ビッケのわがまま
結局大した距離を進めることが出来ずに野営となった。
俺はいつものように3メトルの壁を周囲にぐるりと廻らせると土小屋を建てた。
今日は初めて6人で野営するし、昼間の険悪な雰囲気もある。狭い空間ではまたお互いに喧嘩したくなると思い、かなり広めに場所を取った。
馬も入れるし、俺の鍛錬場所まで考えてある。広すぎた感はあるけど、狭くてストレスが溜まるよりは余程いい。
そんな俺の土魔法にアンナ達が目を開いて驚いていた。
竈を作るとベックが枯れ木を拾い集めて来て調理に入った。その間リファーヌが馬に野草を食べさせる。ついでにその辺の兎かネズミを狩って野営準備は終了だ。
今夜は新しい調味料を手に入れたベックが新しい味の料理を作っている。普段と違う匂いに誘われ俺とリファーヌもよだれを湧かせながらベックの掻きまわすヘラを凝視していた。
お腹がグウグウと騒がしい。それを我慢して待ちわびた後の一口がたまらないほどに美味しいのだ。
「もう良いではないか!いつまでかき回していれば気が済むのだ!早く食べさせろ!」
気付けば全員鍋を見ている。いや、ビッケだけは睨みつけている。
「私もお腹が減ってしまって倒れそうです」
余り喋らなかったキャシーまでビッケに便乗した。
「確かに、このお鍋を見ていると、どうしようもなく我慢できない気持ちになります」
アンナまで。
「ただかき混ぜて焦らしているわけじゃねぇ。こうして時間をかけてしっかり味をしみこませるから美味いんだ。まだ少し時間がかかる。向こうに行ってろ」
又ベックが意地悪を言う。
「美味さなどより早く食べたいんだ!お腹が減ってもう死ぬ寸前だ。早く食べたい!」
ビッケが怒鳴った。
「ダメだ。腹が減って我慢ができないならアンナのバッグの食材でも食ってろ」
それはない。この鍋のスープの一口目が良いんじゃないか。
ベックは変なところで頑固者だから絶対に味に妥協しない。
見ている者たちには地獄の試練のような速度でベックはゆ~っくりとかき混ぜる。
絶対に昼間のうっ憤を晴らしている。
ベックってばホント容赦がない・・
1時間後。
俺達はようやく長く辛い忍耐の時間を耐え忍び、やっと食事にありつけた。
「本当においしい。散々待たされた甲斐がありました」
「ほんとに。でもこれから毎晩こんなつらい目に遭うのでしょうか」
「むぐむぐ。野営でこんなにも美味しい食事ができるとは信じられん。だが、僕は待つのは嫌いだ。ベックは明日もっと早く作ってくれ」
新参者のキャシー、アンナ、ビッケが次々と感想を口にする。
「ふん。こっちの二人はいつも大人しく待っているぞ。それが美味いと知っているからな。お前たちもじっと我慢する事を覚えろ。特にビッケな」
ビッケは言い返そうとしたが、口いっぱいに詰め込んでいるから喋れない。頬が膨れてリスみたいな顔をしている。
食事も終わり満腹で満足な一時を過ごしている時にベックが口火を切った。
「アンナ。俺達と交わした約束を憶えているか。俺達をだますなと言った事だ」
「・・えぇ」
アンナは苦い顔をしている。
「一度だけ許してやるから本当のことを話せ。お前は、敵対商人の雇った無頼者から二人の商人の子を護衛してくれと言った。だが実際はお貴族様のような子供を無頼者に似せた騎士のような連中から守る依頼だった。これは致命的に意味が違うぞ。正確な情報をもらわなければ守れるものも守れない。何より信用できない人間の為に命を張ることはできない」
空気がずっしり重くなってしまった。
「確かに話を少し脚色しました。それを嘘というなら謝ります。すみませんでした」
