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ベック脱獄

 なぜあんな面妖な怪しい仮面を選んでつけているのか?

 ケイオスの美的感覚についてリファと議論しながら帰ったハワードの家付近。


「リファ」

「うん。誰かが見張ってるね」

 最後の通りを曲がろうとしてすぐに気づいた。

 そっと覗けば数人の男が冒険者風の恰好で(たむろ)をしている。

 だけど、妙にちぐはぐな感覚があった。

 遠目でも分かる不自然さ。あ、ブーツがお揃いだ。ロギナスの街で囲んできた連中と似た雰囲気がある。騎士団の変装はブーツがお揃いっていう決まり事でもあるのだろうか?


「多分騎士団だ」

「今更何の用なのよ」

「俺達を捕まえに来たんじゃない」

「ベックを捕まえたのに?」

「だって公爵が欲しいのはベックじゃなくて俺達じゃん。ベックをエサにして俺達に言うこと聞かせようとしてるとか。あ、すぐに街を出て行くって言ったのに出て行かないからかな」

「もう!しつこいと嫌われるって教えてあげようかな」


 ひとまず馬と荷物を預けてある職人ギルドへ向かった。

 そこには怪しい見張りはいなかった。

 次に街門。けど、通りかかった冒険者ギルドは見張られていた。俺達と同じくらいの子共が来ると話を聞かれている。


「この分だと街門も見張られてるだろうね」

 俺達は建物の陰からその様子を見ていた。


「キース、どうする?」

 リファは眠そうな顔をしている。俺も眠い。


「どこでもいいから眠れる場所を探そう」

 俺達は西に足を向けて平民層の雑多な街の中の宿を借りた。

 すぐに二人とも眠ってしまい起きればもうすぐ夕方という時間になっていた。


 くぅ~

 リファのお腹が可愛らしい音を立てた。


 俺達は宿を出てその辺の屋台で串肉を買った。

 人ごみを外れ近くの石段に腰を下ろして串に(かじ)りついた。


「なんだか疲れちゃった」

 リファがボソッとそんなことを言った。

「だってさ、何も悪くないのにこの街は私たちに嫌がらせばっかしてくる。この街もう嫌。昔ベックが出て行きたくなった気持ちすごくわかる。」

「うん。ベックの故郷っていうから楽しみたかたっんだけどね。ギルドの依頼受けたのが間違っていたのかな」

「うん。受けるべきじゃなかったよ。ベックがいないと私達ダメダメだね。でもね、ロバートさんを助けられたのは良かったよ」


 眠気も空腹も収まって少しすっきりした。気分はともかく、せめて前向きに考えよう。

「リファ、今後の作戦を考えよう。ベックの馬を街の外になんとか連れ出さないと。誰かに頼むしかないと思うんだ」

「ビントス達?」

「それが良いんだけど連絡とれるかな。今晩中にビントスの泊っている宿を探すか、見張りの目をごまかしてギルドに入り込むかしかないかな」

「それだと確実につかまるは分からないわよね。依頼で出かけてるかもしれないし」

「じゃあ、フレア盗賊団に連絡とる?でも不足の事態にならないと連絡来ないんだよね。連絡取れなかったらちょっと困る」

「じゃア、ロバートさんは?恩返してって言えば手伝ってくれるかも」

「そうだね。ロバート商会探すのが早いかも」

「確か西の商店街って言ってたからこの辺じゃない?」

「よし、頑張って探そう!」


 俺達は串肉を頬張ると商店街に足を向けた。



 時間は少し遡る

 ベックはバリアンと騎士団本部に来ていた。


「出頭命令に従ってきたベックだ。俺が来れば親父のハワードを解放すると聞いている。すぐに解放してやってほしい」


 ベックとバリアンは門兵に連れられて本部の建物に入った。

「迎えの者はここで待て。罪人は付いて来い」

 罪人呼ばわりされた挙句、ベックは拘束されて地下へ連れて行かれた。

