旅立ち
野営地を出たはいいが、今はもう陽はとっくに沈んでいる。
「この先に空き家があったな。今日はそこを宿にしよう」
ベックの提案で空き家へ向かった。
さすがベックだ。何でも知ってる。俺達だけだったら早速の野営で道具もなくて心細い思いをしただろう。
木戸を開け、魔道具のカンテラを灯し土埃を風魔法で外へ押し流した。
魔法で桶に水を満たして馬に飲ませてやる。飼い葉がないから可哀想だが食事は抜きだ。
俺達は火も焚かずに手持ちの干し肉にかじりついて簡単な食事を摂る。
リファーヌはあれから一言も話さない。
ゲイド派から追っ手が来るかもしれない。そう警戒して急いで進み、暗くなってからも少し進んでやっと一息付けた。
「で、お前たちこれからどうする?」
ベックが肉を噛みちぎりながら訊ねた。
「リファーヌはどうしたい?」
「・・・私にはわかんない。キースは?」
やっとリファーヌが顔を上げてしゃべった。
たったそれだけのことでもすごく嬉しい。
「できれば、お母様と妹を探しに行きたいかな。けど、すごく遠くて大変な旅になる」
「じゃあ、私もキースについてく」
「でも、すごく遠いよ。ジルべリアって国はいくつもの国を通って、魔境も抜けてやっと辿り着けるんだって」
「うん。知ってる。でも私は平気。だって私には何もないんだもん。キースにやりたいことがあるなら私はついてくよ」
「けど、そしたらもうここに戻って来れなくなるよ。ミルケットのお墓にはもう2度と・・」
「だから平気だってば。しっかり最後のお別れしてきたから・・」
また少し涙ぐんでしまった。
二人のやり取りをベックは黙って聞いていたが、リファーヌが涙を見せたことでわざと明るい口調で言った。
「キース!こんな可愛い子が故郷を捨ててお前についてくって言ってんだ。全く羨ましい野郎だぜ。ジルべリアか。確かに遠い国だな。だが行けないことはねぇ。このベック様に任せとけ。必ず送り届けてやっからよ!」
それからベックはジルべリアへの行き方を話してくれた。
エルベス大魔境を抜けるとか、海や大河川を遡るとかは無しだ。
距離は短いが無謀にもほどがあるらしい。4年前ならともかく今の俺達なら行けるかもと少し思っていたが、ベック曰く間違いなく死ぬことになると。
「このまま西へ向かう。この国を抜けるまでに4、5日くらいか。お隣さんはモルビア王国だ。その次がリステル共和国だ。そしてノエリア王国。順調にいけば3カ月もあればノエリアの魔境街道迄は行けるかな。魔境街道はノエリア王国の西の端っこにある。で、ジルべリア王国の西の端っこに繋がっている。行ったことはないが商人が結構行き来しているらしいからそれ程危険はないはずだ。そうだな、少し多めに見積もって4か月。それでジルべリア王国に入れる」
ベックの説明に地図を思い浮かべながら聞き入った。
「難所はいくつかあるが、まずはこの国の国境だな。王国の悪政のせいで盗賊山賊がうようよしてやがる。安心して抜けられる街道がない。退治しても報奨金なんて出ないから討伐する者もいない。それに、そんな気概のある奴は傭兵団か騎士になって王国と戦っているからな」
モルビアの街に入る迄は気が抜けない旅になるようだ。
リファーヌがうとうとし始めた。まだいつもなら魔力操作をしている時間だが今日だけは無理もない。
そっと毛布を掛けてあげるとそのまま眠ってしまった。
「ただな、一番の問題はそんな事じゃない。旅をするのに金が掛かるという事だ。で、その金が俺達にはない。あ、全くない訳じゃないぞ。これでも俺は部隊長様だったんだ。ちっとは稼がせてもらったけどよ。そのなんだ・・結構使っちまってな。手持ちが少ねぇんだ」
ベックが情けない顔をした。
こんな表情は初めて見た。何でも器用にこなす頼れるベックがこんな顔をするなんて・・
