交渉決裂
翌日、ブルジェール公爵から使いの人が来た。
2日後の昼に公爵邸に呼び出された。
ベックにハワードさんも交えて話をしたけど、とにかく公爵に仕える話は引き受けないように言われた。
すべてギルドを通して話を通してくれと言って明確な回答は避けるように指示された。
ベックの同伴は認められなかったけど、屋敷の外で待っていてくれることになった。
外にベックがいると思うだけで少しは心強い。
俺達はすぐに旅立てるように食料を買い準備を進めて公爵邸訪問の日を迎えた。
「ベック。ごめんね。せっかく故郷に戻って来たのにバタバタさせちゃって。私ね、ベックの故郷で困ってる人達を助けたかったの。それがこんなことになるなんて・・」
リファの気持ちは良くわかる。俺もベックに何か恩を返したいと思っていたから。
「おいおい、そんな顔するな。お前たちは良いことをしたんだ。胸張って堂々としてりゃいい。とにかく油断はするなよ。何を出されても絶対に口に入れるな。言い争うな。すべてギルドに丸投げしてやり過ごせ」
ベックの指示をしっかり胸に刻んで俺達は公爵邸の門を潜った。
堅苦しい執事さんに連れられて応接室で待つ。
でも、リンドベル邸のようにお菓子も紅茶も出てはこなかった。
そして、ビントス達も現れない。
執事さんに確認したら、ビントス達は昨日呼びだされていたそうだ。
しばらく待たされた後、広い部屋に案内された。
前方の一段高い檀上に豪奢な椅子がひとつ。
その手前で片膝を付いて待つように指示された。
公爵版の謁見室?みたいな場所だ。
老人が一人入って来て椅子に座った。すぐ横にイグニアス騎士団長がいる。
そのイグニアス騎士団長が俺達に声を掛けた。
「キースとリファーヌ。よく来た。こちらはファリバス・ブルジェール様。ブルジェール公爵家の御当主だ」
「初めまして。本日はお招きに預かり光栄に存じます。私はキース。隣はリファーヌと申します」
「ふん。確かにまだ子供だな。だが其方らの活躍で街道は無事往来が可能になったと聞く。小さいのに大したものだ。褒めて遣わす。さて、ギルドから報酬は支払われたと思うが、我が公爵領の難事を解決に導いた其方らに我直々に褒章を取らす。謹んで受けるがよい。イグニアス、説明をしてやれ」
「はっ。貴様らはこのブルジェール公爵家にて召し抱えるものとする。以後、公爵家に仕える者として領の発展の為にその力を振るう事を許す。以上だ」
ベックの予想が当たってしまった。リファが隣で小さなため息をついた。
「お褒め頂きありがとう存じます。ですが、私共は向かうべき先があり、旅の途中でございます。すぐに旅立つ予定ですのでその褒章をお受けすることができません」
俺が話している途中から公爵の眉間に皺が寄り、イグニアスの顔が紅潮するのが分かった。
「おい、小僧共。勘違いするなよ。これは命令だ。お前たちに拒否をすることはできない」
やはり予想通りの展開だ。
「私共は冒険者です。私共の自由が奪われるような話はお受けできかねます。そうした話は冒険者ギルドを通していただきたく存じます」
「黙れ!大人しく言って聞かせてやれば付け上がりよって。儂に逆らう者は許さぬ!」
公爵の言葉が終わらない内にイグニアスが剣を抜いた。
イグニアスの殺気が漲る。
「ちょっとお待ちください。そのように力づくで言われても困ります」
「言って分からねば分かるようにしてやるだけだ」
剣先がこちらに向いた。
ベックの忠告が使えないよ、これじゃ。何て我儘な連中なんだ。
「キース。これは無理。穏便になんてできないよ」
リファが小声で言う。
「せめてギルドを通して話し合いの場を設けていただけませんか」
「お前たちの選択肢は二つだ。ここで死ぬか、公爵家のために働くかだ」
話し合うどころじゃない。ベックごめんよ。
「・・・・」
「キース諦めよ。もう絶対無理だよ」
表情に出してはいないが、リファが怒っている。
眼で“もう我慢できない。懲らしめちゃえ!”と訴えて来る。
はぁ。ままならない。
そっちがその気なら、俺も覚悟を決めよう。ねじ伏せてやる!
