ロギナスの街
その後、オーガのような手強い魔物と遭遇することはなかった。
ただ一度、大規模な野盗の待ち伏せがあったが、無事切り抜けることができた。
オーガ討伐の翌日夕刻、見張りらしき視線を感じたベックは野営に取り掛かると、夜闇に紛れて偵察に出て行った。
襲撃場所は普通の山中の街道。敵数凡そ40。内弓士15という内容だった。
今回は昼に待ち構えているところを襲うよりも、夜襲で決着をつける方法を選んだ。
食事を摂り早めに眠りについた。夜明けまで3時間という頃に3人で出発。見張りを無視して暗闇の街道を進む。
2キロル先に襲撃ポイントがあり、その脇を入った森の奥に幕舎が立てられていた。
ベックによると襲撃ポイントは毎回変えているらしいそうだ。
アジトはどこにあるか分からないが、さっさと始末して夜明けと同時に出発すれば問題なしと言う作戦だ。
見張りは二組、幕舎を挟んで焚火を囲んでいる。ベック達と別れて俺は一人で奥側の焚火の傍で攻撃できる場所を探して歩き回った。
静かに歩いても枯草で音が出る。明かりも灯せないから中々接近が難しい。
それからどうにか30メトルの距離に立つ木の裏に回り込んだ。
3人が火を囲んでいる。
ウインドカッターを3つ生み出し同時に射出して3つの首を狩った。
手筈通り、反対側の幕舎が燃え出した。リファーヌが放った火魔法が幕舎を包んで大きく炎が立ち上る。一帯が赤く照らし出され一気に視界が利くようになった。
俺も負けじと火球をぶつけた。
と言っても幕舎は数えるほどしかない。次々と燃え上がり更に明るく森を照らし出す。
悲鳴を上げながら転がり出るように飛び出してきた奴を次々とバレットで撃ち倒して行く。中には火だるまになった者もいるがそれもしっかり始末した。
反対側は炎で見えないけど、今頃ベックも大暴れしている筈だ。
周囲の木々に燃え広がるが気にしない。
どうせ森の自浄作用で勝手に消えるからだ。
魔素を含む森では火事は絶対に起きない。その場がどれほど高温になってもいずれ森の有する魔力が作用して鎮火してしまう。
焚火もいつまでも燃え続ける訳ではないので、火の番が時折風を送らなければならない。
きちんとした理屈は知らないがそういうものなのだ。
ものの5分もすると、野盗は全滅したのか静かになった。
暫く離れていた見張りが様子を見に戻ってくるかと待ったがその気配がない。
後一時間で夜明けというタイミングで反対側を見張っていたベックに呼ばれ、野営地に戻ることにした。
その頃には森を焼く火の手も下火になり、白い煙が漂っている。
勿論風魔法で気流を操作しているから煙たくもなかった。
こうして最後の野盗討伐は終わった。
翌日昼前に峠を抜けると、モルビア王国の騎士隊の駐屯地となっていた。
バルバドール王国へ続く街道を完全封鎖して、野盗の類の流入を防ぎ、難民が勝手に散らばらないように対策をしているのだそうだ。
そこで俺達は臨検を受けた。一旦設営所に入り個別に入国の用向きや伝手、行き先、所持金などを報告する。荷物の確認も行われた。
「では、あなた方はノエリア王国からジルべリアへ向かうという事ですね」
「はい」ベックが神妙に応えている。その姿がおかしくて少し笑い声が漏れそうになった。
「そちらのお子さんはあなたの子供ですか」
「いや違います」
「では、あなた方の関係を教えて下さい」
等々。
同じ質問は俺達にもされた。
「次に盗賊討伐の件ですが・・」
いきさつや方法、場所、人数などの詳細を事細かに聞かれる。
そこで保護したラグナたちのことも。
結局、解放されるまでに随分と時間が掛かった。特に盗賊関連の聴取が長かった。
3人とも精神的に疲れてもうへとへとだ。
それでも感謝はされなかった。盗賊は難民の数を減らす必要悪的な存在だったらしい。
つまり俺達がした事は、モルビア王国にとって余分なことだったわけだ。
それでも盗賊は盗賊。俺達は叱られることも無かったし、戦利品を没収されることも無かった。
