ミルケットの最期
半刻後、ゲイドがやっと身を起こした。
「おい、ドミークが貯め込んだ金があるだろう?出せ。それは団の軍資金だ。俺が預かるのが筋ってもんだ。必要な分は渡してやるから全部出せ」
そう言うとゲイドは自ら金貨袋の在処を探し始めた。
ミルケットはケダモノを見る目つきでその後ろ姿を睨んだ。
その顔の半分が青黒く腫れている。
壁際に置いてあったドミークの剣にそっと手を掛けると、振りかぶってゲイドの背に叩きつけた。
「グガッ。何しやがる!」
ゲイドは振り向きざまにミルケットの顔を思いっきり殴った。
ゲイドの背は筋肉が厚く、怪我を負わせることはできても命を奪うことはできなかった。
ミルケットは入り口付近まで吹っ飛ばされた。
ゴフッ。口から血があふれ出た。
それでも剣を離さず、立ち上がろうとする。
ゲイドは剣を奪おうとした。しかし抵抗されて思わずミルケットの首に片手を掛けた。
足掻くミルケットから剣を奪おうとしてつい力が入りすぎてしまった。
コキンと軽い音がしてミルケットの細い首が折れてしまった。
いきなり力が抜け、糸の切れた操り人形のようにミルケットが崩れ落ちた。
「ありゃ、殺っちまった・・チッ、こりゃダメだ。死んでやがる」
大きなため息をつくと、金の入った袋とドミークの剣を持って外へ出た。
少し離れた所に護衛がいた。
「おい、ミルケットが死んだ。埋葬しとけ」
そう言い残すと、ゲイドは前線の野営地に戻っていった。
「ママ~!ママ~!」
リファーヌの泣き声を聞きつけ、ベルナルデとミラルダが駆け付けると、変わり果てたミルケットの姿があった。
服は中半引き裂かれ、肢体が露わになっている。
顔はどす黒く腫れあがり血まみれだった。
恨みを残すかのように目が大きく見開かれていた。
「なんてひどい・・・」
ミルケットの余りに無残な姿にミラルダが絶句した。
「誰がこんな事を・・」
ベルナルデの呟きにキースが応えた。
「ゲイドだって・・さっき訪ねてきたって護衛が言ってた」
リファーヌに何と声を掛けて良いのか分からない。
ただ黙って泣きじゃくるリファーヌを見ているしかなかった。
ミラルダは護衛の一人をデールの元へ報告に向かわせた。
リファーヌは一晩中泣き続け、明け方になって疲れたのか母の躯に縋って眠ってしまった。
キースもリファーヌの隣でずっとその小さな背中を擦っていたが、いつの間にか眠っていた。
「おい!ゲイド!ミルケットを犯して殺したってのは本当か?」
デールが叩きつけるように怒鳴った。
デールの後ろに古参の者達が居並んでいる。ベックにシモンそれにダンクの顔もある。
「あぁ。それがどうした?そんな雁首揃えて怒鳴り込んでくることか?」
「何?正気か?お前自分のやったこと分かっているのか?」
「何がだ。ドミークが死んだ時点であいつは部外者だ。その部外者をこの団に置いてやる代わりに俺の女になれと提案しただけだ。そしたらあの女斬りつけてきやがった。見ろよ、この背中。痛くて敵わねぇ。おいシモン、ヒール頼むぜ」
「ふざけるな!ドミークの嫁だぞ。それをよくそんな真似ができたな!」
シモンの顔が紅潮した。怒りで声が震えている。
「は?ドミークが何だよ!死んだらそれまでだろ。俺はあんな好い女ほっとくつもりはねぇ。それにデール、エバを守れなかったお前が偉そうに言うな!ダンク、“戦場で弱い奴が死ぬって言ったのはお前だったよな。ミルケットは弱いから死んだんだ。お前の言う通りだぜ。シモン!小僧が俺に意見するな!いいか。お前らは俺に文句言える立場じゃねぇんだ!」
「今、エバは関係ない!お前どうしちまったんだ?」
「どうもしねぇ。とにかくだ。俺はミルケットの奴にここに残るための方法を体で教えてやっただけだ。で、切り付けてきたから返り討ちにした。それだけのことだ」
ゲイドの悪びれない態度にベックもたまらず口を出した。
「おい、ゲイド。ミルケットはな、ここに残るつもりなんてなかったんだ。お前も知ってただろ!お前がやったことは・・」
「うるせぇ!戦場じゃ戦利品に女を頂くってのは当然の権利だろ!今回のことはそれと同じだ!」
「戦利品って・・彼女は戦利品とは違うだろ!お前ドミークに悪いとか何も感じねぇのか?」
「あぁ。何とも思わねぇよ。お前らこそ死んだ奴にいつまでも義理立てしてんじゃねぇ!」
「死んだ奴ってよ・・ドミークの事をお前はそんな風に言えるのか?お前が一番古い付き合いじゃなかったのかよ!」
「チッ!元々俺とお前らは分かり合えないんだ。どうせお前ら俺と組む気は無ぇんだろ!ちょうどいい。これですっきりしたぜ。この傭兵団は俺とドミークから始まったんだ。お前らが出てゆけ!俺も赤獅子なんて未練たらしい名前は捨てる。これからは俺のやり方でやりたいようにやってゆく。ま、とは言っても戦場では味方同士だ。今後も仲良くやっていこうぜ」
ゲイドは馬鹿にしたような高笑いをした。
ゲイドとドミークの付き合いは遠い昔、ゲイドが身を置いていた傭兵団にドミークが入って来た時から始まった。まだお互いに少年の面影があった頃の話だ。
