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峠越え 1

 3日もすると商隊は集まった。

 屈強な奴隷の護衛を連れた奴隷商やバルバドールの傭兵を連れた商隊など10台の馬車が並んだ。護衛だけで50名にもなった。他に荷車を引いた子連れの家族2組と若者が3人いる。

 商隊列の後ろに俺達、その後ろに家族連れと若者たちが続いて出発した。

 と言っても、俺たちは商隊の後を勝手についていくだけだ。商隊護衛が俺たちを守ってくれることはない。

 ハンスさんに別れを告げ、前の馬車に合わせてゆっくり集落を離れてゆく。


 いよいよ峠の入り口に着いたところで馬車が止まった。

 ここで商隊は越境税を取られるらしい。馬車1台に付き金貨1枚もすると聞いている。金貨の価値をよく知らないが高すぎないか?


 俺達の番になった。目つきの悪い領兵だ。

「お前達は3人か?馬2頭と合わせて金貨1枚だ」

「は?越境税は荷馬車に掛かると聞いている。俺達は・・」

「もしくは馬を1頭置いていけ」

 ベックの言葉に被せてきた。


「馬は渡せん。荷馬車でないのに何故金を払わなけりゃならん」

「嫌なら引き返せ。良いか、商隊はまた商売をしに戻ってくる。だから格安で通してやるんだ。だがお前たちは国を出て行くのだろう?そんな奴からは搾り取れと命令が来てるんだ。何なら身包み()いでもいいんだぞ。後ろの奴らは一人銀貨2枚だ。払えん奴は帰れ!」

 後ろの家族連れと若者たちに向かって領兵が怒鳴った。後ろでも相談を始めた。


 ベックが歯ぎしりをして睨むが相手は槍持ちの全身甲冑兵。しかも5人。

 無理やり突破して後ろから領兵に追いかけられても困る。

 憤まんやる方なしと言った顔でベックが金貨を支払った。

 もう商隊は先に進んでしまって木々の中に消えている。


「ベック。仕方ないよ。揉めて困るより手持ちで足りて良かったと思おうよ」

 リファーヌが慰めるように言った。

「そうだよ。前向きに考えよ。俺達なら魔物でも倒して稼ぐ方法あるから何とでもなるしさ。悔しいけど必要なことだったんだ」

 俺もリファーヌに賛同しとく。

「はぁ。お前たちの方が大人だなぁ。金貨の価値を知らねぇから執着がないのか?金貨1枚あれば何晩遊べるか・・まぁもう良いけどよ」


 投げやりな溜息をついている。夜遊びの回数で金貨の価値を測るとは、さすがベックだ。


「おーい!待ってくれ!」

 後ろから声が掛かった。

 家族連れが荷車を押してこちらに追いつこうとしている。

 親子4人の家族だ。30台中半の夫婦と俺より少し上の男の子と少し年下の女の子だ。


「あんたらと一緒に同行させてくれ。俺はクーパだ。こいつは妻のエルダ。それに息子のジェルゴと娘のカニカだ。」

 クーパがベックに頼み込んできた。

 傭兵とひと目でわかるベックはさぞ頼り甲斐があるように見えるだろう。


 明らかに足手まといになりそうな連中だからベックが嫌な顔をした。

「そんな顔しないでくれ。俺も少しは戦える。後ろにいた若者たちも後から追いつくと言っていた。あんた傭兵だろ?頼りにさせてもらってもいいか?代わりに道中は女房の料理を振舞うからよ。自慢じゃないが美味いんだ。な?頼むよ」


