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強敵

 北門を出て4時間。まだ馬車も痕跡も見つからない。

 それでも俺達はひたすら北へ向けて馬を走らせる。

 人気もない暗い夜道を延々と進めば不安が募る。

 どこかで街道を外れたのではないかとか、実は街を出たふりをして戻ったのではないかとか。結果、北に向かう行動が正しいのか自信がなくなってくるのだ。


 だけどそれを言ってもベックは一切をきっぱりと否定した。

「絶対にこの先の街道沿いで野営をしている。お前が不安な気持ちになるのは分かる。だがな、俺を信じろ。奴らの心理と思考と読めば少しでも早くレドリアに辿り着きたいはずだし、今は追跡を(かわ)すためにドワンゴから離れたいはずだ。俺達が子爵の騎士団の追手から逃れた時の心境に近い。あの時はすぐに移動して野営後も夜明けと同時に出発しただろ。同じ心理だとすると、おそらく後2時間以内に接触するはずだ。大丈夫。必ず見つかる」


 こうまで力強く言い切られるとやはりベックは頼りになると思う。

 途中馬を少し休ませてまた北を目指す。


 そして街を出てから5時間後、遂に見つけた。

 街道の先に焚火の炎を見つけ、速度を落として近づいてから馬を降りた。


 ベックが声を掛けた。

「ちょっといいかい。俺達も野営をご一緒させてもらいたいんだが構わないか?」

 二人が寝ず番で、二人が横になっている。四人の男達だ。

 黒っぽい箱馬車が一台。馬が二頭繋がれている。

 一頭は四つ足が白い。間違いない。こいつらだ。


 寝ず番の男の一人が応えた。

「ダメだ。他所へ行け」

 かなり険のある物言いだ。警戒されている。


 寝転がっていた二人も起き上がった。細面の男と髭面の男だ。少し風格があるからどちらかが頭なのだろう。


「なんだてめえら。人が気持ちよく寝てりゃでかい声出しやがって」

 髭面の男はとても不機嫌そうだった。


「起こしちまって済まないな。俺達は子供二人を浚った箱馬車を探している」


 そう言った瞬間に男達の雰囲気が一変した。互いに目配せをしてる。

「そんなもの俺達は関係ねぇ。俺達を疑っているのか?」

「あぁ。間違いなくお前達だ」

「だったらどうする?俺達相手に殺り合って確かめるか?」

 男達は全員立ち上がった。

 ベックが隣で剣を抜いた。そして叫んだ。

「キャシー!ビッケ!そこにいるか!?生きているのか!?助けに来たぞ!」


 箱馬車の中からドンドンと叩く音が聞こえた。

 ベックがニヤリと笑う。

「こっちは子共さえ返してもらえれば争うつもりはない。見逃してやる」

「ははは。お前は馬鹿か。お前とその子供に何ができる。わざわざ死にに来やがってよ、望み通り殺してやる。否、待てよ・・おい、馬車のドアを開けてやれ。ガキどもにお仲間が死ぬところを見せてやれ」


 寝ず番の一人が扉に巻かれた鎖を外すしキャシーとビッケを乱暴に引きずり出した。

 そのまま剣をキャシーに突きつけた。二人とも後ろ手に縛られ猿轡を噛まされている。

『むーむー!』

 散々泣いたのだろう。目元が真っ赤だ。ビッケに至っては頬が腫れている。


「さて、お前たちのお望みの品はこいつらで合っているか?」

「あぁ。返してもらおうか」

 ベックの殺気が膨れ上がった。

 俺も手に魔力を集めた。いつでも撃てる。


「おっと、分かっていると思うが武器を捨てろよ。でなけりゃそいつらを殺すぜ」

「いや、お前達にとっては大事な商品なんだろ?わざわざ殺す訳がねぇ」

「ふん、まあいい。どうせ結果は変らねえ」

 僅かな睨み合いのあと、先に髭面が動いた。ベックに大剣を振りかざすようにゆっくり近づいていく。

 俺は他の男たちに油断なく目を配った。

 細面の男は何も手にしていない。魔術師か?

