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エルベス大魔境

 時刻はもうすぐ夕方になる。

 野営を始めてもおかしくない時間だけど、俺達は魔境の奥に向かって歩いていた。


 ベックとリファが馬を挟んで前方を警戒し、俺が後ろから全体を警戒している。

 全体を警戒する役割はベックの方が適任だけど、飛弾系の攻撃ができる俺が抜擢された。


 後ろからベックを見ていると良くわかる。

 ベックはかなり足元がふらついている。

 熱がまたぶり返したのだろう。


 すぐに休息してもらいたいけど、まだ入り口付近だ。こんなところで野営をしたら捕まえてくださいと言っているようなものだ。


 俺は何か声を掛けたい思いをずっと堪えている。

 大丈夫?と聞いても大丈夫なわけがない。

 休もうよと提案してもこんなところで休める筈もない。

 いくら考えても、ベックにかける言葉が見つからなかった。


 大魔境の中は想像以上に開けていた。

 奥へ進むほど大木が増え、藪が減ってゆく。少し薄暗いけど視界は結構広い。

 視界が広いのは騎士団に見つけられやすく、魔物を発見しやすいという事だ。


 藪をかき分けて進むよりは楽だし、ベックの負担も少ない。

 前向きにとらえて運が良かったと思う事にしよう。


 ベックが足を止めた。

「前方に何かいる。約50メトルだ。注意して進むぞ」

 視界が開けているとは言っても、さすがに50メトルは見通せない。

 木々の陰に隠れて見えないけどベックは気配が分かるのだろう。

 ベックは進路を少し左に向けた。

 極力戦闘は避けたいから上手く回避できればいいのだけど。


 100メトル位歩いた時、俺も右後方からの気配を感じた。

 何かが近づいてくる。

「ベック」

「あぁ。俺は馬を見てる。お前達で頼む」


 俺とリファが注視していると3匹のオークが現れた。

 人の形をしたボアが2足歩行で迫ってくる。

 体長は約2メトル。全身が茶黒の体毛に覆われて、たてがみが額から背中まで伸びている。これで色が金髪だったらドミークを連想しそうだ。

 汚い腰巻をして、二匹がこん棒、一匹は石斧を持っている。

 これまで見てきたオークよりも精悍な感じだ。

 魔境は魔素が濃い分、同種の魔物でも平原の個体より強いのかもしれない。


「あいつらって子供のころはやっぱり縞模様なの?」

 これから戦闘だというのにリファが変なことを聞いてきた。


「ウリ坊と同じかってこと?そうかもね。どう見てもボア系の魔物みたいだし」

「ふふ。オークのウリ坊見てみたいな。やっぱり可愛いのかな」

「どうだろ。可愛いオークなんて全く想像できないよ」

 俺もついのんびり会話に付き合ってしまった。


 距離30メトルのところで、俺はロックパイルを土中から突き出した。

 若干距離があったせいか、二匹は仕留めたけど一匹は外した。

 その一匹をリファが風刃で首を落とした。


「お前ら相変わらずだな。緊張感のかけらもありゃしねぇ」

 ベックがぼやく。

「死体を埋めて来るよ。その間リファは警戒してて」

「いや、そのままでいい。どうせ後ろから騎士団がくるんだ。血臭に集まった魔物が良い妨害になる。放っとけ」


 ベックに言われてオークの死骸をそのままにして奥へと進んだ。


 緩やかな丘を登ったり下ったり。

 緩やかだけど延々と続くと結構きつい。

 たまにある藪を回り込んだり大岩を避けたりと体感的にあまり進んでいる気がしない。

 そこに魔物がちらほらと襲って来る。

 D、E級ばかりだけど、頻度が多いから正直面倒くさい。


「ベック。馬に乗ったら?」

 リファがベックを気遣ったけど首を振られた。

「きついけど、今日は馬に無理させたからな。お、そこにトレントだ」

 右前方、大木の背後に潜む樹木に擬態した魔物をベックはすぐに見抜いた。

 リファが火球を根っこに投げてすぐに対処した。


 日が暮れ始めて辺りは暗くなってきた。

 俺は馬の足元に光球を出して照らしてやった。