「一つ伺いますが、あなたは50匹のブラッディエイプの群れを倒せますか?」
「は?」
「俺達は二人だけで倒しましたよ。あなたは俺達より強いのかと聞いているんです」
俺は一瞬で火矢を5本浮かべて立ち上がった。
横でリファも魔力を溜めている。
部屋の後ろに控えていた執事が部屋から出て行く気配を感じた。
「俺達はバルバドールの傭兵団にいたんですよ。傭兵の間で良く言われる話を一つ教えて差し上げます。“戦場では貴族でも殺される。金持ちも身分も関係ない。弱い奴から死ぬ”そう教えられました。で、先ほどの質問です。あなたは俺達より強いですか?答えを間違えると死にますよ。よく考えて答えてください」
「強いに決まっておるわ!」
イグニアスが火矢を切ろうと剣を振り下ろした。
そこに炎が纏わりついてしまった。
「熱い!」
イグニアスが剣を落とした。すかさず火矢をイグニアスの鼻先に突きつけた。
老人が椅子から立ち上がって逃げ出そうとしたから、火矢を動かして逃げ道を塞いだ。
「公爵様、まだ話は終わっていませんよ。あなたは私に逆らう者は許さないと仰いましたが、死んでも同じ事が言えますか?」
「ななな!儂に対する無礼で貴様らは死刑じゃ!」
「では、その前に今、私があなたを殺します」
俺は老人の眼前に火矢を一つ動かした。
「待て待て待て。わ、儂を殺せば貴様らは絶対に生かしておかんぞ。儂の騎士団が全力でお前らを始末する」
「ならば試しますか。こっちも全力で戦いますよ。戦闘には自信があるんです」
その時になって漸く部屋に騎士が雪崩れ込んできた。
「おい貴様ら!何をしている」
背後から騎士が怒鳴って来た。
背中はリファに任せて俺は公爵とイグニアスを睨みつける。
「動くな!動けば公爵様が死ぬよ。あんた達も殺す。大人しくしていなさい」
リファが怒鳴った。誰か飛びかかろうとしたのだろうか。
リファが火球を一つ天井へ向けて放った。熱が炎と共に上から下に向けて流れ落ちる。
騎士が慌てて下がった。
リファはすかさず新たに火球を浮かべて見せつけるように突き出した。
「さぁ。選ばせてあげますよ。ここのまま戦うか、俺達に構わないと誓うか二つに一つです。戦う方を選んだら真っ先にあなた方二人に死んでもらいます。構わないと誓うのであれば俺達はすぐに街から出ていきます。どうしますか?」
「・・・・」
「・・・・」
睨み合いの時間が暫く続いた。
「小僧。こんな真似してただで済むと思うのか。今なら許してやる。儂の元で働けば、それなりにいい思いができる。金も地位も呉れてやる。この街の上位者としてふんぞり返って生きてゆけるのじゃ。悪く無かろう」
「そんなもの望みません。俺達はやるべきことがある。その邪魔をするというなら俺達は全力で排除する」
俺は突きつけている火矢に魔力を飛ばして大きくした。
「・・ならば仕方ない。これ以上構わないと約束しよう。この屋敷から出て行きなさい」
「あんた達、公爵様の言葉が聞こえたでしょ?私たちにはもう構わないって。武器をしまって道を開けなさい。もし、攻撃してくる者がいたら容赦しないからね」
「公爵様。リファーヌの言う通り、公爵様の言葉を無視して俺達に向かってくる者がいれば、俺達は迷わず攻撃します。皆さんに一言、助言して上げたらどうですか」
「お前達。武器をしまえ。こいつらは見逃すことにした。分かったら道を開けてやれ!」
公爵の代わりに、イグニアスが背後に集まった騎士たちに命じた。
俺達が進むと騎士たちが下がる。部屋を出ると小広間なっていてそこで遠巻きにされた。