アンナは素直に嘘をついていたことを認めた。
「ですが、あの宿の女将さんたちの居る前ではお二人の身分を明かせませんでした。そこは理解してください」
「あぁ、理解している。この件の事情を知ったら女将たちにも危険が及ぶからな。だから一度だけ許すと言っているんだ。もう話せるはずだ」
全員が二人のやり取りに耳を傾けている。
「お二人とも、この方たちに包み隠さずお話しします。良いですね」
キャシーとビッケが頷いた。
「では少し長くなりますがお話しします。このお二人はご領主様のお子たちです。キャシーはキャシリア・ロギナス様。ビッケはビッケルト・ロギナス様。そして私はビアンナ・アリエストルと申します。ロギナス伯爵よりお二人の教育と護衛を任されております。敵は伯爵の実弟、エイドリアル・ロギナス子爵と王宮監察官モルディモア男爵です。二人は以前から難民を誘拐し奴隷に仕立て荒稼ぎをしていました。ところが、難民政策がうまく回ると誘拐が難しくなり、今は伯爵位と領地の簒奪を企んでいます。ロギナス伯爵が気づいた時にはかなり状況が悪化していました。騎士団にも屋敷内にも子爵の手先がいたのです。監察官がその権限で個人の弱みを握り脅し裏切らせる。街の有力者も誰が敵か味方か分かりません。伯爵と二人のお子を殺害すれば、継承権でエイドリアル子爵がこの領地を手にします。現状を王宮へ知らせようとしても使者は悉く死体となって発見されました。せめてお子様だけでも領外へ逃がそうと試みましたが待ち伏せされて断念しました。そこでロギナス伯爵は私にお子様方を奥方様の実家レドリアの街へ逃がすよう命じたのです。レドリアの街は王国騎士団軍事顧問のリンドベル侯爵の領都です。今はもう奥方様は亡くなられましたが、孫のお二人の命を救うために侯爵ならば手を貸していただけるはずです」
アンナは一度言葉を切ってベックを見た。
ベックは何も言わずにアンナを見返している。
それを続きの催促と受けとって話を続けた。
「極秘裏にお子様たちを領外へ逃がすことのできる信頼のおける者として私を選び、すべてを託してくださいました。私はすぐに二人を連れ出し、街中の宿に匿いました。そして私は探しました。お二人を護衛してくれそうな強い者を。朝市には旅に出る直前の冒険者や傭兵が来ます。だから毎朝私は探していたんです。そして今朝あなた方を見つけたのです。同じくらいの年頃の子供を連れたベック様を。家族の様に偽装すれば安全に門を抜けられると直感しました。ベック様に話しかける子供たちの表情から信用できる方だと思いました。私の視線に気づいた素振りから実力を推し量りました。あなたしかいないと私は確信したんです。ベック様。キャシリア様とビッケルト様をロギナスの街から連れ出してくれたこと心からお礼を申し上げます。そしてまだ旅は続きますが、改めてお二人のことをよろしくお願いします」
ベックの目をじっと見据えアンナは礼を言った。
暫く無言の時間が過ぎた。
ベックなりに色々と状況を整理しているのだろう。
「本当に長い話だったな。が、わかった。つまり、行先はレドリア、その子供はお貴族様で敵もお貴族様ってわけだ。ただな、いくつか問題がある。その問題を解消しない内は護衛の件は約束しかねる」
ベックは突き放すように冷たく言った。
その態度にアンナが眉をひそめた。
「まず一つ。お貴族様だったからと言って俺は言葉も態度も改めねぇ。堅苦しいのは嫌いだし肩の凝る旅はもっと嫌いだ。商人の子だと聞いたから受けたんだ。お貴族様の護衛と知っていたら引き受けなかった。それで無礼だと思うなら次の街で新しい護衛を雇ってくれ」
