白仮面の男
声を頼りに男を探したが見つからない。
梢の隙間から見える空はだいぶ明るくなってきた。
「姿を見せろよ。でないと話には応じない」
警戒しながら一声かけた。
ざっと枯葉を踏む音がして、黒尽くめの背の高い男が現れた。
顔には目と鼻を覆う白い面をつけている。
仮面は細い狐目が笑っていて表情が読めないというか、ニタニタ笑っているようにしか見えない。
「キースとリファーヌと言ったな。俺はケイオスだ」
「なぜ俺達の名前を知っている。お前とベックとの関係も話せ」
「それはお前達が有名人だからだ。ベックのことは名前だけは昔から知っていた」
「答えになっていない。俺はお前をものすごく怪しい奴と思っている。そんな答えじゃ余計に警戒するだけだ。俺達と打ち解けたいならこっちの納得がいくことを喋れ」
「ふふふ。中々にしっかりしたクソガキだ。良いだろう、話してやる」
仮面の男は意外にもあっさり了承した。
それがまた怪しさを引き立てる。そのふざけた仮面を取らない限り信用できないんじゃないか?
「フレア盗賊団と言う名を聞いたことがあるか?商人や貴族から金品を奪い貧しき者に施す集団だ。俺はその盗賊団の頭でケイオスという。ま、偽名だがな」
確か街中の掲示板に張り出されるほどの賞金首だ。騎士団が総力を挙げて追っているとか。
「ってことは、俺がお前を騎士団に突き出せば金貨50枚もらえる訳だ」
ちょっと茶化してみた。
「あぁ、できるものならな。俺達の仲間はこの街のいたるところに潜んでいる。領主の館にも騎士団にもだ。だから、ここ最近の騒ぎを俺は知っている。お前達が魔神の爪痕で活躍したことも、領主相手に派手に抵抗したことも、ベックが騎士団に拘束されたこともだ」
茶化して揺さぶってみたけどきれいに流されてしまった。
「お前が俺達を知っている理由は理解した。だけど、俺達と関わりのないフレア盗賊団が何故ベックを助けようとするんだ」
「それについては少し話が長くなる。が、簡単に言えば俺の相棒が昔ベックに助けられたからだ。15年前の話だ。俺は相棒の恩人を助けようとしている」
「端折らないで詳しく話せよ。ちゃんと筋が通っているかどうかであんたを信用するかどうかが決まるんだ」
「ち、話が長くなると言ってるのにな。まぁいい、話してやる」
そこで男が語った話を俺達はベックから聞いたことがない。でも、それはベックらしい話だった。
15年前・・
ケイオスの相棒の家は鍛冶師だったらしい。
近所に住む同い年のベックとは幼い頃から仲が良く親友だったそうだ。
相棒には二つ年下の妹がいた。
相棒の名を仮にアリオス、妹の名をアリサとしよう。
アリサは16歳。花のつぼみが開きかけたような可憐な少女だった。
幼い頃から他の子共とは違う愛くるしさがあり、誰もが振り返るような美少女に成長した。
この街の民は今も昔も権力者と富裕層の横暴に苦しめられている。当時も人々は強者の目に留まらないように息を潜めて暮らしていた。
ところが、アリサはその可憐さゆえに悪意ある者たちの目に留まってしまったのだ。
その日アリサは失踪した。アリオスと両親を始め、鍛冶街の大勢の者がアリサを探し回ったが見つけることができなかった。
そして数か月後、ベックが奴隷商の檻に入れられているアリサを見つけた。
アリサの首には隷属の首環が嵌められていた。
ベックの顔を見たアリサは、死んだ魚の様になってしまった瞳から大粒の涙を流したそうだ。
アリオスと両親はすぐに奴隷商へ行きアリサを開放するように迫った。しかし、奴隷商が頷くことはなく、屈強な護衛に追い払われてしまった。
仕方なく騎士団へと駆け込み、違法な方法で娘が奴隷にされていると訴えた。
しかし、騎士団も証拠がないと動いてはくれなかった。
元々、貴族、騎士団、奴隷商は結託していると言われている。
アリオスの両親は工房を売り、道具を売り、家財を売って金を作った。しかしそれでも足りずに金貸しから借金をして身受け金を工面した。