 牢番兵に連れて行かれた先は厳重な地下牢獄だった。その一つの部屋の前で牢番兵は足を止めた。鉄格子の奥、粗末なベッドにハワードはいた。

 顔が腫れている。


「いったい何の罪で親父は殴られたんだ」

 鋭い目つきで牢番兵を睨みつけた。


「ふん、騒いだからだ。おい、出ろ!」

 牢番は意味もなく手にしていた鉄棒で鉄格子を叩いた。

 大きな音にハワードが顔を上げるとベックがいる。見る間に顔が口惜しさと悲しみに歪んだ

「ベック、すまない。私の代わりに・・」

「いや、親父は悪くない。謝らないでくれ。俺のせいで親父にひどい思いをさせちまった。すまねぇ」

「無駄話はするな!」

 ベックが入れ替わりに入り、ハワードは連れていかれた。


 暫くして、ベックは別の部屋へ連れて行かれた。

 そこは、壁や天井に拘束具が垂れている拷問部屋だった。


 やたらがっちりした男が入って来て、いきなり腹を殴った。

 不意な一発で身構えることができなかった。

 身を屈めて痛みに耐えていると髪を掴まれて無理に起こされたもう一発。


 我慢できずに吐き出した。


 天井から垂れる拘束具に両手首をはめられると足がつかなかった。

 そこから棍棒で顔、腹、背中、腕、足と所かまわず殴られ続けた。

 気を失えば水を掛けられて起こされる。

 何度も何度も殴られ続けた。


「そいつがベックか」

 声に顔を上げれば目つきの悪い大柄な男がいた。


「おい、ベック。お前にチャンスをやる。キースとリファーヌという子供のことだ。公爵家に仕えるように説得をしろ。嫌、説得などしなくてもいい。首輪をお前が嵌めるんだ。その約束をすれば今すぐベッドで寝かせてやる。治療もしてやるし飯も食わせてやる。どうだ?」


「・・お前馬鹿か?俺をなめるな」

「貴様、イグニアス様に何という口の利き方だ!謝罪しろ!」

 拷問官はイグニアスを慕っているのか、激しく怒ってベックの頬を殴りつけた。

「おい、やせ我慢するんじゃねえ。お前傭兵なんだって?傭兵の意地って奴か?無駄だ。俺達の拷問は苛烈だぞ。せめて死ぬ前には決断するんだな」


 そう言うと男は去っていった。

 そしてまた拷問の続きが始まった。イグニアスを馬鹿呼ばわりしたせいか、容赦ない暴力が奮われた。

 その後、一晩中殴る音とうめき声が止むことはなかった。


 明け方になって、ベックは牢獄へ放り込まれた。

 粗末なベッドに身を横たえると身体が悲鳴を上げる。

「へへ。これはさすがにきついな。キースの奴は自力で治癒ができるんだよな。ほんと羨ましいぜ。ま、愚痴っても仕方ないか」

 ベックはすぐに目を閉じたが、体が痛くてなかなか寝付けなかった。


 食事は僅かに具の浮かぶスープが一杯でた。そして夕方前にまた拷門部屋へ連れて行かれる。

 早速ぶら下げられると、また殴られ始めた。

 殴られながら、ベックは考えていた。

(このまま拷問され続けるといざキースたちが迎えに来た時に身体が動かなくなる。ならば、さっさと条件を飲んだ振りをして体を休めた方がいい。屈服するみたいで気に入らねぇけどな)


「どうだ。考えは変わったか?」

 昨日来た目つきの悪い男がいた。

「あぁ。もうたくさんだ。説得でもなんでもするから勘弁してくれ」


 掠れた声で答えた。

「ふん。嘘だな。心折れた奴はもっと目が死んでるんだよ。俺をだませると思うな!」

 ガシッ!

 一発殴られたところで髪を掴まれた。

「ところで、その二人が姿を消した。どこへ行ったのか吐け」

「し、知らねぇ」

 ガシッ!

「心当たりくらいはあるだろう」

「知らねぇ」

 ガツッ!

「この街に来て誰と知り合ったか全部吐け」

「誰もいねぇ」

 ドカッ!

「お前の家族はどこへ行った」

「知らねぇ」

 ガシッ!