俺が驚いているとベックがその視線を気にしたのか早口で言い訳を始めた。
「いや、無駄に使い込んだわけじゃねぇ。何しろ俺が稼いだ金だ。どう使おうと俺の勝手だろ。キース、お前も大人になりゃ分かる。戦場で戦う男には憩いって奴が欲しい時があるんだ。酒なり女なりな。日々殺し合いをしてるんだ。息抜きが必要なんだよ」
誰も責めてないのにと思いながら、俺は懐の巾着をベックに渡した。
「リブラル要塞での報奨金なんだ。金貨1枚が入ってる。預けるから使ってよ」
「いいのか?お前の初めて稼いだ金だぞ」
「いいに決まってるよ。俺の我儘で長い旅をするんだ。それに俺お金使ったことないからよく分かんないし」
「我儘とは言わねぇが。ま、ありがたく預からせてもらうぜ。けどまだまだ足らねぇな」
「どれくらい足りない?」
「全然だな。俺の手持ちを合わせて・・金貨2枚、銀貨3枚、銅貨が15。とすると・・」
ベックは両手を使ってぶつぶつと数え始めた。
焦れったい。
聞けば、銅貨10枚で1銀貨。銀貨10枚で1金貨という事だ。という事は今の手持ちは銅貨245枚分になる。
普通の安宿屋の相部屋で雑魚寝するなら一人銅貨1枚らしい。飯が朝晩2食で銅貨1枚ってのが相場だ。俺達は相部屋で十分だ。すると食事付きで一晩一人銅貨2枚。3人で6枚。
四十日程宿に泊まれるってことになる。
けど、馬も飼い葉付きで1頭につき銅貨2枚らしい。人と同じ値段だ。結構高い。2頭分も含めて考えると、一晩で銅貨10枚にもなる。たった24日宿を取ったらお金が尽きてしまう。
「まったく足らないってことは分かった。節約は当然としてお金を稼ぎながら旅するしかないね」
「あぁ。だが子供は傭兵ギルドに入れない。冒険者ギルドには入れるが、子共に斡旋する仕事なんて日に銅貨1枚だ。1日の稼ぎが飯2食分じゃ旅は出来ねぇ」
「シモン達はどうやって旅してるんだろう・・」
つい気になって呟くとベックに睨まれた。
「あいつは金を貯め込んでやがったんだよ!俺らと違ってベルナルデがいたからな。シモンは傭兵だったが傭兵らしくない野郎だった。俺が普通であいつがおかしいんだ。そう思っとけ」
・・・・。
「まぁ。難しいことを考えるのは後にして今夜は寝ろよ。明日は早起きだぞ」
何となくだがごまかされた気がした。
でも、疲れていたから素直に頷いてリファーヌの毛布に一緒にくるまった。
すぐに眠りに落ち、気づけば朝だった。
翌朝、起きてすぐに馬に水をやると近くの草原に連れ出した。
しっかり食べさせてやりたいがそうもいかない。
ほどほどのところで出発した。
いよいよ旅が始まる。
そんな大きな期待と少しの不安が混ざったような少し浮かれ気分で俺は出発した。
リファーヌの顔色も昨日に比べれば随分明るい。
「ねぇ、キース。昨日は手伝ってくれてありがと。私ひとりじゃ絶対あいつ倒せなかった」
「ううん。俺もすごく頭に来てたんだ。ミルケットにはいろいろ恩があったしね。でも、正直言うとちょっと無謀だと思った。勝てて良かったよ」
俺は頬を掻きつつ答えた。少し照れくさい。
「ベックもありがと」
「なに、当然のことさ」
ちらっとリファーヌを見てそんなの当然だみたいな顔をしてる。ベックだって止めようとしていたくせに。
「それでもありがと。もし仇討てなかったらこの先ずっと後悔したと思う。これで心置きなく旅に出れる。良い旅になると良いな」
リファーヌは俺の後ろに跨っているから表情は見えないが少し笑っている気がする。
このまま明るさを取り戻してくれるといい。
ポックポックと馬の背に揺られながらのんびりと草原を進んでゆく。長閑だ。戦争ばかりしている国とはとても思えない。
今俺達の周りを小石がいくつもくるくると回っている。
リファーヌの魔力操作の練習だ。風魔法で適度に吹きあげ石を回している。
俺も鉄の塊を人から動物、魔獣へと変化せていた。