 もう一人の寝ず番は剣を持って構えている。そいつが剣を動かして俺の注意を引いた。

 目の端に細面の男がまるで咳でもするかのように拳を口元に当てたのが見えた。


 次の瞬間、俺の喉に鋭い痛みが走った。

 何かと思い手を当てると細い針が刺さっている。慌てて引っこ抜いたけど、いきなり視界が歪んだ。

(毒針だ)

 ベックに攻撃を受けたことを伝えようしたけどもう声は出せなかった。

 視界の歪みがひどくなり立っていられない。

 膝を付くと、ベックの叫ぶ声が聞こえた。

「キースどうした!?」

 その声もグワングワン耳鳴りのような響きになった。

 いつの間にか倒れたらしい。地面が目の前にあった。


(浄化!)

 自分の体内の魔力を感じヒールと同じように体内の異物を探る。

 そして清めるイメージで浄化魔法を掛けた。


 その直後、腹に大きな衝撃を受けて呼吸が止まった。

 いや、空気を吐き出したまま息が吸えない。

 蹴りつけられたと理解した。

 浄化が間に合って良かったと思うも苦しくてそれどころではない。


「キース!キース!大丈夫か!」

『むーむー!』

 ベックが叫ぶ声が聞こえた。キャシーたちの声も。

 苦しくて応えることもできない。更に顔面に蹴りが入った。

(今ので鼻が潰れたな)

 又腹に一発。今度は腕でガードをしていたけど、左腕が折れたかも知れない。

 胸ぐらを持ち上げられて左頬を殴られそのまま地面へ転がった。

 意識が飛びかけた。

 倒れた視線の先にベックが倒れ(うずくま)っている。



(まずい!)

 俺はそう思った時には無意識で攻撃をしていた。

 数本の石杭が目の前に立っていた男の腹を下から突き上げた。

 続いて少し離れたところにいる細面の男に向けて10個にもなるかという火球をぶち込んだ。

 更に視界の端に捉えた馬車の前に立つ男にバレットを複数。

「ぐあっ」

 キャシーに剣を突き付けていた男が胸から顔にかけて複数の穴をあけて倒れた。

『むーむー!』

 突然目の前で男に死なれてキャシーたちはパニックに陥っているのだろう。

 腰を抜かしたのか尻もちをついてむーむー騒いでいる。

 だが今はそれどころじゃない。


 あともう一人!

 ベックの背中を足で押さえつけている髭面にも火球を飛ばしたけど、それは斬られて消失した。

 ふらふらと何とか立ち上がって、そいつに向けて手を突き出した。

 俺の周りに10本の火矢が浮べる。

「待て、こいつを殺すぞ!俺に攻撃したらその前にこいつを殺す!」

 髭面がベックの首に剣を突き付けている。

『むーむーむーむー!』

 キャシーたちがまだ騒いでいる。すぐ片付けるからちょっと待っててよ。

 蹴られたあばらと顔面が熱をもってズキズキしてすごく痛い。それに鼻からこぼれる血がヌルヌルして気持ち悪い。


 それでも頭の中は冷静だった。こういう時はどうすればいいんだ?

 攻撃を躊躇(ためら)ってしまった。それがいけなかったのか。

 それとも3人を確実に(ほふ)ったことを確認しなかったことがいけなかったのか。


 うなじにさっきと同じような痛みが走った。

 次の瞬間には足の力が抜けてまた目の前に地面があった。

(また毒針を受けた。細面の男は火球を躱していたのか)

 草を踏む足音が近づいてきた。

 それに気を取られつつもう一度浄化を試みようと意識を集中する。

 でもできなかった。


 もう一本針が飛んできて腕に刺さった。その小さな痛みが急速に増幅されてゆく。

 痛みの相乗効果か?

