ベックの故郷
翌日、アンナが宿にやって来た。
ベックに話があるらしく、食堂の片隅で話し込んでいた。
俺は暇なので宿の裏庭を借りて剣の鍛錬。
リファーヌも庭の端っこで魔力操作をしている。
午後はのんびりリファーヌと街中見物に行こうと思っている。
ここレドリアの街は比較的安全らしい。子供が昼間に一人で出歩ける位の治安は保てていると聞いた。
以前、ロギナスの街に入った時に、このモルビア王国が奴隷大国だから警戒するようベックから言われている。少し怖い気もするけど、暇なものは仕方ない。
昼前に裏庭から部屋に戻り、ロギナスで買ったリファーヌとお揃いのフード付き外套を羽織った。腰に木刀を差して、銅銀貨の入った巾着をしまえば準備完了だ。
ベックに一言外出を告げようとしたら、食堂にはベックもアンナもいなかった。
仕方なく宿の受付でベックに伝言を残した。
ついでに、庶民的なお店の多い場所を聞いておく。
そしてリファーヌと手を繋いで表通りに繰り出した。
リファーヌは服が見たいらしい。
俺は靴を見たい。
この辺りは高級な邸宅や宿が多い地域だった。
南へ行くほど低階層の地域になるらしい。という事で南へ向かう。
真っ直ぐ、真っ直ぐ、南を目指す。歩き続けるとだいぶ庶民的な雰囲気の街並みになった。
露店が増え、品物が雑多に並び、行き交う人も増えた。
香ばしい匂いに釣られてそちらを向けばソワレの専門店だった。
ソワレはこの国の国民食と呼べる食べ物だ。
平べったく焼いた小麦生地の中に様々な具材を入れて巻いたものだ。
生地自体も甘みがある物、ふわふわのもの、パリパリのもの、と色々種類が選べる。
具材も肉、野菜、果物、甘味と好きに選んでその場で焼き上げてくれるのだ。
匂いに誘われるまま店に入り、そこで小腹を満たすことにした。
ソワレと果実水をそれぞれ購入して席に着く。
「キースと二人きりでお出かけなんて初めて」
リファーヌは宿を出てからずっとニコニコしている。
焼きあがったばかりのソワレが並ぶとお互いに味見をしつつかぶりついた。美味い。
俺はホロホロ鳥の甘ダレ味だ。この肉質にこのタレの組み合わせは絶妙で絶品だと思う。ドワンゴで食べた串焼きの味をもう一度味わいたいと思っていたのだ。なんせ、ずっとベッドの上で食欲が沸かないほど弱っていたから。
リファーヌは果物を数種類挟んだものにしていた。甘いクリームをたっぷりにしているから齧るとはみ出して口の周りを汚してしまう。それをペロリと舐める仕草がなんとも可愛い。
思わず吹き出すと、軽く睨まれた。ま、そんな顔もまた可愛いんだが。
「ねぇ、キース。一つお願いがあるの」
ん?少しリファーヌの顔が赤い。
「なに?」
「あのね、私の事これからリファって呼んで」
「その呼び方はドミークとミルケットだけで、他の人が呼んだらドミークの本気の鉄拳が落ちるって聞いたことがある」
「うん。パパは許さなかった。でもキースにはリファって呼ばれたい。それにキースだってリファって呼んだことあるよ」
「え?いつ?記憶にないよ」
「ゲイドの奴を倒した時とオーガを倒した時」
記憶を手繰ったけど全く憶えがない。
「あの時は、2回とも切羽詰まった合図をキースがした時だった。咄嗟のタイミングだったからついリファって短く呼んだと思うよ。でもね、無意識でもリファって呼んでくれてたのが嬉しかったの。ダメ?」
「いや、ダメじゃないよ。じゃあこれからリファって呼ぶよ」
「やったー!」
今日一の満面の笑顔でリファが喜んだ。
食事を終え、リファの選んだ服屋さんに入った。
色とりどりの中古服だ。新品でないのになかなか高い。
旅を始めて朝市に行ったりベックの買い物を見ているから物の値段が分かるようになった。
服一着で雑魚寝宿に5泊から10泊できる。つまり銅貨5枚から銀貨1枚だ。でもお金が十分あるしケチる必要もない。荷物が増えすぎて旅に困らなければそれでいい。
時間をかけてリファは服を選んだ。茶色の長パンツは側面の足元から蔦が這うような刺繡が入っている。太腿の横には大きめのポケット。少し大きいけど裾を折れば長く履ける。黄色の貫頭衣のシャツは胸元に木のアクセサリー的なボタンがついている。そして裾長の紺色の上着を一枚。袖が長いけど、成長期だからすぐにちょうど良くなるだろう。
俺も深緑の上着を一枚買った。
着替えて、脱いだ服はその店に売ってしまう。
銀貨3枚と銅貨2枚で購入し、銅貨2枚と半銅貨1枚が売却分で戻って来た。
随分な差額だが、買取金額なんてそんなものらしい。
次は靴屋だ。
小さくなって足が窮屈だったから早く買い換えたいと思っていた。