早速駐屯地を出ようかとおもったけど、最寄りの街まで結構遠く馬車で2時間の距離があるらしい。
この駐屯地には旅人専用の宿泊所があり泊まることができる。
使用料が掛かるけど、調理用の竈もあり食事もできれば、薪や飼い葉も購入できる。
相談の結果、今日はこの駐屯地で泊まることにした。
宿泊所は板敷の大広間だった。
中に入ると、一緒に旅をしてきた全員がいた。早速クーパが声を掛けてきた。
「お。ベック達じゃねえか。とっくに行っちまったと思ってたぜ」
「やたら盗賊関連の話をしつこく聞かれてな。やっと解放されたところだ。明日の朝出立することにした。なんせ疲れた。そっちはどうなんだ?」
「俺たちは全員難民者だとさ。明日、難民集落へ送られるそうだ。その後、俺の家族だけは別の街へ移ることができるらしい」
エドガーを見るとものすごく不満そうだ。
「聞いてくれよ。おかしいんだよここの連中は。俺達は冒険者になるって言ってるのに認めてくれないんだ。所持金が足らないとか言って強制的に難民集落行きにされちまった」
「それは説明されたろ。冒険者になるって言って街で盗みを働く奴が多いからダメなんだって。難民集落で仕事を斡旋してくれるらしい。そこで頑張って認められれば他の街への移動許可も下りるらしいんだ」
トマスが口を挟んできた。
なるほど。クーパは一応金もあるし、仕事道具を積み込んできたから認められたのだろう。に対してエドガー達は金もないし信用できないと。そういう事かな。
「ま、とりあえず飯にしよう。薪代出すからエルダ調理頼むよ。エドガー、薪を一束買って来てくれ。キースは飼い葉を5束買って馬の世話を頼む。俺達が一緒に過ごす最後の夜だ。残りの肉全部使って腹いっぱい食おうや」
ベックの景気の良い話に皆が喜んだ。
そして夜が更け、モルビア王国で迎える初めての朝が訪れた。
出立は皆が総出で見送ってくれた。ラグナ達は涙を見せて最後まで手を振ってくれた。僅かな時間しか共にしていないけど、彼女たちは心から幸せになってほしいと思った。
大変な思いをした峠越えだったけど、今となってはみんなと知り合えたのは良かった。別れがすごく名残り惜しい。
でも、俺たちは前を見て進む。一番厄介な難関を超えたのだ。この先は順調な旅になる筈だ。
ロギナスという街に着いた。駐屯地から最寄りの街だ。
街の門兵に簡易の身分証明書を発行してもらった。
ベックは傭兵ギルドの会員らしく正規のものを身に着けていた。正規の身分証はこの街に住む場合、公館という場所で行う必要があるらしい。そこは街の運営を担っている場所だ。だが俺たちはすぐに街を出る。その場合ギルドで発行される各国共通の身分証が必要となる。
という事で冒険者ギルドにやって来た。傭兵ギルドは13歳以上でないとダメらしい。他に商業、職人、薬師など数々のギルドがある中、俺達に合うものは冒険者ギルドしかなかった。
ドア無しの入り口から入るとすぐ左手がカウンターになっていた。
時間的な理由なのかあまり人がいない。
「ロギナス冒険者ギルドへようこそ。初めての方ですか?」
受付カウンター越しに綺麗なお姉さんが声を掛けてきた。
「あぁ。俺達はバルバドールから来た。この先西に旅をするんだが身分証を作りたい」
ベックが門兵から預かった簡易身分証明書を差し出した。
「では、用紙の記入をお願いします」
差し出された用紙に、名前、出身地、使用武器、パーティー名とある。
俺達はそれぞれ記入した。何故かベックも。
「ベックは身分証があるから必要無いんじゃない?」
リファーヌが当然な質問をした。
「おい、寂しいこと言うなよ。この先冒険者ギルドの依頼を受けることがないとも限らん。その時のためだ」
「ふーん。じゃぁパーティ名はベックが決めてよ」
「そうだな。じゃあ、赤獅子冒険団なんてどうだ?」
「やめてよ!その名前聞くたびパパの事思い出すじゃない」
「別に思い出したっていいだろ。良い供養ってもんだ」
「嫌よ!毎回悲しくなっちゃう」
