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ロギナスのアンナ

「あぁ。こっちの金もある」

 ベックは慌ててギルドで受け取った銀貨1枚と残りの銅貨を渡した。

 女将はじっくり検分してから「こっちは使えそうだね」と言って受け取った。


「あんたさんはバルバドールの人かい?」

「いや、生まれはこの国だ。だが長く向こうで暮らしていた」

「ふん。バルバドール人は信用できないからね。あんた金は持っているみたいだから泊めるけど一晩だけだよ」


「なぁ。バルバドール人ってそんなに嫌われてるのか?」

「そりゃそうさ。国が大変か何か知らないけどさ、貧しい連中ばかり大勢してやってきてあちこちで盗みやら何やらそんな話ばかり。悪さするならこっちに来ないで向こうでやってくれってんだよ。ここも以前泊めたバルバドールの客が盗みの上に暴れてね、大変だったのさ。私はあの連中は嫌いだよ」


「俺たちは盗まないし暴れもしないさ」

 そこに(うまや)へ案内したマルシュ達が戻って来た。

 ベックは話を打ち切って部屋への案内を頼んだ。


 部屋は狭かった。一人用のベッドが両端に2つ。その間隔も狭い。奥に小さな丸机と椅子が二つ。それだけだ。

 荷物が多いから机を端に寄せて作った隙間に押し込んで何とかした。


「さて、これから俺はちょっと出かけて来る。お前たちはここで休んでいてもいいぞ」

『どこ行くの?』

 リファーヌと声が被った。


「傭兵ギルドだ。この国の地図を手に入れたい。それにこいつを何とかしないといけなくなった」

 そう言って金貨の詰まった袋を持ちあげた。

「何とかって?」

「この国でバルバドールの金は使えないらしい。粗悪品なんだとよ。これをこっちで使える金に換えて来る」

「ふーん。それだけ?街の中をお散歩しないの?」

 リファーヌはお出かけしたいらしい。

「いや。さっさと用事を済ませて休みたいんだ。明日からまた旅に出る。宿屋のベッドでしっかり身体を休めるんだ」

「じゃ、キース私たちはちょっとその辺見て歩かない?

「ダメだ。お前たちは宿から出るな。言ってなかったがこの国は奴隷大国なんだ。人さらいが横行してる。この国の人間は大丈夫だが、よそ者丸出しのお前たちは好いカモだ。お前たちが出歩くときは俺も付いていくからお前達だけで出かけるんじゃない」


「私たちがよそ者かどうかなんて見た目でわかるの?」

「分かる。お前たちの服はバルバドールの服だ。見る者が見ればすぐに分かる。どうしても街を歩きたいなら俺と一緒に来い。少しくらいなら見て回ってもいいぞ」

「キースはどうする?」

「俺はのんびりしたい。というか、剣の鍛錬したいかな」

「うーん。じゃベックに付いてく」


 ベック達が出て行くと、俺は木剣を持って裏庭に出て素振りを始めた。裏庭のことはマルシュから聞いていた。

 旅の途中でも鍛錬は欠かせない。リファーヌが呼びに来るまでしっかりと汗を流す。


 ベック達は暗くなる少し前に戻って来た。

 早速食事を摂りながらお出かけ中の話を聞いた。

 地図は手に入ったらしい。次に目指すのはリドアという村だ。街道を西へ1日半。

 明日は野営になる。


 商業ギルドで金貨袋の金も交換できたそうだ。金貨64枚と銀貨58枚が、換金したら金貨8枚と銀貨6枚にしかならなかったそうだ。

 それ程バルバドールの貨幣価値は低いということだ。

 本当に何から何まで糞みたいな国だと思った。リファーヌの故郷だから口にはしないが。


「本当にしょうもない国よね。早く潰れて無くなっちゃえばいいのに」

 リファーヌも同じ様な感想を抱いていたらしい。故郷なのに容赦がない。


「街はすごく広くてにぎわってたよ。色々な物が売ってね、初めて見るものばっかりだった。串焼きが美味しかった。あと、お洋服とかちょっとした小物がすごくおしゃれでね、見てるだけですごく楽しかった」