アリスは奴隷から解放されても笑顔が戻ることはなかった。
そして身の上に何が起きたかを語った。
その日、買い物に出たところを突然現れた数人の男によって馬車へ連れ込まれた。
ある奴隷商へ連れて行かれ、首環を嵌められるとすぐに領主の息子へと献上された。
そこからは地獄のような日々だった。
貞操を失い、怯え悲しむ毎日を過ごした。
そんなアリスを領主の息子は数か月で飽きたらしい。
元の奴隷商へ戻されると、看板商品として店の檻に飾られることになった。
そしてすぐに噂を聞きつけ探しに来たベックによって発見された。
アリオスの両親は、家も工房も失って親族の家に居候となっていた。しかし時間を掛けずに金貸しへの返済が適わなくなり、借金奴隷に身を落とすことになった。
アリサの心はその時に折れてしまった。
両親が傍から離れてすぐに首を吊って亡くなったそうだ。
アリオスは奴隷商をひどく恨んで、殺意を固めて商会へ押し入った。
しかし、武芸に通じないアリオスは簡単に取り押さえられて犯罪奴隷となってしまった。
本来であればアリオスの犯罪は1等罪のはずだった。殺意を持って押し入りはしたが誰も怪我を負わせる事無く取り押さえられたからだ。2度の軽犯罪で1等奴隷となる。アリオスの場合は1度目なのだから放免措置が妥当のはずだった。
ところが、奴隷商が騎士団に手を回し、3等奴隷として扱われることになった。
3等奴隷は貴族への侮辱や殺人などの重犯罪者がなるものだ。結果、隷属の首環を嵌められてその奴隷商に払い下げられた。
更にその奴隷商はアリオスを見せしめの為の商品として店頭の檻に放り込み、遂にバルバドール向けの戦闘奴隷として売り飛ばしてしまった。
この悲劇はブルジェールの人々の関心の的になった。
権力者には決して楯突ついてはいけない。
楯突けばアリオスの一家のようにひどい目に遭わされるぞと。
勿論、アリオスが悪いと誰も思わないし、奴隷商が正しいとも思っていない。
それでも、第二のアリオスになりたくなくて奴隷商を非難する者はいなかった。
ベックを除いては。
ベックはアリオスを助けるために色々と画策をした。
しかし、どれも有効な手を打つことが出来ず、アリオスの入った檻を苦々しい思いで眺めているしかなかった。
しかし、遂にアリオスが輸送されてゆく姿を目にした時、ベックの中の理性が決壊した。
親友の妹の仇。親友の家族の仇敵。親友の人生を狂わせた害悪の根源。
怒りに染まったベックはたった一人で商人もその家族も護衛も全員殺した。さらに奴隷を逃して商会に火をつけると、アリオスを追ってバルバドールへと旅立っていった。
ベックの犯した犯罪が露見すればベックの家族も無事で済まない。
だからベックは家族に何も告げず旅立った。
バルバドールでアリオスを助け出し奴隷から解放すると、ベックはそのまま傭兵となる道を選んだ。
アリオスはというと借金奴隷となった両親を救うためにブルジェールに戻ることにした。
その旅の途中でケイオスと知り合い、貴族と奴隷商会専門の盗賊団を立ち上げることになった。
「俺も奴隷商には相棒に負けないくらい恨みがあってな、相棒と出会い盗賊団を立ち上げたことは宿命だと思っている。相棒の妹が好きだった花がフレアセフィリアだ。紅いグラデーションが綺麗な観賞用の毒花だ。ただし、口にすれば燃えるように身体から熱を発し内臓を焼き尽くす。まるで俺達の中に巣食う憎しみの炎だ。だから俺達は現場に必ずフレアセフィリアを残すことにしているのさ。亡くした家族や恋人の恨みを込めてな。あれから15年。俺達は10年以上を掛けて確実に仕事を成功させる準備をしてきた。仲間も集まった。騎士団、領主邸の見取り図もあれば見張りの交代時間、人数まで把握できている。・・だがな、その相棒も3年前に死んじまった。不治の病だ。相棒はベックに恩を返せていないことをずっと気にかけていたんだ。ベック救出は相棒の恩返しとでも思ってくれ。どうだ、納得できたか?」