 ベックに拒否されそうでクーパは必死な雰囲気を隠さない。エルダも子供たちも不安そうな顔で成り行きを見守っている。

「ベック。さすがに見捨てられないよ。一緒に行こうよ」

 俺から提案した。

 俺の援護に家族一同ほっとした顔をした。そりゃ不安だよね。


 俺達も自己紹介をして家族のペースでゆっくり進み始めた。

 もう一つの家族連れは引き返したそうだ。

 そして十代後半くらいの若者たち3人は引き返した振りをして山に入りこの街道を追いかけて来るらしい。

 俺達ものんびり進んでいるが野営時までには商隊と合流するつもりでいる。

 くねくねした上り坂が延々と続くため、荷車を曳くクーパは汗をびっしょり掻いている。

 一番小さなカニカも黙々と歩いているから馬に乗っている俺は何となく気まずい。

 そして遅い。


 このペースだと野営場所に着くのは暗くなってしまうかもしれない。

「何のために3日も商隊を待ったか分かりゃしねぇ。これじゃあいつらの護衛をしているようなもんだ。とんだ貧乏くじだぜ」

 ぶつぶつとベックがしきりに文句を言ってるけど仕方ないじゃないか。


 途中休憩を挟みながら代わり映えのしない山道を登ってゆく。

 ぽっくぽっくと馬の足音にガラゴロと荷車の車輪の音が混じりなんだか眠くなってくる。


 そんな時だった。先頭のベックが馬を止めた。

「お前たち何か気配を感じないか?」

 ベックが緊張した面持ちで聞いてきた。

 後ろで荷車がガラガラと音を立てているせいもあって俺には全く分からない。

 リファーヌも首を振っている。


 ひとまず馬から飛び降りた。

 魔物にしろ野盗にしろ馬上では戦いづらい。


 荷車が止まり、クーパが「どうした?」と声を潜めた。

 その場に何とも言えない緊張感が漂う。


「魔物だ。多分ゴブリンが近くに潜んでいる。ここでちょっと待ってろ」

 ベックの言葉に脱力した。ゴブリン程度ならもう怖くない。

 ベックが先に一人で歩いて行きしばらくして戻って来た。

 始末したらしい。魔石も取ったのか手が青い血で汚れていたから水魔法で洗い流すと親子がびっくりしていた。


「キースは魔法が使えるのね」

「お前、俺より小さいのにすげえな。なぁ、魔法って簡単に覚えられるのか?」

 エルダとジェルゴに初めて話しかけられた。ジェルゴの傍でカニカも興味深そうに俺を見ている。

「魔法は簡単じゃ無いよ。毎日欠かさず辛い鍛錬が必要なんだ。それより、今はいつ襲撃を受けるか分からない。今みたいにベックが止まったらすぐに荷車を止めてよ。それから君たちは素早く荷車の陰に身を潜めて。突っ立てると危ないよ」


「あぁ。確かにそうだな。お前達分かったな」

 親子そろってコクコクと頷いている。

「さ、先を急ごう」

 どうせ散歩程にペースが遅いから俺も歩くことにした。やはり歩いていたほうが気配を感じやすい気がする。

 そこからはベックもリファーヌも歩くことにしたようだ。


 それからは何度も魔物の襲撃を受けた。

 ゴブリンが4度、灰色狼の群れが一度、マギートレントが1度。角兎が3度だ。

 灰色狼は5匹の群れで一番厄介だった。俺とリファーヌでほぼ瞬殺したがカニカが怖さのあまり泣き出してしまい少々慌てた。

 マギートレントは木に擬態しているから気付くのが遅れてクーパが怪我をした。突然至近距離から硬い種子を飛ばされて、その一つがクーパの肩に命中した。

 すぐにヒールで癒したため旅に支障はないが、頭だったら危ないところだった。

 リファーヌのファイヤーボールが当たると枝がきしむ独特な悲鳴と共に燃えてしまった。

 ゴブリンはベックが、角兎は俺達で片付けて食材にした。


 立て続けの魔物退治にクーパ一家は徐々に驚かなくなってしまった。

 ヒールを使った時は何でもありの人達とでも思ったのだろう。乾いた笑みでお礼を言われた。


 ゴトゴトポックポックとゆっくり進んでゆく。

 音だけはとても長閑な旅だと思いながら進む。もう陽が傾いて随分な時間が立つ。

 何度目かの休憩を取っているとベックが小さく叫んだ。


「何か来る」

 家族4人が慌てて荷車の陰に隠れ、俺たちが警戒していると男が4人現れた。武装をしている。


「お前達とまれ!」

 ベックが大声で相手を制す。

 俺は大きめのファイヤーボールを4つ浮かべてベックのすぐ横に立った。

 火球を見て男たちがぎょっとして立ち止まった。


「おい、俺たちは野盗じゃない。バルバドールに戻る途中だ」

 一人が両手を大きく広げて敵意の無いことを示しつつこちらへ歩いてくる。


「俺たちは今朝バルバドールを出た商隊の護衛をしてたんだ。この先で野盗共が道を封鎖してやがった。そこで攻撃を受けた。雇い主が殺されちまったから俺たちは逃げてきたんだ」

「分かった。疑って悪かったな。一服して行けよ。詳しく話を聞かせてくれ」

 ベックが剣を下げ俺も火球を消した。


 俺の差し出した水袋をごくごくと喉を鳴らしながら回し飲みする4人。

 一息着いたところで先ほどの男が喋り出した。


「生き返った。水を切らして困っていたんだ。さて、礼に何でも応えるぜ」

「まずその封鎖しているところの様子を教えてくれ。距離、地形、人数、武器、その他気付いたこと全部だ」


 クーパも加わり全員が耳を傾ける。

「俺はダナン。さっきも言ったように、俺達はある商会の護衛をしていた。ここから5キロル程先で少し道が広い場所がある。そこは木組みの柵で(ふさ)がれていて奴らに取り囲まれた。柵は簡単には動かせない頑丈なものだった。“ここを通りたければ一商隊に付き金貨5枚を払え”だとさ」

 一度言葉を切りダナンは俺たちの顔を見回した。

 

 クーパは眉を寄せてしかめ面をしている。カニカはエルダに寄り掛かり母子で泣きそううだ。ジェルゴは不安そうに父を見上げていた。

 リファーヌはちょっと眠そうな顔をしている。いや、不満気な顔か?