馬に乗っての移動中は暇なので大体操作系の練習をしていた。
手綱を握って周囲を警戒しながらでもこのくらいはできる。
馬上からは見晴らしが良い。角兎を見かけてリファーヌがすぐに仕留めた。
以前、野兎を俺が狩ってリファーヌから尊敬の眼差しを向けられたことを思い出した。
もうずっと遠い昔の出来事のような気がする。
長めの休息を取り馬に草を食べさせる。
俺が魔法で水を出せるからそれだけでも楽な旅らしい。
陽が傾き始めると早めに野営地を探しながら急ぎ足で進んだ。
「屋根があればどこでもいい。贅沢は言わねぇが、雨だけは凌ぎたい。欲張って先に進んだら雨ざらしの目に遭ったなんてよくある話さ」
ベックの言葉になる程と感心したが、考えてみれば俺は土魔法が使える。
幕舎風の簡単な造りで良ければすぐできると伝えたら、「チッ、非常識な奴め」だとさ。
でも、それで野営場所をあまり気にせず旅ができると喜んでいた。
(舌打ちしたくせに・・)
翌日、日の出前に起きて剣術の練習。
朝食の準備は当番制にした。野営に調理はつきものだからとベックが教えてくれた。夜はベックに任せる。だってベックの料理はすごく美味しいから。
食事が終わればすぐに出発。
馬の背に揺られながらみっちり魔力操作の練習をする。
途中、空を飛ぶ鳥を撃ち落として食材調達も忘れない。
素材の丁寧な剥ぎ取り方を教えてもらう。獲物によって角や牙を落とすのも皮を剥ぐのも丁寧にやればいい値になるし、雑なものは安く叩かれてしまう。
魔石も含め売れる素材はしっかり保管する。
更に二日、ここからは数日間峠道が続く。バルバドールとモルビアとの国境だ。野盗が出没するらしい。
「暫く魔力の練習は無しだ。警戒だけしてろ。視界の悪い森の中で野盗や魔物が突然襲ってくるんだ。ずっと気を張ってろとは言わねぇが油断だけはするなよ」
俺もリファーヌも顔が強張る。野盗に襲われて逃げられるのか?恐ろしい悲惨な未来しか浮かばない。
「そんなに心配するな。ゲイドの野郎に勝ったお前達なら十分追い払えるさ。何しろ野盗なんて半端者がほとんどだ。ちゃんと気配を感じ取りながら進めば大概は気づく。気配を学ぶいい機会だと思って前向きに考えろ」
簡単に言ってくれる。ベックの事は信頼しているけど、今回ばかりは話半分だ。怖いに決まってる。
「おい、あんた達、峠道を行くつもりかね?」
峠に入る手前の小さな集落を通ったところで農夫っぽいおじいさんに声を掛けられた。
優しそうな眼が心配そうに俺とリファーヌを見ている。
「悪いこと言わないから今日は止めときなさい。もう何日かすれば商隊も集まる。彼らと一緒に行けば安全に進めるかもしれん。あんた達3人じゃ野盗共のいい餌食にされてしまうぞ」
結局、おじいさんの言う通り小隊を待つ事にした。集落には宿屋があったけどおじいさんの家に泊めてくれるらしい。
「儂の孫が生きておればお前さん達と同じくらいの年のはずじゃ。だから放っておけんくてのぅ」
おじいさんはハンスさんと言う名だった。
聞けば、息子夫婦と孫が数人の村人と集落を捨てて出て行ったらしい。当時病気で動けないお婆さんがいたためにおじいさんは残ったらしいが、結局その一団は野盗に捕まったと逃げ帰った村人から伝えられたそうだ。
「この国には絶望しかない。奪っても奪ってもまだ足りんらしい。ここのところ反乱軍が盛り返していると期待したのじゃが、最近傭兵団の頭が打ち取られてしまったのだとか。あんた達がこんな国を出て行くのは当然じゃ。何とか無事に峠を越せることを願うばかりじゃよ」
おじいさんの話は物悲しくてリファーヌも泣きそうな顔で聞いていた。
おじいさんの話と共に寂しい夜が更けていった。
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