少ししんみりとした雰囲気になっていた。
そんな空気を払うようにケイオスが話題を変えた。
「お前達がベックを助けるために騎士団本部に忍び込んだことは分かっている。だが、どうやって助けるつもりでいた?」
「そんなの場所さえ分かればこっそり助け出すに決まってるじゃない」
リファ・・何も考えてないな。俺もだけど。
「あほか。そんなことは無理に決まってるだろ。奴は本部地下2階の牢獄にいるんだ。各階には牢番を担当する警備兵が20人から詰めている。無論、牢へ出入りする者は必ず気づかれる。気づかれずに済んだとしても、牢へつながる通路には鍵付きの扉を抜ける必要がある。そこは鍵が無ければ通れない。そこはどうするつもりだ」
「そんなもの力づくで押し通る。立ちはだかる奴は全部殺す」
俺が決意をもって答えた。
「馬鹿か!やっぱガキだな。騎士団相手にそんな強硬策をするもんじゃない。死ぬぞ?そんなことをすればたとえ逃がせたとしてもベックの家族は処刑される」
「大丈夫。もう逃がしたから」
今度はリファが答えた。
「はぁ。それはレドリアの街へ引っ越しただけだろ。その程度じゃ処刑は確定だな」
「え?なんでそこまで知ってるの?」
「言ったろ。あちこちに仲間や協力者がいるんだ」
俺達がレドリアまでの護衛の話したのはビントスとロッドルのパーティー。あとはギルドのエイミーだけだ。
ということはエイミーがこいつの仲間なのか?
でもエイミーにそんな影っぽい雰囲気はない。
気のせいだろうか。
「おい詮索するな。万一でもお前らの口から適当な人物の名が出たら、そいつは家族もろとも破滅するんだ。絶対に詮索をするなよ。騎士団に話すな。ベックにもだ。いいな」
低く渋い声で威圧された。こいつは俺の考えてることが手に取るようにわかるらしい。
ちょっと怖かった。
「それで、具体的にベックとどうゆう風に打ち合わせているんだ」
「二日後の深夜にベックは脱獄すると言ったんだ。その時迎えに来てくれって。だから俺達はベックの囚われている場所を確認しに行ったんだ。」
「だから、その脱獄の手順を聞いているんだ」
「だから、言ってるじゃない。こっそり忍び込むって。それで見つかったらそいつを倒してベックを助けるの!」
「だ、か、ら、それは止めとけって言ってるんだ。相手は公爵家だ。いくらリンドベルの爺様でも犯罪人を匿ったとか難癖付けられたら差し出すしかないぞ。ここの領主はそれ程の力を持っているんだ。絶対に誰も殺すな。一人でも殺せばベックの身内はどこにいようと皆処刑されると思え」
「でも・・」
「でもじゃない。お前たちの軽率な行動がベックの身内を殺すんだ。今回の騒動もお前達が切っ掛けなんだろ。少しは学べよ」
「むー!」
リファが不満満面の顔にむくれてしまった。
「だったらやっぱりあの公爵殺しに行きましょ。頭を潰しちゃえば全部解決じゃない」
「はぁ。こんな可愛い嬢ちゃんの言葉とは思えないな。お前の脳みそはどうなってる?俺の話を理解してないのか?いいか、公爵家には大きな力がある。それはつまり公爵家に力を持たせている者がいるってことだ」
「王様の事?」
「そうだ。ファリバスって公爵は前国王の実弟だ。そんな人物を殺せば王国が動くぞ。絶対に勝てない相手だ。お前たちはファリバスを脅しはしたが誰も傷つけなかった。だからこの程度で済んでいるんだ。だが、もし騎士の一人でも傷つけて見ろ、必ず3等級犯罪者として身内もろとも全員処刑になる。お前たちの計画は最悪の手段だ。そこをしっかり認識しろ」
「じゃあ、どうすればいいのよ!」
「俺達に任せとけ。しっかり準備はできている。お前達にも手伝わせてやろうかと思ったが、止めだ。物騒すぎる」
「何でよ!ベックは私たちの仲間なんだから私たちが助けるに決まってるじゃない」
「お前達、誰も殺さず傷つけないって誓えるか?」