年の近いゲイドが傭兵のイロハを教え面倒を見てやった。
ゲイドの目から見てドミークは青臭く尖がった性格をしていた。
“自分の信じる正義を貫くために戦う”と言っていたが、ゲイドには意味が分からなかった。
“そんな余分なものを戦場に持ち込む前に生き残れよ“と何度も教えた。
しかしドミークは頑なに自分の正義とやらに拘ろうとした。
とは言っても、敵を倒して報酬を受け取ることに変わりはない。
結局何が言いたいのか、ゲイドには今一理解できなかったのだ。
戦場では体が小さく技術も拙いドミークは何度も窮地に陥った。
その度にゲイドが救ってやったのだ。
二人で傭兵団を渡り歩き、長い時間を共に過ごした。
もうベテランの域に差し掛かった頃、ドミークは1本の剣を手に入れた。
その剣を手にしてからドミークは強くなった。
見せつけるような派手な殺し方に敵は恐れおののき、ドミーク・ザビオンの名はゲイドを置き去りにして人々の口を駆けまわった。
それがゲイドには面白くなかった。
“ドミークがすごいのではない、剣がすごいのだ!”と。
しかし、ドミークに憧れ、目指し、共に戦おうとする者が続出した。
ドミークはそんな連中にお得意の正議論をぶってはいい気になっていた。
ゲイドにはドミークも、相槌を打つ者も馬鹿にしか見えなかった。
しかし、ドミークに心酔する者は後を絶たず、遂に“赤獅子傭兵団”を立ち上げることになった。
ゲイドはずっと叫びたかった。
“
”お前の強さは偽物だ!“
“お前の強さは剣のおかげだ!“
“戦場では勝者が正義だ!お前の掲げる正義など偽物なのだ!”と。
ゲイドの思う正義はドミークとは真反対にあった。
ゲイドはドミークに付き合って略奪はしなかったが、心中ではいつも奪い犯したいと思っていた。
勝利する度に、勝者の受け取るべき喜びを味わい尽くしたいと思い続けていたのだ。
(これからは己の欲望のままに奪う)
そういう傭兵団を目指すのだ。
そう考えると、ゲイドの前に居並ぶ連中の頭は固すぎる。
そんな奴らとはきっぱりと袂を別った方がいい。
この日、赤獅子傭兵団は分裂した。
デールについて行くという者は多かったが、デールはそれを固辞した。
もともと傭兵団の頭などやりたくないのだ。しばらく戦場を離れるのもいいと考えていた。
古参連中の多くは、新しく傭兵団を立ち上げることにした。
新参者達はそれについて行く者、ゲイドの団に残る者、選択は様々だった。
翌日、ミルケ隊の野営地に傭兵団の古株達がやってきた。
皆、ミルケットに最期の別れを言いに来たのだ。
ミルケットの葬儀は傭兵団の流儀に沿って簡素に行われた。
ドミークの墓の隣に埋めてやりたかったが、今は敵の勢力圏だ。見晴らしのいい場所に埋葬した。
リファーヌは神へ祈りを捧げる時も、ミルケットの姿が土に覆われてゆく時も必死に泣くのを堪えていた。
クスンクスンと小さく鼻を啜り懸命に悲しみをこらえる姿に、傭兵達も思わず涙を誘われた。
野営地へ戻るという時になって、リファーヌはとうとう悲しみを爆発させた。
「うわ~ん!うわ~ん!ママ!ママ!ママー!」、
リファーヌは墓標に縋りついていつまでも泣き続けた。
誰も止める者はなく、皆その母娘の別れを見守っていた。
今俺はミルケ隊の野営地に戻り、ぼーっと空を眺めている。
(ドミークが死んでミルケットも死んで、あっという間に皆ばらばらになってしまった。俺はこれからどうすべきなのか。リファーヌはどうしたいんだろう?)
そのリファーヌは幕舎の中に籠ってしまっている。
「よう、キース。お前たちはこれからどうするんだ?」
振り向くとシモンがいた。ベルナルデも隣にいる。
「リファーヌが心配だからずっと一緒にいるよ。でもまだあんな状態だからどうするかまではまだ・・」
「そうか。俺たちはシャーリア聖公国に行くつもりだ。一緒に行くか?ま、ベックがお前たちの面倒を見るって言ってたからな。心配はしてない。だが俺たちに付いてきてもいいんだぜ。決めるのはお前たちだ」
「・・・多分だけど俺はジルべリア王国を目指すことになると思う。帰りたいんだ。家族に会いたい。だからー」
「分かった。一応誘ってみただけだ。好きにするといい。もし困ったらいつでも訪ねて来い。シャーリア聖都の傭兵ギルドに来れば居場所がわかるようにしておくから。じゃ、俺たちも行くよ。キース元気でな。リファーヌをしっかり守ってやれ」
「キース、元気でね。あなたは強いから心配なんてしないけど、リファーヌの事頼んだわよ」
「はい。色々とありがとうございました。二人ともお元気で」
シモンも去っていた。
デールも去っていった。ダンクとミラルダとケイパにも別れを告げた。
次々と人が去り、さっきまで賑わっていた野営地が今は幕舎もまばらとなり閑散としている。
ベックは「リファーヌには悲しむ時間が必要だ。ゆっくり待ってやろうぜ」
と言っていた。
沈みかけの夕日を眺めながら只ぼーっとした時間が過ぎて行った。




