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追手

 暗い森の小道のずっと先の方から馬車の車輪の音が聞こえてきた。

「来た!」

 ベックに会える嬉しさと、心配な気持ちで心臓が早鐘を打ってるみたいだ。

 音が近づいて馬車が姿を現すと俺もリファも叫んでいた。

「ベック!」「ベック!」

 速度が落ちて俺達が待つ汚い小屋の前で止まった。

 ドアが開いて、女の人が降り、ケイオスが降りてベックに手を貸す。

『ベック!』


 ベックが馬車を降りると俺達は飛びつこうとしたけど、その前にベックは崩れ落ちてしまった。

 まともに立つ事すらできないみたいだ。


「ポーションを飲ませた。中級の期限切れだったやつだが少しは楽になっただろ?」

 ベックを介抱している俺達の頭上からケイオスが言った。

 リファはベックの腕に(すが)って泣いている。

 それはそうだ。ベックは顔の形が変わってしまっている。

 どれ程殴ればここまでひどく腫れあがるのか。

 ベックを拷問した奴は人の心を持っていないのか?

 俺はベックが生きていたことを喜び、同時にこれ以上ない怒りを覚えた。


「ヒール!ヒール!ヒール!」

 俺は続けざまに何度も治癒魔法を掛けた。


 殆ど塞がっていた瞼の腫れが引き顔の原形が蘇った。

 腕、足と掛けたところで、ベックから制止が入った。

「ひとまずもういい。ありがとよ。続きは後だ」


 ベックはふらつきながらも立ち上がった。

 リファの肩を支えにして何とか立てている。


「どこの誰か知らないが助かった。心から礼を言わせてもらう。あんた達が来てくれなかったらヤバかった。恩人の名を教えてもらってもいいか」


「俺はケイオス。偽名だ。さっきも言ったように詳しくはその二人から聞くと良い。それよりも、あまり時間がないぞ。早々に追手が来るだろう。ここも、否、付近一帯を奴らは捜索するはずだ。できるだけ早くここから離れることを薦める。最後に一つ。次は助けない。だから絶対に捕まるなよ」


 ケイオスたちはすぐに馬車へ乗り込み森を去っていった。


 傍の木に馬が一頭繋いであった。

 ヒールをかけている間にケイオスの仲間が繋いだのだろうか。


 ケイオスが去り、もう一度ヒールをかけようとしてベックに止められた。

「ヒールは後だ。先に移動した方がいい。ずいぶん楽になった。ありがとよ」

「本当に大丈夫?」

 俺は心配だ。ちゃんと治してから進みたい。リファも心配気にベックを見上げている。


「大丈夫だ。耐えられないほどじゃない」


 ベックに急かされて、馬に荷物を乗せて北へ向かった。


「ねぇ、西に行くんじゃないの?騎士団に追い付かれる前に谷を越えちゃおうよ」

「ダメだ。西は間違いなく騎士団が待ち構えている。奴等、お前たちを本気で捕まえようとしている。お前達が街から姿を消した時点で街道の要所は危ないんだ」

 ベックは取引を持ち掛けられた末、二人が姿を消したために拷問が続けられたことを思い出していた。


 俺はこの二日間逃走ルートを考えていたのに、即断の却下で慌てた。

「じゃあ、どこに行くの?北に向かっても魔神の爪痕があるから谷を越えられないよ」

 リファも疑問を口にした。


「暫く北の草原でゆっくり傷を癒す。ひとまず北に向かおう。西はもとより、東も南も騎士団が見張っている筈だ。広大過ぎて見張ることのできない北の草原しか向かうべき場所がない」

「ベックがそう言うなら」


 さっさとこんな国からおさらばしてしまいたいのだけど。

 俺はしぶしぶ納得した。

 北にはエルベス大魔境がある。

 その手前には広大な草原地帯が広がっている。これは魔境から魔物が溢れ押し寄せた時の緩衝地帯になっている。

 草原地帯には大小様々の森があるし、村も点在している。

 だから隠れるにはもってこいの場所と言えば確かにそうなのだが、何か納得いかない。



 馬を3分駆けで走らせた。

 ベックには振動が厳しいだろうに全く顔には出さない。


「ねぇ。ベック無理しないでよ」

「あぁ。だが少し無理してでもこの辺りから遠ざかりたい。お前達分かってない顔してるが今はかなり追い詰められてるぞ。状況的にはゴスベールの谷の時と似ている。違うのは今の俺達には頼りになる仲間がいないことだ」


「そこまでなの?」

 リファが嫌な記憶を思い出したのか顔をしかめた。


「あぁ。ヤバさ的にはあの時以上だ。この先一つ間違えば誰かが死んでもおかしくない。ここの騎士団をロギナスの連中と同じと考えるなよ。ろくでもない連中ってとこは一緒だが、あいつらは結構強いぞ。大魔境の傍で、国境沿いの街の騎士団なんだ。防衛訓練で鍛え上げられている。とにかく、見つからない内に傷を治してこの国を出ることだ。その為に今は敵の足元から遠くへ逃げるのが賢い選択だ」