魔物皮製が主流だった。子供サイズは種類が少なく選べるほどない。頑丈なブーツが一足売れ残っている。店主が試しに作ってみたものの全く売れず埃をかぶっていたらしい。
少しブカブカするけど、頑丈なものが欲しかったから即決した。今履いている靴を売った差額を引いても銀貨2枚近くした。
新品だし頑丈だし、高いけど満足だ。
これで買いたかったものは揃った。特に用事もないためリファとあちこちの店をのぞいて回った。
俺はバルバドールでも店に入ったことがない。だからこの国との違いがわからないけど、リファ曰くお洒落で品数が多いらしい。以前ロギナスの街でも同じことを言っていた。
途中、小さな広場がありそこで休憩。近くの屋台で焼き菓子を買って頬張りながら、行き交う人たちを眺めて過ごした。
この風景を眺めていると、ロギナスの街はどこか暗く、人々の目も警戒心が宿っていたように思う。でもここはそんなことはない。活気の中にものんびりと行き交う人々に不安そうな者はいない。
昔、まだクリフロードにいた頃の街並みを思い出した。故郷の街も雰囲気は全く違うけど人々はイキイキしていたように思う。掠れがちになった記憶だけど、きっと治安の良い街だったのだろう。
夕暮れ時まで広場で過ごし、宿へと戻った。
宿に着くと受付でベックからの伝言を伝えられた。
「今夜は戻らない。明日昼前に出立する。準備をしとけ」
思わずリファと顔を見合わせた。
全く・・
「きっとアンナと思い出の一晩を過ごすのね!」
リファがときめきを隠さない顔で瞳をキラキラさせている。
明日、ベックは質問攻めにされるんだろうな・・ご愁傷様。
翌日、陽もだいぶ高くなってからベックが戻って来た。
寝不足か?あくびをしている。
「夕べはアンナとの別れが惜しくてな、つい語り明かしたら寝そびれちまった」
ベックの様子をさりげなく観察する俺と、まじまじと見るリファの視線に気づいたベックが発した一言だ。
リファはベックに対して遠慮というものがない。
「それで、どんなお話ししたの?やっぱり泣かれた?どうやって慰めたの?」
質問の連続攻撃だ。
そんなベックは欠伸を噛み殺しながら手早く自分の荷物をまとめている。
「リファーヌ。幾らおませさんでも男女の仲を根掘り葉掘り聞くものじゃない」
「あら、ママたちも良く、というか毎日そんな話ばかりしてたよ」
「それはまた話が違う。女性が集まればそうかもしれないが、ミルケット達だって野郎供にそんな話を直接聞こうとはしなかった」
「むぅー!いいじゃない。興味あるんだもん」
「ダメだ。良いか、好きな女との会話や過ごした出来事をペラペラしゃべるような男は碌なもんじゃない。女ってのはとっておきの想い出は二人だけの秘め事にしておきたいんだ。その気持ちを分からない男は女心を理解しない奴だ。そしてそれが分からずあれこれ聞こうとするお前はまだまだお子ちゃまってことだ」
リファのほっぺがぷくっと膨らんだ。
「私お子ちゃまじゃないもん!キースと秘め事だってあるもん!」
「ほう?それは御見それしていたようだ。で、その秘め事ってのはなんだ?」
ベックは手を止めて俺を見た。
けど俺には全く心当たりがない。だから首を傾げた。
それを見たリファが怒った。
「キースってば!昨日、私の事は“リファ“って呼んでくれるって約束したじゃない!」
「え?それは秘め事じゃないよ。だって、リファって呼んだらその瞬間にばれるじゃん。リファだって隠すつもりないでしょ?」
「ははは。そりゃいい!リファーヌはまだまだお子ちゃまだ」
「むぅ~!ベックなんて嫌い!」プイっとそっぽを向いてしまった。
リファがプリプリする中、俺達はレドリアの街を出立した。
「昨日、アンナから聞いた話だ。お前たちも関わった話だから一応伝えておく。今リンドベル侯爵は王都にいるそうだ。アンナが持ち込んだロギナス子爵とモルディモアとかいう監察官の不正の証拠をもって王宮で対応を協議しているらしい。その監察官は王国がロギナスへ派遣した役人だ。王国の役人が派遣先で汚職をし、領主の弟と結託して、王国の任命した領主と領主家族の殺害を企てた。これは王国に対する反逆行為に当たるそうだ。近日、ロギナスに王国軍が派遣され大規模な調査が入ることになりそうだと言っていた。これで解決に向かう。改めて礼を言われたよ。お前達にも感謝してたぞ」
ベックがアンナとの会話の内容の一部を話した。
プリプリ顔のリファも表情を収めて聞いている。
「まぁ。俺達にはもう関係のない話だがな。ただな、俺達はロギナス伯爵とリンドベル侯爵に恩を売った形だ。勿論、多額の褒章金をもらってるし、恩を返せとか言うつもりはこれっぽっちもない。それでもこの国で或いは旅先で何か不測の事態があった時には手助けくらいはしてくれるだろう。もし俺とはぐれてどう仕様も無い程困ったらリンドベル侯爵を頼れ。本当に万一の事態の時に限るけどな」
