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安全地帯

「ゆっくりできないことは知っているが、少し話を聞いて欲しい」

 デュロスは俺とベックを見た。

 ベックは薄く眼を開けて小さく頷いた。


 まったく喋らない無口な人だと思っていたけど、今は雰囲気が違う。

 虚ろな雰囲気は消えてまともな感じの人に見える。同じ人なのにすごく不思議だ。


「俺の名はデュロス。話の前にこれを見てくれ」

 デュロスは甲冑を脱ぎだした。


 その下、首に隷属の首環が(はま)っている。


「それは?」

「見ての通り首環だ。キースと言ったな。お前の放った魔法の余波で壊れたらしい。お陰で自由になれた。ありがとよ。こいつを嵌められると自我や意識はそのままに、体が全くいう事を聞かなくなる。ずっと騎士団に戦闘奴隷として囚われていた。今回もだが、やりたくない事も汚い仕事も命じられてやらされていた。5年もの間ずっとだ。やっと解放された。心の底から礼を言う」


 どうやら俺の雷撃魔法が首環に刻まれた魔法回路を破壊したらしい。

 ベックから投擲(とうてき)ナイフを拝借してデュロスは首環を壊して外してしまった。


「はぁー。久々にすっきりした気分だ。俺は元々冒険者だったんだ」

 言いながら、デュロスはリファの背中に手を添えてひと押しした。

 リファに意識が戻った。


 リファも状況の変化を理解できていない。

 どうせ先に進むこともできない。

 だから俺達はデュロスの話を聞くことにした。



 デュロスはブルジェールを拠点にしてエルベス大魔境で魔物を狩るランクAの冒険者だった。

 5年前、騎士団の要請で依頼を受けた時に腕を見込まれて入団を誘われた。しかし、騎士団の黒い噂を知るデュロスは断った。

 その結果、仲間を人質に取られ止む無く首環を嵌めることになってしまった。

 パーティーメンバーも戦闘奴隷に落とされて、5年の間に全員が使いつぶされ死んでしまった。

 その中にデュロスの恋人もいた。


「これで仲間の仇を討てる。さっき殺した二人は仇の片割れだ。残るはイグニアス団長一人。必ず仕留めてやる」


 デュロスはギリギリと歯を鳴らして騎士団のいる方角を睨みつけた。


「だが、その前にお前達の窮地を救いたい。助けてもらった礼にその位させてくれ」


 余りぐずぐずしてはいられない。

 殺した騎士は俺が魔法で土中深く埋めた。証拠隠滅だ。

 そして俺達はすぐに移動を開始した。


 歩けないベックはデュロスに背負われている。

「ちっ、野郎の背中に負ぶさる日が来るとは全く情けないぜ」

 ベックが弱々しく愚痴った。

 愚痴くらいいくらでも聞くよ。それよりベックが生きていることが俺はとても嬉しい。

 ベックから“自分をおいて逃げろ”と言われたことがずっと心に引っかかっている。

 加えて、ベックの背中から突き出た血まみれの槍が頭から離れない。


 今度ばかりはダメだと思った。

 一度は諦めてしまった。

 それでも、まだ全員が生きていることがとにかく俺は嬉しかった。


 襲い来る魔物に足止めされながらも俺達は大魔境を走り続けた。

 方向はデュロスが指示をしている。

 何でも隠れるのに都合のいい場所があるらしい。


 休息に入った時。

「キース。その背中の大剣を見せてもらって構わないか?」

 デュロスがそんなことを言ってきた。


「これはリファーヌのだからリファーヌに聞いてよ」

「嬢ちゃん、いいかい?」

「別に構わないわよ」


 俺はドミークの剣を手渡した。

 それをしげしげと眺めたり素振りをしてみたりした後、「実に良い剣だ」と言った。


「それはパパの形見なの。傭兵団で団長をしていてね、すごく強かったのよ」

 リファが珍しくドミーク自慢をした。

「あぁ、ドミークは強かった。“赤の咆哮”って言ってな、飛ばす斬撃なんだが何度見ても感動したぜ。首がスポーンと宙を舞ってよ、滝の様に血が空に向かって降り注ぐんだ。一度見ればあんたもあいつに惚れたかもしれねぇな」


「それ程の男か。生きているうちに会いたかったな。俺も大剣を使う。だが俺の剣はイグニアスの奴に奪われちまった。で、今は騎士団から支給されたこの数打ち品ってわけだ。こんなナマクラじゃ全く頼りにならない。なぁ、嬢ちゃん。あんた達と行動を共にしている間その剣を貸してくれないか。使いこなせるかは別にしてベックの護衛をするからよ」


