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スタンピード

 パーティー会場に似つかわしくない鎧をまとった一人の騎士が、文字通り転がるようにして飛び込んできた。


「報告します!北の村が魔物の襲撃を受けています!突然魔境から大量の魔物が押し寄せて村々を襲い始めましたっ!!」


 怒鳴るような報告に楽奏がぴたりと止んで、数舜沈黙が支配した。

 決してあり得ない事態ではなく、しかし絶対あってはならない事態だ。


 アッシュとビビア、領主に騎士団の面々が駆け寄り、その騎士の周りを取り巻くように皆が集まってきた。

 アッシュはこの男を知っていた。2年ほど前アッシュが騎士に任命し、北の防備に就けた若者だ。


 侍女の一人が水を差し出すと、その騎士は一気に飲み干し、詳細を告げた。


「自分は北西支部のアズベルです。最北のバーニエ村から昼過ぎに赤の狼煙が上がったのを確認して、騎士長他3名、防衛士5名と共に急ぎ向かいました。しかし、途中で、東方面に複数の狼煙を確認。バーニエ村手前のカロッサ村で魔物の群れと遭遇しました。

 その数およそ300。オーク、ブラックウルフ、ワイルドボア、レッドグリズリー、グリーンタイガー、アギトイーグル他多数の種類を確認しました!東も同様の事態と考えると、おそらく数千の魔物が北の魔境からあふれ出ていると判断します。自分は騎士長の命により、本部へ連絡のため離脱し、以降の詳細は分かりません」


 その場にいる全員の血の気が引いた。

「スタンピードか・・」

 そう口にしたのは領主のレオルドだった。

 スタンピードとは、魔物が森やダンジョンから溢れ出し暴走することをいう。一度スタンピードが発生すれば、周辺の人族は悉く、街も壊滅必死の事態となり過去に何度もその発生と被害が報告されているのだ。


 どうすればいいのか?皆突然すぎて思考ができないでいる。


 その沈黙をアッシュが破った。騎士団長のヘルモンドと弟のケビンに向かって「すぐに赤狼煙を上げ、鐘を打ち鳴らせ!ケビンは防衛士を指揮して町中にこの状況を知らしめよ!民衆を所定の退避場所へ急ぎ避難させるのだ!魔物が来るまでこの屋敷の門は開放する。入りきらぬものはクリフロードの屋敷へ誘導せよ!へルモンド他騎士団は私と共にすぐに北へ向かう。武装を整え門前にて待て!」


 その指示を聞いて騎士団の面々が即座に動き出した。つられて、パーティー客も慌てて帰り支度を始めた。


 アッシュはカタリアに子供たちを部屋へ連れてゆくよう指示すると、ビビアと家宰のアルベルトを連れて自室へ入っていった。

 甲冑の着こみをアルベルトに手伝わせながら早口で指示をする。

「ビビアは子供たちを連れてすぐに脱出してくれ」

「いやよ!私も戦うわ!」

「ダメだ。この街は、否、この領は全滅するだろう。スタンピードが起きたんだぞ!君もそれがどういうことか分かってるはずだ」


 それでもビビアは納得しない。

「領民を置いて私たちだけ逃げるなんてできない。私もあなたと共に戦うわ!」


「駄目だ!わかってくれ!いいか。よく聞いてくれ。君が領外へ脱出して、助けを求めに行くんだ。救援の到着が早ければ助かる者もいるかもしれない。だが、今から出ればジュダーグの森を抜けるのは夜になる。魔獣に襲われる確率が高い。であれば、かなりの戦闘の出来る者が向かうべきだし、それは、ビビア以外に考えられない。ビビアなら、何とか森を抜けられるだろう?何より、何よりも子供たちを逃がしたい。こんなことで魔物に殺されるなんて絶対にあってはならないんだ。あの子たちの命がかかっている。あの子たちが助かる唯一の可能性はビビアがあの子たちを守ってジュダーグの森を抜けることなんだ。そう思わないか?屋敷に立て籠っているだけだは救援など来はしない。来たとしても何か月先になるか。その前に食料が尽きてしまう。森を避けて南方へ逃げたとしても、あそこは森に囲まれた袋小路だから追い詰められたら終わりだ。ならば、今は可能性のある最善の方法を取るべきなんだ!頼むから子供たちを連れてすぐに脱出してくれ!」


