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ドミーク・ザビオン

 ミルケット達はビストハイゼ伯爵領の領都郊外に野営地を構えた。

 数日が過ぎて、リファーヌは徐々に元気を取り戻してきた。

 キースと共に過ごす時間の中でリファーヌの心が癒されてゆくようだった。

 そんなキースの存在にミルケットは感謝していた。

 今二人は、乗馬の練習をしている。

 時々リファーヌの顔に笑顔がこぼれている様子を見て、子供の心とは何て健全で(たくま)しいのかと思いながらミルケットは二人を見つめていた。


 一方ミルケットはいまだ立ち直れないでいる。

 ミルケットは明るくさばさばした性格なのだが、この悲しみが癒える気配は全く感じられなかった。

 口数も少なく、食欲もなく、痩せてゆく母をリファーヌはとても心配している。


「ねぇ、キース。どうしたらいいと思う?ママこのままだと病気になっちゃうよ・・」


「う~ん。正直ミルケットのあんなに悲しんで落ち込む姿って想像できなかった。それだけ想いが深いのだから俺たちが何かするよりそっとしておくべきじゃないかな」

「でも、このままじゃ・・」

「じゃあ、話を聞いてあげれば?誰かに悩みとか不安とか話すと気が晴れたり楽になったりするからさ。俺がリファーヌに色々聞いて貰った時みたいに。あ、逆に余計悲しくなっちゃうかな・・」

「うーん。私もパパの事知らないこと多いし聞いてみようかな」


 その夜、リファーヌはミルケットにドミークの話を聞かせて欲しいとせがんだ。

 ミルケットは娘の希望に応えて父親の生き様を聞かせることにした。



 ドミーク・ザビオンはバルバドール王国の騎士の家に生まれた。

 その家は王家を支持する領主に仕える騎士の家だった。


 “すべての家臣・王国民は王家の繁栄の礎となれ”を国是に謳う国である。

 その騎士家は領民から多くの物を搾取する尖兵として働き、また領主から搾取が足らないと督責を受ける立場であった。


 ドミークの両親は日々愚痴と言い訳ばかりをしていたらしい。

 領主含めザビオン家も領民からはひどく嫌われており、幼い頃のドミークは心を痛めていたという。


 そんな両親をドミークは心底恥ずかしく思い、大人になったら家を出て正しい生き方をしたいと早々に決意していた。

 そして目を瞑り耳を塞ぎ、ひたすら剣の鍛錬に明け暮れて少年時代を過ごした。


 ある時、暴動が起きて両親が殺された。

 運よく難を逃れたドミークはそのどさくさに紛れ姿を消してしまった。


 以後、戦場で傭兵団を渡り歩きながら実践で剣の腕を磨き続けた。

 時に生死を彷徨う程の怪我を負ったとしても、ドミークの信じる正義がブレることはなかった。

 ドミークから見た王国は民を苦しめる巨悪でしかなく、倒すべき敵として認識されていた。


 ドミークの名が有名になったのは1本の剣を手にしてからだった。

 その剣は戦場に落ちていた。

 所謂(いわゆる)、魔剣だった。持つ者の身体能力を高めて強力な斬撃を飛ばすことができる、魔法の力を宿す剣だった。


 愚直に強さを求め続け鍛え上げたドミークの放つ斬撃は、魔剣の力を借りて至高ともいえる域に達した。そうして“赤の咆哮”は誕生した。


 その後、ドミークに憧れる者、挑みに来る者、気の合った者達を仲間にして、ドミークは赤獅子傭兵団を立ち上げた。


 30歳に近づいた頃、たまたま通りかかった酒場で働くミルケットに一目で恋に落ちた。

 まだ20歳にも満たない小娘だったが、愁いを含んだ笑顔と口をつく気っ風(きっぷ)の良い口調、何よりその美しさに一目惚れしたのだ。


 顔に傷のある強面の傭兵。ミルケットから見たドミークはまさに厄介な客だった。初めて出会った日に告白され、その日から毎日店に入り浸った。傭兵仲間を連れて来るから客が怖がるし、少し他の客と話をしようものなら射殺すほどに睨みつけられる。

