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リンドベル侯爵邸

 暫く滞在したドワンゴの街を後にした。


 アンナ、キャシー、ビッケのいない旅はものすごく寂しく感じる。

 あれ程鬱陶(うっとう)しく感じたベックとアンナの桃色な雰囲気も今となっては懐かしい。

 いや、懐かしく思うだけで、二度と御免だが。


 俺とベックの治療費はリンドベル侯爵家が支払ってくれた。

 アンナから成功報酬の金貨5枚をベックは受け取っている。騎士団に任せた時点で依頼達成だ。

 そうベックが寂しそうに話していた。

 キャシーとビッケは俺の回復を待って一緒にレドリアへ向かいたがったようだけど、グリンファルドに却下されたそうだ。

「この街では十分な護衛ができない」という理由だった。

 アンナの回復を待ってすぐに出発となったらしい。

 リファーヌの話ではアンナもすごく別れが辛そうだったらしい。その様子を事細かに語ってくれた。お陰でいい退屈しのぎになった。

 療養中やることなかったし、話題提供元の二人にはとても感謝している。


 俺の健康状態だけど、まだ完全回復には至っていない。骨接ぎは問題なく後は完治に4~5週間と言われたけど、自分で治療を頑張った。

 内臓を痛めたせいで今でも食欲が戻らず、だいぶ痩せてしまった。傍目には栄養不良の痩せた子供に見えるだろう。

 という事で、今晩久しぶりのベックのスープを今から楽しみにしている。


 そろそろ野営場所を決めようという時に、戦いの場を通りすぎた。

 その場所を見たリファーヌの機嫌が突然急転直下して一言も喋らなくなってしまった。


 そんな嫌な思い出の場所はさっさと素通りして野営に入り、ベックのスープを啜っているとリファーヌの機嫌が戻って来た。

「私ね、どんな事情でももう置いてけぼりは嫌。私のいないところでキースやベックが死んでいたらと思うとぞっとするの」

 ぽつりとリファーヌが話し始めた。


「あの時は誰かがアンナについている必要があったからな」

「分かってる。でも、瀕死のキースを見て私すごく後悔した。今までの戦いと違って今回二人は死んでもおかしくなかったんでしょ?そうなってたら私、今度こそ独りぼっちになってた。そう思うとすごく怖いの。お願い。キースもベックも私を置いて死なないで。絶対に独りにしないで」


 リファーヌが鼻を啜った。パチパチと薪の()ぜる音がなぜか寂しい。

「うん。リファーヌごめん。俺が否、俺達のせいで・・」

「違うの!謝ってほしい訳じゃない。責めるつもりもないの。うまく言えないけど、今回ベックとキースの二人で戦ったことだって間違っていなかったと思う。ちゃんとキャシー達を見つけ出して戦いに勝って生きて戻って来たもの。ベックはいつだって正しい。今回は相手が特殊な強敵だったみたいだけど、キースだから倒せたんだし。そこに私がいてもあまり役には立たなかった気がする。それでもね、連れて行ってほしかった。戦いに絶対はないじゃない。あの強いパパだって殺されちゃったし。もし、万に一つでも二人が倒されていたと思うと・・ううん違う。私が独りぼっちになっていたかと思うと怖くて仕方ないの。死ぬときは一緒が良い!うまく言えないけど」


「・・・」

「・・・」

 何となく言いたいことは分かる。独りぼっちは嫌だよな。誰か寄り添える人がいると思うから安心できるし、希望も持てる。

「うん。わかった。いつも一緒にいよう。戦う時もそうでない時もずっと」

 リファーヌにパっと笑顔が戻り嬉しそうに頷いた。

「あぁ、キースは傍にいてやれ」

「え?ベックは?」

「馬鹿。俺はいつまでもと言う訳じゃない。それぞれ人生があるんだ。俺には俺の人生がある。いつまでも三人一緒ってわけにはいかねぇぞ」

「ベック、もしかしてアンナのこと考えてない?」

 

 リファーヌが核心にぶっこんだ。

 さっきまでの悲しみに濡れた瞳が別の意味でキラキラしている。

「い、いや、そうじゃねぇ。俺はただお前達とは年齢も違うしな、キースが国で家族と再会すれば俺はお払い箱さ。するとジルべリアみたいな平和で退屈な国は俺の性分に合わないからよ、こっちに戻ることを考えているんだ」


 何かベックがシドロモドロだ。

 リファーヌのジト目にベックが目を逸らす。

「ふーん。でもさ、ベックはアンナのことが好きなんでしょ?アンナもまんざらではないみたいだし。ううん、むしろ恋に落ちた女の顔だったよ!」

「おいおい」

 

 さすがに踏み込み過ぎじゃないかと思ったら、ベックが白状した。

「はぁ、全くおませなガキンチョどもだな。ま、いい。話してやる。アンナはな、準貴族の娘で平民に毛が生えたような家柄だ。アンナはあの二人の教育係に抜擢されて伯爵家の侍女として雇われたわけだが、婚期を過ぎても添い遂げたいと思う程の相手に出会わなかったらしい。ところがだ、今回このベック様に出会ってしまった。アンナは人を見る目があるからな。アンナが俺様の魅力に参るのに時間は掛からなかった。で、俺様にも女をみる目がある。アンナはいい女だ。つまり、運命の出会いって奴だ」


「キャー!」

 リファーヌが黄色い声をだした。そんな声どっから出るんだ?