「お義父様とお義母様は・・」

「あの二人はいい。強行な移動に耐えられないだろうし、領民と共に残ると言うに決まっている。説得の必要もないだろう。さぁ、分かったらすぐに支度をするんだ。アルベルト、君はすまないが屋敷に残ってくれ。父と母の事を頼む。屋敷の差配もだ。ビビア、騎士を何人か付ける。準備が整い次第出発してくれ。頼んだぞ」


 アッシュは子供たちの居る部屋へ足早に向かうと不安そうに仰ぎ見る二人の子供をそっと抱きかかえ別れの言葉を告げた。

「キース、お前は強く生きなさい。父様の代わりにジュリアをお前が守るんだ。頼んだぞ」

「ジュリア。母様と一緒にいれば怖くないから泣くんじゃないよ。きっとジュリアは美人になる。幸せになるんだよ」

 アッシュは最後に妻を抱き寄せて「二人を頼む」と告げ、慌ただしく部屋を出て行った。


 アルベルトは家宰として領主夫妻にアッシュの意向を伝えた。

 ビビアは崩壊しそうになる感情を押し殺してカタリアに支度を頼み、自らは子供たちに向き合った。


「キース、ジュリア、二人ともよく聞いて。お母様とあなた達は今すぐ街を離れることになったの。怖い魔物がここに押し寄せて来るから、隣のガストール男爵家まで助けを求めに行くの。途中森を通るから、馬車はとても速く走ってきっと怖い思いをすると思うわ。とても揺れるし、きっと泣きたくなると思うけど、我慢しておとなしくしていてね」


