峠越え 3
早朝、俺たちは出発した。
昨日と同じ編成だ。違うのはクーパが馬車になったことと、その後ろに女性5人とエドガー兄妹を乗せた馬車が増えた事。
最後尾はまた俺。ちなみに御者はクーパとトマスだ。
トマスの馬車は2頭立て。乗客が多いからね。トマスがいっぱしの御者に見えてきた。
門を抜け、野盗のアジトがすぐに木々に遮られて見えなくなった。そのまま小道をガタゴトと進み元の街道へ出た。
少し幅広になった道を進んでいると前の馬車からエドガーの慌てた声が聞こえてきた。
どうしたのかと近寄ると女性たちが泣き出していた。色々な思いが募ったのだろうか。
あそこで何を失くし、どんな目に遭い、どう折り合いをつけて心を守って来たのか。
彼女たちの抱える思いなど分からないが、見ているだけで胸が痛くなる。
ネスタがおろおろしながらも嗚咽に咽ぶ彼女たちを何とか落ち着かせようと話しかけている。
そしてすごく困り顔のネスタと目が合った・・俺はそっと視線を外して馬の歩みを遅らせたのだった。9歳児の出る幕じゃないし・・
そんなこんなで沈鬱な雰囲気の馬車は大変だろうが旅は順調だ。否、快調だ。
昨日の進みが嘘のように景色が流れる。と言っても並足の速さでだが、蹄の音が違う。
ポックポックからポクポクポクポクに変わったのだ。久しく嬉しい出来事に恵まれていなかったせいか、ネスタには悪いが俺の気分は最高に爽快だった。
たまにゴブリンや灰色狼を撃退しつつ、一つの山を越えて下り坂が多くなった。
そこで2度目の襲撃を受けた。
ベックが視線を感じたとかで事前に警戒するように言われていたから驚きもしなかった。
突然前後左右の茂みから武装した8人が飛び出してきた。馬車が止まり俺も馬を止めた。
前方からドラ声で何か言っている声が聞こえてきたけどすぐに聞こえなくなった。
俺は一応全員出揃うのを待って攻撃を仕掛けた。
風の刃が吹き荒れ、血煙と共に小枝も一緒に吹き上がった。
バタバタと人が倒れる。8人いようと瞬殺だ。さすが俺。
もう野盗如き何人殺そうと心は痛まなくなった。
「おう!終わったか?」すぐにベック達の馬がやって来た。
「応援に来たんだが不要だったな。エドガー、死体を崖下に転がす。手伝ってくれ!」
馬車から男衆がおりて作業に取り掛かかった。リファーヌは馬上から下りもしない。俺もだけど。
「こっちは8人だったのね。前を通せんぼしたのは12人だったわ。金貨を払えば通してやるとか何とか言ってたけど・・あ。今の私達いっぱい金貨持ってたじゃん!忘れてた・・」
「確かに・・俺もすっかり忘れてた。ま、どうでもいっか」
うっかりして人を殺してしまったのだがリファーヌにも罪悪感はないらしい。
二人顔を見合わせて笑う俺達を、馬車の中から驚きに目を見張る幾つもの視線に気づいた。
(俺達は傭兵団にいたから人の死なんて身近だったんだ。そんな目で見るなよ!)