「このまま野営しないで進むの?」

「そうだな。今日はここまでにしよう」

 リファに言われてベックはやっと足を止めた。


 俺はすぐに土壁を作り、石小屋も作った。

 ベックには中で休んでもらって、二人で野営準備を行う。


「すまんなお前達」

「こんなことになったのも私たちのせいだから気にしないで」

「相棒の事申し訳ないって思ってるんだ。ベックごめん」

「気にするな。少し休んでるから飯が出来たら起こしてくれ」


 ベックはすぐに横になった。

 明け方まで僅かな時間も無駄にしないで休んで欲しい。

 リファが途中で見つけた薬草で熱を冷ます薬湯を作った。


 食事をしながら、ベックにフレア盗賊団の助けを借りた話をした。

 ベックの幼馴染は3年前に亡くなっていることも含めて簡潔に話した。

「そうか。納得がいった。あいつに助けられたのか。あの世に行ったら礼を言っとくよ」

 もっと驚くのかと思ったけど、ベックはその一言だけで黙ってしまった。そして食事が終わるとまた石小屋に入っていった。


 俺とリファは焚火の前でじっと炎を見ている。

 魔境の中だから魔力を温存して今日は鍛錬をしない。


 そうだ。

 俺は皮鎧を脱いでリファに渡した。

 ドミークに出陣を言い渡された時にミルケットがわざわざ手縫いして作ってくれた皮鎧だ。

「これ着て。ここから先は危ないから。ミルケットのお手製で丈夫だし、ミルケットがリファを守ってくれるよ」

「うん。ありがと。でもキースはいいの?」

「うん。防御系の魔法で何とかするよ。それにリファに怪我して欲しくないんだ」

 その場でリファが皮鎧を着込んだ。サイズは問題なし。なんか雰囲気が変わった。でもよく似合ってる。


 それから、また無言の時間になった。することも無いし話す気分でもない。

 今日一日中ベックは無口だったしずっと重苦しい空気だった。


 パチパチと爆ぜる火の粉を眺めているとベックが石小屋から出てきた。

「ベック体調良くなった?」

「あぁ。薬が効いたみたいで少し楽になった。ありがとな」

 少しだけ顔色が良くなった気がする。


「少し考えたんだがな、もし、騎士団がこの大魔境の中まで深追いしてくるようなら俺達は北へ逃げ続けるぞ」

 突然そんなことを言い出した。

「奥に行くほど魔物が高ランクになるんでしょ?危なくない?」

「危ないな。これは賭けだ。騎士団だってこんな危ないところにいつまでも居たくない筈だ。だからさっさと諦めてくれることを願う。だが、もし追ってきたとしても戦闘はどうしても避けたい。だから逃げることを優先する」

「強い魔物が出てきたらどうするの?」

「そりゃ逃げるか隠れるか。それでダメなら戦うしかないだろ」


「そうね、キースがいれば何とかなるかも」

 リファが俺を頼りにしてくれるのは嬉しいけど、ちょっと行き過ぎてる。

 ベックもそうだ。俺達で何とか出来ると思っているかもしれないけど俺はそうは思わない。

「俺達が今まで倒した魔物の最強はオーガだと思う。でも、あれは簡単に倒せたようで実はそうじゃないと思うんだ。上手く初撃が決まったから倒せただけなんだ。避けられていたらひとたまりもなかったと思うよ。次も上手くいくとは思えないよ」


「あぁ。そんなことは分かってる。その上で何とかなる気がするんだ。別に魔境を縦断するわけじゃない。逃げ隠れしながらやり過ごそうって話だ。いずれにしても、逃げるためには奥へ進むしかない」


「・・・」

「その上でだ、よく聞け。俺が足手まといだと思ったら迷わず俺を置いてお前達だけで先へ進め」

『え?』

「だから、俺はお前達の足を引っ張りたくない。俺は今戦える状態じゃない。もし強敵が現れてどうにもならない時は、俺を見捨てろと言ってるんだ」

「やだよ!そんなの絶対に嫌だよ!」

「そうよ、ベック何言ってるの?私たちがベックを見捨てる訳ないじゃない!」


「あぁ。お前達ならそうだろうな。だが、もし生きるか死ぬか、或いは捕まるかの選択に迫られた時、お前達は選ばないといけない。俺を見捨てて逃げるか、俺と一緒にみんなで死ぬか捕まるかだ」

