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誘拐

 いったい何が起こった?

 部屋にいる筈のアンナが何故血を流してベックが抱えている?

 一瞬で疑問符がいっぱい浮かんだ。

 

 その思考をベックの緊迫した声が遮った。

「キース!まだ息がある。助けてやってくれ!キャシーたちはどこだ?」

「知らない。部屋にいると思うけど」

「俺が見て来る。早くアンナにヒールを頼む!」


 俺は急いでアンナの腹部に自分の魔力を浸透させた。傷が深い。刺し傷だ。殆ど背中まで達している。

 アンナの体に魔力を通して慎重に傷の大きさ、深さや形を探りながらその魔力を治癒の魔力に変換してゆく。

 

 これは傭兵団にいる時に自ら改良を加えたオリジナルだ。深い傷を負った傭兵達にヒールをかけ続けた時に編み出した。ただ治癒魔法を掛けるよりもイメージを確立して治癒の魔力に変換する方法が、時間はかかるけど治癒効果が高かったのだ。


 切れた血管、筋、筋肉、皮膚一つ一つ把握しつなげてゆく。

 集中していたせいか、ベックが戻ってきていたことに気づかなかった。リファーヌもいる。

 

 ふぅー。

 何とか間に合った。でも血を流しすぎたせいで暫く目を覚まさないだろう。

「終わったか?助かったのか?」

 そう聞くベックの表情が強張っていた。

「うん。もう大丈夫。数日安静にしている必要はあるけど」

「そうか。良かった・・キャシーとビッケが部屋にいない。何か聞いてないか?」

「ううん。何も。部屋で休んでいるかと思ってた。リファーヌは知らない?」

「私、寝てたから」


「どうも俺が出て行ってしばらくして3人で出て行ったようだ。俺も何も聞いていない。アンナはいつ目覚めるか分かるか?」

「2、3日は起きないかも」

「クソ!どうしろっていうんだ!」

「ねぇ、ベック。アンナはどこで刺されたの?その時の状況は?ギルドに行ったベックが何でアンナを連れて戻って来れたの?」

 リファーヌも不思議がっている。俺も不思議だ。

「とにかくいったん部屋に戻ろうよ。アンナを寝かせないと。話はそれからにしよ」

 ベックがアンナを抱きかかえ、部屋へ連れてゆく。その後ろを俺達も続いた。


 アンナをベッドに寝かせて状況確認に入る。

「俺はギルドを出て宿に戻る途中だったんだ。何やら騒ぐ声が聞こえたから覗き見たらアンナが血を流して倒れていた。場所はさっき串焼きを買った店の少し北辺りだ。知り合いだからと言って俺が無理やり連れ帰った。キースの腕なら助けられると思ってな」

「3人が出て行ったって話は宿の人から?」

「あぁ。さっきな。だがどこへ向かったかまでは聞いてないそうだ」

「それで、今からどう動こう。とにかくキャシーたちを探さないとね」

「でも探すってどうやって?」

「現場を見ていた人を探し出して話を聞くしかないだろ。リファーヌ、すまんがお前は留守番だ。アンナを看ていてやってくれ」

「分かった。けど、必ず二人とも見つけて帰って来てね」


 コンコン

 いざ出かけようとした時、ドアがノックされた。宿の亭主だった。

「あの、街の警備隊の人が話をしたいと来ているんですが」

 時間がないというのに。食堂に二人の兵士がいた。門番兵と同じ服装をしている。


「済まんが子供二人が行方不明なんだ。探しに行きたいから手短に頼む」

「そうか、その子たちに関する情報を伝えたい。俺は警備隊長のジーク、こっちは副長のバルノーだ」

 隊長さんがやや早口で右手を差し出してきた。


「俺はベック。こっちはキース。で二人の情報とは何だ?」

「その前に確認だ。倒れていた女性はあんたの連れで間違いないな。酷い出血だったと聞いている。容体を教えてくれ。それと子供二人の名前と年齢、あんた達との関係も知りたい」

「名前はアンナ。何とかこいつの治癒魔法が間に合った。今は上で眠っている。2、3日目を覚まさないだろう。子供の名はキャシーとビッケ9歳と6歳の姉弟だ。俺達は彼女たちの護衛だ」

「ほう、君は治癒魔法が使えるんだね。助けられたのなら良かった。早く回復することを祈る。ところで護衛のあんたが何故現場にいなかったのか気になるな。なんでだ?」

「俺は冒険者ギルドで情報を集めていた。外出はしない約束だったんだが何か理由があったんだろう。その理由については俺達にも心当たりはない」


 ジークは納得したように頷いた。

「なるほど。で、子供二人だが、馬車に無理やり押し込められて連れ去られたらしい。相手は3人。冒険者風の男達だそうだ。心当たりはあるか?俺達も捜索を手伝えることがあるなら手伝うが」