と心の中で言っておく。
少し進んで休憩中。
女性たちが俺とリファーヌのところに来た。そのうちの一人が代表して話しかけてきた。
「私はラグナ。あなた達に助けてもらったことに感謝しています。きちんとお礼を言ってなかったから・・その、あなた達も戦っていたと思わなくて。あいつら強いし人数も多くて。だからもう諦めていたけど解放される日が来るなんて・・本当にありがとう」
涙ながらにお礼を言われた。
リファーヌが俺を肘でつついてくる。
「えっと、俺たちは俺たちの都合で倒したというか、成り行きでしたことだからお気になさらず。あ、でもそれで救われたのなら良かったと思います。俺みたいな子供が言うのも変ですけど、嫌な思い出なんて早く忘れて前向いた方が良いと思いますよ」
リファーヌが隣で相槌を打ってくれた。
ラグナは目にいっぱいの涙をためてうんうんと頷いている。
俺だって辛いのだ。自分のことだけで精いっぱいだ。
早く家族と再会したいという想い、お父様やお爺様お婆様は無事なのか。皆俺のことを忘れないでいてくれているのかとか。考え出せば焦りと不安でおかしくなりそうだ。
リファーヌだって両親を亡くしたばかりで国を捨てたのだから不安だらけのはずだ。
それでも、子供の俺達だって頑張って生きているし笑っていられる。だから、大人のあなた達ならきっと大丈夫。
俺達の身の上を話せば不幸の自慢大会になってしまうから口にはしないけど、前さえ向いていれば大丈夫だと伝えたかった。
その気持ちが伝わったかどうか知らないが、何度も何度もお礼を言われた。
(お礼は一度でいいよ。恥ずかしいやら気まずいやらでどんな顔をして言いか分からなくなってきた。多分、今俺はヘタクソな愛想笑いをしている)
そんな一幕もありながら快調に旅は進んだ。
昨日、森の深部に差し掛かってから魔物が頻繁に出没するようになった。
4日目の昼、ベックが馬車を止めて大声で俺を呼んだ。
見れば前方にオーガが2体立っていた。お決まりの棍棒まで手にしている。
目算2.5メトルの赤黒い巨体に二本の角が生えている。実際にオーガを見たのは初めてだけど、ひと目でわかった。
圧倒的な存在感を放ってこちらを見据えている。やり過ごしたくとも狭い一本道ではそれもできない。
俺達だけなら逃げられる。馬首を逆に向けて一鞭入れるだけだ。
でも、他の皆は殺されるだろう。
「どうするの?」
リファーヌが震える声でベックに聞いた。
「俺では倒せない。お前達の魔法でなら行けるか?」
ベックが俺に聞く。そんな事分かる筈がない。でもこの返事次第でクーパ達の運命が決まると予感した。
「大技が決まれば何とか‥なるかも?」
つい出まかせを言ってしまう俺。
「よし、時間がない。おいクーパ!俺たちの馬を連れて後ろに退避しろ。馬車から馬をはずせ!魔物が出たらお前達で何とかしろ!」
「キース。魔法の戦い方は俺には分からん。お前が頼りだ。指示を寄こせ」
「・・・」
「おい!」
急に言われても俺も知らんし・・
その時、オーガが動き出した。オーガに表情があるのか知らないが俺の目には嘲りの笑みを浮かべているように見える。
20メトル先からゆっくりとこちらへ歩いてくる。
やばい。まずい。どうする?
頭がパニックだ。どうしていいか全くわからない。
なのに、口から勝手に言葉が出た。
「俺から攻撃する。リファーヌは確実に当たるタイミングで高温重視の火球を右の奴にあてて。合図するから。ベックは隙をついて一度切りかかって剣が通用するか確認をして。それからリファーヌ、10メトル以内に絶対近づくなよ。」
まるで戦いなれた者の様な指示だった。我ながら驚いた。
俺が落ち着いていると二人は勘違いしてるだろうな。
どんどん近づいてくる。俺とベックはその場を動かない。
「キース?」
10メトル以内に近づくなと言った俺が10メトルの範囲に入った。リファーヌが困惑の声を上げた。
「俺は引き付け役だ。リファーヌは下がれ!」
早口で言い切ると俺は魔力を掌に集める。威力を上げるためにできるだけ引きつけたかった。
「ロックパイル」
両手を地面に付き、石杭を足元から突き出す。
前と左右から3本が腹の辺りで交差するように、それを2対だ。