「ふーん」

 リファはあまり危機感を持っていないみたいだ。

 俺の感覚もリファと似た様なものだ。ここまで来たらもう大丈夫だと思う。そんな事より早くベックを癒してしまいたかった。


 でも、ベックは逃げる方が大事だという。ままならない。

 でも、俺達は騎士団の本気というものを見誤っていた。



 現在の状況はともかくとして、長閑(のどか)な農村風景と草原の広い大地を俺達は行く。

 周りに人影はなく、青い空と白い雲がすがすがしくて気持ちいい。

 北にはエルベス山脈がその雄姿を横たえている。

 実に雄大な景色だ。

 遥か頭上を鳥が一羽翼を広げて旋回をしている。

 あの鳥とても気持ちがよさそうだ。


 陽が高くなってやっと俺達は休憩を取った。

 馬に水をやり、薪に火をつけ食事の準備に取り掛かった。


 ベックには休んでもらってリファが作る。

 俺はベックにヒールを掛けた。

 魔力で探った感じだとベックは体中の骨にヒビが入っている。


 ドワンゴの街で俺も経験しているから分かるけど、あれはかなり辛い。

 少し時間が掛かるけど丁寧に治そうとしたら怒鳴られた。


「だから今は移動優先だって言ってるだろ!」

「・・ごめん。でも、ベックが心配なんだ」

「ベック、キースを怒らないで!」

 リファも少し感情的になって来た。


「あぁ。キース、すまない。痛みでイライラしているみたいだ。だが、優先順位は変えない。分かったらすぐに出るぞ」


 また、俺達は再び馬を駆けさせた。

 ベックは少しでも早くエルベス大魔境の付近まで近づきたいらしい。



 夕暮れにエルベス山脈が赤く染まる頃になってやっと次の休憩を入れた。

 休憩もほとんど取らず、乗り手にも馬には過酷な時間だった。

 ベックの顔色が青ざめている。

 ずっと俺達の前を走っていたから気付かなかった。

 脂汗が顔に浮かんで息も荒くなっている。


「ちょっと、ベック大丈夫?」

 リファがすかさず声を掛けた。

「ちょっと無理したようだ。野営の準備は二人で頼む」

 苦し気な返事が返って来た。


 額に手を当てればすごく熱い。


 俺はすぐに土魔法で久しぶりの土小屋を建てるとベックに休んでもらった。

 手拭いを冷やしてベックの看病をリファに任せた。


 焚き木を探し集めたところでリファと交代してベックにヒールの続きを掛けた。

 怪我は癒せても、疲労や体力が回復するわけではない。

 熱も冷ませない。

 ベックの場合、骨のヒビや筋肉や血管の損傷を修復して、あとは炎症の回復を待つしかない。

 その回復には時間が掛かる。

 安静にしていれば驚くほど早く回復するけど、今すぐ治せると言う訳ではないのだ。


 リファがスープを持って来た。

「ベックはどう?」


「ヒールは一通り掛け終わった。けど数日は安静にしていた方がいい。できれば10日くらい」


「10日間ここで野営したらいいんじゃない?」

「ダメだ。明日朝には移動する」

「ベック、無理だよ。その熱じゃ」

「何とか下げるさ。大丈夫だ。キース、リファーヌもありがとな」


 ベックはスープを一気に飲み干すと横になった。

 俺とリファは一晩中交代でベックの看病を続けた。・


 夜明け前、ベックの熱は下がった。と言っても昨日よりはである。

 今日は一日ここに留まろうと提案したけど却下された。


 まだ熱は高いけど、ベックが大丈夫だと言い張るから仕方なく馬に跨った。

 馬の背から周囲を見渡すと、朝の光にエルベス山脈が橙色に輝いていた。

「とても素敵な眺めね」

 リファの顔も朝焼け色に染まっている。


 こんなにも素晴らしい景色だけに、今のこの状況が恨めしく思える。

 こんな風に追われていなければもっと心から景色を楽しめただろうに。

 いい旅の思い出として記憶に残したかった。


 馬を走らせ、一度休息を取りまた走る。

 昼に近づいたころ、背後に光る何かを見つけた。


「ベック、あれは何だろう?何か光ってる」

 遠くにチカチカと小さく光るものが見える。


「クソ!もう来やがった。あれは騎士団の(よろい)が反射してるんだ。方向を変えるぞ」

 俺達は進路を真北から東へ変え速度を上げた。俺達の荷物に反射するようなものはない。

 この距離ならまだ向こうの視界には入っていない筈。

 今進路を変えれば十分撒ける筈だった。


 でも俺達の予想に反して、追手も進路を変えて少しづつ近づいてきた。


「なぜだ!?奴らは俺達が見えるのか?」

 もう一度真北に進路を取る。

 それでも追手は正確についてくる。