「いいよ。どうせ荷物になってるだけだし。デュロスが持ってくれるならキースも助かるから」


 今まで背負ってるだけの重たい剣が無くなるだけで俺は楽になる。けど、そうはならなかった。

「いや、剣はキースがそのまま運んでくれ。俺はベックを背負っているから無理だ。魔物が現れたら渡してくれればいい」


 俺は頷いた。ちょっと重いけど問題ない。それより、ベックの背負われ心地の方が遥かに大事だ。


「この先に安全地帯がある。そこまで行けばゆっくり休めるだろう」

 さすが、魔境で稼いだAランク冒険者だ。こんな場所でも安全な場所を知っているとは。

「どんなところなの?」

 リファも信じられないのだろう。興味津々の顔だ。


「隠れるにはこれ以上ない安全な場所だ。岩場の崖に隠された洞窟がある。周囲には魔除け草が生えているから乾燥さて燃やせばいい魔物除けになる。代わりに、食料は離れた場所まで狩に行くしかないがな」


 その後、俺達はまた森の奥へと進んでいった。

 暗くなっても野営をしないでひたすら走った。

 何とか今日中にその安全地帯へ辿り着きたかった。


 陽が沈んで3時間後、やっとその場所に到着した。

 暗くてよく分からないけど、確かに岩場の様な場所だった。

 崖沿いに崩れた瓦礫の上を足を取られながら歩いて行くと大きな岩の前に出た。


 デュロスはベックを背負ったまま岩の上に軽々と飛び乗ったかと思ったら、裏側へ飛び降りた。

 下から見ればそこに隙間があるとは気づかない。


 俺とリファも同じように岩を飛び越えると洞窟になっていた。

 光球で照らしても奥は暗くて見通せない。


「ここは結構奥深いぞ。この先に湧水がある。洞窟の奥に向かって風が吹いているからここで野営しても煙は外に流れない。この辺に騎士団の連中が来てもここを見つけることはできないだろう。俺が見つけた完璧な安全地帯だ」