「ふん。強情な奴だ。続けろ」

 男が部屋を出て行くと拷問官がまた殴り始めた。

「お前の努力は無駄だ。今街中を騎士団が捜索をしているって話だ。いいか、お前が吐かなくてもすぐに見つかる。だがな、お前が吐けば拷問はそこで終わりだ。これ以上痛い思いをしなくても済む。このままだと本当に死ぬぞ?その前に洗いざらい喋れ。それがお前のためだ」


 その日は夜更けまで続いた。

 ベックはボロボロになった。体中が青く腫れあがり、熱をもって骨がきしむ。

「ぐぅ・・こりゃやべぇな。あいつらが来ても動けそうにない。参ったな。ちくしょう・・あと、二晩。とてもじゃないが身体がもたねぇ」


 呻いても愚痴っても体が癒える訳ではない。とにかく少しでも体を休める位しかできることはない。

 ベックは深い溜息と共に目を閉じた。



 脱獄作戦決行の深夜、ケイオスは仲間二人と共に闇に紛れて騎士団本部へ忍び込んだ。

 騎士団内部に潜む仲間からはベックはひどい状態だと連絡が来ている。

 恐らく自力で走るどころか歩くこともできないだろう。

 そこで、仲間内の巨漢を一人、毒使いを一人連れてきた。

 3人は首尾よく塀を超え本部建屋まで移動する。

 すぐに仲間の手引きで鍵の開けてある部屋へ侵入した。

 そして着ていたフードを脱ぎさると前もって着ていた騎士服姿になった。

 そこで息を潜めて明け方を待つ。



 その頃、俺とリファは約束の隠れ場所で待機をしていた。

 昨日、ロバート商会を見事訪ね当てて馬の引き出しをお願いすることができた。

 どう考えても俺達では街門を抜けることができないと思ったから本当に助かった。


 俺達は夜の内に壁を飛び越えて脱出し、ロバートと郊外で落ち合うことに成功した。


「ベック大丈夫かなぁ。」

 リファがまた呟いた。昨日から何度も口にしている。

「とにかく生きてさえいてくれれば何とかなるよ。俺が絶対に治す」

「うん。それは分かってるの。でも、私たちのせいで痛い思いしてると思うと居た堪れないよ・・」

 涙目でぐすんと鼻を啜っている。

 俺はそっとリファの頭を抱きしめた。


 無事ベックを連れだせるのか、そもそもベックは無事なのか。

 もどかしくも不安な気持ちで、長い長い夜明けを待った。



 夜明けに近づいたころ、ケイオスがついに動いた。

 ドアをわずかに開けて周囲の音を慎重に探った。

 階段はすぐ傍にある。

 ドアを出てから階段を降りきるまでに誰にも見られるわけにはいかない。


 気配がない事を確認して3人は廊下へ踏み出した。

 音を立てずに移動し階段を駆け降りる。

 下りた先に扉がある。

 そこで3人は口元を布で覆った。ケイオスは狐目の白マスクに黒の布マスクを着けている。

(キースとリファーヌが見たらどんな感想を言われるのやら)

 つい、生意気な二人の子供の顔が頭に浮かんだ。すぐに頭を振って二人の顔を追い払った。

(やはり、あいつらはこっちの作戦に加えなくて正解だったな)