「何かおかしい。キース、なぜか向こうは俺達の位置が分かるようだ。何か俺達が見落としていることはないか?違和感でも何でもいい。何かないか?」


「特にないよ。リファは何か気づいたことある?」

「私もないよ。あ。しいて言えばあの鳥がずっと飛んでるの。この辺りに生息している鳥なのかな。昨日もだけど、今朝からずっといるよ」


 俺とベックが上を見上げた。

「それだ!キースあの鳥を撃ち落とせ」

「え、なんで?あんな高いところさすがに無理だよ!」

「いいからやれ!あいつが騎士団の目になって俺達を監視しているんだ」


「どうゆう事?」

 リファーヌには意味が分からない。勿論俺もだが。


「いいか、騎士団の中には鷹や(ふくろう)を操ることができる連中がいるって話を聞いたことがある。ベルナルデが前に言ってた。憑依(ひょうい)魔法とかいう奴だ。広範囲の捜索や敵陣営の様子を見るために使うらしい。バルバドールじゃそんな高尚な魔法を使う奴はいなかったからすっかり忘れてたぜ。あの鳥を撃ち落とさねぇと振り切れねぇぞ」


 俺は遥か上空の鳥に狙いをつけて石弾を数発放った。

 が、当たらなかった。それに当てられる気もしなかった。


「やっぱ無理だよ!」

「ちょっと、どうするの!?このままじゃ逃げ切れないんでしょ?」

 リファーヌの口調に悲鳴が混じった。

「仕方ねえ。このままエルベスの魔境に入るんだ。森の中なら上空からは監視できねえ」

「え?魔境?危険だよ!」

 リファーヌが拒絶の叫びをあげた。


「このままだと追いつかれちまうんだよ!騎士団相手に戦うか、森の魔物と戦うか二つに一つだ。」

「でも・・」

「いいか、騎士団は魔物討伐だってするんだ。余程高ランクの魔物に出くわさない限り騎士団の方が厄介だ。今の最善は魔境の中に逃げ込む事だ。それしかねぇ!」


 ベックは足蹴りを入れて馬足を速めた。

「仕方ないよ。ちょっと怖いけどベックを信じよう」

「うん。騎士団も魔物も両方相手にすることにならなきゃいいけど・・」

 俺も馬に足蹴りを入れてベックの後をついてゆく。



 前方にやっとエルベス大魔境が視界に入った。

 馬は全身に汗をかいて、口の端に泡を吹いている。

 可哀想だけどもう少し頑張ってもらうしかない。

 あれから、騎士団は少し遠ざけたようだけど、まだ後をついてくる。


 魔境が見えた時に思った疑問を聞いてみた。

「ベック、馬はどうするの?」

「残念だが相棒は森の手前で放す。馬は魔境で生きて行けない。頭の良い奴だから野生でも生きて行けるだろ。もしかしたら新しい主人を見つけるかもしれねぇ。悲しいが仕方ない」

 ベックも考えていたのだろう。声が沈んでいる。傭兵時代に生死を共にして戦った相棒だから簡単に別れられないだろう。

 でも、本当にそれでいいのか?行き当たりばったりでとても大事なものを手放そうとしていないか。


「凄く大事にしてたのにいいの?」

「一緒に連れて行くってことは魔物に食われるってことだ。それが分かってて連れては行けない」

「このまま草原を東に行けば撒けないかな」

「無理だろうな。奴らは本職だ。逃亡する者を追跡することなんざお手のもんさ。馬も良く鍛えられている。あの鳥を撃ち落とせれば話は別だが、でなけりゃまず逃げ切れるとは思えねぇ。鳥を使った監視に気付かなかったのは痛いミスだ」


 魔境と草原の境に辿り着いた。

 俺が馬に水を飲ませている間にベックが荷物を俺達の乗っていた馬に積み替えた。

「こいつには悪いが犠牲になってもらう。これまでの2倍の荷物を背負わせるんだ。ここから先は俺達は歩くしかない。大変だろうけど頑張れよ」



 ベックは相棒の首筋をパシパシ叩いた。

「お前には世話になった。今から自由だ。好きな場所へ行って好きに生きろ。悪い奴に捕まるなよ。捕まるなら俺みたいな良いご主人様にしろ。元気でな」

 ブルルルルル


 分かっているのかいないのか、よく分からないがベックの相棒は低く(いなな)いた。

「さぁ、行け!」

 ベックが尻を叩くとベックの相棒は東に向けて駆けて行った。

 それを見送るベックは寂しそうだ。

 本当にこれでいいのか、もっと違う選択はなかったのかと考えてしまう。


「さ、俺達も出発だ」

 見上げれば、まだ鳥は上空を飛んでいる。

(あの鳥さえいなければ・・)

 今更だけどもう一度狙ってみた。

 そしてダメだった・・


 俺は肩を落としてエルベス大魔境に踏み入った。


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