 ちなみに俺は不満だ。ただ通り抜けるのに何でそんな奴らに大金を払わなければならない?

「奪っても奪ってもまだ足りんらしい」と言っていたハンスの悲し気な顔を思い出した。


「金貨を払って奴隷商が真っ先に抜けていった。他にも3つの商隊は惜しげもなく払っていたな。で、俺たちの雇主様は渋った。渋った連中だけが残ったところで奴らいきなり矢を射かけてきやがったんだ。俺達の雇い主様はそこで死んじまった。で、切り込まれたところで俺たちはなんとか逃げだした。矢を放ったのは10人前後。全部で40人くらいか。頭は髭面の大男で斧を担いでいた。実力は知らないが風貌からは相当強そうに見えたな」


「そうか。ちょっと厄介だな」ベックがちらっと俺を見た。

「おいおい、ちょっとどころじゃねえよ!話し聞いてたのかよ。このまま進んでも命落すだけだぜ」

「俺達からしたら野盗など毛の生えたゴブリン程度だ」

 ベックの言葉にリファーヌが怪訝な顔をしている。髪の毛を生やしたゴブリンでも想像しているのか?

「んな訳ないだろ・・」

 クーパはボソッと呟く。俺も心の中で同意した。


「その子たちはあんたの家族か?もし戻るなら俺達が下の村まで護衛してやるぜ。ただじゃないが、銀貨4枚でどうだ?」

 ダナンがクーパに話しかけた。

 クーパが家族を見た後ベックに目を止めて深く悩み始めた。


 生活の基盤をすべて捨てて一大決心をしたのだろう。簡単には諦められない。かと言って野盗の待ち構えている場所へのこのこ進める筈もない。


「好きにしな。俺達はあんた達の護衛じゃない。危なくなりゃあんた達を置いて逃げる。決めるのはあんた達だ。良く考えるといい」

 ベックはにべもなくそう告げた。

「少し家族で相談したい。時間をくれ」


 結局、その日はその場に止まり野営することになった。

 早速、土魔法で屋根壁付きの土小屋を作った。寝る前に入口をしっかり塞げば見張りも必要ない。

 だけど、馬もいるし、クーパ家族とダナン達は見張りをしないと夜は越せない。

 仕方なく3メトルの高さの土壁で周囲をぐるりと囲むとすごく喜ばれた。

 ダナン達の目を見開いたびっくり顔は面白かった。


 暗くなる前に枯れ枝を集めエルダが調理を始めた。昼間に狩った角兎をふんだんに使ったエルダ特製のスープだ。

 ただ、クーパが自慢するほどの味ではなかった。ベックの作るスープの方がはるかに美味しい。


 食事を終えた頃に、国境で別れた若者3人組が合流してきた。

 土壁の外に人の気配を感じて、野盗が現れたのかと一気に緊張したが杞憂だった。


 一人の若者は(なた)を腰に差している。

 他の二人は木の枝の先端を尖らせただけの槍もどきだ。

 彼らはエドガーと妹のネスタに親友のトマスだと名乗った。

 ネスタは髪を短く刈り男のような恰好をしている。内気な雰囲気がアンマッチだが、自衛の変装なのだそうだ。

 3人は同じ村の出身でこの先の未来に限界を感じて逃げてきたそうだ。


 それから3人組を含めた大人達は、先に進むのか村に戻るのかを話し合い始めた。


 峠にいる間は魔力操作の鍛錬をしない。夜中に襲撃を受けるかもしれないのに魔力切れを起こすわけにいかないからだ。

 剣の型を一通りこなす。終わればもう結構な時間だった。リファーヌはジェルゴとカニカと何やら話をしていたけど、俺が鍛錬を終えるとすぐに話を切り上げてしまった。


 という事で俺とリファーヌはさっさと眠りについた。

 大人たちからひそひそと漏れ聞こえる声がちょうどいい子守歌になった。


峠越えメンバー


ベック キース リファーヌ

クーパー エルダ(妻) ジェルゴ(息子) カニカ(娘)

若者冒険者 エドガー(兄) ネスタ(妹) トマス(友人)

保護された女性 ラグナと他4人



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