「ケイオス。集中して」

 毒使いの女から注意された。


 そこから廊下を進めば牢番兵の執務部屋がある。壁はないため、侵入者が来ればすぐに気づく造りだ。

 故に、キース達が乗り込んできていれば確実に戦闘になっていたに違いない。

 前情報ではそこに10人がいる筈だ。


 部屋に近づくと毒使いの女が小瓶を取り出して床へ液体を垂らした。

 その黄色い液体は揮発性が高いのかすぐに蒸発してゆく。

 その蒸発した気体を風魔法で部屋に流し込んだ。

 30数えて部屋の中を覗くと全員床や机に倒れている。

 これは即効性の睡眠薬だ。

 殺す訳にはいかないので強力な睡眠剤で兵たちを無効化することにしていた。

 ケイオスたちが口を覆っている布には睡眠剤を中和する薬が塗ってある為、自分たちが眠ることはない。


 ケイオスは奥の壁際まで行き、迷うことなく一つの戸棚を開けた。

 そこにいくつもの鍵が並んでいる。

 その一つを手に取るとすぐに先へ進んだ。

 廊下の奥に鉄格子の扉がある。それを今抜き取った鍵で開けると、すぐ横に階段があった。

 先へ進めば地下一階の牢獄棟。階段を降りれば地下二階の牢獄棟になる。

 情報通りだった。


 静かに階段を降りる。

 地下2階の造りも上階と同じだ。

 毒使いの女は小瓶から液体を垂らし風魔法で気体を飛ばした。

 30数えて覗けば執務部屋の全員が倒れている。

 ケイオスは壁奥の棚から一つの鍵と鍵束を抜き取った。


 廊下奥の格子扉を開錠すると奥へ踏み入った。

 両脇に牢獄が並んでいる。

 奥に進むとベックのいる牢獄部屋があった。


「おい、起きろ」

 ケイオスが鉄格子越しに男に話しかけた。

 血まみれのシャツとズボンを身に着けて寝台に身を横たえている。

 返事はない。


 手足が鎖で拘束されている。

 顔はひどく腫れあがり元の顔は想像もつかないほどだ。

 元々知り合いでもないから顔の確認は必要ないのだが、身元を確認する必要はある。


「お前がベックか?」

 ケイオスは怪しまれないように気を使いながら問いかけた。


 中の男は薄眼でこちらの顔を確認してまた眼を閉じた。

 やっぱり怪しまれたか?この仮面のせいなのか?

 内心他の仮面に変えて来るべきだったかと反省しつつ、そんな事はおくびに出さず言葉を続けた。

「キースとリファーヌなら来ないぞ」


 そう告げた瞬間、男が身を起こした。

「どういう意味だ」

 ボソッと呟くように問いかけてきた。声が出ないのだろう。酷くしゃがれている。

「色々と訳ありでな。話をする前に確認だ。お前がベックで間違いないな」

「あぁ」

 返事をするのも億劫そうな気怠い様子だ。


 ケイオスは鍵束を使って格子扉を開け、中へ入った。


「時間がないから簡単に説明する。質問は後で受け付けるから今は大人しく言う事を聞け。俺達はガキ二人の代わりにお前を助けに来た」

 そこまで言うとベックの目に少し光が戻った。

「すぐにここを出る。その後街を出て郊外でガキ共と合流だ。今から拘束を解く。移動中痛くても騒ぐなよ」

 ベックはコクリと頷いた。


 拘束具を外されたベックは巨漢の男に担ぎ上げられて数日間過ごした牢獄を出た。

 途中横切った部屋に牢番兵が倒れているのを目にした。


(一体どうなってやがる。こいつらは何者だ?なぜ危険を冒して俺を助ける?)

 痛みで良く回らない頭に疑問符を浮かべながらも、こんなボロボロの体では抵抗の術もない。

(よく分からんがなるようにしかならねぇ)

 ベックは再び目を閉じた。


 次に目を覚ました時は馬車に揺られていた。

 箱馬車の中で移動中の様だ。

 向かいに座る男は白い面で目と鼻を隠している。


(ふざけた面などつけやがって)

 改めてケイオスを見たベックの感想だった。


「気が付いたか。これを飲め」

 差し出されたのは一本のポーションだった。

 痛みが酷くて瓶一つ開けられない。それを横から手が伸びて奪い取ると蓋を開けてくれた。

 見れば中々美人の女が座っている。ちょっと目がきつい印象だ。

(アンナの方がタイプだな。おっと、こんな時でさえアンナと比べちまうとは、俺もまだまだ余裕じゃねぇか)


 しょうもない事を考えつつポーションを飲み干した。


「さて、俺達の素性やら疑問やらはこの先にいるキース達に聞け。ひとまず今の状況を話すぞ」

 ベックは小さく頷いた。

 大分マシになったとはいえ、まだ痛みが取れないし腫れも引かない。

 話すこと自体が億劫なのだ。


「今は街の開門時間から3時間がたった。この馬車はブルジェールから真北に30キロルの小さな村に向かっている。じきに到着する。そこでキースとリファーヌがお前を待っている。今頃騎士団はお前の脱獄に気付いて追っ手を放った頃だと思う。逃走準備とルートはキース達が考えている。魔神の爪痕を抜けてリステル共和国へ向かうそうだ」


 魔神の爪痕を抜けると聞いたときにベックが眉をしかめた。

「異論があるならキース達に言え。まぁ、俺も西へ向かうのはどうかと思うがな。いいか、俺達が手伝うのは隠れ場所にお前を連れて行くところまでだ。それ以上は手伝わないし、関らない」


 仮面の男の表情は見て取れないが、嘘はないと判断した。

 ベックは状況の整理を頭の中で始める。

 余りいい状況じゃない。

 ここからが正念場だと感じた。



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