「心当たりがない訳じゃない。だが・・俺達はある街から逃げてきたんだ。カデナで追手を撒いて南回りでレドリアへ向かう途中だった。この街に奴らの手先がいたとは考えにくいんだがな」

「訳ありの旅だったか。詳しい事情を聞かせてくれないか」

「俺達は護衛だ。護衛が雇い主のことをペラペラ喋る分けにはいかない。一つ言えることはあの子たちは被害者だ。クソのような連中に追われて困っている」

「わかった。話は以上だ。急いでるところを邪魔したな」

 

 ジークは立ち上がろうとしたけど、俺が遮った。

「ちょっと待ってよ。その馬車の特徴は?どっちの方角に向かったか分かる?あと、その現場見た人を教えて」

「あぁ、そうだな。北へ向かったそうだ。馬車の特徴までは聞いてない。目撃したのは出店の主人だった。そろそろ店じまいの時間だからな。まだいるかは分からないが良ければ一緒に現場へ行こう。

「あぁ。それは助かる」

 俺達はその提案に飛びついた。


 リファーヌを部屋に残し、俺達はアンナの倒れていた場所に向かった。

 そこは、ベックの言っていた通り、串焼きを買った出店のすぐ近くだった。


「やはりもう店を畳んで帰っちまったか」

 目撃したという人物は既にいなかった。

 俺達は無人の店を前にしてどうするか考えていたら、串焼き屋のおっちゃんが目に入った。おっちゃんは店じまいをしている。


「ねぇ、おっちゃん。あそこで今日人が刺されたんだけど知ってる?」

「あぁ。勿論だ。大騒ぎになったからな」

「その女の人さ、夕方おっちゃんの店で串焼き6本買った人なんだ」

「お!覚えてるぜ。あの別嬪(べっぴん)さんか。そうか、あの時の人か。お気の毒にな・・」

「それで、子供が二人浚われたんだけどおっちゃんその現場見なかった?」.

「いや、俺は見てないな。フーバーの奴は見てたらしいが」

「そのフーバーさんってあそこの焼き飴屋の人?おっちゃんの知り合い?」

「おう。同業者だからな、よく知ってるぜ」

「その人に話を聞きたいんだ。二人を探す手がかりが欲しくて」

「あー、今なら肉将軍で飲んでるんじゃないか。肉将軍てのは飲み屋の名前だ。ここから少し歩くが・・」

「肉将軍なら俺が分かる。案内するから付いて来い」

 俺とおっちゃんの会話を聞いていたジークが話を切って提案してきた。

 おっちゃんにお礼を言ってすぐに向かう。

 もうとっくに陽が沈み、街を歩く人も少なくなった。

 代わりにあちこちの食事処や飲み処がたいそうにぎわっている。


 小さい街だからすぐに着いたけど、案内人がいなければ絶対辿り付けないような場所にその肉将軍はあった。

 肉が焼ける煙をもくもくと漂わせて店内が白くなっている。客も多く食器が触れ合う音と笑い声とで凄く賑やかだった。


 ジークが顔を憶えていたからフーバーはすぐに見つかった。ジークがフーバーを表に呼び出して俺達の紹介と訪ねてきたわけを簡潔に話した。

 少し酔っぱらっていたけどまぁ、まだ記憶は定かだろう。

「浚われた子供の行方を捜しているのかい?で、馬車の特徴を聞きたいと」

「あぁ。どんな細かいことでもいい。思い出してくれないか?」

 

 ベックがフーバーに銀貨を1枚握らせた。

「お!ありがてぇ今日はあんなことがあって夕方の掻き入れ時に商売にならなくってよ。と、馬車の特徴だったか。確か、普通の箱馬車だったぜ。6人乗りじゃねえかな。特に模様や飾りがあったわけじゃない。色は黒だ。あ!思い出した。馬は茶色の2頭立てでよ、右の馬の足首が4本白毛だった。乗ってる馬車は商人が使うようなどこにでもある奴だったが、乗っていた奴等は冒険者風というか、盗賊風というか、ひげ面の皮鎧を着た強面だったな」


「最近の女子供の誘拐事件はその連中かもしれんな。明るい時間にあんな大通りで堂々と仕事するくらいだ。俺達警備兵を舐めているんだろうが、余程手馴れていやがるな」

 ジークが憤った。

「ありがとよ。参考になった」

 ベックは礼を言ってすぐに宿方面へ向けて歩き出す。

 歩きながら次にどう動くかを考えた。


「なぁ、ジーク。街の北側は何があるんだ?」

「公館があるな、あと街の有力者の屋敷が多い。北側じゃないが、北から入ってくる馬車が商人たちの倉庫街に回り込める。正直、疑ってかかれば怪しい場所ばかりだな。とても絞り切れない」