 最初は対応も丁寧を心掛けていたが毎日となれば杜撰(ずさん)にもなる。

「私傭兵嫌いですから」

 ある日、思わず口から出た言葉にひどく落ち込んだかと思うと、翌日意を決したかのような顔でやって来た。

「俺はこの国の民を救いたいんだ。王国を倒し腐った貴族を殺して、貧しくても笑えるくらいには幸せな国になってほしい。そう願って剣を振ってる。傭兵は荒くれ者ばかりだがそう考えてる奴だって結構いるんだ。そう嫌わないでくれ」

 困ったような顔で思いを口にするドミークの不器用さに心が解れた気がした。


 こんな強面の連中も実は私と同じ様な思いを抱えていたことを知った。

 なにより、剣を振るうことで行動を起こしている。

 ならば、私は彼らを支える立場で何かできないかと考えるようになった。

 それが切っ掛けでドミークとの距離が縮まった。


 一年後、娘が生まれリファーヌと名付けた。

 リファーヌが将来安心して暮らして行ける国にするために戦う。

 ドミークの戦う理由が一つ増えた。


 リファーヌの名には“薫る風”という意味がある。


「いつか王国を倒したら傭兵業を引退して、どこか小さな村に引っ込んで暮らすのもいいな。リファの子に剣を教えて暮らすのもいい。なんの不安もない幸せしかない暮らしだ。必ず勝ち取ってみせるよ」

 リファーヌが生まれた時にドミークが漏らした言葉だ。


 ドミークの生涯は新たな風を巻き起こそうと剣を振り続けた一生だった。


 ミルケットは淡々とした口調で語り終えた。かつてドミークから聞いたその生き様を。

 ミルケットが語った父、ドミーク・ザビオンの生き方はリファーヌの心に強く響いた。

 聞いてよかったとリファーヌは思った。


 その日を境にミルケットにも少しずつ笑顔が見られるようになったのだった。


 

 ドミークが死んでミルケットが赤獅子傭兵団に留まる理由はなくなった。

 ミルケットはリファーヌを連れて団を離れようと考えた。


(どこかもう少し居心地のいい異国にでも行こう。そして、ドミークが貯めたお金で酒場でも開いてリファーヌとのんびり生きてゆこう) 


 キースのことは、リファーヌは寂しがるだろうけど傭兵団に面倒を見てもらうのが一番だろう。もし、どうしてもキースが付いて来たいと言えばそれでもいい。キースの意思を尊重しようと決めた。


 そして、ベックが連絡役でミルケ隊のところへ来たときにミルケットはその考えを伝えた。

 ベックは納得の色を浮かべ、異国に安住の地を見つけるまでの護衛を申し出てくれた。



 その頃、要害の地で守りを固める赤獅子傭兵団は大きな問題を抱えていた。

 ドミーク亡き今、新しい団長を急ぎ決めなければならないのだ。

 現在、副長を担っている者は、ゲイドとデールとダンクだ。

 3人のうち誰かが傭兵団を引っ張る頭となる。

 しかし、その選定が揉めに揉めていた。


 団の中核を成すメンバー、即ち古参のメンバーはドミークによってこれまで強い繋がりが保たれていた。

 しかし、3人にはドミーク程のカリスマ的な求心力はない。

 加えてゲイド、デールの反目しあう二人は互いの下に就く気など無いのだ。

 まさに分裂の危機であった。


 ゲイドは最古参の一人であり、早くから副長を務めてきた。自分が当然団長の座を受け継ぐものとして考えている。しかし、ゲイド本人が思っている以上に、ゲイドは古参の団員から嫌われていた。