ベックはアンナ、キャシー、ビッケを順番に見まわす。ビッケは不服そうな顔をしているが、キャシーが「構いません」と言ったために黙った。
「そうか。なら俺のことはベックと呼び捨てで頼む。ベック様なんて呼ばれると背中が痒くなるんだ。次に、ビッケ。お前は明日から今日の3倍歩け。そこが一番の大問題だ」
全員の視線がビッケに集まった。
「何で僕ばかりそんな大変な思いをしなくちゃいけないんだ!護衛ならお前が僕の速さに合わせろよ!」
ビッケが憤慨した。
「アンナの話をお前は聞いていなかったのか?今現在もがっつり命を狙われているんだぞ。さっさと先に進んで街から距離を取るんだ。俺が敵なら朝街を出てお前を殺しても昼前に街に戻って来れる。失敗したら昼にもう一回、夜にもう2回だ。敵の拠点の周辺をいつまでもうろうろしてたら襲撃回数が増えるんだぞ。もっと強い奴を探すとか人数を揃えるとか襲撃準備の時間を与えることにもなる。何より寝る時間もなく体力も精神も削られてこっちが先に参っちまう。理解したか?」
「・・・」
「でも、街を出る時に私たち顔を見られていないしもう襲ってこないのではないかしら」
キャシーも随分と楽観的なことを言う。
「間違いなくまた襲ってくる。奴らは何が何でもお前たちを殺したいんだ。疑わしい奴が街を出たのに確認もしないなんてありえない。今夜、遅くても明日にはまた襲ってくる。しかも今度は大人数でだ。それを撃退しても明日の内にまた襲ってくる。賭けてもいい」
アンナもキャシーもビッケも顔を青くした。
「だったら、昼間ビッケ様を馬に乗せるべきだったのではないですか?私はあれほど言ったのに!」
「あぁ。そうだな。さっきの話を事前に聞いていたらそういう判断をしただろう。だがあの時は街の外に出たから危険は去ったと思っていたんだ。そんな事より、ビッケだ。追われる身だとしっかり理解しろ。ほんの少しの我慢も努力もできない。口を開けば我儘ばかりだ。お前を殺しに来る者たちは俺みたいに甘くないぞ」
「ちょっと待ってください。ビッケ様はまだ小さいのです。それに高貴な身ですから努力や我慢など必要無い生活だっだのです。それを今できないからと責めるのは可哀想です」
「そうだ!僕はそんなものしなくても困らないんだ。そこの平民と一緒にするな!」
アンナの抗議にここぞと追従したビッケが俺達を指さした。
ベックは予想通りの反応にため息をついた。
「はぁ。いいか、高貴な身だから何だ?俺は貴族だと言えば見逃してくれる連中なのか?3倍歩けと言ったのは生き残るための努力をしろという意味だ。努力させるのが可哀想か、我儘を許して殺されるのが可哀想なのか良く考えろ。今は生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。それは戦場と何も変わらない。戦場では徹底的に弱みに付け込んで敵を倒す。今の俺達の弱みは、距離を稼げない事、守る対象が多いこと、戦える人数が少ないことだ。俺が敵なら一日中昼も夜も大人数で襲い続ける。眠る暇を与えない。たったそれだけで数日で確実に殺せるからな。ビッケ、場合によっては一晩眠らずに逃げ続けるかもしれない。その時に疲れた、眠いと言ってまた我儘を言うのか?それなら俺達は遠慮なくお前を見捨てるぞ」
「ベック様!いえ、ベック。軽々しく見捨てるなどと言わないでください。その時は私が負ぶって逃げますから」
「眠いのも疲れるのも嫌だ!そうならないようにベックが頑張って戦えばいいだろ!」
「・・・・・」「・・・・・」「・・・・・」
ベックの説明に何も感じないのか?