俺とリファは火矢と火球を浮かべたまま警戒しながらゆっくりとエントランスへと向かった。
今にも斬りかかってきそうな者に火矢を向けて牽制しながら外へ出る。
そしてそのまま表で待っていたベックと合流した。
「やっぱりこうなったか。ま、仕方ないな」
「ごめんベック。でもあいつらいきなり剣抜いて脅して来たからさ。ギルドを通してってお願いしても無視されるし」
「うん。どうしようもなかったの。ベックごめんなさい」
「それで、これからどうするんだ?戦うのか?」
「ううん。諦めてくれたよ。代わりにすぐ街を出るって約束した」
「そうか。ひとまずギルドへ寄って事情を話しておこう。それから親父とバリアンに別れを告げて出発だ」
俺達はその足でギルドへ向かいギルドマスターに経緯を報告した。
冒険者ギルドは基本中立の立場らしい。
冒険者が貴族から重用されることは多々ある。その選択は冒険者の自由でギルドが口を挟むところではない。今回のように、強制的な態度は非常に遺憾であってはならないと言いながらも、ギルドからクレームを行うような事はしないらしい。
もし、人質を取ったとか奴隷にするような犯罪行為の証拠があれば、ギルド本部を通じて王国に抗議をする。その上で、最悪、冒険者ギルドがモルビア王国から撤退する可能性がある。
しかし、ギルドにとっても撤退はマイナス面しかないため、そのような事態にはまずならないと話していた。
「結局ギルドは当てにできないのね」
リファの感想は正しいのだろう。
この先、同じような問題が起きてもギルドは当てにならない。
一つ賢くなった。
そう考えて今回のことはさっぱりと忘れることにした。
でも、忘れさせてはくれなかった。
ハワードさんの仕事場兼自宅に帰ると、中が荒らされていた。
扉は破れ、机が横倒しになっている。
床に色々な道具が散らばってまるで何者かが暴れた後の様だった。
「これはどうしたんだ。何があった。誰かいないのか?親父!バリアン!どこだ!」
ベックが大声で呼ぶと奥から見習いの青年が出てきた。
顔が腫れている。
「大旦那様が騎士団に連れて行かれました。ベックさんに伝言です。一人で騎士団本部まで出頭するようにと。出頭すれば大旦那様は解放するそうです。バリアンの旦那は外出していてまだ戻ってません」
ベックが吠えた。
「クソーッ!!親父がヤバイ!クソ騎士団共、親父に少しでも傷つけてみやがれ!この俺がギタギタに引き千切ってやるからな!」
俺達が初めて目にしたベックの本気の怒りだった。
正直ベックが怖い。
俺達の迂闊な行動が招いた結果だ。どうしよう・・
「ベック、俺達のせいでごめん。俺達にできることは何でもする。どう動けばいい?」
リファがハラハラした目で泣きそうになっている。
「お前達が悪いんじゃない。全部クソ領主とクソ騎士団が悪いんだ。だが、どうすりゃいいんだ」
「な、なんだこれは!」
声に目を向けると入り口にバリアンが立っていた。
部屋の惨状に目を開いて硬直している。
「あ、旦那さん。大旦那が騎士団に連れていかれました」
見習いがすぐに報告をした。
「なぜ親父が」
「それは俺から説明する」
ベックが俺達の代わりに公爵邸で起きた話をしてくれた。
「・・・・・」
「バリアン。こいつらを責めないでやってくれ。悪いのは領主だ。俺が騎士団に出頭すれば親父は解放される」
「そうするとお前はどうなる。恐らく殺されるぞ」
「何とか逃げ出すさ」
「馬鹿か。そんなことできる訳ないだろ。だが、お前ならやるかもな。俺達もこの町には住めないな。反吐が出るような街だ。この機会に出ていくことにするか」