 興奮して話すリファーヌに対し、ベックの顔が疲れで(ゆる)んでいるように見える。あちこち引っ張り回されたのだろう。


 リファーヌが町中の様子を話してくれていたが、ふと口をつぐんだ。

「ラグナ達はどうしてるかしら。困ったことになってないと良いけど」


 今日、峠を一緒に越えた皆は難民集落へ移動した筈だ。

「あぁ。心配な気もするが大丈夫だろう」

 ベックも心配げな顔だ。

「一応金は持たせた。言わなかったがラグナには金貨30枚渡してある。この国でここまで価値が下がると思っていなかったが、それでも金貨4枚近くになる計算だ。それに馬を2頭売っ払ってみんなで頭割りするからな。いくらになるか知らないが金貨2~3枚になるだろ。アジトで宝石もいくつか見つけたみたいだし何も持っていないわけじゃない。上手くやればその金を元手に5人で商売でも始められる筈だ」

「そっか。ベック一人占めしないでちゃんと渡してくれてたんだ。なら安心だね」

 リファーヌの表情が明るくなった。俺もほっとした。


「ふん、俺も鬼じゃないんだ。お前達と同じ位には心配してたさ」

 照れ隠しなのかそっぽを向いている。

 リファーヌがそんなベックの顔をニマニマした笑顔で見ている。

 こういう所はドミーク似か?


「ところで・・」

 ベックが表情を引き締めた。

「旅の最初に俺がいくつか難所があると言ったのを憶えているか。一つ目は国境の峠越えだった。2つ目はこの国だ。昼にも言ったがこの国は奴隷大国だ。バルバドール程じゃないがこのモルビア王国も十分治安が悪い。女と子供はさらわれ易いんだ。特によそ者はな。で、西の隣国へ連れて行くと買い手も多く高く売れる。野郎なら戦闘奴隷でバルバドール行きだ。それがこの国の現実だ」

 一度言葉を切って俺達を見回す。


「今から言うことは絶対に守れ。いいか?知らない人から食い物をもらうな」

「そんなことしないわよ!」

 真剣に聞いていたのにとリファーヌが憤慨している。俺も同感だ。

「あぁ。分かってるさ。だが大事なことだから言ってるんだ。飲み物、食い物に睡眠薬やら麻痺薬やらを仕込んでるんだ。目が覚めたら檻の中ってな。親切を装ってそれなりに親しくなってから薬を盛った飲み物を差し出す。連中の上等手段だ。戦えるからって油断していると(さら)われちまう。いいな。どんな相手にも気を許すなよ。勿論自分たちで買った屋台飯や食材、店に入って頼む物は安心していい。でもな、3人で旅をしているからっていつも一緒ってわけじゃない。一人になる時もある。そういう時こそしっかり警戒して注意するんだ。魔物より怖いのは人だぞ」


 ベックは最後まで真剣な目をして話していた。

 こういう時はしっかり聞いてないと本当に後悔することになるかもしれない。

 ついさっき憤慨していたリファーヌも隣でしっかり頷いていた。



 翌朝、朝食を食べてから3人で朝市へ出かけた。

 今日明日の食材を買いに来た。


 新鮮で色とりどりの野菜が所狭しと並べられている。ベックは煮込み用の野菜を中心に選んで行く。次に調味料も見て回った。

 バルバドールの市場に比べて鮮度も品数も全然違うらしい。俺は何を見ても食欲がそそられたが、ベッククラスになると作りたい料理が次々浮かんで厳選するのが大変なようだ。

 あまり買い過ぎないようにと口では言いながら次々と買っている。


 一通り買い物を終え、市場を出た時だった。

「誰かにつけられている気がする。お前ら俺の傍から離れるなよ」

 ベックが辺りを探る仕草をした。

 俺もリファーヌもきょろきょろと周囲を確認したけど、人が多すぎて全く分からない。

 警戒しつつワンコ亭へ戻り出発の準備を始めた。

 馬に水を飲ませ、荷物を括り付けたら出発だ。


 馬を曳いて宿前で女将とマルシュに一晩のお礼を言ったところでその人に声を掛けられた。


「そこの旅のお方。突然ですみませんが少々私の話を聞いていただけませんか?」

 フードを目深にかぶった女性だ。

 皆が怪訝(けげん)な顔をした。怪しすぎる・・

 今まさに出発しようとしているところだ。そのタイミングで話し掛けてくるか?


「いや、どなたか知りませんが俺達はこれから旅に出るところだ。何の用か知らないが他を当たると良い」

 ベックがちょっと気取った言い方で断った。

「存じています。そこを曲げてお願いしたいのです。そちらのお子様方と同じ年頃の子供二人の命が掛かっているのです。話だけでも聞いて下さい。どうかお願いします」


 ベックがリファーヌを見た。こうした話にリファーヌは弱い。案の定口を挟んだ。

「ベック。急ぐ旅でもないんだから話しぐらい聞いてあげてもいいんじゃない?ね、キース」

 俺にも振られてきた。正直面倒事に巻き込まれる匂いがプンプンする。

 ・・・・

「ね!キース?」

 まさかの2度聞きされてしまった。

「う、うん。聞くだけならいいんじゃないかな」

 リファーヌには勝てん。すまんベック!


