どうしよう・・」
ギャー!
俺達は何もしていないのに悲鳴が聞こえて何事かと頭を出せば、倒木を渡ろうとした騎士が一人落ちそうになっている。
苔に足を滑らせたのか?辛うじてぶら下がってジタバタしていた。
「うわっ、あれは怖い」
リファが呟いた。
数人の騎士が一度に渡ろうとしたのだろう。倒木の上で5人がバランスを取ろうとしてふらふらしている。
倒木が揺れているじゃないか。
確かにあれは怖いぞ・・
あ、落ちた。
悲鳴が谷底に吸い込まれていった。
「とにかくこうなったら戦うしかないよ。やっちゃおう!」
一人死んだ事でリファの中で迷いが消えたのかもしれない。
立ち上がっていきなり風刃を放った。
「ちょっと、リファ!危ないよ!」
俺も慌てて立ち上がってシールドを張った。
「キース、私もシールド位張れるから。キースはキースで攻撃に集中して」
リファに言われてしまった。
確かに接近戦でなければリファは強い。
俺も火矢を敵の構える盾に向けて撃ち込んだ。
けど、上方に外れた。
あ。風のこと忘れてた・・
騎士団にも魔法師がいたらしい。
矢に交じっていくつもの火球が飛んできた。
その程度まったく問題ないけど。
谷を挟んで魔法弾と弓矢の交戦が始まった。
ただ、俺達は軌道を操作できる。
だから狙った場所は外さない。加えて粘着タイプの火矢だから木盾など俺達の前では、良く燃える薪と変わらない。
リファは器用に風を操って俺達に矢が届かないようにしている。
そして隙を見てイグニアスに向けて風刃を飛ばしている。
イグニアスは歯ぎしりをしながらリファの攻撃を大剣で切り落としていた。
あの大剣がきっとデュロスの剣なのだろう。
「怯むな!ガキ二人に誉れ高きブルジェール騎士団ともあろう者たちが何を手古摺っておるか!」
怒鳴り散らして部下を叱咤している。
「お前うるさい!」
リファが切れた。
火球を複数イグニアスに放つと、炎が大剣に絡まってイグニアスも剣を落とした。
それ2度目だぞ。学習しろよ!
「お前も俺達に手古摺ってるみたいじゃないか!」
思わず俺は煽ってしまった。しかも大声で。
ちらっと見れば、倒木をさっきの5人が渡り終えそうだった。
そこをリファが強風で吹き飛ばした。
うわあぁぁー
悲鳴を上げて落下してゆく騎士たち。
リファってば、怒らせると容赦ない。
「ガキども!許さんぞ!おい、もっと矢を放て!歩兵部隊は何をしているか。さっさと向こうへ渡れ!ガキを押さえろ!腕の一本くらい切り落としても構わん!早く行け!」
イグニアスはもう沸点の限界を越えたように顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
リファがそんなイグニアスを狙ったけど躱されてしまった。
腐っても騎士団長だ。身体能力が高い。
谷を挟んで戦っているうちは負ける気がしない。
優位に立って戦いを続けていた。
魔力切れが起きたら倒木の渡り口を石壁で囲んでこちらに来られないようにすればいい。
持久戦になるけど致し方ない。
なんてことを考えていたけど、甘かった。
背後の茂みに魔物の気配を感じた。
すぐに石壁の防御壁を築いて背後を守った。
「キース・・」
「うん。かなりヤバイ奴みたいだ」
「どうしよう・・」
もう騎士団なんて相手にしてる場合じゃない。
俺は覗き窓を開けて背後の森を注視した。
そこから現れたのはブラッディエイプの群れだった。
最悪だ・・
魔神の爪痕で戦ったのはアンデッドだった。瘴気を纏っていたから黒っぽかったけど、今現れた群れは紺に近い濃い青色の綺麗な体毛をしている。
毛皮を高値で買い取ってもらえるはずだ。
出てきた群れは全部で35匹。内一匹はでかいし筋肉質だし見るからにヤバそうだ。
騎士団は対岸で大騒ぎを始めた。
撤退を進言する者をイグニアスが叱り飛ばしていた。
「ダメだ!青猿如きで撤退などできるか!」
「しかし、ウェイド殿もおられず戦力に不安が・・」
「黙れ!黙れ!いいからさっさと矢を放って森へ追い返せ!」
イグニアスの手にはまた大剣が握られている。
熱が冷めたのだろう。
弓隊が矢を青猿に向けて放ち始めた。
それを青猿はキーキー叫びながら軽く避ける。
ウキャー!
ボスの甲高い一声で青猿が大木を渡り始めた。
俺達はその様子を息を潜めて覗き穴から見ている。
俺達は見つかっていないのだろうか。であれば隙を見て森の奥へ逃げ込んだ方がいいかもしれない。
「橋の上で迎え撃て!」
イグニアスが叫んでいるが、死ぬ覚悟でそんな事する奴はいくら誉れ高きブルジェールの騎士でも嫌なようだ。
誰も動かない。
代わりに矢が飛んで行く。
何匹かに命中し、そのうちの一匹が谷底へ落ちて行った。
ウキャー!