一度ベックが俺達を見た。俺もリファも頷いて答える。
「こんな事を言うのには理由がある。これから俺達の向かう先はあまりいい街じゃない。奴隷制度の中枢のような街だ。で、そこが俺の故郷だ。クソ共が街を牛耳っていた。もう十五年も前になる。俺の親友はくだらない理由で奴隷にされた。そんな街というか国が嫌で俺は出て行ったんだ。で、流れ着いた先がバルバドールだ。それから一度も国に戻らず家族にも会っていない。だがな、一度俺も家族に顔を見せたくなってな。少し寄り道になるが付き合ってくれるか?」
「勿論いいよ!ベックの家族とか故郷の話聞いたことなかった。どんな家族なの?」
「ははは。着いてからのお楽しみだ。兄貴は結婚して子供がいるかもな。俺も久しぶり過ぎてさっぱり分からねぇ。ドキドキするぜ」
むくれている最中のリファは会話に入ってこなかったけど、表情は興味津々で話したくてうずうずしているのが丸わかりだ。
と思っていたら参加してきた。
「ねぇ、ベック。その街はどのくらいで着くの?」
「まだまだ先だな。半月は掛かる」
「大きな街なの?」
「あぁ。レドリアも大きかったが倍以上あるな。ブルジェールは西の都と言われている。隣のリステル共和国の国境にだいぶ近い」
「凄く大きな街なんだ。ね、私とキースの二人だけでお散歩してもいい?」
「あぁ。構わないだろ。だが、貧民街には近寄るなよ注意はするんだぞ」
「分かった!キースまた二人でお出かけしようね!」
「うん。なにか観て面白いとこがあると良いんだけどな」
「さてな、もう随分昔に出たきりだから面白いところを案内しろと言われてもできないぞ」
すっかり機嫌の直ったリファはもうブルジェールの街に想いを馳せている。
レドリアを出て北へ進む。大きな街道に出たら西へ進路を取る。
整備された街道は進みやすく商人が多く行き交っている。
やはり奴隷商人が多い。檻に入った人たちを見ると可哀想になってしまう。
ベックが道々このモルビア王国が奴隷大国になった理由を話してくれた。
モルビア王国には厳格な法令がある。
法令を破れば犯罪者となる。ここまでは当たり前の話だ。
微罪であれば1度は許されるが2度目からは奴隷に落とされてしまう。
奴隷には3等級まであり、3等奴隷は他国へ売られるか死ぬまで重労働と決まっている。
1等奴隷は盗みや傷害程度の犯罪を2度繰り返した者。ひと月の半分を開墾や土木作業に駆り出される。
2等奴隷は複数の犯罪を犯した者、悪質だったり、不可抗力でも死人を出した者がなる。
手の甲に奴隷印を打たれ、自由はなく強制労働を行う。
3等級奴隷は、貴族への侮辱、放火・殺人を犯した者等重犯罪者が落ちる。隷属の首環を嵌められて鉱山送りか奴隷商に売られる。
人道に反する行為をとことん嫌うお国柄で、それが極端な奴隷制度になって顕れているようだ。そのため、王国民を虐げるバルバドール王国とは反りが合わず、反王国を掲げる領主軍にはかなりの援助をしている国なのだ。
だからこそバルバドールの反乱領主軍は傭兵を大勢雇い互角に渡り合ってこれたという経緯がある。
しかし、行き過ぎた奴隷制度はベックの好むものではないらしい。
「住めばわかるが居心地の良い国じゃねぇよ」
ベックは唾を吐くような言い方をした。
「万民が皆安穏に生きているわけじゃねぇ。中には生きるために盗みをしないといけない者だっている。それを一切許さず奴隷にするってのが気にいらねぇんだ。その奴隷をこき使って胡坐をかいている連中が多くいる。この国の繁栄は1等2等に落とされた大勢の奴隷の汗と涙で成り立っている。正義ぶっているが、裏では利権争いでどろどろしてるんだ」
奴隷により成り立つ国。だから、民衆は犯罪に目を光らせる一方、濡れ衣で犯罪者にされないようビクビクして暮らしているらしい。実際に濡れ衣で、或いは故意に罠にはめて奴隷落ちをさせて儲ける奴隷商や貴族が多くいるという。
「人道に反することを嫌ってたのはずっと昔の話だ。今は建前だけで中身が伴っていない。権力と財力のある連中は人道より金儲けに勤しんでいるのさ。犯罪奴隷だけじゃねぇ。借金奴隷も多くいるし、珍しい、美しいって理由で囲い込まれる違法奴隷もいるんだ。いいか、よそ者は身なりが汚ねぇってだけで通告されかねん。人にぶつかっただけで突き出された奴もいる。だから、絶対に油断するなよ」
力のこもった目でベックは話を締めくくった。
ベックの真剣さに押されて俺はただ頷くしかなかった。