突然の杭の出現にも2体は反応した。素早く飛び上がり身体能力の高さを見せつけた。
しかし、左のオーガは片足を貫かれそのまま態勢を崩した。
「リファ!右の奴の足元だ!」
大ジャンプで躱した右側のオーガの着地点に腹まで収まるように穴を掘る。
先日40人を超える野盗を埋めたばかりだ。今の俺は穴掘りにちょっと自信があった。
足元に大きな穴が開き、なす術もなく一体が落ちてゆく。それでも、両腕を広げて縁を腕で抑え完全落下を防ごうとしていたが元々腹までの深さしかない。
ずっぽり嵌ったところでリファーヌが放った人の頭位大きいファイヤーボールが直撃した。胸から上にかけて炎に包まれた。
「GYAaaa!」
そこに、俺が魔力を限界まで込めたバレットを放った。拳サイズでガチガチに固められ可能な限り高速で射出された一撃は左胸、心臓の位置を打ち抜き穴をあけた。
その間、ベックが左側のオーガに相対していた。
ベックの切りつけた傷で腕、肩、腹から青い血を流している。
だが、深くはない。
「GROoooo!」
仲間がやられた怒りで大きな咆哮を上げた。腹に響く地鳴りのような一吠えだ。
そこかしこから一目散に鳥が羽ばたく音が聞こえた。
「リファーヌ、もう一発。ベックは離れて!」
俺が指示を出すと、リファーヌがさっきと同じ威力で火球を放った。
バゴン
リファーヌの火球はこん棒ではたかれ爆散した。飛び散った炎が熱いのかオーガはジタバタしている。
もう勝ったも同然だ。
俺はさっきまでの恐怖を忘れ余裕が出てきた。
「リファーヌ、イメージを変えて見なよ。爆散じゃなくて、粘着質の炎のイメージ。ベチョって着いたら離れないイメージでもう一度やってごらん」
「うん」
足の傷は深く骨まで見えている。素早くは逃げられまい。
リファーヌは目を閉じ時間をかけてイメージを固めると、火球を放った。
それをオーガは同じように棍棒ではたいたが、今度は棍棒にまとわりついて燃え上がった。さしずめ松明だ。
ただし、高温のためすぐに燃え尽きた。
ベックも余裕と感じたのだろう。こちらへ戻って来た。
「リファーヌもう一度。今度は拳にまとわせる感じで」
「うん」
そして、火球が放たれ殴りつけた右拳が燃え上がる。
燃え尽きた後は肘から先がなくなっていた。
「もう一度」
「うん」
今度は左腕がなくなった。
オーガの目から光が消えた。
「もう一度」
「うん」
今度は胸の真ん中に直撃し激しく燃え上がった。
その後は胸から顎までを失ったオーガの死体が残っていた。
「はぁー。終わった」
「何が終わっただ。最後は余裕で遊んでたじゃないか。全くお前らは・・」
「なによ、遊んでないもん!キースが新しい技を教えてくれたんだもん。すごくいい感じだった。さすがキースね!」
「はいはい。ご馳走さん。俺はあいつら呼んでくるから。お前達はオーガの剥ぎ取りと死体処理と道を埋め戻して通れるように頼むな」
危機から一転して“甘ったるい雰囲気に辟易してます”的な態度を隠さずにベックは去っていった。
という事で、角と魔石を回収した。魔石は燃え残ってしっかり確保できた。死体を燃やし尽くし、土魔法で穴に沈めて表面を固めれば依頼達成だ。
「中々戻って来ないね。何かあったのかな。あ、オーガ倒したご褒美に二人きりの時間を作ってくれてるのかも?」
「・・いや、それはないと思うよ」
暫くして蹄の音が聞こえて皆が戻って来た。
「無事でよかった。あんた達が強いのは知っていたがそれでも気が気じゃなかったよ」
「ほんとにお前ら凄いな。明日から冒険者でも生きていけるよ」
等々。お褒めの言葉をたくさん貰った。
ちなみに、抜粋はクーパとエドガーだ。
「遅くなって済まなかったな。オーガのあの咆哮で馬が1頭逃げて探しに行ってた。かなり戻っちまっててな。心配したか?」
「いや、ベックの心配はしてないよ。皆も無事でよかった。それよりここは危険地帯だから早く出発しよう」
まだ陽は高い。進めるだけ進んで森の深部を早く抜けた方がいい。次はもっと厄介な魔物が出てこないとも限らないのだ。
すぐに馬を繋ぎなおし、俺たちは出発した。
そして翌日の夕刻、深部を脱したと思われるところで遅めの野営に入った。
峠を抜けるまであと二日。