「・・そうか。悪かった。じゃぁキースが案を出せ」
「えーと、ベックとその一味」
「・・それはないぞ」
「ベックと仲間たち。ベック一家。ベックの冒険団」
「もういい・・」
「あの、今決めなくてもいいですよ。決まったらどこの支部でも登録できますから」
美人さんが微妙に笑いを堪えてる。
どれも良い名前だと思ったんだけどな。
「あぁ、そうしよう。それと素材の買い取りをお願いしたい」
「それは奥へ進むと買い取り専用のカウンターがありますからそこでお願いします。明細が出ますので、こちらに持ってきてください。その時に身分証をお渡しします」
一度馬に積んだ荷袋を取りに行き奥のカウンターでまとめて出した。
「おいおい、てんこ盛りだな。って、こりゃオーガの角か?あんたが狩ったのか?」
買取査定のおじさんが驚いている。
「あぁ。俺達がだ。こう見えてもこいつらもそこそこやるんだよ」
俺とリファーヌを見ておじさんが固まっている。
絶対に嘘つけって思ってるだろな。
峠ではかなりの魔物を狩った。その魔石と素材は大量にある。
数えるのも面倒な量をおじさんは一つ一つ査定してゆく。
明細を出してもらい受付カウンターでさっきの美人なお姉さんに渡すと金貨2枚、銀貨4枚、銅貨3枚になった。
中々の稼ぎだ。
身分証も受け取ると、ランクGの文字が目に入った。
「おいおい、俺たちはオーガも討伐できるくらいの腕はある。Gランクはないだろ」
おっと、ベックが絡みだした。
「最初は皆さんGランクからです。例外はCランク以上の冒険者の複数推薦があればEランクからスタートできます。あなた達はギルド規定によりGランクとなります。異論は認めておりません。他に質問はございますか。必要であれば冒険者ギルドの初心者講座を受けられますが」
「いや、今回は必要ない。ランクについても理解した」
ベックはそれ以上ごねることも無く納得したみたいだ。もしかしたら美人さんを困らせたくなかったのかもしれない。ベックは空気を読めるからね。
「では、またのお越しを」
ギルドを出て今夜の宿を探すことにした。
適当に街を歩きながら宿を探す。
それっぽい建物があり訊ねてみることにした。
看板に骨を咥えた犬の絵が書いてある。
「ここは宿屋か?」
ベックが店から出て来た12歳くらいの女の子に声を掛けた。
「そうよ、ワンコ亭。お客さん?」
「あぁ、一晩泊まりたい。馬2頭も預かれるか?」
「大丈夫よ。馬は2頭の飼料込みで銅貨4枚」
「人間様の宿賃も教えて欲しいんだが」
「部屋によるけど、3人部屋はないの。4人部屋で銀貨1枚。2人部屋で銅貨5枚。1人部屋で銅貨3枚。ついでに食事は朝なら小銅貨5枚で夕は銅貨1枚よ。他に、部屋まで水桶1杯、昼用のお弁当、貴重品預かりも小銅貨5枚。全部前払いよ」
「てことは・・」ベックが俺の顔を見る。これはお前が計算して良きに計らえってことか?
「リファーヌは俺と同じ寝床でもいい?」
「うん」
「じゃあ、2人部屋で朝夕2食と馬の世話で一晩お願いします。銅貨で・・13枚と小銅貨5枚かな」
ベックに視線を返した。
「たかっ!俺の中の相場に比べて高いな」
「ちょっと!うちは高くなんてないよ。この辺の相場より安い位なんだから。大部屋付きの宿もあるけど、すごく危険よ。朝起きたら荷物が消えてたって話ちらほら聞くもの」
「そうか。ならここに決めよう。お前たちもいいな?」
「3名様お泊りでーす」
女の子は店内に一言叫ぶと
「私はマルシュ。よろしく!じゃあ厩まで案内するね」
と言って嬉しそうに笑った。
「ちょっと!お客さん。このお金使えないよ!」
支払いでベックは女将と揉めていた。
キースとリファーヌが厩に行っている間の出来事だ。
「何でだ?」
「これってバルバドールの銭貨じゃないか。あっちの銭貨はこの辺じゃ出回ってないのさ。混ざり物が多すぎて使い物にならないって言われてるよ。お金がないなら帰っとくれ」
まさかバルバドールの金が使えないとは・・ベックは衝撃で固まってしまった。