 強引な性格や理不尽な物言いが多々あったため、特に古参の者達はゲイドの元では命を懸けたいと思わないのだ。

 だが、ビストハイゼ領へ移ってからの新参者たちの多くがゲイドの傘下に入っていた。その為、人数的には有利となっている。


 比べてデールは皆から慕われていた。無口だが信頼に足る男と見られていた。古参の者たちはデールを推した。

 ただ、デール本人はと言えば、ドミークという男に惚れて入団したのだ。ドミークがいなくなった今、赤獅子傭兵団に留まる理由はなかった。

 ましてゲイドの下に就く気などさらさらない。


 ゲイドが後を継げば、デールは去り、古参を含む多くの団員も抜けることになる。

 デールが後を継げば皆は納得するのだが、それはゲイドのプライドが許すものではないし、ゲイドもまた新参の団員を引き抜いて団を抜けるだろう。


 残るダンクは頭のタイプではない。本人もそれが分かっており元々野心がない。周りもそれを理解している為、ダンクを推す者はほぼいなかった。


 結局、皆の意見が折り合わず、次期団長の選定はとにかく難航していた。


 ゲイドからすれば、“デールは文句を言わず俺の下に就け!“なのである。

 そうすれば団の規模は維持され何も問題がない。なぜ皆それが分からないのかと不思議なのだ。



 団長選定が自分の思い通りに進まない事にゲイドは苛ついていた。


 その夜、ミルケットの幕舎をゲイドが訪ねてきた。

 わざわざ離れている前戦から単身やってきたのだ。


 表にいた護衛の戦奴に、「誰も近づけるな」と声を掛け中へ入った。


 戦況が停滞していれば、団員がミルケ隊の野営地に来ることはままあることだ。

 珍しい客が来たと思いながらもミルケットは木箱の席を勧めた。


 リファーヌはキースの幕舎で魔法の修練を行っていて不在だった。


「お前、ここを去るつもりだってな」

「えぇ。ドミークもいない今、これ以上傭兵団の世話になる理由も留まる理由もないから」

「ここに残らないか?お前ならここに残っても誰も文句は言わないぞ。いたとしても俺が許す。どうだ?」

「嫌よ。この際どこか平和な国でのんびり暮らすわ」

「ダメだ。お前は残れ。これは次期団長としての命令だ」

 ゲイドは次の団長は自分であるかのような言い方をした。


「は?私をここに縛り付けるものはもう何もないの。あなたの命令は聞かないし聞く必要もないわ」

「ならば、言い方を変える。ミルケット。俺の女房になれ!エバが死んでもう4年だ。その間ずっとお前を見ていた。ドミークのことを無理に忘れろとは言わねぇ。ただ・・俺はお前と結ばれてぇんだ」

「は?何を言ってるの?嫌よ!ドミークが死んでからまだ何日も経ってないのに何を言ってるの?私は此処を出てゆく。もう決めたの。引き止めないで」

「どうしてもか?」

「えぇ」

「ならば選べ。俺の女房になって今まで通りここで暮らすか、リファーヌを俺に殺されるかだ」

「え?何を言ってるの?リファーヌは関係ないじゃない」

「あぁ。関係ないな。だがそれでも、お前が出て行くというなら俺はリファーヌを殺す。リファーヌを殺されたくなかったら俺の女になれ」

「嫌よ!どっちも嫌。そんなの選べる訳ないでしょ?ゲイド、あなた頭おかしくなったんじゃないの?」

「うるさい!お前が俺の女になれば古株共も俺が頭になる事に納得する!二つに一つだ!今すぐ選べ!!」


 ゲイドは立ち上がった。

 目が座っている。まるで別人のように見えた。

 巨漢のゲイドの怒気はミルケットにとって恐怖でしかない。


 ミルケットは幕舎から逃げようとした。

 しかし、ゲイドの太い腕に阻まれた。

 叫び声を上げようとしたが、その口を押えられ声が出せない。


「おい。俺は本気だぞ」

 耳元でゲイドが囁いた。


「このまま今、俺の女になれ。一度関係を持てばお前の考えも変わるだろう」

 ゲイドは口を抑えたままミルケットを押し倒した。

 その重さにミルケットはなす術がない。


「嫌ぁ!!やめてぇ!」

 声はゲイドの掌越しにくぐもって声にならない。


 ミルケットは口を押えるゲイドの左手に噛みついた。

「痛ぇ!何しやがる!」

 ゲイドは拳でミルケットの頬を殴りつけた。


 鼻血が噴き出た。

 更にもう一発殴った。


 ミルケットの意識が薄れぐったりした。


「最初からおとなしくしていれば痛い目に遭わずに済んだものを」


 ゲイドはミルケットの上に覆いかぶさった。

 


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