 そう告げる間にも涙が溢れそうになる。

 キースは事態を察しているのか理解の色を見せているが、ジュリアは首をかしげている。

「お父様は?お爺様たちは?カタリアは一緒に行かないの?」

 キースが不安げに疑問を口にした。


「お父様は街を守るために残るの。お爺様たちもよ。カタリアは一緒に行くわ。さ、あなた達も急いで支度をしましょうね」


 ビビアはキースとジュリアの着替えを袋に詰め込んだ。

 キースは短刀と魔法杖を腰に差して母を見つめている。

 ジュリアはダグを抱えて座っていた。


「ダグも一緒に連れて行きましょうね」

 一番弱いジュリアがさらに弱い子犬を抱かかえている姿に、ビビアは自分がしっかりしなくてはと思い直した。


 そして、母子は二度と戻らないかもしれない部屋を出た。

 カタリアは涙を堪えながらも野営道具や食料などの荷造りを手早く済ませてくれた。


 供に行くのは、四人の騎士とカタリア、ビビアと二人の子供たちだけだった。

 騎士の一人は御者を務めるため、実質の護衛は三人。夜のジュダーグの森を進むにはあまりに心もとない。しかし街の防衛を考えると致し方なかった。



 エントランスでは二頭立ての馬車が待っていた。ただ馬車と言っても幌付きの荷車だった。

 通常の馬車では、ビビアが後方に向けて魔法を放てないため、あえて荷馬車を選択したのだ。

 その荷馬車の前に領主夫妻が立っている。


「キース、お前がジュリアを守るんだぞ。お母様をちゃんと助けるんだよ。ビビア、二人をよろしく頼む。立派に育ててやってくれ。元気でな」

「キース、ジュリア、強く生きてね。あなた達の成長した姿を見られないのが本当に残念だわ。ビビアさん必ず二人を守ってくださいね」


 レオルド領主夫妻はこの別れが今生の別れになると悟っているようで、キースとジュリアを抱きしめて中々離さなかった。



 馬車の手綱を握る騎士は名をバートンと言い、カタリアの夫だ。

 浮いた話も多い男だが、持ち前の甘いマスクにカタリアが惚れ込んで結婚にまで至った。二人とも30代半ばになるがまだ子供に恵まれてはいない。


 他の三人の護衛騎士は独身の者から最も腕の立つ者が選ばれた。

 バートンも騎士団に所属するだけの腕を持っていたが、この三人はさらに強い。


 そしてバートンが一鞭入れると、前後を三名の騎士が挟むように馬車は動き始めた。

 もうじき陽が沈む。少しでも早くこの街から遠ざからねばならない。焦る騎士に先導され馬車は屋敷の門をくぐり出た。

 門外まで見送りに出てきた使用人たちが、悲しそうな顔でいつまでも手を振っていた。



 アッシュはへルモンド騎士団長以下50名の騎士たちと共に北の町外れへと向かった。

 このジュダの街にはおよそ5千人の領民がいる。


 危険を知らせる鐘は鳴り続けているが、いまだ人々は通りで右往左往している者が多い。街を出ようとしているのか荷車に荷を積み上げている者もいる。

 そうした者にヘルモンドが怒鳴った。


「逃げても無駄だ!急ぎ退避所へ向かえ!すぐに魔物が押し寄せて来るぞ!急げ!」

 しかし、荷車を引く者はあとを絶たず、退避の阻害となっている。


 住民の退避にまだまだ時間がかかりそうだった。

 見かねて仕方なく、部下20人を割き、日暮れまでを刻限として住民退避に向かわせた。

 残りの者で篝火を設置し、人員の配置、油玉や矢の支給と陣地の確認を行う。


 これまで、街を守る石壁を作ってはいたがまだ形を成していない。一通り木杭や木板で囲まれてはいるが強度的にもろい箇所が多く、とても魔物の侵入を防げるものではない。石壁のない場所を中心に兵の配置をしたいがあまりにも兵は少なく、その隙間が広すぎた。


 ジュダの街を守る騎士は50人。他の団員は各地へ派遣されている。他に防衛士が50名、防衛予備隊は100名いるが武器を与えていないために戦闘の期待はできない。


 防衛士とは街人や村人から選ばれる。帯剣が許され治安維持や魔物討伐にも参加する。また実力を買われて騎士団に入団することもあり土地や仕事を持たない若者にとって花形の職となっている。その防衛士を目指す者はまず予備隊へ入団することになる。その殆どがまだ少年らしさを残す者達だ。



 それでも日暮れ前に予備隊と有志の者が集まり、騎士と防衛士を合わせた総勢で400名ほどとなった。

 予備隊と有志の者の中には鉈や鎌を持つ者もいれば、棒きれを握っている者もいる。


 訓練を受けていない者がいくら武器を持っていても魔物相手に戦えるものではない。

 彼らは死ぬだろうと安易に予測がついたがアッシュはあえて黙っていた。

 どのみち大群で押し寄せられたら騎士も騎士でない者も皆死ぬのだ。


 陽が沈み、まだ薄ぼんやりと薄暮が残るころ、魔物が現れた。

 ブラックウルフと呼ばれる魔獣だった。


 アッシュは戦闘開始を告げる花火を打ち上げた。


 数頭が射程に入るのを見て、騎士がぽつぽつと石垣の上から火矢を放った。

 仕掛けて置いた油玉が弾けて火炎を吹き上げる。

 しかしその間にも視界の中の魔獣は次々と増えて来る。

 増えてきたと思った傍から次々と押し寄せてきた。

 当然のように手薄な所を狙われ、すぐに数頭が町中へ侵入していった。


 アッシュは声を張り上げて鼓舞する。

「踏ん張れぇー!抜かれるな!街を守れ!家族を守れ!」


 近づく魔物を剣で切り飛ばし、離れれば矢を射掛け、しかし、この圧倒的な数はどうしようもなかった。

 誰かの断末魔があちこちから聞こえ、横を向けば大型の魔獣までもが防衛線を抜けて町中へ走り去ってゆく。

 街の者だろう。背後からも複数の悲鳴が聞こえてきた。


 前を向けば何頭もの魔物がよだれを垂らして隙を窺っているのだ。

 それでもアッシュは声を張り上げて兵を鼓舞した。


 狡猾なブラックウルフは連携してアッシュを削りに来る。もう指揮どころではなかった。皆が魔物に囲まれ必死に戦ってはいるが次々と倒れてゆく。


 油玉で弾けた火炎が近くの穀草に燃え移って辺りを明るく照らし出すと、その周りは地獄を想起させる光景だった。


(なんという数だ・・・)


 アッシュの脳裏に最愛の妻ビビアの微笑みが浮かんだ。先ほどまでの幸せだった日々を思い出す。最後に、幼い妹の手を取りダンスに興じるキースとジュリアのあどけない笑顔を思い出していた。


 そこからはまさに蹂躙だった。

 圧倒的な数が押し寄せてきて、押しつぶされて、ほんのわずかな時間で騎士団と防衛士と有志の若者たちはその命を散らしたのだった。


 後には燃え盛る炎が畑を焦がし、街を焦がし、天を焦がした。

 ジュダの街は5千人の領民と共にこの夜壊滅したのだった。



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