 まるで腕が切り落とされたような、ひき潰されたような、或いは砕かれたのか焼き尽くされたのかさえ定かではない。

 とにかく味わったことのない激痛だった。気が狂いそうなほどに。

 ウワァァァ!!

 身体が激しく痙攣(けいれん)しているのが分かった。

 もう集中はできない。

 ベックに助けてほしくて目を向けると全く動いていない。

(殺されたのか?)


 のたうち回りたくとも麻痺状態で体の自由がきかない。そのくせビクンビクン身体が跳ねる。

 その俺の傍に二人の男が立ち見下ろした。

「拷問用の特別性を使った。もうこいつに魔法は撃てない。全く恐ろしいガキだ。俺に死の恐怖を感じさせた上に、俺の麻痺薬を無効化しやがった」

 細面の男だ。

「二人もやられちまった。とんだ目にあったぜ。なんなんだ、こいつらはよ!」

 髭面が俺を蹴とばした。

 ゴロゴロと転がる程の衝撃だったが、痛いとは感じなかった。それよりも腕の痛みがひど過ぎた。


「あいつは殺ったのか?」

 細面の男がベックに向けて顎をしゃくった。

「いや、まだだ。もうここまでやればどうにでもなる。じっくりいたぶって地獄を味わせてやる。ガキどもの前でな」


 意識が飛びそうになるほどの痛みでありながら意識を失くす事を許さない秘薬。最高の拷問薬であると同時に、大型魔獣を暴れさせる時にも用いられる。俺はそれを使われた。


 ヒール!ヒール!ヒール!ヒール!

 必死で腕にヒールをかけ続けた。集中できないから大して治癒効果はない。だから何度も重ね掛けをした。


 痛みが少しづつ治まってくる。痙攣も止まった。

 と同時に怒りが込上げてきた。


(ぶっ殺してやる!)

 自ら殺意を抱いたのはゲイドと戦って以来だ。

 仕事だから殺す。襲ってくるから殺す。死にたくないから、助けたいから、邪魔だから殺す。でも本当に殺したかったわけじゃない。なし崩し的な殺意を感じたことはあったけど、これほど明確な怒りをもって殺したいと思ったことは久しぶりだった。


「ん?」

 俺の変化に細面の男が気づいた。

 口元に拳を当てた。毒針が飛ぶその前に、細面の男の足元にでかい穴を掘ってやった。麻痺で動けないままだけど問題ない。

 俺をなめるなっ!

 態勢を崩しながら、胸まで(はま)った細面に怒りを込めた魔力を思いっきりぶち込んだ風刃を飛ばした。


 反射か直感か知らないが、髭面は飛び上がって風刃を避けた。

 だが、細面の男は胸から上を切り飛ばされて絶命した。

(ざまぁ見ろ!)


「うおぉぉー!」

 髭面は狂ったように俺を何度も蹴り上げた。そして持ち上げて殴り、地面に叩きつけた。そしてまた蹴り飛ばされる。

 まさに怒涛のラッシュって奴だ。

 もう体の状態が分からない。

 ゲフッ、ゴボッ。

 吐き気が酷い。意識も薄れた。


 それでも右手に魔力を込めて火球の一つでもお見舞いしてやろうとしたら、腕を踏みつけられた。ゴキっと嫌な音がした。

「ぐあぁー!」

「まったく危ねぇガキだ。薬打たれてなぜ反撃できる?売り飛ばそうと思ったが止めだ。死ね!」

 俺の視界には大剣を掲げ、今にも突き立てようとする髭面の姿が映っていた。

 

 俺はなけなしの精神力を総動員して魔力を増幅し、雷撃を頭上に放った。


 まばゆい閃光。とどろく轟音。

 そしてその光に染まった視界を最後に俺の意識はぷつりと途切れた。



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