怒り狂った青猿たちが次々と橋の上を跳躍して対岸へ渡っていく。
一気に混戦になった。
騎士たちは結構強い。盾部隊はしっかり壁を作り、その隙間から短槍部隊が突いて出る。それを背後から弓隊が援護している。
規律の取れたいい動きで青猿たちと渡り合っていたけど、その体制もすぐに崩れた。
青猿の身体能力が高すぎる。
物凄い力で盾の防御をものともしないでぶっ飛ばしている。
矢も槍もそれ以上の速さで躱して盾部隊の頭上を飛び越して背後に回ってしまった。
以前俺達が戦ったアンデッドに比べて、その動きは迫力と躍動感が段違いで凄い。
身体能力は5割増しと言ってもいい。
これでは戦いにならない。
騎士は全滅してもおかしくない。
その中でイグニアスと数名の騎士だけは何とか渡り合っている様に見えた。
やはり人格が腐っていても団長は強い。
何匹かの青猿を切り飛ばして、指示を飛ばしている。
その指示なのか分からないが、騎士団の形態に変化が出た。
数人で一匹を取り囲んで相手にする戦法に変わった。
さっきまでは全軍で向き合っていたけど、少人数で一匹を囲み確実に仕留め始めた。
元々青猿の3倍の数がいる騎士たちだ。一度連携が決まるとまた騎士団が押し始めた。
攻防がころころ入れ代わり手に汗握る戦いだ。中々見られるものではないはずだ。
リファと二人、安全な特等席からじっくり観戦してると徐々に勝敗が見えてきた。
ウキャーッ!
ボス猿の一声で青猿が撤退を始めた。
次々と橋を渡って森に消えて行く。
ただ、倒れた騎士を担ぎ、森に持ち帰ろうとしている。
まだ生きている者もいて何とも哀れな気がした。
元はと言えば、俺達を探しに来たわけだ。俺達が原因の一端になって、彼らが食われてしまうのかと思うと複雑な気持ちになってしまう。
まぁ、悪いのは全部イグニアスなんだけど。
騎士の人数は目に見えて減ってしまった。それでもブラッディエイプの群れを撃退したのだから上々の戦果と言えるんじゃないか?
なんてことを考えていたら、俺達がまずい事態になった。
「橋を谷底へ落とせ!夜中に寝込みを襲われたら敵わん。すぐ作業に取り掛かれ!」
イグニアスの号令で数人の騎士が橋に斧を振るいだした。
あいつら斧まで持ち込んでやがった。
「どうしようキース。橋が落とされちゃうよ」
どうしようと聞かれても、俺だってどうしていいか分からない。
でも、投降は絶対にしたくない。
投降の振りをして攻撃するとしたら?・・無理だ。接近戦で勝ち目はない。
ベックがずっと騎士と戦わないと決めて逃げ続けた理由がさっきの戦いで分かった。
敵対相手の個の能力が高くても騎士団は勝つための戦法と連携を取ることができる。
俺達では敵わない。
「リファ。投降して捕まるか、ここに残って二人で魔境を彷徨うのとどっちがいい?」
「どっちも嫌。だけど、選択肢がそれしかないなら此処に残る。それで何とか向こうに渡ってまたベックの所に戻る。捕まったら奴隷だもん。それは絶対に嫌」
「うん。そうしよ。何とか対岸に渡る方法を見つけよう」
俺達の目の前で橋は削られて遂に谷底へ落ちていった。
「ガキども!よく聞け。お前達のいる場所は強力な魔物の住む世界だ。絶対に生き抜くことなどできない。こちら側へ渡ろうとしても無駄だ。この谷で一番幅の狭い場所が此処だ。もうお前達にこちらへ渡る術はない!お前達は魔物に喰われて死ぬしかないのだ!今更、後悔しても遅いぞ。領主にはお前達は死んだと伝えておく。せいぜい頑張って魔物から逃げ回るがいい!ハハハハハ!」
イグニアスはそう言うと騎士団を連れて去っていった。
「ケガ人を治療してブルジェールへ帰還だ。急げよ」
肩を借りたり背負われたりして一人残さず騎士団は去っていった。
さっきまで騒然としていたこの場所に静寂が訪れた。
俺とリファの二人だけが魔境の深部に取り残されて戻る術を失ってしまった。
少し考えて俺達も場所を移動することにした。
ここは崖っ淵で、かなり開けた岩場だから見晴らしが良い。
見つかりやすいし逃げ場もない。
幸い食料はある。水も作れる。それに怪我もない。
足りないものは多いけど、何とか凌げるはずだ。
必ず生きてベックの所へ戻る。
そう強く決意して、俺はリファと森の茂みに分け入った。