「で、今後のことを話した。まず俺はお前たちをジルべリアに送り届ける。それは約束したことだから反故にする気はない。この俺様がいればキースの家族を探し出すくらい朝飯前だ。どんなに時間が掛かっても一年だ。一年で俺はここに戻ってくる。アンナとはそう約束をした」

 おおぅ。ベックがかっこいい・・


 リファーヌの瞳の輝きが増している。この目は知ってる。あれだ、恋バナに花を咲かせるミラルダの目だ。ミルケット、エバ、ミラルダ、ベルナルデが良く恋バナでキャーキャー騒いでた。特にミラルダが。

 懐かしい光景を思い出してしまった。


「ベック。もしベックが望むなら俺は成人までこの国で過ごすよ。それまでに金を溜めて強くなってそれからジルべリアを目指すよ」

「ダメだ。俺がお前を家族の元に送り届けることは決定事項だ。変える気はない。いらん気を遣うな。運命って奴は揺るがない。俺とアンナは一年ぽっち離れていても何の問題もない」

「キャー!」

 リファーヌの黄色い声再び。


「ベックが良いならそれでいいけど、リファーヌとも話してたんだ。ベックの幸せの邪魔をしないって」

「まったく。キース、お前は早く家族の下に戻るべきだ。俺がちゃんと送り届けてやる。これは俺の意思だ。俺がお前を送り届けたいんだ。邪魔だなんて思う訳がない」

「ありがとう。ベック」


「それでそれで、ベックはアンナのどんな所を好きになったの?」

 リファーヌの質問にベックは最後まで答えなかった。最後まではぐらかして逃げ続けた。

 そういう所がベックは器用なのだと思う。


 リファーヌは不満顔だったけど、とても楽しい夜になった。



 俺達はレドリアの街に入り、無事侯爵邸に辿り着いた。

 というかまだついていない。門には着いたけど広い庭のはるか先、木々の向こうに屋根が少しだけ見える。

 石畳の馬車道が奥へと続く。馬に乗ってゆっくりと進んだ。

 芝生と木々。風情のある石造りの東屋。先へ進むと美しい花壇に彫像まである。そこまで行くと邸宅の全容が見えた。

 二階建ての白い石造りの邸宅だ。左右に長くて、とにかく大きい。エントランスは太い門柱に複雑な彫刻が施されている。扉の前にドアマン?というか人がいる。

 改めて来訪の要件を伝えると丁寧なお辞儀と歓迎の言葉の後に中へ通された。

 大きな広間の奥に左右から上る階段。両脇にはこれまた大きな花瓶に見事な花々が咲き誇っている。そして足元はふかふかの絨毯(じゅうたん)が敷いてある。

 ここは宮殿か?と思うような作りだった。

 3人して固まってしまった。俺達は来る場所を間違えたらしい。

 ここは傭兵団にいたような者が足を踏み入れていい場所ではない。


 ベックの顔を仰ぎ見れば百戦錬磨のベックでさえ冷や汗をかいている。リファーヌの顔は見る間でもない。俺と同じように口をポカンと開けているに決まっている。


「こちらでございます」

 先ほどのドアマンに美しい所作で促された。


 広間の横にある部屋に通され、ふかふかのソファーに座る。

 すぐにメイドが紅茶とお茶請けを運んできた。音も立てずにそっと置く。

 俺達は物も言わずぎこちなく頭をちょこんと下げた。

 そのメイドさんは部屋を出る際にふんわりとした笑顔で一礼をした。

 人を落ち着かせるいい笑顔だ。

 調度品も落ち着きのある風合いで高級感を漂わせながらもさりげなく配置している。

 何から何まで完璧な応対に賞賛する。

 この屋敷の主は相当な身分と品格の持ち主であることが伺えた。


「こりゃ参った・・」

 ベックが根を上げた。

 緊張でお茶に手を伸ばす気にもならない。と思っていたらリファーヌがカップに手を伸ばした。

「まぁ。すごく香ばしいお紅茶ですこと」

 さすがリファーヌだ。こんな状況で上流の振舞いの真似事とは驚かせてくれる。

「おい!」

 ベックが小声で突っ込んだ。

「あら、場違いな雰囲気に緊張なさるのもいいですけど、せっかくですもの。味見をしたいではありませんか」

 と言って、お澄まし顔で茶請けのお菓子も一口つまんだ。

「お前大物だな。尊敬するよ」

 ベックのリファーヌを見る目が今日から変わる事だろう。俺も貴族の内に入るけどリファーヌ程うまく貴族を真似る自信がない。


 そこにトントンとノックがあり二人の執事風の人と先ほどのメイドが入って来た。

「ベック様。キース様。リファーヌ様。ようこそ当屋敷へおいで下さいました。私は当家の家宰を務めております、フレイドと申します。この度、キャシリア様、ビッケルト様の窮地をお救い頂いたこと、当主ジェファーソン・リンドベルに代わりましてお礼を申し上げます」