 どや顔でデュロスが説明をしている。


 ひとまず、野営準備だ。

 すぐに火を起こす。湯を沸かして、薬湯を作りベックに飲ませた。

 リファが途中で狩ったイタチに似た魔物を切り裂いて鍋に放り込んでスープを作っている。

 俺は念のため入り口の隙間を石で覆い魔物の侵入防止を施した。

 デュロスは洞窟の奥へ松明を持って潜んでいる魔物がいないか確認しにいった。


 準備が終わりスープを啜る。

 ベックが回復するまでここで何日でも過ごせばいい。

 俺とリファはそう言う話をしてすぐに眠りについた。


 すごく疲れた一日だった。体力も精神もゴリゴリ削られたような散々な日だ。

 こんな日はさっさと眠ってしまうに限る。

 瞼を閉じるとすぐに深い眠りに落ちて行った。


 翌日は珍しく雨が降り、一日中洞窟で過ごした。

 ベックの具合は思わしくない。

 こんなところで寝ても休まらないだろう。

 それでも魔境の中を彷徨う事に比べたら遥かにマシだ。


 更に翌日、騎士団が追い付く前に食料を調達する話になった。

 まだ干し肉はあるし何日か困ることはない。


 それでも、騎士団に追いつかれた場合のことを考えて、新鮮な肉をベックの為に数日分確保しておきたい。

 魔除け草は乾燥して燃やさないと効果がない。でも、群生地のような場所では小さな魔物は寄り付かない傾向がある。

 だから、この辺りには手頃な食材は生息していないという事だ。


 狩りをして俺達の痕跡を残したくもない。

 だから俺とリファが調達係になった。デュロスは剣を振り回すからどうしても戦いの痕跡が残ってしまうのだ。

 その点、俺達なら飛弾系で狙撃ができるからうってつけと言う訳だ。


 デュロスにこの辺りの地形を確認した。

 この一帯は森の中に岩場が多いそうだ。木々が減って多少見晴らしは良いけど、岩場に潜む魔物に注意が必要という。

 それから北に2キロルの位置に深い谷があるらしい。

 谷幅は30メトルから200メトル。

 30メトル部分に倒木が渡されていて対岸へ渡れるようになっている。

 5年前の話だからまだ残っているかは分からない。

 獲物を探すなら谷を渡った先がお勧めらしい。


 デュロスのそうした知識は非常にありがたかった。

 何も知らずに小物のいない場所を延々と探す手間が省けたのだ。

 身を隠すのに都合のいい洞窟のこともだけど感謝しかない。


 俺とリファは北の谷を目指した。

 聞いていた通り人の丈程高い岩塊が視界の中にいくつもある。

 気配を消しつつ、気配を探りながら慎重に岩から岩へと移動する。


 辺りに魔物の気配が感じられない。

 鳥の(さえず)りもしない。風のそよぐ音ばかりだ。

 エサになる魔物がいないから中型、大型の魔物もいないのかもしれない。

 確かにここは安全地帯だ。


 無事というか、当然だけど俺達は何事もなく谷へ辿り着いた。

 谷底は暗くてよく見えないけどかなり深い。吹き上げの風が凄い勢いでリファの髪を逆立てた。



 両岸は褐色の岩肌が左右にどこまでも続いている。

「これも魔神の爪痕っていうのかな」

 リファが疑問に思う気持ちはよくわかる。

 魔神が本当にいたかはともかく、どうしたらこんな地形が出来上がるのか全くの謎だ。

 本当に魔神がいたとしたら、その爪は途轍もない大きさで、さぞ細くて長く鋭い爪なのだろう。

 でも、ブルジェールの街道の爪痕は幅の割に浅かったし。・・よく分からん。


 俺が自然の生み出す神秘に頭を悩ませていると、「ね、キース、あれ見て。あれが倒木じゃない?」とリファが指さしていた。

 目を向けると、左手のずっと先に確かに倒木が谷を渡っている。


 近くまで来ると苔むした大木だった。対岸が根元でこちらが梢だ。

 邪魔になりそうな枝は打ち払ってあって渡り易そうに見えた。

 でも、見た目は朽ちている。


「・・・・・」

 どうするの?とリファが目で語って来た。

 私怖いと書いてある。


 下も見えない深い谷。吹き上げの風でバランスを崩しそうだ。更に苔で足を取られそうだし、その前に腐った所が折れるかもしれない。


 魔物や騎士団とはまた違った怖さだ。

 俺だって尻込みしているところだ。


「とりあえず一人ずつ渡ろうか。先に俺が渡るよ」

 勇気を絞り出して決意した。こんな危なっかしい橋を先にリファを渡らせるわけにはいかないし。


 俺は先端部分に飛び乗った。まだ下は地面だ。

 足裏の苔の滑り具合を確かめた。


 結構滑るけど、一歩一歩踏みしめれば何とかなるかも。

 数歩進んでいよいよ谷の上だ。下を見れば暗くて見えないけどかなり高い。

 落ちれば確実に死ぬ・・

 足が震えてきた。

 そっと一歩踏み出す。真下からの風が強い。

 両手を広げてバランスを取った。

 そろそろと一歩ずつ足を踏み出す。

 苔を踏んだ瞬間ほんの少しズルっと足裏が滑る。僅かなことだけどバランスを取るので精いっぱいだ。

「キースがんばって!」

 リファの応援が俺の背を後押しする。

「5メトル進んだよ!あと35メトル」

 いやいや、全部で30メトルだから。増やすなよ!と心の中で突っ込む。

「半分まで来たよ!気を付けて!」

「あと少しだよ!」

 と声援を受けて何とか無事渡り終えた。

 進むほどに幹が太くなって安定感が増した。それに心配した朽ちて崩れる箇所もなかった。


 次はリファの番だ。

 リファも端の部分で腕を広げてバランスを取って感触を確かめた。

 さ、スタートだ。

「ゆっくり、落ち着いて!」

 リファの長い髪が舞い上がってすごいことになってる。

「そうそう。慎重にね」

 顔が引きつっていっぱいいっぱいみたいだ。大丈夫かなぁ・・

「がんばれ!あと半分」

 ちょっとバランスを崩したけど持ち直した。ふぅ~。

「あと少しだよ。気を緩めないで」


 何とかリファも渡り切った。

「怖かったぁー」

 リファが地面に飛び降りるなり座り込んでしまった。

 俺も隣に座った。


 改めてみるとすごく恐ろしい谷渡りだ。

 谷底が見えないってのは視覚的な圧迫感が半端ない。


 これで、獲物を狩ったらもう一度ここを渡らなければならないのか。

 考えただけで胃が痛くなる。


 俺達は一息入れて立ち上がった。

 さ、ちゃっちゃと獲物を狩ってベックのところへ戻ろう!


 気合を入れて森の奥に踏み込んだ。

 ここには魔除け草は生えていない。

 緑と土の濃い匂いで満ちている。多分魔素も濃い。


 大物は運べないから小物ばかりを3匹、できれば5匹狩りたい。

 魔法で氷漬けにしとけば十分長持ちするだろう。


 来る時以上に神経を研ぎ澄ませて気配を探った。

 すぐに一匹目を見つけリファが狩った。

 でかいネズミだ。0.5メトルのビッグフットマウスだ。

 次に俺が狩ったのは0.4メトルのトカゲ。名前は知らない。

 その次はリファが見つけたホロホロ鳥。1メトルに満たない超美味しい鳥だ。どうしても捕まえたくて頑張って追い回した。結果見事にリファが倒した。

 なんか負けてる気がして悔しいけど、食材調達は順調だ。


 持ちきれないから一旦戻ることにして倒木の橋まで戻った。

 その時、一本の矢が俺の頭上を飛び越えて背後の岩に当たってカツンと音を鳴らした。


 余りに順調で警戒を怠っていた俺が馬鹿だった。

 視線を上げると対岸の森や岩影から甲冑兵がわらわらと湧き出て来るところだった。

 100人以上いる。盾と弓と槍を持った3つの部隊が識別できた。


 どうやら、俺達は致命的なミスを犯してしまったようだった。

 


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