「一度北門に行ってみるか」

「北門に?何故だ?」

「街を出た可能性が高い気がする。奴らは大通りで浚い、しかも人に見られている。堂々としいてるとも言えるが、無理しすぎているとも言える。街に潜伏するよりもさっさと街からずらかる方を選んだかもしれない」

「確かにな。だとしたら、閉門時に門番は交代するんだ。北の駐屯所に向かおう。まだ今日の昼間の門番がいるはずだ」


 俺達は急ぎ足で北の駐屯地へ向かった。途中で憩いの宿に寄って馬を3頭とも曳きだす。ベックと俺、ジーク隊長、バルノー副長が乗りジークの案内で駐屯所へと向かった。


 北門の門番兵はまだ残っていた。早速話を聞くと夕暮れ間近に1台2頭立ての箱馬車が街を出たという。残念ながら馬の脚の色までは見ていなかったけど、その馬車が非情に怪しい。閉門時間に街を出る者など普通はいないからだ。


「俺達は今すぐ後を追う。世話になった。ところで馬1頭をここで預かってくれないか。あとで取りにくる」

「いや、俺達が宿まで戻しておいてやるよ。俺達の警備している街で騒ぎが起きあんた達に迷惑をかけた。俺も一緒に探しに行きたいところだがあいにく街の外は管轄外なんだ。これでも少しは申し訳なく思っているんだぜ。そのくらいはさせてもらう。あと、もしかしたらだが、応援が向かうかもしれん。期待しないでほしいが一応伝えとく」

「応援?誰が来るんだ?警備隊か?」

「いや、今は言えない。ま、期待しないでくれ」

「そうか。世話になった」

「気を付けてな。無事子供たちが見つかることを祈っている」


 ジークの計らいで時間外の開門を許されて俺とベックは街の外に出た。

 もう暗闇に沈んだ街道を一路北に向かって馬を走らせた。


 時間差はおよそ3時間。

 キャシーとビッケがまだ生きているか分からないけど、早く見つけ出してやりたい。



 遡る事4時間。憩いの宿の一室での出来事だ。


 アンナ達は久々の宿泊に浮かれていた。なにせ10日近く野営が続いたのだ。

 やはり、夜は宿で落ち着きたい。当然の欲求だ。まして貴族ならその気持ちは強い。

 だがここまで小さな村しかなかった。宿屋もあったけど既に満室、或いは大部屋で雑魚寝。酷いところではネズミの居る納屋など。

 それなら自分たちで野営した方がまだ快適という夜が続いた。


 待ち望んだともいえる宿泊!たった一晩でも歓喜するほどに嬉しいのだ。そのドワンゴの街壁が見えてから、3人のテンションは上がりっぱなしだった。

 そして街門を潜ると香ばしい匂いに出迎えられた。

 ビッケが自制心を無くして串焼き屋に向かったのも分かる。アンナでさえ食欲が湧き上がって抑えきれなかったのだ。


 憩いの宿に入ってすぐ、ビッケの我儘が復活した。

「アンナ、僕はあの通りにもう一回行きたい。それで美味しそうなものをもっと食べたい」

「ダメです。今ベックがギルドに出かけていて護衛がいません。勝手に出かけないと約束もしています。それにもうすぐ宿の食事の時間になります。それまで我慢してください」

「宿の料理などどうでもいい。僕は今あそこの出店に行きたいのだ。あんなに美味しそうなものがずらりと並んで選び放題の場所など僕は見たことがない。ベックが帰ってくるまでに戻ればいいじゃないか」

 

 ビッケは全く引く気はないと言わんばかりに身振り手振りを加えて駄々をこねた。

 困ったアンナはキャシーに助けを求めた。

 キャシーのいう事をビッケはよく聞くからだ。しかしそのキャシーもあの香ばしい匂いに陥落していた。


「私も行きたいです。ベックに内緒でささっと行って戻ってくることはできないですか」

「それではキースたちに事情を話して護衛を頼みますか」

「護衛などいらん!キースに言えばベックにばれてしまう。そうなったらまた怒られる。それに今はもう追手も来てないじゃないか。ベックは完全に撒いたと言ってたからここは安全なんだ」

「・・・では、ベックが帰ってくる前に戻る事を約束してください。それと私から決して離れない事。良いですね?」

 二人の子供たちはここまで恐ろしい目に遭いながらも長旅に耐え、特にビッケは我儘を言わなくなった。

 アンナとしては、ほんのちょっとしたご褒美をする気持ちでつい許可してしまった。


 そして出店の並ぶ大通りでアンナは襲撃を受けた。

 突然現れた男3人に、キャシーとビッケが浚われ、それを阻止しようとしたアンナにためらいもなく刃物が刺し込まれたのだ。

 

 薄れゆく意識の中でアンナはベックの名を何度も呼んだ。

 ベック、ベック、助けて・・と。

 


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