「すまんな。バリアン」
「いいんだ。レドリアの街が良いって言ってたろ?俺の家族に手を出される前にさっさと出て行く。ベック、知り合いがいるなら手紙を書いて知らせておいてくれないか。」
「あぁ、すぐに書くよ。キース、あとで冒険者ギルドに配達の依頼を出してきてくれないか」
「あ、じゃあ一緒にレドリアまでの護衛依頼も出してくるよ。いつ出立する?」
「荷物もまとめないといけないしな。三日後だな」
「馬鹿言うな!今日に決まってるだろ。まだ時間はある。すぐに準備して街を出るんだ。あの領主を本気で怒らせたんだぞ。バリアン。すごくヤバイ状況なんだ。野営道具だけ積んで家族とすぐに出るんだ」
「おい、さすがに仕事道具はもっていかないと」
「ダメだ。金で買えるものは全部おいていけ。金は俺達のをやるから自由に使え。お前達もそれでいいな?」
『うん』
金貨100枚以上はある。新しい街で再起するのにどれほど必要か知らないが、当面の資金にはなるんじゃないか?
「こんなにいいのか?」
ズシリと重い金貨袋を渡されてバリアンが戸惑っている。
「いいさ。旅には邪魔なだけだ。いずれ俺が戻った時に余っていたら返してくれ。これっぽっちで償いになるとは思っちゃいねぇけどよ、俺達からの詫びの気持ちだ」
「良し、じゃあ動くぞ!」
ベックが気持ちを切り替えて手をパシッと鳴らした。
「まず、俺は手紙を書く。それからバリアンを待ってから出頭だ。バリアンは家族に街を出る話をしてきてくれ。その後、俺と一緒に騎士団へ行って親父を引き取ってくれ。その後は準備が出来次第親父を連れて出発してくれ。俺達の馬を一頭やるから荷車を引かせて親父や子供たちを乗せると良い。良いか、絶対に今日中に街を出るんだ。それが最優先だ。間違えるなよ。街を出たら、2時間もいけば小さな村があっただろ。そこに泊まれるはずだ。それから、キースとリファーヌは俺の手紙をもってギルドだ。すぐに出立できる護衛も探してくれ。その後はバリアンに渡す馬を一頭曳き出して裏庭につないで待機だ」
「あの、俺はどうすれば・・」
おずおずと質問したのは見習い少年だ。
「お前は俺達と来い。新しい街で心機一転出直しだ。忙しくなるからしっかり手伝ってくれよ」
「は、はい!」
バリアンが応えると見習い少年はすごく嬉しそうに返事をした。
孤児院を出てから見習いとして働いているという。
職を失う危機だったのだ。そりゃ嬉しいだろう。
「それで、ベック。私達はいつまで待機していればいいの?ベックの脱走は手伝った方がいいでしょ?」
「そうだな。バリアンたちが街を少しでも離れる時間を稼ぎたい。三日後だ。三日過ぎたら深夜に迎えに来てくれ。できるだけ穏便にな」
「それまで無事でいられる?」
三日間拘束されて無事でいられるだろうか?俺はなんだか不安になってしまった。
「はっ!キース、俺を誰だと思っていやがる。なんの問題もねぇよ」
強がっているけど、目を逸らしている。
リファもそんなベックを心配そうに見つめている。
「俺のことはいい。それより親父だ。早く助け出してやらねぇと。さ、みんな動け!」
皆が一斉に動き出した。
俺とリファはアンナに宛てたベックの手紙をもってギルドへ向かった。
すぐに依頼を出し終え、護衛を引き受けてくれそうな冒険者を探す。
受付のエイミーさんに相談してみたら、
「無理よ。今日の今日でしょ?そんなのすぐに見つかるわけないわよ」
と即断られてしまった。
そこに、ビントス達が入って来た。