「・・・だったら、こんな魔境に来なければ良かったんだ」

「いや、ここでなければ騎士団を撒くことなんてできやしないさ」

「嫌よ。ベック。私ベックを見捨てるなんてできない」

「俺だって死にたくはない。そんなことにならないことを願っているさ。けどな、いざという時の為に心構えをしておけと言ってるんだ。もし、その時が来たら絶対に迷うな」


 ベックは俺達を睨みつけた。

 まるで見捨てなかったら絶対に許さないぞとでも言いたげに。

 そして、また石小屋の中に戻っていった。



 翌朝、ベックの熱は高いままだった。

 夕べの薬草汁を飲ませたけど、こんな状況では劇的な効果は期待できない。


 夜明け前に準備を整え、少し明るくなるとすぐに出発。

「ね、ベック。ちょっと気になってるんだけどさ、騎士団は昨日大魔境の手前で野営したと思う?」

「間違いなくそうだろうな」

「なら、今ちょうど森に入ったところって考えた方がいいよね」

「あぁ」

「だとすると、早ければ昼前には追い付かれるよ」

「あぁ。確かにそうだ」

「ベックは馬に乗ってよ。余分な荷物は捨てちゃお。毛布は1枚あればいいよ。鍋も一つで十分。それよりベックは馬に乗った方がいい」

「・・そうするか」


 俺達は急いで余分な荷物を捨ててベックは馬に跨った。

 俺とリファは小走りでベックの馬について行く。

 それだけで昨日よりも随分とペースが上がった。


 当たり前の話だけど、逃げ切るためには騎士団よりも早いぺ-スで逃げなければ追いつかれてしまう。

 俺達が今いる地点は草原から約10キロル地点。昨日は時間当たり3キロルのペースで4時間弱歩いた。魔物との戦闘で時間を費やしたからそんなものだろう。


 騎士団は金属鎧を着ているとはいえ、精強な強者ぞろいでこちらより早いペースで追ってくる筈だ。

 仮に、時間当たり5キロルのペースであれば5時間後には追い付かれてしまう。



 リファも俺もベックの馬足に合わせて軽快に走っている。風魔法で追い風を作っているから涼しいし楽だ。

 けど、すぐに邪魔が入った。


 ゴブリンの集団に取り囲まれた。


 ゴブリン程度ならば恐れることはない。

 次から次へと始末をして問題なく討伐を終える筈だった。

 でも、それが油断だった。

 ゴブリンメイジが放った火弾魔法がベックの操る馬に向かって飛んできた。

 俺が咄嗟にシールドを張って対処したけど、驚いて棹立ちになったところでベックが落馬してしまった。

 ベックは落馬しながらも手綱を離さなかったから、馬の遁走(とんそう)は何とか阻止することができた。

 だけど、怯えた馬を落ち着かせるのに時間が掛かってしまった。

「面目ねぇ。いくら体調が悪いと言っても落馬なんざ15年ぶりだ。まったく情けない」


 ベックは猛省していたけど、そうじゃない。

 あの場面は、俺が真っ先にゴブリンメイジを始末しなければいけなかったんだ。

 余裕と思って油断したばっかりにベックにも馬にも大きな負担をかけてしまった。


 俺の方こそ自分が情けないよ。


 それからも襲撃は続いた。

 次は3匹のグリーンタイガーだった。

 緑と黄色の縦縞柄の魔物だ。


 幹と枝を器用に飛び移って隙をついて頭上から襲ってきた。

 さっきの失敗があったから俺達は油断なく対処した。

 飛び移る先の枝や幹に火矢を放って動きを乱す。

 リファが他の2匹を牽制している間に1匹仕留め、次も同様の方法で仕留めた。


 確かに、ここまでは無難に魔物を撃退できている。

 でも、馬は興奮しっぱなしだしベックの疲労も蓄積されている様だった。

 少しずつ追い詰められている感じがよろしくない。


 ずっと嫌な予感はしていたんだ。

 それが当たってしまった。


 何度目かの襲撃を防ぎつつ進むと森の雰囲気が変わった。

 森の匂いが濃くなった気がした。


「低層を抜けて中層に入った感じだな」

 ベックも同じことを感じていたようだ。

 暫く進むと、ベックが叫んだ。


「キース、左から狼の群れだ!」

 左方向、木々の間を黒い狼がちらほらと並走していているのが見えた。。

 次々と現れて数が増えていく。


 こいつらはジュダーグの森で俺がはぐれる切っ掛けとなったあのブラックウルフだ。

 尻尾まで伸びる(たてがみ)、赤い目、黒い体毛。

 忘れる訳がない。

 あの時はただの光球をものすごく嫌がっていた。

 だから俺は光球をいくつも飛ばして叩きつけたのだが。

 あれ?全く怯まない・・


「キース、何やってんの?光球で魔物が倒せるわけがないじゃない!」

 リファに怒られた。

「キース!遊んでないで早く片付けろ。馬が怯えてるぞ!」

 ベックからも怒鳴られた。


 おかしいな、爆散タイプなら行けるか?

 光球が当たれば爆散して飛び散る様に調整して再び叩きつけた。


 あれ?まったく怯まない・・

「おい!こら、キース!」

「ちょっと、キース!」


 再びお叱りを頂いてしまった。

 俺が馬鹿をやっている間にブラックウルフが数頭襲い掛かって来た。

 リファが風刃で先頭の一匹を切り裂いた。

 ギャウン


 次々と近寄ってくる。

 やべぇ。


 俺は光球を諦めてストーンバレットの連射に切り替えた。

 バシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュ!


 連射性を高めた結果6匹が悲鳴を上げながら転がった。

 止めも刺さず次を狙う。

 遠巻きに並走しながらついてくる群れに向けて更に打ち続ける。

 まだ20匹以上いる。


 ちらりと馬を見るとかなり暴れている。ベックが手綱を引いて上手く操っているけど、中腰できつそうだ。

 早く何とかしないと・・


 アウオォー

 リーダーの一吠えで両側に回り込まれると一斉に仕掛けてきた。

 やたら統率が取れていやがる。


 全く怯む気配がない。かなり厄介だ。

 ジュダーグの森で襲われた時はすぐに怯んだ記憶があるのに。同一種に見えて別種なのか?


 余計なことを考えている間に事態が悪化した。

 馬が棹立ちになってベックを振り落とした。

 今日二度目の落馬だ。

 馬はそのまま走り去ってゆく。その後をブラックウルフの群れが追っていった。

 俺達は取り残された形だ。


 ベックは落馬の衝撃が強かったのかうずくまったまま動けないでいる。

 しまった・・


 俺のせいで取り返しのつかない事態になってしまった。

 


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