ならば、こいつはダメだ。正直俺は見捨てたい。
「ねぇ、ベック。ここまで言って分からないならもう無理だよ。見捨てよ。困っていて可哀想だから助けてあげたかったんだけど」
俺は思ったことを口にした。
リファーヌも相槌を打った。
「うん。私もそれでいいと思う」
「な、なんだよ、お前達!僕を見捨てたら許さないぞ!」
「それは違うよ。私達だって本当は見捨てたくなんかないけど、そうさせたのはビッケなんだから。だってビッケの我儘聞いてたら、私もキースもベックも死んじゃうもの。キャシーもアンナもよ。ビッケのせいでここにいる皆が死んじゃうの。そんなの私は嫌だよ」
「ベックもキースもすごく強いじゃないか!あんな奴ら簡単に倒せるくらい強かったじゃないか!」
「たったの4人だったろ。だが次回は100人かもしれない。100人に取り囲まれて逃げることもできずここで何日踏ん張れる?食料だってすぐに無くなるぞ。どうするんだ?」
睨むビッケにベックも睨み返した。
「そんなの本当に100人で来るか分からないじゃないか!」
「来るわよ!ベックが来るって言ったら絶対に来る!ビッケ、頑張って生きるか我儘言って死ぬかどっちか選びなさいよ!私達とっても大事な用事があるの。その為に旅をしているの!こんなところであなたに巻き込まれて死ぬわけにはいかないの!わかったら早く選びなさい!」
リファーヌが切れた。ゲイドと戦った時以来だ。
「ぶ、ぶ、無礼だぞ!僕は領主の子なんだ。お前達平民なんかより僕の方が・・」
「うるさーい!領主の子がなによ!キースだってジルべリアの領主の子なんだから!5歳でたった一人でうちの傭兵団に来て朝から晩まで働いてたんだから!一度だって文句言ったことも無いんだから!毎日ボロボロになってそれでも泣きごとなんて言わなかったもん!それなのにあんたは何よ!何が疲れたよ!もう歩けないってバカじゃないの!?生きるか死ぬかの瀬戸際だって言ってるじゃない!人に甘えるのもいい加減にしなさいよ!そんなに貴族が偉いなら自分で何とかしなさいっ!!」
フーフーとすごい息遣いだ。リファーヌがヤバイ。興奮しすぎだよ・・まったく。
「リファーヌ、落ち着いて。ビッケ、俺は確かにジルべリア王国の貴族だ。お爺様がクリフロード領の領主だ。俺の本名はキース・ロブ・クリフロード。訳あって5歳の時に親とはぐれてバルバドールに辿り着いた。命を助けられた傭兵団で暫く雑用係をしていた。追い出されないように頑張って働いたよ。リファーヌだってそう。父親は騎士爵の出だと聞いている。母親も爵位は知らないけど元貴族だよ。でも俺達の居た場所は傭兵団だ。ベックは傭兵、俺は傭兵見習い。リファーヌは生粋の戦場育ち。俺達の周りでは死ぬことなんて珍しくもない日常事だった。だから俺達は生き死には敏感なんだ。その俺達がこのままでは皆死ぬと感じてる。それ程深刻なんだよ。それでもビッケが我儘を通すなら、もう他を当たってくれ。面倒見切れない。こんな異国でお前の様な甘ったれのせいで死ぬのは嫌なんだ」
「・・・・」
ビッケは唇を嚙みしめている。
アンナももうビッケの肩を持たない。
キャシーはハラハラドキドキで目が彷徨っている。
「ビッケ、選べ」
ベックが冷たい声で選択を迫った。
「分かったよ。もう我儘は言わない。それでいいだろ!」
「違う。そうじゃない。頑張るか見捨てられるかを選ぶんだ。俺達はお前の覚悟を聞いている。我儘を言わない、甘えない、生き残るために頑張る。それを誓え。できないなら俺達はお前を見捨てる」
「わかった。誓うよ!頑張るから!もう我儘言わないから僕を見捨てないでよ!うぅ・・」
ビッケは泣き出してしまった。貴族のプライドもへし折れたことだろう。リファーヌのせいで。
「リファーヌ、キース。これはお前たちの旅だ。どうするかお前たちが決めろ」
「キースに任せるわ!私もキースの旅のお供だもん」
「じゃぁここはやっぱり見捨てることにしよう!」
元気に明るく宣言した。
「ま、待ってくれ!ごめん謝るから!頑張るから!だ、だから、だから・・」
「冗談だよ。でも誓いを破ればその時は本気だから」
「!う、う、うわーんうわーん・・」
何度も頷いてほっとした顔で、でも貴族らしくないくしゃくしゃに顔を歪めてビッケは泣き出した。子供らしい見事な泣きっぷりだ。
そんな泣き方俺にはできないだろうな。
その場の皆は丸く治まってほっとしている。アンナもキャシーも瞳に涙を浮かべてビッケを見守っている。
それなのに俺に視線が向けられると・・痛い。
共犯の筈のベックとリファーヌまで・・
だから、冗談だって言ったじゃん!・・ビッケ、そんなに泣かなくてもさ。皆のジト目が痛い・・痛すぎる。