「そうしなきゃいけないなら誓うわ」
「じゃ、ベックがボロボロに傷ついているのを見ても平気でいられるか?」
『え?』
「ベックは拷問を受けている。二日後ならまだ生きているがかなりひどい状態だろうな。そんなベックを見て冷静でいられるか?カッとなって周りの騎士に攻撃しないと誓えるか?」
「そんな!キースどうしよう。私今すぐ助けに行きたい!」
「うん。俺も」
「待て待て。今から行けば間違いなく戦闘になる。騎士を殺して助け出してもベックの身内は処刑になると言っただろう。そんなことをベックは望んでいない筈だ。それに、ベックは頭も切れるんだろ。なら、拷問を受けることくらい知ってさ。会ったことはないが男気があると聞いている。なら、こう考えたはずだ。家族の為に拷問を受けても3日くらいは耐えて見せる、とな。今お前達が行けばベックの思いも我慢も無駄になるんだ。ついでに俺達の計画もな。だから今は耐えろ」
「・・・・」
「・・・・」
俺はベックのいる方角を見た。
今ベックは苦しんでいるのだろうか。痛い思いをしているのだろうか。
リファも同じ気も持ちだろう。眉が下がって泣きそうな顔をしている。
「お前達の気持ちは分かるが、俺達に任せろ。お前達が動けば最悪の事態になりそうで任せられない」
俺は拳を握りしめた。
ハワードさんを見送った時に覚えた怒りをぶつける先が無くなってしまった。
そう、俺はベックをどうしても助け出したい。そしてその時にこれまでの不満と怒りをぶちまけて徹底的に懲らしめてやるつもりでいた。
だけど、それはできない。しちゃいけないんだ。
でも、拷問を受けたベックの姿を目にしたら多分自分を抑えられない。
「キース・・どうするの?」
「俺は多分抑えられない。怒りが爆発しちゃう」
「それは私もだよ」
「なら、ケイオスに任せるしかないよ。怪しいから本当は嫌だけど」
「おい!ちゃんと話しただろ。お前達も納得しただろ」
「だから任せるって言ってるじゃん!」
「ならば怪しいとか言うな」
「そのふざけた仮面が怪しいんだよ!」
「・・・人様に見せられるような顔じゃないんでな」
「別に顔の事なんて言ってないわよ。もうちょっとましな仮面に変えたら?センスなさすぎ」
「・・・」
リファの余計な一言でしらけた沈黙が訪れた。
「仮面なんて何でもいい。それより計画だ」
俺達とケイオスはどうも合わない。
下手に連携するよりもいっそ丸投げした方がいい気がしてきた。
「俺達は二日後深夜に潜入して、夜明けの1時間前にベックを連れ出す。方法は任せろ。まず間違いなくベックを連れ出すことはできる。問題は逃走だ」
そこで、ケイオスは一呼吸おいて俺達を見た。
「脱獄が発覚する前にベックを壁外へ逃す。郊外に隠れる場所を作った。そこまでは俺達が責任をもって連れてゆく。そこからはお前たちの仕事だ。言っとくが時間との勝負だぞ。騎士団が気づき追いつかれる前に遠くへ逃げるんだ。お前たちはこの二日間で逃走方法とルートを考えて準備をしろ。わかったか」
「・・・わかったわ。ベックと合流したらさっさと魔神の爪痕だっけ、通り抜けるわ」
「西に向かうのか?谷を突破できるのなら一番無難だな」
「よし。隠れ場所は北門を出て真っ直ぐに進んで2つ目の村だ。その傍に一目でわかる森がある。小道があるから奥へ行け。その先にあるあばら家だ。不測の事態が起きたらそこに使いを出す。いいな」
「馬を一頭手に入れないと。どこで買えるか知ってる?」
「・・・買わなくていい。ベックを運んだ時にその馬をくれてやる」
「ありがと。おじさん本当はいい人なの?」
「さあな。だが、俺はフレア盗賊団だ。貴族と商人にとっては極悪人だそうだ」
そう言ってケイオスはニヤリと笑った。
狐目の白いマスクのせいで怪しさが倍増した。そんな笑顔だった。
「ダメだ。やっぱり怪しすぎる・・」
「おい!」
つい口をついた呟きにケイオスが突っ込みを入れてきた。