 これまたきれいなお辞儀をされて俺とベックが固まった。


 腰掛けるように促され、フレイドの前にもティーカップが置かれる。


 早速本題に入った。

「まずは、キャシリア様とビッケルト様の護衛について、ロギナス子爵家の騎士を含む多勢の賊徒からお守りいただいた件で当主より金貨100枚の報奨金を恵賜(けいし)致します。続いて、黒夜叉頭目のドルガム及びアベルなる国賊の討伐に対する報奨金、金貨30枚を恵賜するよう申し付かっております。どうぞお納めください」

 そういうと後ろに控えていたもう一人の執事が金貨をずらりと並べた小盆をテーブルの上に置いた。

「お確かめください」

 10枚重ねの金貨が13列ある。

「確かに」

 恐縮しながらベックが応えると、執事は金貨袋に100枚と30枚に分けて入れ、そのままベックの前にそっと置いた。


「あの、フレイド殿。確かにお三方の護衛を致しましたが、十分な護衛料は既に頂いております。ですからこちらの100枚は受け取ることができません」

 さすがベック。ちゃんと喋れてるよ。頑張れ!と応援しとく。

「先ほど申し上げた通り、これはリンドベル家当主よりの報奨金にございます。リンドベル侯爵の令孫がお命を狙われ、普通であれば到底助かる見込みのなかった襲撃を退けたこと。また一時とはいえ黒夜叉なる極悪な輩に囚われたところをお救い頂いたこと。更にロギナスからレドリア迄お連れ頂いたことの功労に対する報奨金です。先ほどベック殿の言われた護衛料とはロギナス伯爵家よりのもの。全く別物でございます。ですからどうぞ遠慮なさらずお納めください」


「はぁ。では確かにお受け取りいたします」

 ベックが頭を下げたので、俺とリファーヌも慌てて頭を下げた。


「それから、当主より一つ言伝がございます。“我が孫たちを救って頂いたこと心より感謝する。そなたたちの話を聞き、それぞれがとても有能な人材であると感じた。もし長い旅の目的を達したのち、身の処し方に悩むのであれば一度当家を訪ねて欲しい”とのことでございます。その折はわたくし宛にお越しくださいませ。さて、私からの用向きは以上で御座いますが、キャシリア様、ビッケルト様、ビアンナ殿のお三方があなた方にお会いしたいそうでございます。どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」


 そう言い残しフレイドと執事が部屋から出て行った。

 そしてすぐに3人が入って来た。

 ドアが閉まるのも待たず、俺の元へ駆け寄って来た。

「私キースにきちんとお礼も言えずにいた事がとても気になっていましたの。助けてくれてありがとう。キース」

「僕もキースに会ってしっかり謝りたかった。僕の我儘のせいであんなことになってキースに大怪我をさせてしまった。全部僕のせいなんだ。本当にすまなかった」

「キース。あなたの治癒魔法で私は命を救われたと聞きました。本当にありがとう」


「いや、もういいから。まずは落ち着こうよ。さ、座って座って」

 いつものように砕けた物言いをしてしまったが、部屋の隅にメイドが一人控えている。無礼と怒られないか心配になった。


「落ち着いてなどいられぬ。やっと会えたのだ!」

「えぇ、そうですよ。それよりもキース体の具合はどうなのですか?随分痩せたのですね。大丈夫なのですか?あの髭の大男にキースが何度も痛めつけられるのを見てもう駄目かと思いました。こうして今目の前にいることが不思議な気がします」

「そうだよ!それなのに俺達は猿轡のせいで叫ぶことも動くこともできなかった。あんなに悔しい想いは初めてだ。僕はキースに申し訳なくて気が触れるかと思ったんだぞ」

「それでもキースが最後まで諦めなかったから私たちもこうして無事なんです」

「うん。あの最後の雷が落ちたような魔法はすごかった。あんなすごい魔法を使えるなんてさすがキースだ」

 凄い勢いで姉弟が喋ってくる。言葉を返す暇もないじゃないか。


 結局日暮れまで侯爵家でおしゃべりに没頭し、紹介された宿屋に入った時には陽もどっぷりと暮れていた。

 


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