「ちっ。仕方ない。女将ちょっと中で話をさせてくれ。キース、馬を厩に戻してこい。面倒そうな話だからお前もしっかり聞いとけ」

 という事で一旦出発は見送られた。


 ワンコ亭食堂の奥の一角で話を聞くことになった。

 もう、朝食提供の時間も過ぎ、俺達以外の客はいない。

 馬を戻して食堂に入ると皆が席について俺を待っていた。

 ベックの目が「さっさとしろ!」と言ってる気がする。


「無理なお願いを聞いてくださりありがとうございます。私はアンナと言います。ある商家のメイドをしています。あなた様方を朝市で見かけ、これから旅に出るのではないかと推察いたしました。お願いというのは、私共をその旅にご一緒させていただきたいのです」

 俺が席に着くなりアンナという人が話し始めた。フードを脱いだので顔立ちが良くわかる。色白の美人で年齢は30歳くらいか。女将と同年代と思われる。


「一応俺達も挨拶しとく。俺はベック。こいつがキースでこっちがリファーヌだ。ノエリア王国に向かう旅をするところだ。色々とそちらは事情がありそうだが危険な目に遭うなら勘弁してほしい」


「その危険を回避して安全な旅にするためにご同行をお願いしたいのです。少し込み入っておりますが事情をお話ししましょう。ある大手の商会が私共の商会に敵対してきたのです。私共の商会はここ最近業績を伸ばしておりまして、それを妬んでのことでしょう。その大手商会が、お子様たちの命を狙ってきたのです。街の無頼者を使って何度も(さら)われそうになり、この街を出て身を隠すことにしました。旦那様が決断して子供たちだけでも遠い街の親戚筋を頼ることにしたのです」


「遠い街がどこか知らないが、俺達とは行き先が違うんじゃないか。俺達は街道を西進してブルジェールに向かう」


「まぁ。偶然ですこと。私どもの行き先もブルジェールですわ!」

(嘘つけ!)

 本当の話も混ざっているのだろうけど、殆ど嘘だと感じた。ベックもそれを感じていると思うけど、リファーヌは全く疑っていない。隣で一緒の街で良かったねと喜んでいる。


 ちらっとベックを見ると苦り切った顔でリファーヌを見ていた。

「色々と思う所はあると思いますが、お子様たちの命を救うためですのでご協力をお願いします。報酬はきちんとお支払いいたします。それで、今お子様たちは別の宿に待機しているんです。ベック様。護衛を兼ねて私と一緒に迎えに行っていただけませんか」


 ベックの口がへの字に歪んだ。

「ベック!その位良いじゃない。私たちここで待っているからベック行ってあげて」

 リファーヌはもうこの話を受け入れるつもりだ。

 今更断るとリファーヌを失望させることになる。どうしたものか・・


「おい。俺達をだましていたらその場に置き去りにするからな。もしこの二人に危害を加えようとしたら、関った者は全員殺す。そのつもりでまだ俺達と同行したいというのなら、報酬に金貨10枚だ。ついでに旅の費用もそちら持ちでな。それであんたと二人のお子様をブルジェールの街まで送り届けてやる」

 さっきまで紳士ぶっていたのに、もう言葉が崩れた。最早脅しに恐喝が混じっている。

 あーぁ。せっかくの美人なのにベック、台無しだよ。


「えぇ。それで結構です。報酬は今から案内する宿で前金に金貨5枚をお支払いします。目的地に着いたときに残金をお支払いします。それから、この街には至る所に敵対する商会の手先がいます。ですから、私とあなたは今から夫婦。ベック様は子供4人の父親という演技をお願いします。気づかれないように街を出たいですから」

「ぶっ!ふ、ふうふ~?」

 ベックがかなり慌てた。相当取り乱して声が裏返っている。脅しに屈するどころかベックにこんな醜態を晒させるとは。なんてすごい人だ・・

 こりゃ最初から俺達、否ベックの陥落負けは決まっていたな。


 いかにも渋々という感じのベックを連れてアンナはワンコ亭を出てお子様たちを迎えに行った。


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